芸術は爆発らしい
「これは……?」
帰宅した旦那が壁に貼ってある絵を見て首をかしげる。
「それはお父さんの絵だと、お宅のお嬢さんが言っていました。よく描けたから貼っておいてくれと」
「おれ?」
画用紙一杯に画かれた『お父さん』。最近人の顔らしきものを描くようになった娘は、事あるごとに父親の顔を描いている。ときおり母親である私の絵や、自分、お気に入りのぬいぐるみを描くこともある。
しかし基本は父親の顔を描いている。
「そっかー。来年、幼稚園に行くようになったら、父の日とかにこういう絵を贈ったりするのかな」
「するかもね。折り紙で折ったネクタイとか」
「……時代遅れだなあ」
「そういうものよ。形式ね」
まあ今時は片親の子に配慮して、母の日や父の日、敬老の日なんかもやらない場合があるそうだけど。配慮配慮、なのだ。そしてネクタイをしない社会人が増えても、それはそれ。お父さんにはネクタイ。お母さんにはカーネーション。そういう、ものだ。
「上手になったな」
「そりゃもう、毎日描いているから」
「他のものも描けば良いのに」
一応時折描いてはいる。ボツになる確率が高いだけだ。お気に入りのテレビ番組のキャラクターを描いた紙も本人の主張により取ってあるし。
「うーん。でも俺よりセンスあるよなあ」
そうですね。口には出さないけど。私は美術、技術科目は得意だった。しかし旦那は壊滅的だったらしい。どちらかと言えば嗜好が私に似ている娘は、お絵かきや工作が大好きだ。日々何かしらを描き、切ったり貼ったりしている。私もその横で縫ったり編んだりしている。
「俺も何かしようかなあ」
「いいんじゃない。芸術は爆発するそうだから、細かいこと気にせず描くなり作るなりしたらいいのよ。最後は爆発するんだもの」
「ちょっとニュアンスが違う気がする……」
苦笑する旦那を尻目に私は文章を書く。私が死んだら、このパソコンも爆発してくれるといいなあ。




