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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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騙し騙され2

 

「あ、そこの可愛いおねーさん!注文いい?えーーと、何がおススメなの?昼のセット?じゃあそれを三つ!へぇーこの辺は黒牛が有名なの?え?セットのドリンク?お酒は入らないの?え〜〜じゃあ仕方ないなー。子猫ちゃん、炭酸飲める?そ!じゃあ炭酸三つで!なるべく早くお願いね〜〜!」


 嵐のようなやりとりの後、女性店員に向けていたヘラヘラした笑顔をそのままこちらに向けてきたのは勿論リュゼ。彼は当たり前のように二人の間に割って入り、ちゃっかり同じ席に着いている。


「……だから、なぜ貴様がここに居るんだ?」

「なぜって……それは子猫ちゃんがいるから、でしょ?」


 お決まりになりつつあるジークフリードの言葉セリフを受けたリュゼは飄々とした雰囲気を変えようともせず、ただ肩を竦めて見せただけだった。リュゼの胡散臭い言葉と笑顔は今日も絶好調だ。

 ラスティという名の街、その入り口にある食堂は超満員。真昼の昼食時なので賑わっているのは当然だろう。その店内でリュゼとジークフリードの声が上がっては喧騒に紛れて消えていく。


「……貴様は何故我々の行く道が判るんだ?」

「そ・れ・は〜〜僕と子猫ちゃんとは赤い糸で繋がっているから、かな?」


 リュゼはウィンクするとアーリアの手をヒョイっと取り、自分の小指とアーリアの小指とを合わせた。


「〜〜阿呆な事言ってるんじゃないッ!」


 ジークフリードは勢いのままリュゼの頭を叩くと、アーリアの手をリュゼから引き離した。


「も〜〜獅子くんはすーぐ手が出るんだから!そんなポンポン頭叩いて僕が馬鹿になっちゃったらどーすんの?」

「……もしかしたら逆に馬鹿が治るかもしれんぞ?」

「僕は壊れた魔宝具か!?そんなワケないでしょッ!」


 リュゼとジークフリードの掛け合いを見ながら、アーリアは笑いをこらえた。夫婦漫才か!?と思えるほどのテンポの良さだ。

 アーリアのその様子にリュゼとジークフリードは眉にしわを寄せる。


「どうした、アーリア?」

「何笑ってんのさ〜子猫ちゃん?」

『いえ……二人のやりとりが面白くてっ……!凄く仲が良いから……!』

「アーリア……こんな奴と仲が良い訳ないだろう?」

「ひどーい。僕と獅子くんとはもう切っても切れない仲なのに!」

「気持ち悪いこと言うな、馬鹿猫が!」


 完全にリュゼがジークフリードを揶揄って玩具にしている。ジークフリードもそれが分かってはいても、リュゼには言い返さないと気が済まないようだ。


「それにしてもさ、何なのその顔?」

「……は?」

「僕が教えてあげた能力スキルでしょ、ソレ?」

「……そうだが?」

「な〜んでそんなにイケてる顔にしてんのさ?」

「元から俺の顔はコレだ!何か文句でもあるのか?」

「え〜〜。てっきり見栄はってカッコつけてるのかと思った!」

「やはり馬鹿なのか?そんな意味のないことせんわ!」

「……でもその顔で子猫ちゃんを口説くくせに……」


 ジークフリードがまたイラッとしてリュゼの頭を叩いたのはお約束だ。そこに……


「はいよ、お待たせー!」

「わ〜〜お!美味しそう!」


 食堂の女性店員ウェイトレスがアーリアたちの前に食事を運んできた。

 丸テーブルには湯気の立つ料理が並ぶ。ひよこ豆のスープ、サラダ、焼きたてのパン、そしてメインの黒牛のハンバーグなど、昼にしてはそれなりに豪華なそのメニューは、リュゼが勝手にチョイスして注文したものだった。


 三人はさっそく腹の虫を抑える為に食事を始めた。アーリアはこの街に長年住んできたので、馴染みの料理が多い。二ヶ月しか離れていないかったのに、なんだか懐かい味に感じた。


 食事を済ませたら師匠の屋敷へ行く予定だ。師匠の屋敷は街の外れにある。この食堂のある街の西側から街を斜めに真っ直ぐに突っ切り、少し森を入った所だ。

 師匠を訪ねた所で、居るか居ないかは分からない。分からないが当初の目的通り訪ねてみることに決めたのだった。


 合挽きハンバーグにかかるデミグラスソースがパンによく合う。アーリアはパンをスープとソースにつけながら食べた。炭酸水はしゅわしゅわと口の中で弾けた。口直しには丁度いい。


