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わしは魔王だから仕方ない  作者: なかの千五
1章 歩き出す魔王
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プロローグ

 人里遠い森の向こうの

 日差し届かぬ影の奥

 やさしい闇に包まれて

 魔王の城はありました



 鬱蒼(うっそう)とした森。

 狩りや探索をなりわいとする者達も忌避(きひ)する、その「戻らずの森」と呼ばれる場所は、一度足を踏み入れれば隣に死が寄り添い、10歩も進めばもはや生還できる保証など無い魔境であった。


 気まぐれな森の影と霧、徘徊する獣と魔物達。

 やがて昼も夜も無く薄暗く、薄明るく、

 そして前も後ろも南も北も失い、

 深い知見や魔法の助けがなければ、

 それと気が付かぬうちに命すらも失い、森の一部と化すだろう。

 その瞬間を、草木も獣も待っている。

 彼らの宴への参加者を、彼らは年中無休で待っていた。


 それでも、

 数々の苦難を乗り越えてきた選ばれし者達は、

 時に己が剣と鋭い勘で、宴への誘いを(こば)み、

 あるいは同胞や先駆者達の命という

 莫大(ばくだい)な対価と引き換えに得た知識と地図を元に、

 森の奥で待つ、その壮大な宴の主の元へと歩みを進めた。


 魔物や獣たちの鳴き声も、やがて無くなり、静寂に包まれる。

 肌を突き刺すような空気は、優しい気配へと変わる。


 勇者一行が進むたびに鳴る、

 剣や鎧が鳴らすガチャガチャとした金属音や、

 周囲を警戒し殺気立った心こそが、

 そこではもっとも(わずら)わしい騒音であった。


 瑞々(みずみず)しい霧が差し込む()の光を反射し、ふわりとした明るさを周囲に灯す。


 木々に包まれた濃い空気は、慣れるまで少しむせかえる感じがしたが、いまはむしろ、胸いっぱいに吸うと心地が良いくらいだ。


 まるで、眠気の中にまどろみ、心地の良い夢の向こうへと引き込まれるような感覚。

 そう...ここが、魔王の住処でなければ。



 ひょっとして、俺達、もう死んでいるんじゃないか?



 いけない!そう、我々は魔王を倒しに来たのだ!

 白銀の鎧に、魔法銀の剣を強く握りしめた、

 人々に勇者と呼ばれている青年は、はっとして首を振った。


「大丈夫かい?」

「あぁ、大丈夫です。親切なご老人」

「もうすぐ着くけど、休憩が必要なら言ってね」

「この森の中を歩くのは確かに疲れましたが、...いまは問題ありません。みんなも大丈夫か?」

「あぁ、勇者様」

「私も大丈夫です」


 勇者と呼ばれた白銀の鎧に見を包んだ、はつらつとした青年。

 数々の戦いの傷跡をその(いわお)のような顔に刻んだ戦士の男。

 先端が淡く輝く杖を持った火の魔法を操る()せた壮年の男。

 そして道案内を買ってくれた、この危険な森で暮らすという、黒衣に白ヒゲの魔法使いの老人。


 最後の老人のことはさておき、

 3人は今、王国で最も期待を受けた勇者の一行であった。


 王国の民達の願いと、商人たちの商機と、権力者達の支援と政治的な算段とかのめんどくせーやつを一身に受けて、満を持してこの戻らずの森の奥へと赴いていた。


 数多くの災いを退け、堕落(だらく)した()しき魔法使いや超常の魔物たちを討伐してきた彼らは、いよいよ、いま人間を脅かす最も強大な敵、諸悪の根源である魔王へと挑む。



 そして、木々を抜け眼前に開けたそこには、

 魔王の居城が城門を開いて待ち構えていた。



 城の周りは、まるで庭師が整備したかのように、整った美しい芝生と、所々に(かぐわ)しい実をつけた木々。


 (...ここ、本当に「魔王の」城であっているよな?

 どこかの貴族の屋敷とか...ではないよな?)


