雲間から射す光
「天使のはしごだわ」
そう、並んで歩く彼女がつぶやいた。俺より背の低い彼女の頭は天使の輪のように髪が光っていて、彼女が天使で、はしごを登って行ってしまうのかなと、夢のようなことを考える。
「天使のはしご?」
なんとか意識を持ち直して彼女に聞き返すと、彼女はうなずいて答えた。
「雲間から光が射してるでしょ。あれ、天使のはしごって言うんですって」
「おしゃれな言い方だな」
「ロマンチックよね」
そう言ってこちらを見上げて微笑む。かわいいな、触りたいな。口には出さないし、触るだなんてもってのほかだけど。
彼女は俺が、というか俺の父が仕える領主の娘で、俺は彼女の幼なじみ兼護衛だった。護衛対象である彼女に触れるだなんてとんでもないし、それ以上に何か思うだなんて許されないことだった。でも許されないと思うと、ますますいろいろ考えてしまうわけで。
「あのはしご、登ってみたいです」
「じゃあ光の麓まで行かねばならないな」
「馬でいけるかしら」
「着くまでに消えそうだ」
そう、ささやかな雑談を交わすたびに、もっと深い話をしてみたいと思う。しかし、できない。踏み出そうとすると、俺が真面目で責任感ある男だから、彼女を任せられると仰せになった領主様や奥方の顔が脳裏に浮かぶ。そしてそれを横で聞いてほっとしたような顔をしていた父のことも。
「ねえ」
「なんだ」
「わたくし、結婚するそうです」
「他人事のような言い方だな」
そのことについては当然事前に聞かされていた。だから内容に驚きはしないけど、彼女のどうでもよさそうな、他人の噂話をするような言い方には少し驚いた。結婚に夢を抱いたりしないのだろうか。
「だって父が決めてきた政略結婚ですもの。わたくし、相手の方の顔も知らないの」
「そういう、ものなのだろう」
そう思わないと、こうして歩くこともできない。
「そういう、ものかしら。わたくしは、」
「おめでとう」
「え」
「君が大切にされて、幸せに過ごせることを願うよ」
彼女はうつむいて、それから顔を上げた。
「ええ。絶対に、幸せになります。だからあなたも」
「ああ」
やはり天使ははしごを登って行ってしまった。




