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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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北の塔の魔女2

 ※(シルヴィア視点)


 大山から吹き下ろしの風がバルコニーから室内へと吹き込む。その風は冷たく、まだ初秋だというのに肌を凍りつかせるようだ。

 金の髪が風に舞い顔にまとわりつくが、そのような些細な事は気にはならない。


「もうすぐ……もうすぐあのお方がここへ来てくださる……!」


 そう、あのお方が……焦がれて止まないあのお方がわたくしに逢う為だけにお越しくださるのだ。

 幼い頃、あのお方にお会いした時、まるで心に矢が刺さったように私の心はあのお方に縫い留められてしまった。麗しいかんばせ。長く艶やかな金の御髪。切れ長で涼やかな目元。灰青色の瞳には物憂げな雰囲気からも力強い威厳が宿る。

 あのお方が側にいるだけで芳しい香りがするようにすら感じた。あの頃から私の一番はあのお方なのだ。


 あのお方に認められたくて、あのお方の目に留まりたくてーー私はその一心で『北の塔』の魔女に立候補し、魔導士としての実力を国に認められてここへ配属された。

 あのお方に認められたくて、我が国システィナを外国からの脅威から守る為の《結界》を築いた。

 あのお方に認められたくて、北の帝国の使者とも上手く渡り合い、外交の一役を担った。


 けれどそれがどうだ?


 あれから五年。ここに配属されてからの五年もの年月が無為に経とうとしている。

 私が北の地に管理者として常駐するようになってからというもの、当然、社交界とも遠ざかる事とになった。俗世から離れざるを得なくなってしまったのだ。無論、あのお方に会う機会がめっきり少なくなくなってしまった。

 当初こそ私の『北の塔』赴任に心を砕いてくださって、ここへ何度も足しげく通ってくださった。しかしここ一年はその数も減る一方だ。お立場上、仕方のない事だと分かっていても、あのお方に会えない時間が増えるにつれ、私のあのお方への想いが募るばかり。


 そんなある日、私は驚愕の噂を耳にした。


 およそ二年前、東の国ライザタニアからの宣戦布告からの戦争突入が開始された。争乱の最中、当時『東の塔』を管理なさっていた魔女様がお亡くなりになった。そこへ、急遽赴任した現在の管理者たる魔女は、『東の塔』へ新たな《結界》を形成、我が国は戦争を回避するに至る。領民たちは勿論、国民たちはその魔女の貢献に感謝した。『塔』を管理するのは並大抵の想いを要する過酷な任務。しかも、そこが戦争の最前線なら尚更。

 勿論、私も同じ『塔の魔女』として敬愛の念を抱いた。あの噂を聞くまでは……!

 魔女は『東の塔』に《結界》を形成するも、その塔には常駐せず、市井の中で生活しているというのだ。しかも、先日の王宮で起こったサリアン公爵による王座簒奪騒動の際、騒動に巻き込まれた件の魔女は、窮地に陥った王と王子様方をお助けし、サリアン公爵の断罪と事件解決に一役を買ったのだという。そしてあろう事か、その功績によって、これまで以上に王子様方にーーあのお方にその尊い想いをかけて頂いているというのだ。


 何という事だろう!


 私がこの『北の塔』に缶詰めにされているというのに、同じ『塔の魔女』である筈の件の魔女は自由を欲しいままにするばかりか、私が求めてやまないあのお方からのお気持ちを向けられているのだ!


 許せる筈がない!!


 私はあのお方から、その瞳も、お気持ちも、滅多に向けては頂けないというのに、その魔女は私の求めて止まないモノを欲しいままにしている。


 だが、もうすぐ、この憂いを覚える日々に終わりがくる。


 あのお方が私に逢いに来てくださるのだから。それもくだんの『東の塔』の魔女を伴って……


「ああ!私の愛しい殿下‼︎ 早くお逢いしとうございます!」


 『準備』は既に整っている。後はあのお方に愛される日を心待ちにして、ただ、待つだけだ。



 ※※※※※※※※※※



 アーリアは白いマントのフードを目深に被り吹きつける風から身を守りながら、眼前の白き塔を見上げていた。


 白き塔の奥に見える大山から北風が冷たく吹き下されてくる。大山の頂きは白く化粧が施されており、初秋であるにも関わらず雪に覆われているのが肉眼でも見て取れた。大山の標高はシスティナ随一で、そこに積もる万年雪は夏になれど溶けることはないと聞く。また魔物も多く住まう地でもあり、命が惜しい者は安易にそのような山に登りはしない。