 食事が終わる頃、ジークフリードは再びリュゼに尋ねた。


「で、本当はどうなんだ?貴様はなぜここにいる?……追手を向かわせているのは貴様だな?」

「ん?そーだよ?」

「ーー!よくもぬけぬけと言えたものだな?貴様、自分で『目になって敵を撹乱する』とか言ってなかったか?」

「いつの話してんの〜〜?ムリムリムリ。僕って流され易いんだよね〜〜」


 ジークフリードの目が完全に座っているがリュゼの方はどこ吹く風だ。アーリアはそんなリュゼに嘆息するのみ。そんな事だろうと思っていたので心にダメージはない。


「俺たちを……いや、アーリアを裏切ったのか?」

「裏切ったも何も、初めから僕たち『仲間』じゃないでしょ?」

「〜〜ッ!そうだが!それなら何故、そんなに呑気について来られる?」

「それは子猫ちゃんに会いたいから!」


 リュゼが炭酸水を飲んでいたアーリアの肩をぐいっと引き寄せた。アーリアはリュゼの唐突な行動に驚くより先に、ガラス製のコップを滑り落としてしまわないかを気にした。

 リュゼは嬉しそうに自分の頭をアーリアの頭にぴったりくっつけた。


(……あれ?)


 アーリアはリュゼの頭が触れ合ったとき、リュゼの身体の違和感ーーいや、異変に気付いた。リュゼの体温がいつもより高い気がしたのだ。先ほど触られた手は頭とは逆に、妙に冷たく感じたのに……。


「いちいちひっつくな!アーリアも少しは抵抗を……ってどうしたアーリア?」


 ジークフリードがアーリアとリュゼを引き離した後、アーリアの呆然とした表情に疑問を投げかけた。

 アーリアはそれに答えず左隣のリュゼを見上げた。


「ん?なぁに、子猫ちゃん?」

『……リュゼ、どこか具合でも悪いの?』

「……」


 アーリアの言葉にいつも飄々としたリュゼの表情が一瞬変わったように思えた。


「……なんだ貴様、体調でも悪いのか?」


 アーリアの言葉を聞いた後、リュゼの顔色を見たジークフリードも、何だかんだ言ってリュゼの体調を心配をした。


「……大丈夫だよっ!何ともないから!」

『……そうなの?それならいいけど……』

「馬鹿は風邪ひかないとは言うが、お前ならひきそうだな?」


 アーリアとジークフリードはリュゼの顔をマジマジ見てから口々に答えた。味方ではなく、追手であり、敵でもあるリュゼをなぜ追われている側が心配してしまうのか。それは彼のその憎めない存在故だろう。


「……だから君たちが…………」

『なぁに?』

「ん。何でもないよ、子猫ちゃん」


 リュゼはまた元の表情に戻ってしまった。この表情は鉄壁だ。この表情からはもうリュゼの本心を読み取れないのであった。


 ※※※※※※※※※※


 アーリアとジークフリードは食事を終えて満員の食堂を後にした。勿論二人の後を追ってリュゼがプラプラと付いてくる。実に堂々とした追手だ。

 もうこうなると、こっそり追って来られるも堂々と追って来られるも同じように思えるから不思議だ。


 アーリアは用心のためフードを目深に被った。馴染みの街なだけに目立つ行動は避けたかったのだ。ジークフリードも同じようにマントのフードを被っている。


 街の中心部を離れ、路地を東へ進む。ラスティの街を囲む柵や壁などはない。街の内部から外部へ歩くと自然に家も疎らになっていった。中心部は四角く小さな家やアパートメントが多いが、中心部から離れると庭付きの大きな一軒家が多い。土地の都合もあるが、この辺りは商人の屋敷や倉庫などもあるのだ。荷物の運搬や配送などには、内部より外部であるこの位置に屋敷を構えた方が都合が良いのだろう。

