まだ7時だ
仕事を終えて会社を出たらまだ7時だった。外は夕方の赤さを少し残していて、穏やかに暖かい。梅雨明けはまだ宣言されていないけど、だいぶ雨の日も減っていて、でもまだそこまで暑くもない。もちろん蒸すけど耐えられないほどではない。
「先輩」
呼ばれて振り向くと新人研修のときに面倒を見ていた後輩が手を振っている。
「お疲れ、本社に戻ってたんだ」
「はい。といってもまだ残作業はあるんですけどね。でもしばらくは本社にいる予定です」
彼女は新人研修を終えてからすぐに出向していて、それから遠方に出張に行ったり、本社勤めの自分とは会っていなかった。しかし久しぶりに見ると、ずいぶん大人っぽくなったようだ。まあ、あれから結構経ってるし、自分がおっさんになるわけだ。
「先輩はもうお帰りですか?」
「うん。今日は早く終わったからさっさと帰るよ」
「よろしければお夕ごはんをご一緒してもいいでしょうか」
「いいよ。食べたいものはあるかな」
とりあえず駅の方に歩きながら何を食べるか相談する。お互い好き嫌いもないので駅の先の居酒屋だろうか。
「ところで先輩は彼女さんとかいないんですか」
「いないねえ」
最後に彼女と呼ばれる存在がいたのはいつだろうか。いたことはあるはずなんだけど、もう思い出せない。はて……。
「君は彼氏いないの」
「いないんですよ」
かわいいんだからいそうなものなんだけど。
「……ご存じの通り、私はきついので男性には惹かれてしまうんですよ。ご存じの通り」
「ああ、そうだね」
二回言わんでも。きついけどさあ。
自己申告の通り、彼女は性格も口調も割ときついから、職場では難しいだろうなあ……。彼女に怒られたことのない男子とかいないだろうし。自分も昔怒られてるし。
「そういうわけで一緒にここに行きましょう」
「なにこれ」
見せられたスマホの画面には『カップル限定スウィーツバイキング』とピンク色の文字で書いてあった。
「一緒に行ってくれる人を探していたのです」
「もしかして今から行くの?」
「まだ7時です。そして明日は祝日じゃあないですか」
良い笑顔で後輩が言う。まあ、いいか。別に用事があったわけではないし。
「しょうがない後輩だ」
「すばらしい先輩ですね」
それが後輩の罠であると、自分はまだ気づけずにいる。




