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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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契約2 〜半獣の騎士〜

「……俺は、ある呪いをかけられている。その呪いを解く手伝いをして欲しい」


 男ージークフリードはアーリアの瞳を真っ直ぐに見つめながら話す。


『私は今、声を封じられ、術もまともに使えません。専門の呪術士や解呪士に頼んだ方がいいのでは?』

「もちろん、今まで有名な術士に解呪を頼んだことがある。しかし、それでもこの呪いを解くには至らなかった」

『……解呪の条件はご存知ですか?』

「ああ。俺は元騎士、剣士職で、魔法はからっきしだ。自力での解呪はできない。この呪いをかけた術士を殺すことも難しい。どうもこの呪いを受けた時、術士に歯向かえないように細工を施されているようでな」


 男ーージークフリードは苦い顔をして一瞬目を逸らした。


「実は以前、あの男を殺してやろうと試みた事があるんだが、自分の意思に反して身体が全く動かなかった……」


 彼は見た目によらず過激な性格のようだ。

 見た目が王子っぽいので、その言葉がより辛辣に聞こえた。


「アイツが死ぬまで待っていることなどできない。そうすると……他人に頼むしか選択肢が残っていなかった」

『……なぜ、私に?』

「アーリア、お前も同じ術士に呪いを受けているからだ」

『私に頼るのはリスクが高いです』

「だから信頼できる。お前は自分の呪いを解かなければならない。だから、自分の身の心配さえなければ、何としてでも呪いを解くだろう」

『それでも、他の術士を探す方が遥かに容易いはずです』


 ジークフリードは少し屈んで腕を組み、膝に置く。


「こう言えばいいか?ーー『東の魔女』、俺はお前を知っている」


 厳しい目つきでアーリアを射るように見つめてきた。アーリアはさっきまでとは違い、真顔で見つめ返した。その目に力が籠る。


「お前には解けるはずだ、自分にかけられた呪いを。もしこのまま解けなければ、お前の保護者も黙っている訳がない」


 まるで『東の魔女と呼ばれる所以を知っている』と取れる含みのある言葉と、保護者である師匠の存在を仄めかされ、アーリアの身体は知らずに魔力を放ち始めた。

 国に属さない魔宝具職人マギクラフトをよく思わない国の貴族や官僚は多い。自然と誹謗中傷も付きまとう。自分のことならどうでもいい。しかし、誰かにより師匠を傷つけられる事など看過できない。何よりも許し難い事だ。


「間違ってくれるな。俺はお前の力とお前の師匠の腕を信頼しているんだ。傷つけるつもりで言ったのではない。許してくれ」


 ジークフリードは慌てて頭を下げて謝罪する。ジークフリードの言葉に嘘がないと感じたアーリアは、少しだけ身体の力を抜いた。


「提案がある。俺はお前に呪いを解く手伝いをして貰いたい。その間、俺はお前の護衛を引き受けよう。もちろんお前の呪いを解く事が前提だ。どうだろうか?」


 悪くない提案だった。


 アーリアはこれ以上、一人で逃げ切ることは不可能だと思っていた。逃げる事に重点を置いているため、ろくに自分にかけられた禁呪の解析もできずにいるのだ。自分の置かれた状態も分からず、ただ闇雲に逃げるのはもう無理だった。

 ジークフリードが護衛してくれるならとても頼もしい。彼の逃げ足は先程体験しており、一応の信用もある。

 しかし、出会って数時間の男を全力で信頼できるほと、アーリアはお人好しではなかった。引きこもりの人見知りだから尚更である。だが、他に選択肢はないのも、事実で……。


「いきなり信じてくれとは言えない。だが、俺のことを信じてもらうだけの働きをこれからしよう。どうか俺の提案を受けてくれ」


 ジークフリードは両手でアーリアの膝にあった手を包んだ。

 その手は思いの外ひんやりと冷たく、汗ばんでいた。

 ジークフリードの緊張が伝わって来る。こんなチンケな小娘を相手にしているのに、強気な言葉とは裏腹に彼は緊張していたのではないだろうか。そう思えばこそ、アーリアは反射的に頷いていた。


