一夏の思い出になる前に
その日のホームルームを終えて職員室へ向かう。しかし途中で生徒に呼び止められて授業の質問に答えたり、多少の雑談に応じたりする。……と、窓の向こうの渡り廊下の方で会話している男女が見えた。あれはうちのクラスの女子と、三年生の男子だろうか。男子の方はなんとなく顔を覚えているくらいで名前まではわからない。
「あ、高田と山田先輩だ」
「知ってるの?」
質問をしてきた女子生徒も彼女らに気付いて声を上げる。どうやら男子の方のことも知っているようだ。
「うん。山田先輩は三年の特進クラスの人で、高田ちゃん、あの先輩のこと好きなの。何が良いんだろうね? 顔、キモくない?」
「顔じゃないんだろうね」
しかし彼女は良くわからないようで、首をかしげている。まあ、お世辞にも遠目から見た山田くんとやらはかっこいい顔とは言えない。でも高田さんと話すその顔は穏やかで優しい顔をしていた。まかり間違っても、今朝私にセクハラしてきた相田先生の顔とは似ても似つかない顔だ。相田先生は山田くんを見習いたまえ。
「あとほら、顔の好みも人によるし。遠野さんはどういう顔をかっこいいと思うの?」
これ以上山田くんの顔の悪さを続けられても嫌なので話の方向を変える。
「うーん。顔だけなら相田先生かな」
うげ。マジで。しかし遠野さんは笑う。
「黒沢先生、顔に出すぎ。めっちゃ嫌そうな顔してる。だから、顔の善し悪しだけだよ。あたしだって相田先生嫌いだもん。表情がキモい。黒沢先生とか、他の女の先生のこと、すーんごいキモい顔で見てる。大丈夫? セクハラされてない?」
「されてると思う?」
さすがに年頃の女子は鋭いなあ。そう思って聞き返すと。遠野さんは軽蔑そのものの顔になった。
「するとしたら、口で言ってそう。なんか肝小さそうだし、触ったりはしてこないでしょ。でも『女性だったら、これぐらい当然ですよ。ね、黒沢先生?』とか言ってそう」
鋭すぎて、今度はこっちが笑ってしまった。本当に、子供だと思って適当な態度は取れないなあ。
「ものまねが上手すぎて驚いたわ。も一個質問。それ、私みたいな教師相手じゃなくて、生徒にも言う?」
「たまに。でも、言質取られないようにはしてる。かなり回りくどい言い方するから」
「ありがとう。それ、教頭先生に言っても良い?」
「あたしが言おうか」
遠野さんはニヤッと笑う。
「あたしが言った方が、効果あると思うけど」
「うーん。それを聞いて、遠野さんが不愉快に思ったとか、言われた本人が不愉快だった、という言い方ならしてもいいわ」
「おっけー」
そして遠野さんは良い笑顔で去って行った。何をする気かなあ。渡り廊下にも人影はない。