 ユルグ大山はシスティナとエステル帝国との国境なのだ。


 大山を隔て、互いの国を牽制し合う軍事拠点が存在する。システィナに於いては『北の塔』が国防を担う要所。常駐する魔導士が敵の侵入を阻む《結界》を発動して、常に敵国の脅威から国を守っている。


「……あぁ、とうとうココまで来てしまった」


 アーリアの心の本音が口から溢れて、冷たい風に流されていく。


 アーリアは王族の要望から『北の塔』への同行を余儀なくされた。『王族の要望』という事から、アーリアの荷物や準備物等は全て国が用意する事になり、流石のアーリアもそれには反論を唱えずにすんなり受諾した。

 そして、出発の日まで王宮ではなくアルヴァンド公爵邸で過ごした。王宮を拠点にすれば、また貴族からの要らぬ詮索や無謀な要望に巻き込まれる可能性が高かったからだ。宰相閣下の居城、アルヴァンド公爵邸ならば守りは万全。何せ、アーリアを私利私欲で利用しようという者はアルヴァンド公爵家の身内には存在しないのだ。それに、アルヴァンド公爵ーー時の宰相閣下自身が身を呈して匿ってくれる。流石にそこに手を出してくる猛者はいない。


 そして、遠征準備が万全に整えられた時、アーリアはナイトハルト殿下に請われて『北の塔』へと出発した。

 『北の塔』は北の国境線ーー国の端に位置する。王宮より馬車を走らせ半月。途中、《転移》の魔術方陣を使用する事数回、様々な街を経由し、やっとの思いで『北の塔』へ到着したのだった。


「あ〜〜イヤだ。帰りたい帰りたーい!」

「お、珍しく本音がダダ漏れじゃん?」


 アーリアが地面にしゃがみ込みながら小声で叫んでいた。その声をリュゼが拾い、同じようにアーリアの隣にしゃがむと即座にツッコミを入れた。

 背後では荷下ろしをする従者や隊列を組む騎士たちが忙しそうに往き来している。アーリアに仕事はないので、邪魔にならないように離れていた。


「だって……シルヴィア様に会ってどうするの?立場が同じだから話を……なんて事を言われても、実際に話せる事なんてないよ?」


 ナイトハルト殿下には申し訳ないが、これがアーリアの本音だった。確かに立場は同じだろう。しかし、互いの立ち位置は全く違う。きっと、価値観などは天と地ほどの差があるだろう。一方は貴族令嬢にして国から選ばれた魔導士、そしてもう一方は企画外の平民魔導士なのだ。『塔』の魔導士になった経緯からその熱意まで、何から何まで違いすぎる。

 国への忠誠心マックスの孤高の魔導士相手に、一体何を話せと言うのか……。

 アーリアの見た目がか弱く見えるせいで、男性目線からは同列のように見えているのかも知れない。だとしたら、何という誤解だろう!と、アーリアは頭を抱えたくなった。


「子猫ちゃんの気持ちは僕もよぉーく分かるよ!僕がその立場だったら、とっくに逃げてる」


 「寧ろ、絶対にココには来てないよ!」と明るく答えたリュゼに、アーリアはちょっとした苛立ちを覚えた。自分だって逃げたかった、でも逃げられなかったのに、と……。

 リュゼはアーリアからの殺意混じりの視線をサラリと受け流すと、アーリアの頭にぽんっと手を置いた。


「まぁ、今回は諦めよーよ。もうココまで来ちゃったんだしさ。次に、またこーゆー事態になりそうだったら、今度は僕が必ず連れて逃げてあげるから」


 リュゼは琥珀色の目を優しく細めてアーリアの顔を下から覗いてきた。リュゼの瞳は言葉と同じく、アーリアの気持ちに寄り添う気持ちが見て取れた。


「うん。ありがとう、リュゼ。その時はお願いね?」

「まっかせてー!僕、逃げるのは大の得意だから!」


 リュゼの言葉にほんの少しだけ勇気付けられたアーリアは、背後からの呼び出しの声を受けて立ち上がった。そして、この事態を早期解決すべく『北の塔』へ向かい歩いて行くのだった。



