騒動の終結は恭しく2
騒然とした大広間から騒動の黒幕は幕を引き、王宮は静けさを取り戻しつつあった。
王宮にいる官僚や職員たちはそれぞれの業務に励み、本来あるその機能を回復しつつあった。ジークフリードとリヒト殿下の乗ってきた馬も使用人に馬屋へと連れられていった。その際にその光景を見た者は驚きを隠せずにはいたが、その馬に乗って来たのが第三王子だと知ると、皆口をつぐみ、しずしずと後始末に従事するのだった。
大広間には国王陛下と三人の王子、主要官僚、近衛騎士団団長、近衛騎士団副団長、そして主だった近衛騎士たちだけが残された。
そしてその中に、アルヴァンド公爵ルイスとジークフリード、アーリアと師匠、そしてちゃっかりとリュゼの姿もあった。
本件において宮廷魔導士たちは己の魔術を持ってしても関われず、またサリアン公爵との繋がりがある可能性もあると見て、一旦全員が拘束されたという。
「まず皆に謝っておく。すまなかった」
国王陛下の頭を下げた謝罪に、その場にいた者たちが慌てた。
「陛下、頭を上げてください!」
「サリアン公爵に暗殺されかけた貴方様も被害者の一人なのです」
「全てはサリアン公爵一人の野心が引き起こした騒動!」
「それを止められなかった私ども官僚全てが同罪でしょう」
忠臣たちの言葉に国王陛下は顔をしかめながら頭を上げた。
「皆の気持ちは有難い。だが、今回の騒動は私の目が曇っていた事が原因なのだ……。アルヴァンド公爵の言葉を受けすぐに行動に移しておれば、このように王宮を、いや国を混乱に陥れることはなかったのだ」
国王陛下はアルヴァンド公爵の方に身体を向けると、アルヴァンド公爵は膝をついて首を垂れた。
「私が無能だったのです!事態を早期に収拾できなかったばかりか、陛下のそのお命まで危険に晒してしまうとは、王と王家の盾と剣としては失格でございます。更には陛下の御手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
国王陛下はアルヴァンド公爵の元まで歩みを進めると、その肩に手を置いた。
「何を言う……そなたには感謝しておるのだ。そなたはサリアン公爵の魔の手に落ち獣人とされて尚、私たちを助けに駆けつけてくれたではないか!その忠信は疑う事などない!王と王家の盾と剣の一族、アルヴァンド公爵家にはこれからも変わらぬ守護を頼みたい」
国王陛下の言葉に、アルヴァンド公爵は陛下の御手を押し抱いて涙を流した。
「はい……!これからも永遠に変わらぬ忠誠をお誓いします!」
アルヴァンド公爵の涙ながらの忠誠と、それを受ける国王陛下との姿を拝見したジークフリードは深く感銘を受け、アルヴァンド公爵家の一員として国王陛下に対し跪いた。
そんなジークフリードに国王陛下は向き直ると、静かに言葉をかけた。
「……獣人とされた二年もの間、叛逆者として陥れられても尚、この国に忠義を尽くしてくれた其方は誠に騎士の鏡。よくぞこの未曾有の脅威に立ち向かい、私たちを助け、サリアンを断罪してくれたこと、感謝の言葉もない」
「はっ!私はアルヴァンド公爵家の一員として、当然の義務を果たしたまでです!」
「……しかしそれは途轍もなく辛く、屈辱の日々だっただろう。王宮にいる者たちの中にも、獣人とならされた者は多くいる。一時であっても己の意思に反して叛逆する恐ろしさを感じた者は多い。今のお主を揶揄し罵倒する事など誰にもできぬ……」
「……ですが私が獣人となり、奇しくも国に叛逆した事は事実。如何様にも処罰ください」
ジークフリードの潔い心に、国王陛下は清々しい気持ちを感じた。ジークフリードは己の友であるアルヴァンド公爵ルイスの気質をそのまま受け継いでいる。その精神はとても尊いものだ。王家にとって失う事などできる筈がない。
寧ろジークフリードを罵倒する者がおれば、国王陛下は問答無用でその者を処断するつもりでいた。その者はサリアン公爵と同じ思考の持ち主なのだから。
「処罰などせぬ。そなたを処罰すれば、獣人となった者全てを処罰せねばならなくなるではないか?……それに私はこのような忠臣を失いたくはない……」
国王陛下の言葉に背後に控える三人の王子たちも笑顔で頷いた。現国王が退位した後は王太子を中心に年若い王子たちがこの国を動かしていくのだ。それには一人でも多くの忠臣が必要だ。
何者にも屈せず、何事にも動じぬ、公平な眼を持ち、懐広くどこまでも共をする忠臣など、国中を探してもその数は如何程のものか。
ジークフリードの人となりを知る王子たちにとって、彼は手放せない人材の一人であったのだ。
「これからも私にーー王家とこの国にその盾と剣を捧げてくれないだろうか?」
