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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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もう一人の獅子の獣人3

 サリアン宰相が去った後、アーリアはアルヴァンド公爵との話を続けた。

 小さなメモ用紙には小さな字でビッシリと文字が書かれている。筆談するにも内容が濃いだけに、なかなかの労力が必要だった。


『ではやはり、この国の宰相様が?』


 アーリアの質問にアルヴァンド公爵がしっかりと頷いた。


「宰相殿が最近起こる事件の全ての糸を引いているとみて間違いない。私はそれを内密に王へと進言申し上げた。その日から程なくして私は獣人たちに攫われ、魔導士によって獣人の姿に変えられしまったのだ……!」


 アルヴァンド公爵は二年前の王宮宝物殿襲撃事件後、サリアン宰相の動向を少しずつ探っていたようなのだ。

 まずアルヴァンド公爵家の子息の一人、ジークフリードがあの事件で殺されたと報告を受けた際、死んだのなら何故その死体が存在しないのかを問いただそうにも、どの関係者も口を閉ざした事がサリアン宰相不審への決定打と言えた。

 それまでもアルヴァンド公爵家令嬢リディエンヌが第三王子の婚約者候補に決定後にも関わらず、リディエンヌを『東の塔』へ魔女として派遣するという突然の辞令など、サリアン宰相には事あるごとにアルヴァンド公爵家を陥れる算段が見え隠れしていたのだ。それが疑惑の発端とも言えた。


 この二年間に国の各地で起こる事件を捜査すると必ず何処かで息詰まる。それも疑惑がサリアン宰相に行き着こうとする直前でだ。囮の者がサリアン宰相の代わりの犯人に仕立て上げられ殺害された者、自害した者もあった。

 ここまでくると疑惑は真実へと変貌を遂げたと言っても過言ではなかったのだ。


「システィナ国王は私の唯一の主であると共に朋友。陛下は私の進言を真摯に受け止め、慎重に身の回りを固めておられた。その厳重な警護の隙をどのように突いたのか⁉︎ 陛下ご自身がお倒れになるとは……!」


 アルヴァンド公爵は両腕に、そしてその両の拳に力を込めテーブルを叩いた。その苦悩の表情には陛下を何とかお救いしたいという強い想いがこもっている。できる事なら今すぐにでもお救いに上がりたい!と。

 アーリアはそっとアルヴァンド公爵の拳の上に手を置いた。


「すまない、アーリア殿。貴女に気を遣ってもらうとは……。このようにすぐに頭に血がのぼるなど、恥ずかしい限りだ。貴族たる者、常に冷静でなくてはならない。その目で公平に物事を見つめなければならないのだが……」


 アーリアはアルヴァンド公爵が頭に血を登らせるのは、何も事態に対して憤りがあるから、という理由だけではない事に気がついていた。


『アルヴァンド公爵様が冷静でいられないのは、『獣人』となっているからです。お気になさらないでください』

「そ……そうか?獣人の身体とはこのように感情をも左右するのだな?」


 アーリアは頷いた。

 ジークフリードもそうだったのだ。獣人になると感情のコントロールが効かない時が度々発生する。人間が獣人へとその身を変化させるのは、その身体にも心にも深く影響するのだ。体組織そのものが全く違うのだから。

 人間と獣人とでは生態としての在り方がそもそも違う。獣人の肉体に人間の脳が引きずられていくのだろう。


『サリアン宰相様と魔導士バルドとは繋がっているのですね?』

「うむ。そう見て間違いないだろう。現に私がこうして獣人とされている。私自身がその証明とも言える」


 アルヴァンド公爵は自分自身の身体を指した。


「アーリア殿の話を聞くに、この場所はどうやら魔導士バルドの研究室と繋がっているらしい。そこへサリアン宰相殿は度々訪ねてくる」


 アーリアがバルドの研究室から逃げた先に、アルヴァンド公爵が拘束されている部屋があったのだ。そこへサリアン宰相が姿を見せる。その二人に明確な繋がりがあると確かに証明したようなものだ。


「先ほどの会話をアーリア殿も聞いたであろう?それも証拠の一つとなるだろう」

『え……⁉︎』


 アルヴァンド公爵の言葉にアーリアはギョッと目を剥いた。

 アルヴァンド公爵はアーリアをこの事件の証人の一人に押し上げるつもりなのだ。アルヴァンド公爵自身がこの事件を糾弾する機会を与えられたら、すぐに証拠証明と事実確認のため証拠提出を行うだろう。確実にサリアン宰相を追い落とす為ならば使えるモノは使い、その為に自身をも駒の一つとするつもりのようだ。その際のアイテムの一つとしてアーリアをも証言台に立たせる、と明言しているのだ。

