投石刑1
とある世界の東のすみに、
三人の魔法使いが集まった。
年齢不詳のカッコいい魔女、
小さな眼鏡の頭よさげな男、
そして目の大きな、白い立派な髭の老人...
「男を魔王、女を魔女、
敵対する異能者や魔物、魔法使い達をそう呼称して、
討伐の対象にしているようです。
我々三人も、その対象になる可能性は高い」
「そうか...本当に困った連中だ」
「困ったんじゃよ〜
...トーナちゃん、睨まないで!?
わし、まだ何もやってないよ!?」
「お前はいつも自覚が無いから、たちが悪い!
いいか、絶対に、余計な事に首を突っ込むなよ!!」
「だ、大丈夫じゃよ、たぶん」
「私は引き続き情報を集めて、不味そうなものに関しては...各地の仲間に伝えて、避難させます」
「情報を感謝する...やれるか?」
「手に負えなくなったら、退きます。
こういう時だけ勝手に賢者の一族とか持ち上げられても...知ったことかよ」
「そうしろ。それでも駄目なら私に回せ、叩き潰す。
だが、くれぐれも我々三人が共にあることは、悟られるな」
「それは分かっている...けれど、三人で一緒に解決した方が早いんじゃないのか?」
「君の先代との約束じゃよ」
「...そうだ。
我々三人は共に歩むべきではない。
我々は互いを牽制できる。
腹が立つこともあるが、幸運だ」
「え、俺も?いや、私には、それはちょっと...」
「お前には一族の力があり、お前がその長だ。しっかりしろ。
...よし、情報は交換できた。
厄介な連中に嗅ぎつけられる前に解散だ」
「ねぇ、せっかく三人で集まったんだし、ババ抜きでもしない?」
「...(...この三人で札を持って囲んだ姿を誰かに見られたら、
『何の儀式が始まるんだ!?』って怖がられるんだろうなあ)」
「お前、私の話を聞いていたのか?」
「も、もちろんじゃよ!?」
「...勝者が敗者のヒゲをむしっても良いという条件なら、付き合おう」
「トーナちゃん、ヒゲ無いじゃん!」
「...(...トーナとアブラーゲ、本当にこの二人、仲が良いなあ)」
そしてこの密会の三日後、
今まさに、アブラーゲの処刑が始まろうとしていた。
群集取り巻く処刑台の上。
真紅に輝く外套と穴の空いた輝く王冠を載せた男が険しい表情で、銀の鎖で棒にグルグル巻きにされた老魔法使いを恫喝した。
「呪いの紡ぎ手!我が国の奴隷となり働き続けると誓えば、命だけは助けてやろう!」
「えー、嫌じゃよ〜」
「貴様ら魔法使い共は、なぜ我々に歯向かうのだ」
「いや、助けなくても大丈夫じゃよ」
「何だとっ!?」
「あ、君に言ったんじゃなくてね、...まぁいいや。やるなら早くしなさい」
「...ッ!!良いだろう!さらばだ、呪いの紡ぎ手!!」
広場に喝采と怒号が轟いた。
魔女は殺せ!魔王は殺せ!
帝国を脅かす、魔物は殺せ!
そこは帝都の大広場、熱狂する群衆。
これから始まるのは、石打ち刑であった。
受刑者が諸侯や組織の長であれば、刑の執行前に帝王が現れることがある。
これは、帝都の民へ自らの優位を喧伝すると共に、これを見た他の敵対者の炙り出しも目的としていた。
処刑台の上にいる帝王は影武者だ、本物が危険なこの場所へ来るはずはない。
しかし、広場を監視するために配置された衛兵の男の一人が、改めて帝王を見て、驚いた。
「あれは、...穴あき王冠!?...て、ことは、本物の帝王か!?」
帝王のかぶっている王冠は、王家伝来の魔法の宝具「全てを退けるもの」だ。
あらゆる魔法を無効化するはずなのに、その中央には魔法で貫かれたかのような綺麗な真円があることから、兵士達は皮肉を込めて「穴あき王冠」と呼んでいた。
もちろん、そんな言葉が帝王の耳に入れば、翌日にはあの処刑台の上...いや、この場で処刑だろう。
それよりも、普段は影武者を立てて済ませているこの石打ち刑の場に、わざわざそんな事情を知らない帝国の民衆たちの前に立って、あの無様な王冠を晒している理由は一体なんであろうか?