「有り難きお言葉……!私の忠誠は今も昔も王と王家に捧げられております。これからも生涯変わらず私の忠誠は王と王家と共に……」
二年の歳月をかけた『決意』に終止符を打ち、ようやくその『想い』が報われた瞬間だった。
ジークフリードは国王陛下にその忠誠を請われ、自分を認められ、胸が締め付けられるほどの様々な想いが溢れ出てきた。目尻にから涙が溢れるのを止めるとかはできなかった。
「……ですが、私がここまで己の信念を曲げずに来れたのは、ここにいるアーリア……『東の塔』の魔女殿のおかげなのです」
ジークフリードに突然話題を振られたアーリアは一瞬肩を震わせた。これまでの騒動の中、王宮を歩き回ってきて今更なのだが、アーリアは場違い感を感じていたのだ。しかもアーリアはこのように注目されてる事に苦手意識がある。親しい間柄ならいざ知らず、ここは今、国王陛下を始め国の最高権力者たちが集まる巣窟だ。どのように話せばいいのか、その言葉遣いすら分からない。
ガチガチに固まってしまったアーリアに、国王陛下は小さな笑みを浮かべながら気軽な調子で話しかけた。
「そのように硬くならずとも良い。アーリア殿、そなたにも苦労をかけたな」
「いえっ……その……確かに辛い事もありましたが、今となってはとてもいい経験だったのだと思います。旅の間はジークフリード様に随分助けていただきました。陛下の忠実なる臣下をお返しする事ができて本当に良かったです」
アーリアは伏し目がちに国王陛下の言葉に受け答えた。
ジークフリードとの旅は、獣人の追手から逃げる事に神経を使い、途中命の危機もあり、気の休まる時は少なかったが、その中にはアーリアにとっては楽しい出来事も沢山あったのだ。行った事のない場所で新しい出会いもあった。初めての出会いもあった。
何より、ジークフリードとした何気ない話から過去のこと未来のことなど、沢山の話をする事で、自分の内面を見つめ直すきっかけにもなったのだ。
今では彼はアーリアの人生にとって、かけがえのない人物だと言える。
旅も終わり、これから別々の場所を行くとしても、彼の事を生涯忘れないだろう。
「そなたには私の忠臣たちのみならず、王子たちや私自身の命まで救っていただいた。ありがとう」
国王陛下の言葉にはにかむと、陛下から差し出された手を握り返した。
アーリアから手をゆっくり離すと、国王陛下は側近や忠実なる臣下に向き直った。その顔には厳しい目付きと威厳を纏っている。国王陛下の纏う雰囲気が変わると途端に周囲の空気までがピリッと引き締るようだった。アーリアはこの場に清廉な空気まで漂うようにさえ錯覚を覚えた。
「それではこれから王宮内の大掃除を行う。サリアン公爵を始め、悪しき根は根こそぎ除草する。官僚は政治の腐敗を正せ。騎士は団内の綱紀を正せ。宮廷魔導士団はその組織ごと見直す事とする」
国王陛下の命に、その場にいた者たちはアーリアと師匠、リュゼを除いて全員が跪き、頭を深く下げた。
「「「御意!」」」
忠臣たちは声を揃え、その勅命に従った。これからこの国の政治は見直され、より良い政が敷かれる事だろう。
一つの悪の芽が摘み取られ、そこには正義の花の種が植えられる。未来にはきっと美しい花を咲かせる筈だ。
※※※※※※※※※※
官僚や騎士たちが国王陛下の勅命を受けて即座に行動を開始したとき、その場に残ったアルヴァンド公爵とジークフリードに話しかけた国王陛下に、ジークフリードが待ったをかけた。
「陛下、誠に申し訳ございません!後日必ず全ての詳細をお話しします。今は不敬をお許しください!」
ジークフリードは跪いたまま国王陛下に対し一方的にそこまで謝罪の言葉を述べ切ると、急に立ち上がってツカツカとアーリアの下へ行き、その身体をガバッと抱き上げた。
「ジ、ジーク⁉︎ 」
「すまない、アーリア!だが無理をし過ぎだ」
アーリアは火照った顔で、ジークフリードを見つめ上げる。アーリアのジークフリードを見つめるその瞳は涙に潤んでいた。
ジークフリードはこの大広間に入った時からずっとアーリアの様子が気掛かりだったのだ。アーリアはサリアン元宰相と対峙している時から、普段とは様子が違っていた。ジークフリードにはアーリアがずっと我慢しているように見えたのだ。辛い身体を引きずり、気力だけで無理に動かしているように。
身体をフラつかせていたアーリアをジークフリードは有無を言わせず抱き上げると、その頰にそっと触れた。いつも白く冷たい肌がほのかに紅色を帯び、そこには間違いなく熱がこもっていた。
