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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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もう一人の獅子の獣人4

 アーリアとアルヴァンド公爵はリュゼの言葉を受け、この事態を好転に導く為にどのような手段でこの場所から逃げ出すかを相談するいたとき、部屋の外が急に騒がしくなったのに気づいた。


 石畳みの廊下に複数の足音が響き、その音はだんだん此方の方へ近づいてきたのだ。アーリアたちは三人三様に身構えていた。すると程なくしてバタンッと音を立てて木の扉が内側へと大きく開かれた。


「そこまでだ、裏切り者めッ!」


 牙を剥いた狼の獣人が声を荒げて部屋の中へ飛び込んでくる。その後ろからバツの悪い表情をした虎の獣人、眉間にシワを寄せこちらを睨んでくる鳥の獣人、その他、アーリアの知らない獣人たちが複数人押し寄せてきた。狭い部屋なのでその全員は入れず、代表して狼と虎と鳥の獣人が部屋へと入ってくる。


「あっちゃ〜〜バレちゃった」


 全然反省も後悔もしていないリュゼの言葉に、狼の獣人の表情が益々険しさを増す。リュゼはというと退路を断たれたというのに、その顔は余裕そのものだ。


「その娘を匿うなどあのお方を裏切ったも同然!もう言い逃ればできんぞ、リュゼ!」

「僕は今まで言い逃れなんてした事ないよ?」

「〜〜五月蝿い!」

「そんなにカッカするとすぐハゲるよ?大丈夫、君の頭皮」

「ーーばッ、馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「な〜〜んだ。実は気にしていたのかな、ユーリ?」


 明らかな挑発にユーリと呼ばれた狼の獣人の顔に血が上っていくのが、アーリアから見ても分かった。二人の関係がどのようなものかは知らないが、リュゼはユーリと呼ばれた狼の獣人に対する扱いに慣れているように思えた。

 リュゼはアーリアを背に庇い、そのアーリアをアルヴァンド公爵が腰を引いて扉からーーというよりリュゼとユーリから距離をとらせた。君子 危うきに近寄らず、とはよく言ったものだ。


「貴様はいつものらりくらりと……!私の神経を逆撫でし……」

「君がいつも僕に突っかかって来るんだよ?来て欲しいなんて言ったコトないのにさ〜〜」

「なんだとーー⁉︎ 貴様がいつもあのお方の邪魔をするからではないかッ!」

「邪魔なんかしてないよ。僕は好きにしているだけ……」

「それが邪魔だと言うのだ!」

「ま〜たそんなにカリカリして。君、カルシウム足りないんじゃない?小魚でも食べたら?」

「〜〜〜〜⁉︎ 」


 狼の獣人の背後で虎と鳥の獣人とか額に手を置き、呆れた表情でリュゼとユーリのやり取りを見ている。だがその言い争いを止める気はないようだ。

 痴話喧嘩のようにも見えるソレを止める勇気のあるツワモノはココにはいないと見た。下手に関われば馬に蹴られてしまうだろう。


「お前は何故いつもいつも……!ま、まぁいい。その娘をこちらへ寄越せ。それで今回は特別にチャラにしてやろう」

「ヤダよ。何で僕が君の言う事聞かなきゃなんないのさ⁉︎ 」

「何だとーー⁉︎ 」

「聞こえなかったの?なんで僕が君たちに子猫ちゃんを渡さなきゃならないのって言ったの」


 リュゼはユーリと呼ばれた狼の獣人を射るような瞳で睨め付ける。口元はニヤニヤ笑っているが、その目つきはとても挑発的だ。


「子猫ちゃんたちはこれから行かなきゃならない場所があるの。僕はそれを止める気なんてサラサラないよ?」


「寧ろ推奨してる!」と言い、リュゼはアーリアにウィンクを投げかけた。

 アーリアはリュゼのその魅力的な仕草にドキリとしたーーのではなく、ある意図に気づいてアルヴァンド公爵の腕を腰に回されたままの姿勢でポケットから『ある物』を取り出した。そしてそれを掌に収めるとギュッと握りしめた。


「この閉鎖された空間から、どのようにその娘を連れ出すつもりだ?」

「連れ出すつもりなんてないよ?」

「ハァ……?」


 ユーリはリュゼの不可解な言葉に眉を潜める。


「僕が連れ出すんじゃなくて……」

『ーーリュゼ!』


 ユーリの言葉を遮るようにアーリアはリュゼに声を掛け、その手をリュゼへ伸ばした。

 リュゼはユーリの方に身体を向けたまま後方のアーリアの下へ一足飛びに後退した。そしてアーリアをアルヴァンド公爵の腕から引き離さず、そのまま反対側から大事そうに抱きしめた。