受刑者は、黒い帽子と黒い衣に包まれた、帝王よりも小柄な老人。
そのいかにも怪しい黒衣の姿と、棒に巻きつけるために縄ではなく魔封じの銀鎖を使っていることから、彼が魔法使いであることは想像できた。
そして魔法を封じたからこそ、あの黒い衣も帽子もそのまま脱がせずに刑を執行するのだろう。
帽子を被ったくらいでは、これから降り注ぐであろう千を超える石の雨に耐え切れる訳もないのだから。
そんな疑問や推測を、視界の隅の事件がかき消した。
新兵と誰かが揉めているようだ。
年配の衛兵の男は、処刑台の上の受刑者の観察を後回しにして、早足で歩き出した。
その年配の男も新兵を含めた周りの衛兵達も、同じ装備だった。
軍から貸与される軽鎧と帯剣、一部は槍を持っていたが、それ以外は同じ格好だ。
これが城の外で他の領土を攻め落とすなら盾と重鎧、場合によっては甲冑に馬の場合もあるが、この城内での警らならば機動力を重視した今の装備であった。
しかし、城の外でも内でも、魔物相手ならばそうは行かない。
帝国周辺の大型の魔物や、空から火を放つ魔物相手に何を装備するのが正解なのかは未だによく分かっていない。
そしていま処刑台の上にあがっているのは「魔王」であると、皆は叫んでいるのだが...帝国の公認「魔王」の処刑では、石ころが標準装備であった。
「一体どうした?」
新たにここの担当になった新兵に、老婆が何かを必死に訴えていた。
老婆と新兵の間に割って入り、年配の男は新兵へ説明をうながした。
新兵曰く、処刑台の上で張り付けにされた老人を助けたいと訴えているらしいが、途中から急に「声を失って」、何を言っているのか分からなくて困っているとのことであった。
(...自分の旦那が張り付けにでもされた衝撃で声が出なくなったのだろうか?だとすれば...幸運だ)
というのも、この老婆が何を言っているのか分からないうちは問題ない。
これが明確に、いま処刑されようとしている魔女、魔王認定された咎人をかばうような発言であれば、彼ら衛兵はこの老婆を排除しなければならないからだ。
この大広場を埋め尽くす興奮冷めやらぬ民衆が暴動でも起こしたならば、広場を取り囲んで配置された彼ら、たかだか十数人の衛兵で対処できるわけがない。
そのため、石打ち刑の際に問題を起こしそうな人間がいれば即排除すべし、そんな通達が帝王から直々に降りており、それを帝都の民たちの多くは知っている。
人の入れ替わりの激しい帝都では、まだそういった慣習を知らないものも少なからずいるが、知らないからと言ってもやることは変わらない。そういうものだ。
この老婆が何を訴えているかは気になるが、いまは何も分からないほうが...
「その方は、彼は自分の身代わりになった無実の人だと言っている」
三人が、その声の主に一斉に振り向く。
そこに居た男は、旅装に近い風体で、髪を後ろに束ねた細い目の男であった。
身長は屈強な衛兵たちよりもやや低く、武器はなく素手、だがその手は文官より武官のような骨と肉付き。服の下に隠れた肩幅や胸回りも痩身には見えない、彼は徒手の戦士......武闘家かも知れない、
...そう年配の衛兵は一目で判断する。
判断できるからこそ、帝国兵として今日まで生き残っていたのであった。
「ど、どういうことだ?」
新兵が無防備に問いかけると、男は答えた。
「俺は唇を読むことができる。そこの方が何を言っているのかが見えたので、代わりに伝えた」
老婆は目を丸くしながら、男が言った言葉に首肯する。
厄介なことになった、と衛兵が思っている矢先に、男はさらに畳み掛けた。
「...これも何かの縁。助けよう」
処刑台の方を向いてつぶやく男に、兵士達は目を丸くした。
助ける?誰を?何から?何を言っている...狂人か?ならばやはり、すぐに...
「なにっ!?」
男の叫びにビクッとして、危うく男へ剣を抜き放つところであった。
助けるのを断られたからと言って、急に声を荒げるな!
......えっ!?
