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あれ、鰻ってそろそろ?

「そろそろ、アレを食べなくてはいけないわね」

 突然妻がそんなことを言い出した。アレとは。

「えーっと……うん、今度の金曜日なのね。どうしましょう、家かしら、どこか予約しようかしら」

「母さん、主語がない」

 娘に指摘されて、妻が目を丸くする。それからニヤッと笑って言った。

「あら、ごめんなさいね。おばさんになると、頭の中で解決しきれず、外に漏れ出しちゃうのよ。もうすぐ土用だから、鰻を食べましょう」

「そういえば、そうでしたね」

 すっかり忘れていた。近年は鰻が絶滅の可能性もあるとかで、世間があまり大っぴらに鰻について食すかどうかを言わなくなった。そういうこともあり、僕は鰻の存在自体忘れていた。

「毎年言ってますけど、私個人は鰻は結構好きなのよ。味がね。でもこのご時世、なかなかそれを大声で言えないでしょう。だからせめて家の中だけでは声を大にして言いたいのです。鰻、食べたーい!」

「私はそこまでじゃないからなあ。でも出てきたら食べるよ」

 鰻への愛を語る妻とは逆に、娘はそこまででもないらしく、さらっと意見を述べるに留める。今はいない、もう一人の娘も多分、同じような意見であろう。

「僕もどちらでもいいですけど、京子さんが食べたいと言うことであればご一緒します。良さそうな店を探して予約しておきましょうか?」

「えー、金曜の夜って、私たち行けないじゃん」

 娘が口を尖らせるが、妻は笑顔で応じた。

「貴女達は来年、大学に受かっていたら自分のバイト代でいい鰻を食べなさい。これは大人の贅沢なのよ」

「まあまあ、夜食用にお重買って帰りますから」

「じゃあ、いい、のかな」

 娘はやや不服そうだが、受験生が塾をサボるわけにはいかないし、もう一人の娘も家庭教師を頼んでいるので、早々サボれない。夜食で手を打つのが妥当だと判断したようだ。

「じゃあ宗介さんは予約お願いします」

「かしこまりました、お姫様」

 そう僕が返事をすると、妻は満足げに頷き、娘はドン引きの顔で目を細めた。きっと彼女も30年後には妻の気持ちがわかるのだろう。

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