 邪悪な呪いをその身にはらみ恐怖を撒き散らす、云々(うんぬん)、の魔王の前評判とは全然違う雰囲気に戸惑う勇者に、目の前の光景を無視することに成功した経験豊富な戦士が声をかけた。


「さぁ、いよいよだぜ、勇者様!」

「あ、あぁ、いよいよ魔王を倒すときがやって来たぞ!」

「まさに、最終決戦ですな!」

「がんばるんじゃよ〜」


 戦士が、門の奥からの人影の登場に即座に反応した。


「あれは!!」

「...どうやら、あれはかの、魔王の守護者のようです」

「城の外へ?我々に気がついて出て来たのか?」

「ずいぶんと、気が早いね?」


 距離はまだあるが、ここは既に魔王の城、もはや油断はできない。

 勇者と戦士が剣を抜く。


「みんな、気をつけろ!」


 門の向こうから歩いてきた、大きめの傘のような帽子と、戦士と言うよりも学者や魔法使いのような衣をまとった、勇者の青年よりも若く見えるような男、魔物の青年は口を開いた。


「なぜ、あなたが居るのですか?」


 なぜ?

 それは、この危険な森を、ここまでたどり着けるはずがない、という意味だろうか?

 ならば勇者の青年は、問いかけた魔物へ言い放つ。


「甘く見るなよ、魔物め!我々は今こそ、魔王を...」



「何故そちらにいるんですか、魔王様!?」



「!?」


 三人は一斉に振り向く、黒衣の老人の方を。


「え、わし?」

「あなたしか魔王は居ません!少し目を離した隙にまた、何をやっているんですか!?」

「ちょっとそこで散歩中に、彼らと意気投合して...」


 そう、意気投合して、嘘ではない。



 こんなところでばったり出くわす魔法使いなど、

 どう考えても怪しいものであったが、


 向こうの挨拶からの、流れるように世間話、

 そこで取れた果物なんだけど食べる?

 という問いに、うっかり自然と食べてしまい、

 それは普通に美味(おい)しくて、


 魔王討伐の行軍だったはずが、

 世間話しながらの散策のような雰囲気になり、

 そう、遠路はるばる大変だね〜とか言っている内に、

 うっかり魔王城へ到着してしまい、



 現在に至る。

 ...そう、この老人!


「あなたは...お前は、魔王だったのか!?」


 勇者は思った。(いま)だに信じられない。

 彼が、最凶最悪の、魔王?


「てっきり、偉大な魔法使い様かと」


 魔法使いは彼を、自分の先輩、はるか高みに至った同業者だと思っていたようだ。


「オレは、てっきり親切なじいさんかと...」


 戦士は、老人のすすめる果物を躊躇(ちゅうちょ)なく最初に食べていた。



「あなた達も、簡単に知らない人について行かないでください!」



 魔物に怒られた勇者たちは反省した、反論はできなかった。


 ...だが今まさに、人々に神速と(たた)えられたその勇者の剣のひと振りで、この老人の首を跳ねれば、すべてが終わるのでは?

 そう、今ならば魔王と敵はもう一人...


 ...違う、すでに4人に増えている!いつの間に!?


「こ、これは、いけない...」


 3人の中で最も博識である魔法使いが、震えて言う。


「四守護者が全てそろってしまいました」


 数少ない生還者達によって、その化物達の情報はもたらされ、分析されていた。


 博識な魔法使いも実物を見たのは初めてであったが、魔王討伐を志す者達で、それら4体の存在を知らぬものなどいなかった。



「魔王様、一人でおさんぽ、ずるい」


 あどけない少女の姿の、水と死を操るという旧帝国が創りだした「処刑人形」。



「魔王様が敵になってしまったぞ、しかし...」


 かつて大陸の東で名を馳せた武闘家の男、人を超えし仙人、深山の「戮仙(りくせん)」。



「いまなら魔王様と戦える...」


 赤髪の少女は人ではなく、全てを焼き尽くす炎の化身、「獄炎鳥(ごくえんちょう)」。



「え!?何を言っているんですか!?みなさん?」


 そして謎に包まれた魔王の参謀...は三人の方を見て目を丸くしていた。

 先程から彼らの、4人の魔物の言っていることが...何かがおかしい。



「さぁ、わしらの戦いは、まだ始まったばかりじゃ!」


 まるで何かの最終回のような台詞(せりふ)を言い放つ魔王。



「何を言ってるんですか!?魔王様まで!?」


 慌てる参謀。

 今まさに、陣形は4対4。正しくは3対5になるはずだが...