『いや、助けなくても大丈夫じゃよ』
その言葉を、
この罵声と怒号で埋まった広場の中で、
処刑台の上から確かに「聞いた」四人がそれぞれ、顔を見合わせる。
そして、四人は同時に、処刑台の上の老人を見た。
その驚く四人の目の前で、石が舞った。
石打ち刑は幕を開けた。
高く重厚な城壁に囲まれた帝都へ、縦に真っ直ぐに伸びた大通り。
帝都中心の城と南の大門の真ん中に位置する石畳の大広場では、正午の時間、ほぼ毎日、帝国の反逆者達への石打ち刑が行われていた。
そこには帝都中の人間が集まる。
仕事や傷病といった特段の事情が無い限りは、帝都の民は原則参加することが義務付けられている。
本当に全ての者が集まれば広場から溢れてしまうのだが、そんな参加の加減にも慣れた帝都の住民達によって、広場はちょうど埋まる程度の群衆で賑わっていた。
そして、帝国の民達は、娯楽に飢えていた。
武力と兵站にまつわるものを作り出しては、帝国に仇なす獣を、魔物を、人間たちを襲い、奪い尽くし、それを糧に、次の戦いに備え、襲う、殺伐とした日々。
食べ物や嗜好品だけでは埋まらないその心の隙間を埋める、その娯楽の一つが、この広場での石打ち刑だった。
処刑の前後で屋台は並び、聖なる加護を受けたという投石代わりの鉄の塊は飛ぶように売れた。
あるものは、その手に残るであろう石と死の感触に心を沸き立たせ、またあるものは、明日の我が身か我が知人が巻き込まれやしないかと肝を冷やしながら、処刑台の上に張り付けられている、有罪か無罪かもあいまいな受刑者を見上げていた。
そして、処刑開始の合図。
怒号、罵声、広場の至るところに配置された祭壇から石をつかみとり、処刑台の上めがけて、全力で投げる。
無数の石の雨の中でも、自分の石が当たったかどうかの手応えは分かる。
あるものは喜び、あるものは舌打ちし、再び石をつかもうと祭壇へ走る。
処刑台の近くで投げれば当然、当たる確率も上がるが、後ろからの流れ弾を受けるのは自己責任だ。
そのため、慣れた連中は帽子や外套で頭を守ることを忘れない。
広い場所にも関わらず、
石を置く祭壇の配置や衛兵達の手際もあってか、
群衆は広場にまんべんなく散らばり、
囚人は後ろ以外の全方向から、
その石を、
その身に受け続けた。
既に囚人は動かないが、おそらく囚人が数度は命を落すであろう時間をかけて、石打ち刑は実行された。
...それは、偶然だった。
ほんの一瞬、飛来する石が無くなった。全員が次の石を、一斉に拾い、一斉に投げるその動作が重なった。
ザァっ、と無数の石が一斉に宙に弧を描き、
その偶然のできごとに気がついた者達は、
小さく驚きの声を上げた。
それらが、一斉に囚人に降り注がれる、
その、
次の瞬間、
風切り音、消えた石、ドルルルッ、という鈍い音の雨、
そして、一斉に崩れ倒れる、群衆、投石者たち。
「......一撃、だと...!?」
先ほど老婆の声を代弁した細目の男が驚きと共につぶやいた。
処刑台の上の老魔法使いは、己が身に襲い掛かる石を全て...反射したのだ。
男の目はその弾道のいくつかを捉えていた、だがその目を疑った。
まず反射の魔法など、詐欺師が自分の魔法道具を売り込むときに使う類の、お伽話の中だけの魔法だ。
そして処刑台の老人の、身体に巻かれた魔封じの呪具もそのままだ。
石が一斉に舞ったとはいえ、一つ一つ軌道と着弾が異なる石、それを全て弾いたのだ。
放物線を描く石を、それぞれ別の直線の軌跡で打ち返した。
それも、寸分違わず「投げた本人へ」と打ち返した。
こうして全員を、一撃で倒したことに、男はその細い目を丸くしたのであった。
広場の石畳、倒れる人、石ころ。
それぞれがぶつかる鈍い音が轟きばら撒かれ、止まった。
あふれていた熱気と怒号は去り、静寂だけが残った。
広場に立っていたのは、石を手にしていなかった数人、広場を囲む衛兵達だけであった。
そして、そこで終わりではなかった。
棒が、にょきにょきと伸びていく。
処刑台に囚人を固定するための張り付け棒が、先端に囚人を付けたまま上へ上へと伸びていった...
「...天に召されるのか?」
新兵の間抜けなつぶやき、しかし、そのまま伸びていっても行き着く先は天しか無いので、そのとおりかもしれないと年配の衛兵が同意しそうになった、その時、
棒は自重に耐えられなくなったのか、グニャリと曲がった。
棒の先端から「わーっ」という悲鳴が聞こえ、そのまま先端は、広場の向こう、連なる建物の影へと吸い込まれていった。
細い目の旅装の男は其処めがけて走りだし、老婆は呆然と立ち尽くしていた。
棒は、先端についていた老人をどこかへ振り棄てて戻ってきた。
左右にミョンミョンとたわみながら徐々に長さも縮み、やがていつもの、ただの処刑台の上の張り付け棒に戻った。
幸いにも、いつもの、ただの棒だ。最初からただの棒だったのかも知れない...
「...うん、見なかったことにして、良いんじゃないかな?」
年配の衛兵がつぶやき、新兵がうなずいた。
広場を囲む他の衛兵たちもその結論に至ったのか、とってつけたように自分の身なりや周囲の様子を確認しだした。
囚人が去った方角は、誰も見ない。見てはいけない。
この一連の光景をそのまま報告しても、信じてもらえないどころか、虚偽の報告で自分があの処刑台の上に立たされてしまう恐れすらある...
それよりも今は目の前の惨状だ。
衛兵たちは、各所への伝達と倒れた人々の介抱へ、それぞれ一斉に動き出した。