アーリアは急に抱き上げられて恥ずかしがったが、ジークフリードに「無理をし過ぎだ」と言われた瞬間、自分の体調不良を自覚してしまった。自覚すると身体は実に正直だった。身体はだる重く、頭も痛いように感じるから不思議だ。
アーリアはほぅと息を吐くと、身体を全てジークフリードに預けた。
「ジーク、アーリア殿をどこに連れていくのだ?」
リヒト殿下がジークフリードの背に話しかけると、ジークフリードは端的に答えた。
「アーリア殿は熱があるので医務室にて休ませたいと思います。陛下、殿下方、皆さま、失礼いたします!」
アーリアを抱いたまま頭を下げると、足早に大広間を出て行った。その後を軽い足取りで一人の青年がついていく。彼はアルヴァンド公爵を助けた信頼の置ける獣人仲間だと、アルヴァンド公爵はその場にいた者たちに説明をした。
しばらくの間、大広間から遠ざかる二人の賑やかなやり取りが残った者たちにも聞こえていた。
「〜〜ズルイ!獅子くんばっかり子猫ちゃんを抱っこして!」
「五月蝿い!ついてくるな馬鹿猫っ」
「もう猫じゃないですよーだ!」
「どっちでもいいだろう⁉︎ だいたいアーリアを裸足のまま走り回らせるなどっ!身体が冷えるではないか!お前、自分が馬鹿じゃないと言うならキッチリ、アーリアを守れ!」
「ひっど〜い!君がいない間、これでも子猫ちゃんを守ってたんだよ?君こそ子猫ちゃんが大変な時に何の役にも立たないなんて、ホントに騎士なの?」
「こ、こっちだって色々あったんだ!だいたい……」
などなど、病人の耳元で意味ないコトをギャーギャー言い合っている。二人の声が聞こえなくなると、アルヴァンド公爵は額に汗しながら国王陛下に対し跪き、床にその頭がつくほど深ーーく頭を下げた。
「〜〜愚息が申し訳ございませんっ!」
「……よいよい。……我々は確かにあの者たちの献身で命を救われ、そして国に仇をなす逆賊を捕らえる事ができたのだ。だからまぁ、これくらい多めにみてやらんとな?」
「はっ。陛下の寛大なるお言葉、痛み入ります」
「それに……あの堅物騎士にも漸く春が来たのではないか……?」
「…………」
思春期の少年同士のような二人の青年 ーその内一人は愚息ー のやり取りを思い出して、激しい頭痛がはしるアルヴァンド公爵。頭に手を当てて、苦悩している。
やはり教育の仕方に問題があったのだろうか……と。
そこへ連れて行かれた魔女の師匠が話しかけてきた。年若いその魔導士は長い黒髪を耳の裏に掛けながら、翠の瞳を細めている。その表情は保護者を持つ親のそれだ。年はジークフリードの方に近い筈なのに、その雰囲気はジークフリードの父、アルヴァンド公爵寄りだ。
「私はこれで失礼するよ?暫くうちの娘を預かってくれるんだよね?」
「そなたの大切な娘は、我々が丁重に扱う事を約束しよう」
国王陛下の言葉に師匠は一つ頷いた。王族が口に出した言葉を違える事はない。
「アーリア殿には私も愚息も大変お世話になりました。彼女は我が家でお預かりしましょう。身体が癒え次第、貴方の元にお返し致します」
アルヴァンド公爵の申し出に師匠は少し瞳を細めたが、少し思案した後、頷き一つで承諾した。
「して漆黒の魔導士殿、本件における報酬の方はどうする?」
漆黒の魔導士と呼ばれた師匠は国王陛下を見て、その唇に笑みを浮かた。
国王陛下は暗殺されそうになっていた所を助けられた。その後は彼の不思議な魔術の数々で、誰にも気づかれずに王宮を移動したり、大広間に紛れてサリアン公爵の悪事の告白をイライラしながら見聞きしていたのだ。
師匠は国王陛下の命の恩人どころか、国家の恩人と言って過言ではない。今回ばかりは言い値の報酬でもイヤとは言えないのであった。
だがそこはアーリアの師匠。この漆黒の魔導士と呼ばれる青年は変わり者として有名だった。
「ん〜〜つけといて。また纏めて貰いにくるから」
「私のお願いも一つ聞いてもらったしね〜」と師匠は国王陛下にのみ聞こえる声で呟くと、国王陛下に対して笑みを浮かべた。その笑みに国王陛下も笑みで返す。この魔導士が案外律儀で受けた恩には恩で返す事を知っているのだ。
「また困ったことがあったら今度は早めに連絡してくださいね、陛下?」
漆黒の魔導士は一言だけ忠告という名の催促をすると、白い金糸入りローブを翻し、その姿を消したのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ブクマ登録等、ありがとうございます!
励みになります!
ジークとリュゼのやり取りには安心感を覚えます。ジークはリュゼと関わって年相応の顔をする事が出来るようになったと思いますが、それが本人にとって良かったことなのかは分かりません。