 アルヴァンド公爵は口元は笑っているが、その目は獰猛な肉食獣のソレだ。彼はその時が確実に実行に移すだろう。

 アーリアの驚きをワザと無視してアルヴァンド公爵は話を続ける。


「だが考えるに、二人の利害が完璧に一致しているとは思えないのだがな……」

『そ、そうですね……』


 この少し強引に話を進める所がジークフリードと親子だと、アーリアには強く感じさせられた。何より国の利益を優先し、有益ならば率先して己自身をも差し出す献身さやその忠誠心などソックリではないか。

 しかもアーリアはアルヴァンド公爵の話に一度も肯定していないのに、彼の中では既に決定事項。ジークフリードが有無を言わせずアーリアを味方につけたやり口と被って見えたのは、きっと気の所為ではない。


『魔導士バルドは私自身を狙って『捕獲』という手を取りました。でも』

「サリアン宰相殿はアーリア殿の命を狙っているのだろう?アーリア殿が害されれば再び『東の塔の魔女』を選び直す必要があるからな……」


 また『東の塔』だ。この話題はアーリアを苦しめる頭痛の種?いい加減腹を立ててもいいだろうかと、アーリアは少し凹んで俯いた。

 そこへふとアルヴァンド公爵がアーリアの頬に手を伸ばしてきた。暖かく大きな掌がアーリアの頬をそっと包む。


「アーリア殿、すまない。このような争いに巻き込んでしまった我々を許して欲しい。貴女には何の非もないのだ。私如き謝罪で申し訳ないが、受け取ってくれるとありがたい」


 アルヴァンド公爵の澄んだ青い瞳がアーリアをスッと覗きこんできた。その瞳はジークフリードのそれととても似ていた。

 アーリアは伏せていた顔を上げて、ゆるゆると首を振った。そうしたらアルヴァンド公爵はとても魅力的な微笑みを浮かべたのだ。アーリアはアルヴァンド公爵の仕草にジークフリードを重ねてドキリとしてしまった。さすがジークフリードの父君。血は争えない。人間の姿は知らないが、きっと知的で素敵な紳士ジェントルマンだろう。


「ーーとすれば、益々この場所から生きて出ねばならないな」


 アルヴァンド公爵の提案にアーリアが同意しようとした時、気配もなくその人物は現れた。


「僕もその意見には賛成だね!」


 鈍いアーリアなら兎も角、色々と鍛えていそうなアルヴァンド公爵までその気配を感じることができなかった。声が掛けられるまで、そこにヒトがいると気づかないなど、あり得ぬ事だっただろう。

 二人は驚いて座っていた椅子から立ち上がるなり、声の方へ振り向く。そこには、不敵な笑顔を浮かべた猫獣人の姿があった。


『リュゼ⁉︎』

「何者だ⁉︎」


 声なきアーリアの声と、厳しく叱責するアルヴァンド公爵の声とが重なった。

 アルヴァンド公爵が止める間も無くアーリアはリュゼへ駆け寄った。リュゼは突進して来たアーリアを胸で受け止めると、アーリアに向けて苦虫を潰したような表情を向けた。


『リュゼっ!無事だったの?身体は大丈夫?《隷属》は……⁉︎』


 アーリアはリュゼの開きかけた口を遮る勢いでリュゼに問い詰める。


「……ありがとう、子猫ちゃん。こんなにも僕のコト心配してくれるなんて嬉しいな〜〜。でも……」


 あっちの獅子さんの態度が普通だよ?とリュゼが肩を竦めた。

 リュゼに対し警戒心を露わにし、アーリアを助けるべく動こうとしたアルヴァンドを指差しながら言葉を繋げる。


「子猫ちゃんさ……彼みたいに、ちょっとは僕のコトを疑ってかかった方がいいよ。予告もなく現れた獣人に対して警戒心なさすぎでしょ?」


 アルヴァンドは突如現れたリュゼに警戒し威嚇しようとした時、アーリアが飛び出して行ったので、どうしたものかと佇んでいる。


『でも……リュゼだから……』


 リュゼは『アーリアを傷つけない』と言っていた。その言葉はこれまでどんな時も守られてきたのだ。加えて、突然現れるのはリュゼの十八番。アーリアにとっては今更驚くべきことでもなかった。