「……僕が子猫ちゃんたちについて行くんだよ?」


 アーリアは握りしめていた掌を開いた。その中には眩く光る七色の宝玉。魔力を込めたこの宝玉は輝きを放ちながら、その効果を発動させた。

 次の瞬間、瞳を開けることの出来ないほどの光が放たれ、部屋全体がその輝きに包まれた。


「ーーーーなッ⁉︎ 」


 ユーリたちが行動を起こすも既に遅く、光が消えたその時にはアーリアたちの姿は跡形も無く消えていた。

 アーリアたちは虹色の光に包まれると同時にその場から忽然と消えて居なくなったのだった。


 ※※※※※※※※※※


(ジークフリード視点)


 アーリアがバルドの術によって何処かへ跳ばされた後、その場にはバルドとその手下の獣人たち俺をを取り囲むように佇んでいた。

 俺は魔術による銀の鎖で身動きを取れぬまま顔だけを捻り上げ、バルドの双眸を睨みつけた。


「アーリアを何処へ跳ばした⁉︎ 」

「俺の研究所だ。アレはお前とは違い貴重な道具だからな……」


 バルドの言葉に俺は違和感を感じた。

 バルドはアーリアの事を『道具』、『最後の人形』などと揶揄して言っていた。それにアーリアは驚愕の表情をしていたのだ。


「……『最後の人形』……『道具』とは何だ?」


 俺の問いにバルドは律儀に答えてきた。


「……なんだ?お前は何も知らずにあの出来損ないの人形を守ってきたのか?おめでたいヤツだな?あぁ、それともアレに騙されていたのか?」

「……どういう意味だ?」

「知らないのなら教えてやろう……。アレは私に造り出された人造人間ホムンクルス。ある人物の遺伝情報を持つ複製人間クローンの出来損ない。今はそのパーツにしか価値のない私の道具」

「ーーーー⁉︎ 」


 俺は信じられない言葉の数々を聞いた。馬鹿馬鹿しい話だ。与太話と言ってもいい。人造人間ホムンクルスなど人間の想像の中の産物、お伽話だ。そのような存在が実在するなど聞いたことも見たこともない。人間が人工的に人間を造ったなど誰が信じるのか。それこそ神を冒涜しているとしか言いようがない。それが自分のよく知る人間ーーアーリアがそうなのだと言われ、素直に信じられる訳がない。

 だがバルドは兎も角、その周りにいる獣人たちがその言葉に平然としているのを見て、その言葉は嘘ではない、いや寧ろ真実なのだと更なる驚愕を覚えた。

 そんな非人道な魔導がこの世に存在するのだろうか。やはりこの男の言った話は全て出鱈目なのではないか。

 頭の中で様々な憶測や疑問が飛び交っていく。


「……コイツ、貴方様の言ったことを信じられないようですよ?」

「であろうな……人間が人間を造り出すなどこれまでの魔導士には不可能だっただろう。だが俺はその辺の低能な魔導士どもとは違う!俺には不可能を可能にする魔術チカラがあるのだ……!」


 成功例がすぐ側にいたではないか、それを貴様は疑うのか、とバルドは俺の思考を追い詰める。

 アーリアが人造人間ホムンクルス複製人間クローン?そんな馬鹿なことがあるか⁉︎

 彼女は一人の『人間ヒト』だった。そこには誰かに作られたものではなく、確かに個人の意思も感情も想いもあったのだ。


「つくづくおめでたい頭をしているのだな?あぁ……あの人形に絆されたのか?あれは人間ヒトの真似が上手い。長く人間ヒトに混じっていたおかげで、人間ヒトとして振る舞うのに長けているようだったからな?お前のようなお人好しなら簡単に騙せただろう……」

「アーリアは俺を騙してなどーー」

「それならお前はどうしてそんなに驚いている?自分が『騙された』と思ったからではないのか?」

「ーーーーッ」


 俺は唇の端を噛んだ。

 バルドの言葉が胸に突き刺さる。

 彼女に『騙された』など、そんな事は決してない。だが何故かバルドの言葉が俺の身体を雁字搦めにするのだ。


「もうどうでも良いではないか?お前はこれであの人形のお守りから解放されたのだから……」


 更にもうアーリアを守る必要はないと告げられる。守る者はもうここにいないとも俺には聞き取れた。


「アレはお前を『殺すな』と願った。だからお前を殺さないでいてやろう。アレは今では貴重な道具なのでな……お前を生かす取り引きぐらいなら、応じる価値はあった」


 手間は掛かったが無事手に入れる事もできた、と言い残すとバルドは俺から視線を外すと身体を翻す。バルドに続くようにそれまで佇んでいた獣人たちも動いた。

 バルドが腕を振り上げるとバルドを中心に魔術方陣が展開された。魔術方陣は赤く輝きだす。そしてバルドが呪文の詠唱した後には、彼らは俺の目の前から消え去り、この部屋には俺だけが取り残された。


