転生ヒロインは間違えた
短めです。後味悪いかもしれません。
私の名前はイリーナ・ローズオーラ。一年前に男爵家に庶子として引き取られたばかりだ。
その後、学園に入る事となり、この世界の事を思い出した。私は、乙女ゲームの世界に、ヒロインとして転生してきたのだ。
学園に編入し、攻略対象達との出会いやイベントを順調にこなし、逆ハールートを進めながら、最終目標は一番人気の第二王子パトリック様。
しかし、攻略対象の婚約者からも生ぬるい目を向けられるだけで、近付いてきたりも無いし、嫌がらせイベントも全く発生しない。
嫌がらせの捏造も考えたが、ボロが出そうでやめた。ざまぁは絶対されたくない。
だから、ただ、可愛がってもらう為に精一杯頑張った。
しかし、誰も婚約破棄や解消など言い出さない。褒めてくれるし、プレゼントもくれる。茶会にエスコートしてくれた事もある。だけど、婚約者の愚痴を言ったり、愛を囁かれた事も無い。
イベントは大体上手く行ったと思っていたが、押しが弱かったのか?と少し攻略に疑問を抱いていた。
王子に卒業後について…と相談を持ち掛けるも、卒業パーティーの後に話があるからその時に、とかわされる。
大っぴらに断罪する事も、される事もしてないし、平和的な話し合いが一番――とその時は思っていた。
卒業パーティーも終わり、学園の応接室に6名が集まった。
第二王子のパトリック、第二王子の婚約者のミレーニア、大臣子息のマリウス、騎士見習のダイアン、第二王子の乳兄弟のアルト、そしてイリーナ。
皆がソファに座り人払いを終えた後、パトリックが口を開いた。
「イリーナ、君の今後についてだが――
どこに所属するつもりだろうか?」
想像に全くなかった言葉に、イリーナは同じ言葉を返す。
「………所属?」
「? 高級娼婦になるのだろう?」
「―――――…え…?」
不思議そうな顔のパトリックと思いもよらぬ内容に、イリーナの思考が止まる。
「在学中の振る舞いを見ていて、絶対そうだろうと皆で話していたのだ」
パトリックの言葉がイリーナの耳を滑る。
「個人……男爵家として表立って商売をするのは難しいかと思うし、もう少しマナーや知識を身につけた方が良いと思うから、信頼できる所属先の斡旋を出来れば、と思ってな」
「違います! 私は…っ! 殿下をお慕いしております! お傍に置いて頂きたいとずっと……!!」
どうにか思考を戻したイリーナは、誤解を解かねばと声を上げる。
「しかし……私の傍に、と言ってもな。仮にそうになったとして、別の誰かに嫁いでからの愛妾止まりで、子供が生まれたとしても王位継承権は与えられない様な扱いにしかならないぞ?」
「そんな……っ!」
愛妾エンドなんて聞いた事が無い!とイリーナは心の中で悲鳴を上げる。
「それに私は側室も愛妾も持つ気は無いしな」
「え……」
ハッキリと言い切ったパトリックの顔を、ただ見つめる。
「皆はどうなのだ?」
「私は、婚約者もおりますし、殿下が愛妾を持たぬのに私が持つ訳にはまいりません」
「俺も同じく」
「私もです」
「…………」
パトリックの言葉に、マリウス、ダイアン、アルトの順に答えていく。その内容に言葉が出ない。
「私を含め、皆一定の付き合いと思っていたが、勘違いをさせる行動があったのなら謝罪しよう」
「だって……可愛いって…褒めてくれたし……エスコートも…してくれたし、プレゼント……くれたり……」
「褒めるのは貴族として当然の事だな。エスコートに関しては、婚約者の都合がつかなかった時に、確認を取った上でのエスコートだった。プレゼントは、流石に学生の時から金銭の支払いでは問題があるかと思い、その形を取った」
「……」
どうにか絞り出した内容に対し、パトリックは冷静に返答する。
イリーナの勘違いと、言われているのと同義だ。
「恋や愛を仄めかす言動をしたつもりは無かったが……皆はどうだ?」
「気をつけていたつもりです」
「同じく」
「同じく」
再度パトリックの問いかけに、皆同じ答えを返す。
血の気が引いていくのが分かる。声を出そうとするも、掠れた声しか出てこない。
「……最初……から…?」
「そうだな。低位貴族で婚約者を持たぬ娘が、学園で婚約者の有無に関わらず、高位貴族の子息に近付く場合、大体は高級娼婦になる為の人脈作りがほとんどだ。近付くのが男女問わないなら、侍女希望の可能性もあったが、イリーナは男性のみだったからな」
「……そ…んな……」
そんな風に見られていたなんて、全く考えて無かった。
だって、あのゲームのヒロインはそんな事にならなかった!
