気付いたら鈴虫が鳴いていた
ふと顔を上げて窓の外を見る。今まで聞こえなかったそれは、鈴虫の音だ。
「もう、そんな時期か」
再び手元に目を落とすけど、伸びすぎた前髪が邪魔だった。そろそろ切らなくては、と思うけど、誰に見られるわけでもないからピンで留めてしまえば、きっとそんなことも忘れる。
私は森の中の小屋に長いこと一人で住んでいる。昔は両親や大勢の仲間がいたけれど、今はいない。みんな魔女狩りにあって死んでいった。私もいつそうなるかわからない。
魔女狩りに理由はいらない。正確には理由はどうとでもでっち上げるから、狩られる側にはどうしようもない。じゃあ、どうする? 狩人と関わらないのが手っ取り早い。人間は自分と異なる生き物を脅威として排除する。ならば最初から関わらなければ良い。
だから私は、この森の奥深くで一人静かに暮らしている。住処である小屋の前にちょっとした畑があるし、森で果物、川で魚が捕れるから何とかなっている。
衣服についても、ここに越してくるときに買い込んだ生地や糸がまだまだあるから、修繕もできるし作ることもできる。自分一人を生かすだけなら、どうとでもなるのだ。
「こんばんは」
だと言うのに、彼女は私の元を訪れる。鈴虫の合唱と共に、彼女の声が響く。
「また来たのか。帰れ」
「帰りません。貴女と話がしたいのです」
そう言って時折やってくる彼女は、都市部に住まう科学者だった。曰く、魔法を誰でも使える技術にしたいから魔法について教えてほしいとのことで。
「断る。そうやって誘き出されて魔女狩りにあった友人が何人いると思う?」
そう言うと彼女は不本意そうな顔で黙りこむ。しかし懲りずに何度でもやってくる。
「だって」
「だって、魔女狩りを始めてからの方が、明らかに都市部の生活水準が下がっているんです。バカみたいじゃないですか。異端を排除して、自分たちの品位と民度を下げて。共存すれば余程良い生活ができるのに」
そう吠える彼女の気持ちはわからなくもない。しかし。
「誰も彼もが、そういう勇気を持っているわけではないのよ。私も含めてね」
今日も私は扉を閉じる。音は途絶えた。




