クーラーは生命線
「人間の文明最高」
そう言って図書館に飛び込む友人。私も異論は無いので後に続く。
外は気温も湿度も高くて、とにかく辛い。駅から大学まで歩いただけで汗だくだ。だからエアコンの効いた図書館はむしろ寒く感じるくらいで。
「しかし、最近は特に暑いね。なんだっけ、地球温暖化」
「昔の方が涼しかった気がするよね。まあろくに覚えてないけど」
私たちの言う昔とは、いつだろう。適当に言っているからわからないけど五十年くらいだろうか? そも、私たちは人間ではなく怪異で、寿命も有ってないようなものだから、歳月に対する感覚が鈍い。私たちが死ぬとき、それは私たちを知る人がいなくなったときだ。そうならないように、こうして女子大生として人間に紛れ込みつつ、情報収集や怪異としての自身の情報を周知しているのである。
「そういえば夏だけど、どう?」
友人がふんわりしたことを言う。
「どうって?」
「怪談の時期でしょ」
「ああ、そうね。でも昔ほどテレビで怪談特集とかしないのよ」
「確かに」
そう言うモノが流行っていた頃は、夏になると存在が補強されて気分も良かったのだけど、今はなかなかそうはいかない。その代わり、新学期が始まったタイミングで、その手の番組を見た子供が友達と話題にしてくれるので、そこである程度の補強がされる。
「テレビで見ただけよりも、友達同士で伝達した方が情報としての強度が高まるのよね。想像で補完されるし」
「それね。テレビで見ただけだと情報が多すぎて、あまり定着しないのよね」
もちろん夏休み明けは私や彼女もその手の話を周囲に広めるようにしている。昔、こういう怪談流行ったよね、とか、そういうの。夏休み前にもする。覚えてもらうには、何度も同じ話をするのが手っ取り早いのだ。
「そういうときに、以外とエアコンって効果的よね」
友人がニヤッとした。
「わかる。話を覚えて欲しい人にはエアコンの風が当たるところで話をする。と、気分的にも物理的にも冷えて良い感じ」
つまり何が言いたいかというと。現代のお化けはお化けなりに、努力しているということだ。