 ※※※※※※※※※※



「ーーッ! 」


 アーリアは足元の段を踏み外した。その瞬間、走馬灯のようにゆっくりと身体が後方に傾いで行く感覚に小さな悲鳴を上げた。転ぶ!と身構え、咄嗟に手を宙に伸ばす。階下のリュゼの手が自身の方へ傾いでくるアーリアに届く前に、アーリアの傾ぐ身体を引き上げる手があった。


「……アーリア殿、足元に気をつけてくださいね」


 階段から転げ落ちそうになったアーリアを、前を行くナイトハルト殿下の手が支えてくれたのだ。

 アーリアは手を引かれて階下への転落を免れ、ナイトハルト殿下の胸中で安堵の溜息を吐いた。そして、すぐ我に帰り、謝罪した。アーリアはナイトハルト殿下に抱き込まれたようになっていたのだ。


「……す、すみませんっ!」

「お気になさらず」


 微笑みながら謝罪は無用だと云うナイトハルト殿下は、アーリアを自身が立つ段にしっかり立たせると、腰に回していた手をそっと外した。


「この塔は一階から十五階までは《転移》の魔道具で移動できるのですが、残りの5階分は徒歩での移動を余儀なくされます。面倒ではありますが、これも『北の塔』と『塔の魔女』を守る為のシステムです。仕方がありません」


 ナイトハルト殿下はアーリアの手を取り、再度転ばぬように先導し始めた。アーリアはその対応には気まずさを感じたが、先ほどの失敗もあって拒否はできなかった。幼子のように手を引かれて歩くアーリアを見た背後のリュゼが小さな笑い声を挙げたが、アーリアはそれに聞こえないフリをした。


 『北の塔』は北の国境を守る軍事の要。《結界》を構築し形成する魔女を守る為、魔女の居る『塔』の最上階へは、敵の侵入を防ぐための仕掛けが要所要所に施されているのだ。また、様々な役割を担う沢山の騎士や兵士たちも、『北の塔』の内外に配備されている。そして、『塔』の内部に入る事を許された選び抜かれた精鋭騎士たちによって、その守りは更に強固なものになっていた。

 アーリアはその『北の塔』の内部ーーそれも最深部へとナイトハルト殿下に先導されて足を踏み入れた。

 『北の塔』の内部はアーリアの守護する『東の塔』と然程変わらない。ただ、内部より外部の趣きの方に大きな違いがあった。『北の塔』は湖の真ん中に建てられた陸の孤島。湖の周囲には四箇所の砦。そして、『北の塔』へは一本の橋が架けられ、橋以外には出入りが不可能になっているのだ。


 アーリアはふと小窓から外の景色を見た。階段の各所に設けられた小窓から見える大山は白い。その白さから外気の冷たさが『塔』の内部にまで伝わってくるようだ。アーリアは背中に冷たい物を感じて、ブルリと身震いした。


「アーリア殿……?大丈夫ですか?」


 窓の外を眺めたまま立ち止まってしまったアーリアに、ナイトハルト殿下は怪訝な表情を向けた。するとアーリアは自由になっている手の方で腕をさすりながら、眉を僅かに寄せるナイトハルト殿下へと苦笑して応えた。


「少し、寒くて……」

「これでも今日はまだ暖かい方なんですよ?でもーー確かに、慣れない方には少し寒く感じるかもしれませんね?」


 ナイトハルト殿下はそう言うと、自身の首に巻いていたストールを外し、アーリアの細い首に巻いた。ナイトハルト殿下の温かな体温がストールを通してアーリアへと伝わっていった。