 アーリアにとっては、リュゼがバルドの術を受けて苦しめられている事の方が、リュゼを警戒する事より重要だったのだ。


「……ホントに大丈夫だよ。まぁ、子猫ちゃんのオカゲなんだけどね?」

『え……?』


 リュゼは首から下げている青く澄んだ宝玉を手にとってアーリアへと見せる。それはアーリアが師匠から貰った《痴漢撃退》の魔宝具だった。


『それ……!』

「そ!これのおかげで助かった。凄いよね〜〜この魔宝具。《隷属》も跳ね除けちゃうなんて」


 リュゼはこの魔宝具をバルドの命令でアーリアから取り上げさせられた。だがその事で偶然にも魔宝具を所持したリュゼに、その魔宝具の恩恵が与えられたようなのだ。おかげで《隷属》の支配から逃れられていた。


 リュゼはアーリアの頬を優しく撫でた。その仕草はとても愛おしそうに、それでいて苦しそうに……。


「……君はこんなにも簡単に僕を受け入れて……君は僕を恨んでもいいんだよ?君をこんな酷い目に合わせたのは、僕の所為でもあるんだから」


 「ごめんね、子猫ちゃん」とリュゼはアーリアの頬を、流れた涙の跡を擦った。アーリアの身体の彼方此方に打撲痕やかすり傷が見て取れ、リュゼは顔をしかめた。


「僕は君を傷つけないって言ったのに、その約束を破ってごめんね?」

『……リュゼは約束を破ってなんてないですよ?私はリュゼに傷つけられた事なんて今まで一度もないんですから』


 アーリアの負った傷は全て自分の招いた結果だ。身体の傷も心の傷も。

 遅かれ早かれバルドには捕まっていただろう。だがアーリアはその時に向けて対策をしてこなかった。いや、心のどこかで創造主たるバルドに見つかるはずがない、と思っていたのかもしれない。

 バルドに捨てられたアーリアは師匠に拾われて12年もの長い年月を平穏無事に暮らしてきのだ。その平穏が崩れることなど考えた事もなかった。

 その穏やかな日々が保たれていたのは、偏に師匠と兄弟子たちによる隠蔽工作の賜物だった。その事にここに至るまで気づかされなかった。いや気づくべきだったのに、彼らの優しさに甘えて見て見ぬ振りをしてきたのだ。

 アーリアはずっと彼らに守られてきたのだ。それに疑問すら持たぬように、真綿に包まれて、とてもとても大事にされてきた。なのに、その恩恵を疑問にも思わず、当たり前のように受け取ってきたのだ。


 自分が普通の人間ではないことを、無意識下に忘れようとしていた事もその一因だ。嫌な現実に蓋をしてきたのは、アーリア自身。


 ここに至り、バルドに捕獲され、ステラ復活の為の道具にされようとしているのは、全て自分の考えなさが招いた結果と、アーリアは自認していた。誰の所為でもない。ましてや他者リュゼのせいでは決してない。リュゼはアーリアの旅を初めからずっと見守ってくれていたのだから。


『いつも私を見守ってくれていたリュゼが、私に謝る必要なんて一つもないんですよ?むしろ私はリュゼにとても感謝しているんです』


 『ありがとう、リュゼ』というアーリアの言葉と笑顔に、リュゼは「そう」と一つ呟いた。そしてアーリアに今まで見せた事のない微笑みを見せた。それは何時もの軽薄そうな笑みではなく、とても穏やかで儚い笑顔。リュゼの素顔の笑顔だった。



 ※※※※※※※※※※



「あ〜〜その〜〜。アーリア殿。そちらの御仁は敵ではないのかね?」


 アーリアとリュゼの微妙な雰囲気を壊したのは、アルヴァンド公爵の遠慮しがちな言葉だった。

 アーリアとリュゼは側から見ると、まるで恋人同士の感動の再開!のような雰囲気シチュエーションを作り出していたのだ。リュゼはちゃっかりアーリアの瀬に腕を回して役得とばかりに抱きしめている。

 アルヴァンド公爵としては、アーリアと自分の息子とがそういう関係なのでは?くらい勘ぐっていたのもあって、ここに来て現れた第三者とアーリアのやり取りを見て大変困惑した。だから、よく知らない人間関係にツッコミを入れて良いものなのか悪いものなのかが判断つかないでいたのだ。