 疑問は疑問のままに、いま戦いの火蓋(ひぶた)は切られた。



「「うおー!!」」

 老人と、魔物たちが叫ぶ。


「「うぉー!?」」

 つられて人間の3人も叫ぶ、叫んでみるしかなかった。



 口火を切ったのは、二体の魔物、

 一気に人間達へ向かって、駆け抜けてくる。


 そして、それを迎え撃つ、魔王!

 あなたが迎え撃って良いのか!?という勇者の混乱をよそに、

 放ったそれは魔法ですら無く、目から光線。


「ぐわ!!」


 文字通りに「飛んできた」獄炎鳥の名を(かん)する少女を「撃ち落とした」。


 そして、もう一方の、殺戮鬼仙。

 戦士の振り下ろした剣を避け、勇者の神速の横薙(よこな)ぎを前へ、間合いを詰めて剣をもつ腕をつかみ止める。


「よくぞここまで辿(たど)り着いた!久しく見ぬ強者達よ!」


 2人の目の前で邪悪な笑みをこぼす戮仙(りくせん)、こっちが真の「魔王」じゃないのか?


「へっ、そいつはどうも」


 戦士は、その自慢の剣を、武器も持たぬ無手の男に避けられたことなど無かった。


「これが、戮仙...」


 勇者は、その横薙(よこな)ぎで間違いなく「()った」と確信していた。



 もはや始まってしまったものは仕方がない、

 魔法使いは3人?の仲間が時間を稼ぐ隙に呪文を詠唱する。

 となりの魔王は突然、得体のしれない何かを放ったが、違う、魔法はそうじゃない!

 先程のそれを頭から消し去りながら、自分の最強「だった」はずの魔法を信じて、詠唱に集中する。



「きくらーげ君はなしてー、わたしもいく〜!」

「勘弁して下さいスズナ!あなたまで行けば、あなたの姉妹たちまで参戦してしまいます!」


 ジタバタする少女を抱え上げて、困り果てた魔物の参謀は、必死に彼女を止める為の言い訳を考えた。


「スズナ!あなたはむしろ、私を手伝って下さい!

 このままではオーテルが担当するこの庭も、そこの果樹園の果実も、全部燃えてしまいますよ!」

「う〜、だ〜け〜ど〜!」


 私も遊びたい!今抱えている少女の葛藤(かっとう)が手に取るように参謀の青年の腕へ伝わってくる。


「果樹園が燃えたら、魔王様も後でがっかりしますよ!

 ツクネの炎はあなたにしか消せないんです!冷静になりましょう、スズナ!」


「う〜、...わかった...」


 必死の説得にしぶしぶ承諾した少女を、キクラーゲと呼ばれた青年は安堵(あんど)と共に地にそっと降ろした。

 そうこうしている内に、既に3人の勇者は気絶している。


 ...もう少し、がんばって下さい。参謀は落胆した。


 残り1人の「勇者組」と魔物2体の戦い...もう決着はついたはずなのだが、むしろここからが本番の様相だ。


「いい加減にしなさい!三人共!!」


 キクラーゲは頭を抱えた。


 この戦いをどうやって決着させるか、これから破損するであろうこの庭をどう直すか。


 庭を焼かれたオーテルを(なぐさ)め、ユドーフとツクネを(しかり)、ついでに魔王様も(しか)って、そこで気絶している3人の勇者を...いつものように魔王様は「今回は帰してあげようよ?」と言うであろうから...


 その3人を、今回の件についてどう言いくるめて王国へ帰そうか、それともいっそ土へと帰そうか?


 いつもどおり山積みとなるであろう問題に頭を抱えた。




 これは、その魔王が、

 魔王になる七日間の物語。



この度は、本作を開いて頂き誠にありがとうございます。

しばしの間、お付き合い下されば幸いです。


本作、特に一章は、少々重い展開かもしれません。

今はゆるいやつ意外ノーサンキューな方は、「魔の王の城の(いとま)」の章のみをご覧頂ければと思います。

こっちはこっちで、まぁ、アレですが……


それでは、序章のはじまりです!

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