「いえ、あの……お気遣いを感謝します」

「ふふふ。そう畏まらないでください」


 ナイトハルトは優しく微笑んでアーリアのその白い髪をストールの中から外へと梳き流す。一見、キザなその仕草も、ナイトハルト殿下が行うと様になって見えるのだから不思議だ。

 ナイトハルト殿下は少しだけ頬を紅色に染めたアーリアに憂いを帯びた視線を投げかけると、優雅な手つきでアーリアの手を再び取り、歩みを再開させた。


「さあ、到着しましたよ」


 階段を登りきるとそこには大広間へと繋がる大きな扉があり、扉は客人を招き入れるかのように大きく開かれていた。そして、その内部ーー『塔』の最上階に位置する大広間の中央には一人の美しい女性が佇んでいた。

 整った容姿。肌は白く、瞳は薄青色。白みがかった柔らかな金の髪を後ろで緩く編み背中に流している。

 流石、ナイトハルト殿下とは従姉弟いとこ同士というだけあって、涼やかな目元などは面立ちが似ている。ナイトハルト殿下とは同年代だろうか。もしかすれば、女性の方が少し年上かもしれない。美しい女性は柔らかく微笑むと、纏う華やかさが増したように見えた。


「遠い所をようこそおいでくださいました、ナイトハルト殿下」


 流れるような動作で、その美女はナイトハルトの御前に平伏した。


「出迎えに感謝を、シルヴィア殿。『北の塔』の守護の任、誠に大義です。システィナを代表し、ナイトハルトが感謝申し上げる」

「勿体無いお言葉です。以降も我が忠誠をシスティナ国へ捧げ、誠意を持って任務に従事させて頂きます」


 ナイトハルト殿下は『北の塔』の魔女シルヴィアの手を取ると、その甲に唇を落とした。そして、そのまま手を引いて立ち上がらせると、シルヴィアに対して柔らかな微笑みを返された。

 ナイトハルト殿下から麗しい笑みを向けられたシルヴィアはポッと頬を染めて、殿下の瞳に魅入っている。その姿はまるで『恋する乙女』のようだ。

 アーリアは扉の入り口付近で王宮からついて来た護衛の騎士たちに囲まれながら、二人の様子を傍観していた。まるで劇中のような一幕に思わず感嘆の溜め息が口から溢れた。それほどまでに美しい光景だった。


 暫くの間、ナイトハルト殿下とシルヴィアはバルコニーに続くガラス扉の前で談笑をしていた。


 アーリアは開け放たれたガラス扉から吹き込む風に多量の精霊と霊気を、その瞳を通じて感じていた。アーリアは『北の塔』へ至る道中も精霊濃度が次第に高くなっている事を不審に思っていた。『北の塔』は北の帝国エステルとの国境線。エステル帝国は目と鼻の先だ。

 やはり、北の帝国から風と共に精霊が流れてきているのだろうか、などとアーリアは考えを巡らせた始めた。暫く考え事をしながら小さな飾り窓からぼんやりと外の風景を見ていると、アーリアを名指しする声が聞こえてきた。


「アーリア殿、こちらへ」


 ナイトハルト殿下に呼びかけられ、アーリアはナイトハルト殿下とシルヴィアの元へと歩み寄る。アーリアの姿を確認するや否や、ナイトハルト殿下は「それでは、詳しい打ち合わせは後程にして先ずは紹介を」と言葉を続けると、ナイトハルト殿下はアーリアへと手を差し伸べた。


「こちら女性が『東の塔』の魔女、アーリア殿です」


 ナイトハルト殿下より紹介を受けたアーリアは背筋を正した。そしてシルヴィアへの礼儀を敬意と共に示した。


「お初にお目にかかります、シルヴィア様。アーリアと申します」




お読み頂きまして、ありがとうございます!

またブックマーク登録等していただきまして、ありがとうございます!

嬉しいです!


北の塔の魔女編は長くなったので、分割しました。読みにくい点もあるかと思いますが、ご了承ください。


シルヴィア→ナイトハルト殿下→アーリア→⁇⁇

見事に三角関係以上に拗れてまいりました!

次話もぜひご覧ください!

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