「ん〜〜敵ではないのかな?味方でもないけど。あれ?僕って敵なのかなぁ?」

「……」


 リュゼの不可解な言葉にアルヴァンド公爵は言葉を詰まらせる。アーリアもリュゼとの関係を一言では言い表し難い。


「僕もバルドに獣人とされた者の一人だよ。それを脅威に思う人間ヒトたちからしたら『敵』でしょ?でも、僕は子猫アーリアちゃんを傷つけるつもりはないから……」

「そういうことか……」


 アルヴァンド公爵はリュゼの言葉に直ぐに理解を示した。

 自分の息子ジークフリードでさえ、無理矢理獣人とされたのだ。他にも同じような境遇の者たちがいたとしても不思議ではない。そしてそんな彼らの中には、バルドやサリアン宰相の悪業を良しとしない者がいる事がリュゼの一言で知れたのだ。

 だが、バルドに使役される獣人たちは平穏に暮らしている民たちにとっては、全て引っ括めて『悪』とされるのだ。それは獣人ほんにんたちにとっては理不尽この上ない事だろう。

 同じ境遇になった者しか理解できぬ、理解されぬのは世の常。アルヴァンド公爵は自身が獣人とされて、奇しくもその理不尽さを身に染みて理解することができたのだ。

 得体も知れないと思った猫獣人は、アーリアにある意味信頼されていた。今はそれだけで今は良いではないか、とアルヴァンド公爵は結論づけた。


「では、敵でも味方でもない貴殿は、私たちがここから生きて出ることーーつまり、早く逃げ出す事を薦めるのだな?」

「そうだよ。この研究所なかは子猫ちゃんが逃げた事に加えて偉そうなオジサンが横から命令出しに来たから、ごたついてるんだよね〜〜」

「それは……⁉︎ また王宮周辺で事件が起こる、という事か……?」


 アルヴァンド公爵の理解の早さにリュゼは笑みを深めた。


『そもそも何処に逃げたらいいんだろう……?』

「ただここから逃げるだけでは意味がない」


 アーリアの呟きとアルヴァンド公爵の言葉とが重なった。リュゼは双方を見比べると、どこか嬉しそうな目つきになった。


「そうだね〜〜。ここから逃げるだけではこの事態をどうにかできないよね?」

「この事態を逆転ーーいや、好転させなければならない。それには……」

『……何とか、王宮に行ければいいんじゃ……』

「子猫ちゃん、正解!この獅子さんを連れて王宮へ行く事でこの事態を好機に転じる事ができるかもね?」


 アルヴァンド公爵はリュゼの言葉に深く頷いた。己がどんな姿であれ一刻も早く王宮へ行くこと。国王陛下に御目通り願うこと。そしてサリアン宰相の悪事を断罪すること。その全てが事態の好転に繋がるだろう。この獣人の身すら宰相の罪の一部の証明にもなるのだから、寧ろ今が好都合かもしれない。


「いざとなれば、君の持つスキルで彼を《擬装》する事もできるしね〜〜?」

「……擬装??魔法か?」

『それが……私、アルヴァンド公爵様の人間の時のお顔を知らないんです。だから……』

「あちゃ〜〜そりゃダメだ。あれはイメージの産物だから……」


 スキル《擬装》はイメージ100%の産物。創り出すイメージがなければ発動すらしない。

 アーリアの言葉はアルヴァンド公爵には聞こえていないので、アルヴァンド公爵がリュゼからスキル《擬装》についての説明を受けている。そのスキルの弱点を聞くと、先ほどのリュゼの言葉 の意味に納得したようだった。


「どっちみち陽が沈めば獣人から人間に戻るし、その時を狙うっていうのもアリじゃない?」


 リュゼの言葉にアーリアもアルヴァンド公爵もそれも有りだと頷いた。


 三人が話に夢中になっていると、部屋の外に複数の気配が生まれた。石畳みの廊下には複数の足音が響き、その音は徐々にこちらの方へと近づいてくる。アーリアたちは三人三様に身構えた。すると、程なくしてバタンッと音を立て、扉が内側へ大きく開かれたのだ。


「そこまでだ、裏切り者めッ!」




お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、ありがとうございます!

励みになります!


なんやかんや言ってたのに、アーリアに惹かれてリュゼ登場です!

普段チャラチャラしてるのに、一度好きになったら一途タイプかな?


話はこのまま第1部完結に向けてノンストップで更新予定です!

次話もよろしければお読みください!

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