靴下がびちゃびちゃ
「ルー! 小娘は帰ったか!」
やたらにでかい声と図体で内務省庶務室に入ってきたのはこの部屋の主でもあり、名を呼ばれたルー・ガルニエの上司でもあるレオ・ニコラだった。
「ロンか? 先ほど出て行ったが、会わなかったのか」
「会ってない。いや、用事があるわけじゃねえからかまわねえ」
そう言ってレオは自席に着き靴と靴下を脱いで干す。外では強い雨音がしていて、窓にも滝のような雨が流れていた。時期的にはそろそろ雨期であり、そのはしりなのかもしれない。
「ルーはがきんちょにモテるよなあ。アデールのとこのロンしかり、エロワしかり」
「別に甘やかしたりはしてないけどな」
「だからだろう。対等に、一人前に扱ってもらえるってのはガキにとっては嬉しいことなのさ」
「そういうレオは子供に嫌われてるね」
「おう。俺はガキは面倒だ。自分とこで十分。余所のガキにまで構えねえ」
レオは余所のガキと言うが、先ほど名を上げたエロワはこの国の王子であり、次期国王である。それを面倒なガキ呼ばわりはこいつでなきゃしないよなあ。ルーはそう思いながらも黙って手を動かす。
「そうだ。嫁さんがこれ持って行けってよ」
「うん?」
ルーが顔を上げると目の前に包みが差し出された。何かと首をかしげるとレオは言われてきたらしい言伝を述べる。
「ルーのとこの2人、来年には幼年学校へ上がるだろう。だから、そこで必要な制服だのなんだののお下がりと、祝いの品、だそうだ」
「それはありがたい」
ルーの家には双子の娘がいる。双子だから何をするにも同時であり、倍の用意がいる。だからこのようにお下がりがもらえるのはありがたいのだ。
「感謝する。そちらの奥方にもよろしく伝えてくれ」
「あいよ」
そして2人は各々の仕事に向かう。ルーは引き続き書類仕事。レオは予定を確認して荷物を片付ける。ふとレオがルーの机の上の書類に目を止めた。
「これ、怪しいな」
「なんだ」
2人がのぞき込むと、それは軍備修理依頼だった。しかしレオは首をかしげる。
「これ……壊れてたっけか?」
「いや? 記憶にないな。それにこの受注予定の業者……」
「そうだな。最近、外務省の連中が怪しんでる国が出資元になってなかったか?」
2人は顔を見合わせてため息をつく。しばらく残業が続きそうだ。