 パキンと音を立てて俺を拘束していた魔術の鎖が弾けて消える。膝と手をついて身体を起こしていく。


「……アーリア……!」


 暫く呆然としていた俺は、アーリアをみすみす目の前で奪われた悔しさから、バルドに突きつけられた真実から、拳を床へ叩きつけた。

 アーリアが跳ばされる前に見せた、泣きそうで悔しそうで、でもどこか諦めたような表情が脳裏に浮かぶ。


 アーリアはよく困った表情をしていた。相手からの好意をそのまま受け取ることを拒んだ事も多々あった。

 俺が『お前を守る』とアーリアに騎士の誓いを立てても、素直に守られてくれたことなどなかった。『守らせてくれ』と俺が半分脅迫のように懇願しようと、アーリアは『きっと後悔しますよ?』と逆に念を押してきたのだ。


 俺はふとアーリアのある言葉を思い出した。アーリアは両親などいない、人間ヒトは誰も自分を愛することなどないと言っていた言葉だ。その言葉の意味を今頃になって理解できた。そしてそれを口にした時のアーリアの気持ちを考えると、居た堪れない気持ちが身体中に駆け抜けていくのだった。


「俺はお前になんて酷いことを言ってきたんだ……」


 アーリアは常に己を卑下してきた。

 その度に下賤の生まれなど気にしない、出自出世が確かでないなど気にする必要はない、と何度もアーリアに告げ、励ましてきた。いや、励ましてきたつもりだった。


 ーそれがどうだ?ー


 その言葉の数々が更にアーリアを傷つけていたなど思ってもいなかったではないか。俺は自分の価値観でアーリアの気持ちを踏みにじり、身勝手な想いを押し付けてきたのだ。

 アーリアが恋愛方面に疎いと揶揄い、もっと自分の身を大切にしろと説教までした。彼女が自身を人間ヒトと同列に並べていないのに、なぜ俺の言葉に理解を示すというのか。


 そんな俺の言葉をアーリアはいつも困った顔をしつつも最後には受け入れてくれていた。困惑しながらも俺の手を取ってくれた。《契約》と称しながらも俺を助けてくれた。そこにはアーリア個人の『想い』があった。


 ーアーリアが造られた人間である事など関係がない!ー


「そんな事は関係ないんだーー!俺はアーリアを守りたい気持ちに変わりはないッ!」


『守る』と決めたのは俺の意思。バルドにどう言われようと関係はない。


 ヒトはどのように生きるかで個人の価値は決まるのだ。決して生まれが個人の価値を決めるのではない。生まれる場所は自分では選べないのだから。


「お前は俺の『願い』を叶えたいと言ってくれた。応援すると言ってくれたんだ……!俺はそのお前の気持ちに応えたい!」


 決してアーリアに騙されていた訳ではない。バルドの言葉を肯定した訳ではないのだ。


 アーリアを想うと、俺の心は締め付けられていく。

 今すぐ彼女を助けに行きたい。きっと今頃彼女は己を卑下して落ち込んでいるだろう。泣いているかもしれない。そんな彼女を抱きしめて「俺はお前が何者でも構わない。ずっとアーリアの味方だ」と伝えたい。彼女の傷が癒えるまで側にいてやりたい。


「君は彼女が何者でも構わないと言ってくれるんだね……?」


 部屋の扉の前にはいつの間にか一人の青年が立っていた。

 翠の瞳を持ち黒く美しい髪をたなびかせた青年は、俺の前まで来ると俺の目を覗き込みながら話を続けた。


「これからも君は、彼女を守りたいと思ってくれるんだね……?」

「ーー勿論だ。何があろうと俺のアーリアへの想いに変わりはしない……!」


 そう。俺の気持ちは揺るがない。

 アーリアの『真実の姿』は俺自身が知っているのだ。


「そう……」


 突然現れた黒髪の青年は、俺の言葉に安堵したかのように淡い笑みを浮かべる。

 そして白く長いマントからスラリと白い腕を出すとその腕を掲げた。すると俺の真上で光が眩く爆ぜた。


お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、大変感謝しております!

ありがとうございます!


リュゼとユーリのやり取りが好きです。

ユーリはリュゼがキライなようですが、キライなのに突っかかって行くなんて、あれですよね〜〜?

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