夜の匂い、もう一駅歩く
仕事を終えて、駅に向かう。ハイヒールでカツカツ歩いていると、夏の夜の匂いがした。
「もう少しだけ、歩こうかな」
都会の夜は明るくて、人もたくさん出歩いている。同じように仕事を終えた人、陽気な酔っぱらい、今から仕事の人、賑やかな学生集団。
そんな中、私は一人で黙々と歩いている。寂しくはない。たくさんの中の一人だけど、夏の匂いに包まれていると、不思議とひとりぼっちとは感じられなかった。
そうやって歩いていると、隣の駅まですぐに着いてしまう。足の痛みはない。明日は休みだし、もう一駅歩こうか。
「藤丸?」
「渡辺……先輩?」
名を呼ばれて振り向くと高校の時の先輩がいた。相変わらずの長身なイケメンで。あの頃と変わったのは、学ランがスーツになったことと、大人の色香が追加されたことだろうか。
「久しぶりだな。元気にやってるか?」
「はい。先輩はいかがですか?」
「元気ではあるが、少し忙しいな。藤丸はこんなところで何を?」
……何をしていたんだろう。歩いていた。ただそれだけだ。
「えっと、気分が良かったので……歩いていました」
しかし先輩は怪訝な顔をすることはなく(高校の時からずっとそう、ポーカーフェイスだ。そういうところが、私は)、頷く。
「どちらに向かっている? 俺も帰ろうとしていたところだから、迷惑でなければ一緒に歩いてもいいだろうか」
「め、迷惑だなんて事ないです! 是非! 永代通りを目指してます! そこから東に向かう予定です!」
すっごい力が入ってしまった。お恥ずかしい。先輩はやっぱりポーカーフェイスだけど、どこかほっとしたような顔になった。
「そうか、なら問題ない。一緒に行こう」
「はい!」
そして二人で並んで歩く。今までの空白を埋めるように、いろいろな話をした。ずっとずっと、この時が続けば良いのに。
「って、よくある、願望くらいのつもりだったんだけどなー?」
「……まさか同じマンションとは……」
並んで歩いた結果、なんと同じマンションの、隣の部屋であることが判明してしまいました。これは……運命では?