『その提案を受けます。私は貴方の呪いを解く手助けをしましょう』


 聞こえないと分かっていたが、それでもアーリアは口を開いて言葉にした。それが今、何も持たないアーリアの、唯一の誠意だった。

 今、アーリアは声を封じられ、魔法も魔術も使えない。そんなアーリアを信じて頼んでいるのだ。

 声は音にならなかったが、ジークフリードにはアーリアが何を言ったのか判ったのだろう。今までの鋭い目つきや強張った表情が嘘のように、爽やかで柔らかに微笑んだ。


 ハッとアーリアは息を止めた。

 あまりに破壊力のあるその魅力的な表情。

 握られている手が急に恥ずかしくなった。



 ※※※※※※※※※※



『ジークフリードさん、目を閉じてください』

「……目を閉じるのか?」


 そう言ってアーリアは目を閉じる。ジークフリードもつられて目を閉じた。

 血管から血が全身に流れて行き渡るように身体中に魔力を巡らせる。その魔力を握られている手を通じてジークフリードの身体にも流した。

 目の奥の暗闇の中にぼんやりと光が宿る。真っ白な空間に突然2人の姿が現れた。2人は手を繋いだまま、向かい合わせに立っていた。


「ーーもういいですよ?ジークフリードさん、目を開いてください」


 聞こえないはずのアーリアの声が聞こえて、ジークフリードは慌てて目を開いた。そして驚いたように辺りを見渡す。


「ここは……?」

「ここは、精神世界アストラルサイド。私の魔力を通じて、こちらへ来てもらいました。まぁ、簡単に言えば『心の中』です」

「……こんな経験は初めてだ」


 ジークフリードの様子に苦笑した。まるで小さな子どものようだ、とは言えない。


「上を見てください。アレが貴方にかけられた呪いです」


 ジークフリードの上空には金の鎖が巻きつくように一本の芯に絡まっている。鎖に見えるものは実際には呪文の塊だ。


「あれが……?」

「アレを解く為に、時々こうして貴方の心を見せてください」

「ああ、ああ。勿論だ。いつでも見てくれ」

「それと……私と《契約》してください」

「契約?」

「はい、契約です。私は生憎、口約束を真に受けるほど愚かではないんです」


 アーリアは苦い顔をした。


 契約は相手を信頼していないようで、昔は好きになれなかった。しかし、口約束では互いの言い分が食い違っている事も多いし、トラブルになった時にそれを証明することができない。

 独り立ちする時、口約束で仕事を受けてはダメだと師匠に教えられた。相手の為にもきちんと契約を取り交わすことが、より相手を信頼することになると。それは回りまわって自分の信用にもなると教えられた。

 実際、魔宝具技師として独り立ちした時には、何度も契約に助けられもした。


「俺も賛成だ」


 ジークフリードもアーリアの考えが解ったのだろうか。真剣な面持ちで頷き返す。


「では、右手を離さずに左手だけ私の手に重ねてください」


 アーリアが顔の前に出した右手にジークフリードの左手が重なる。


「私はジークフリードさんの呪いを解く手助けをします。その努力をこれからする事を誓います」

「俺はアーリアを何者からも護ろう。その努力をこれからする事を誓う」


 重ねた掌から契約の言葉が光となり、お互いの手首に巻きつくと、花のような痣が浮かび上がった。


「これで《契約》は完了です。契約の解除は、お互いが結果に納得したとき、契約を破棄したいときに、また同じように行います」

「了解だ。お前の誠意に感謝する」


 そう言うと、ジークフリードはアーリアの足下に跪いた。流れるように優雅なその動作。騎士が主へと誓う忠誠のようにアーリアの手を取り、その甲に唇を落とす。


「アーリア、お前を何者からも必ず護ろう」


 騎士の誓約。

 本物を見たのは初めてだった。


 この国の騎士は自分の護る相手を決めると誓約を行う。それに魔法や魔術による縛りはないが、その分、騎士にとってそれを守ることは何よりの誇りだと聞いた。本物の騎士は誓約を破る事を死より重い罪だとも。

 お伽話や絵本で見たり聞いたりしたことはあったが、貴族令嬢でもまして姫でもない身で自分が体験することは、まず無いと思っていた。


(ひぃええええぇ……)


 思ったより柔らかな唇の感触。

 下から覗き込まれる爽やかな表情。


 全てにおいて、アーリアの許容量をパンクさせた。


 これまでアーリアは人の顔の良し悪しを気にしたことはなかった。

 恋人を作ったことも、好きな人が出来たこともない。

 師匠や兄弟子たちがそんなアーリアをからかってきたが、他の誰を見てもときめいたことはなかった。

 師匠や兄弟子たち以上に愛する者など、本当に現れるのだろうかと思ったこともある。

 それがここにきて、今日知り合ったばかりの、しかもこれから共謀者になる相手に初めて“うっかり”ときめいてしまった。


 そんなアーリアの様子に気づくこともなく、ジークフリードはさっさと立ち上がる。


「これは俺のケジメだ。これからよろしく頼む、アーリア」

「……えぇ……はい。よろしくお願いします」


 そうしてアーリアは内心あたふたしながら、意識を現実へと戻した。


 部屋のステンドグラスの小窓から、少しずつ光が差し込みだす。夜明けが近い。

 よっぽど先ほどの体験が不思議だったのだろう。ジークフリードは目を開けたり閉じたりして現実世界に意識を戻した後、窓の外の光へと視線を向けた。


「あぁ、夜明けか?丁度いい。俺の呪いを見てもらおう」


 そう言うと、ジークフリードは椅子を引いて立ち上がり、アーリアから距離を取った。


「……ぅ……くっ……!」


 ジークフリードの身体を光る黄色の鎖ー呪ーが巻きつく。苦しそうに眉を寄せ、少し声を漏らす。

 光の鎖が輝くと同時に何かが軋む音が部屋に響く。徐々にジークフリードの身体が盛り上がっていった。

 アーリアはそれを目を見開いて見つめていた。


 光が収まると、そこには一匹の大きな獅子がいた。

 昨日の昼間、森の中で出会った獅子の獣人がジークフリードだったのだ。



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