「だから、イリーナの行動を見て、もう少し貴族としての知識とマナーを身につければ優秀な高級娼婦になると思った」
「………」
話を続けるパトリックを茫然と見つめる。
「私はこれから兄上の補佐に付き、外交を主に担当する事になる。だから、外交員の接待等で必要な人材を見つけておく必要があった。……そこにイリーナ、君が現れた」
「………」
熱く語られる内容に、全く感情がついてこない。
「君は人の懐に入り込むのが上手いし、聞き上手でもある。そこを見込んで契約してもらえればと思ったのだが……」
「…い……いや……そんなの……嫌です……」
娼婦なんて、考えた事も無い。前世を考えれば、更に拒否感がつのる。
「そうか…。……しかし、多分……貴族として、普通の結婚話は難しいと思うぞ」
「………え?」
首を横に振り拒否を示すも、パトリックの言葉に体が固まる。
「学園で君の行動を見ていた者達は、大体が私達と同じ印象を持っているだろう。そして、その家族も」
「………」
「他の貴族が今現在その評判を知らずとも、社交界に出れば多分噂として回るだろう。そんな噂を持つ令嬢を迎えたいのは、何かしらの問題のある貴族か、裕福な商人が良い所だと思う」
衝撃的な内容に、思考を放棄したくなる。声が出せず、口は開閉を繰り返すのみだ。
……ただ、ゲームの様に、愛し愛され幸せになれると思ったのに。
「……わたくし達が、イリーナ様に何も言わなかったのは、殿下方と同じ様に考えていたからです。懸命に自分の進む道を模索していると思っていたのですが…」
「そん…な…事、娼婦になる為に一生懸命とかっ! 考える訳ないじゃないですか!」
黙って成り行きを見守っていたミレーニアが声をかける。
しかし、憐れまれたのか馬鹿にされたのか分からない内容に、ついイリーナの声が荒くなる。
「……ごめんなさいね」
「何で?! 何でこんな事に……」
小さく謝られた言葉に、涙が出そうになり、イリーナは顔を両手で隠し俯く。
少しの沈黙の後、静かにパトリックが話し出す。
「……もし、君が近付いているのが誰か一人なら、単純に恋をしていると判断したかもしれない」
「……え…?」
突然の言葉に、涙で潤んだ顔を上げる。
「しかし、君は違った。確かに私に近付くのが多かったとは思う。だが、それは “一番地位が高いから” としか思えなかった」
「……ちが…」
冷静な瞳のパトリックに、首を横に振ることでしか否定を示せない。
「私の側に侍ろうと、あわよくばミレーニアを追い落とそうと近付く令嬢達は、私にのみ焦点を合わせて来た。純粋に恋情をぶつけてくる者も居た。……外堀を埋めようとマリウス達に寄るのも居たが、それは踏み台にしようという思いが透けて見えた」
「………」
違う、と。誤解だ、と言いたくても声が出ない。
「そのどれとも違い、私達をほぼ平等に見ていたイリーナには、恋情は全く見えなかった。だから、所謂『イロコイ』を実践しているのだと確信した」
「わた……私は……」
……違う、のだろうか? 本当にパトリックに恋をしていただろうか?
……ゲームと思い込み、キャラクターとして見ていただけ……?
……攻略情報を元に駆け引きを楽しむ、イロコイじゃ無かったと言える……?
自分の思考に沈むイリーナにパトリックは静かに声をかける。
「……今日はもう、答えが出ないだろう。家族と、ゆっくり今後について話し合うといい。後日、連絡をするので、その時にどうするのかを教えて欲しい」
「………」
生気の失われた瞳をパトリックに向ける。
声は全く出てこない。
「では、今日はこれで失礼する。……少し、落ち着いてから帰るといい」
労わる様に優しい声をかけ、皆は応接室を出ていく。
……茫然とするイリーナ一人を残して。
「どうして……こんな……どこで…間違えたの……?」
呟きは、誰もいない部屋に虚しく響いた。