 そんな屋敷を見ながら通り過ぎると、道の先に小さな森が見えてくる。森の中を少し入った先に師匠の屋敷がある。


 アーリアの胸は知らずに高鳴っていった。

 魔導士バルドに声を封じられ、師匠に《転移》されたのが約二ヶ月前。長いようで短い逃亡の末に、ようやくこの場所に戻って来られた。

 ジークフリードのおかげで快適な旅だったけれど、やはり望郷の念があったのだろう。アーリアは戻って来られたことに、知らず知らずのうちに喜びを感じていたのだ。


 リュゼがアーリアの横に追いついて来て、アーリアの顔を覗き込んだ。


「子猫ちゃん、この先に用事があるの?」

『え、ええ。リュゼなら知ってるかもしれないけど、私の師匠の屋敷があるんです』

「……子猫ちゃんは帰って来れて嬉しい?」

『……はぃ……』


 アーリアは口の中でもごもごと言葉を飲み込んだ。

 師匠の元に帰って来られたこと、師匠や兄弟子たちに会えることが嬉しくないはずがない。だがもう成人した身でそのような事を言うのも子どもっぽくて、アーリアはなんだか恥ずかしくなった。


「育った家に帰るのに嬉しくない者などいない」


 ジークフリードがアーリアの頭に手を置いて些か乱暴に撫でた。アーリアはフードの中で小さく頷いた。


 そうしている間にも師匠の屋敷が見えて来た。屋敷をぐるりと取り囲む塀は二ヶ月前のあの日に壊されたまま修繕されてはいなかった。

 アーリアは眉をひそめて屋敷の正門に向かい塀沿いに歩く。


『ジーク……』

「人の気配はないのだが……」


 ジークフリードはそう言いつつ腰の剣の柄に手をかけた。そのジークフリードを先頭にアーリア、そしてリュゼが続く。


 正門まで来ると、アーリアは屋敷の鍵でもあるペンダント型魔宝具を腰のポーチから取り出した。正門から見える屋敷の扉はしっかりと閉ざされている。

 この扉もバルドたちによってバラバラに壊されていた筈だが、こちらの方は綺麗に直っていた。あの事件後、師匠若しくは兄弟子たちがこの屋敷に帰って来ていたと見て間違いない。壁の修繕の方は大掛かりになるので行わなかったのだろうか。


 アーリアが魔宝具を正門に翳すと、屋敷の扉の奥で何かがカチリと音を立てた。

 どうやら鍵は変わっていないようだ、とアーリアは安心した。ペンダントの魔力と扉とが同調するように作られているので、同調しないと扉の鍵が開くことはないのだ。

 またこの魔宝具で扉の鍵を開けると、中にいる住人に誰が訪ねて来たのかが判るようになっているのだが、屋敷の中から誰かが動く気配はしない。


『誰もいないのでしょうか?』

「……どうする?」


 ジークフリードがアーリアの耳元で小さく聞いてくる。


「屋敷に人のいる気配はないが……入って見るか?」

『……はい』

「え、入っちゃうの?かなり怪しくない?罠じゃないの〜〜?」


 リュゼの言葉を受けてアーリアは暫く考えた。リュゼの言う通り、扉の直された屋敷の中に師匠はおろか弟子が一人もいないのはおかしい。ジークフリードとリュゼも怪しさを感じているようだ。そして屋敷に悪意ある罠が仕掛けられている可能性も示唆した。


 しかし結局は屋敷に入らなければ、ここに来た意味がないのだ。アーリアは屋敷に入ることを決断した。


 アーリアは辺りをキョロキョロ見回してから正門を入ると扉にピッタリ身体をつけた。ジークフリードも反対側の扉に身体を寄せ、内部の物音に耳を傾ける。

 中からは物音一つ聞こえない。


 ジークフリードがアーリアに向けて頷くとアーリアは扉を押し開けた。


 ーキィィィ……ー


 乾いた木と蝶番の音が玄関ホールに響く。

 屋敷の中は昼間なので魔宝具による灯は点っていなくとも窓から差し込む光だけで充分明るい。目線だけで周囲を見回して見たが、やはり人影はない。


『師匠〜〜』


 聞こえぬ声を上げながら屋敷の中へそっと扉を潜った。玄関ホールから3階へと吹き抜ける天井、正面の階段、その奥へ続く部屋、見渡せる範囲に人の気配はない。あるのは静寂のみだ。

 ジークフリード、アーリア、リュゼの順に玄関ホールへ入ると、足音を殺して一階部分を見回った。一階部分は食堂と水回り、そして弟子たちの工房だ。地下には師匠の工房がある。二階部分は師匠の居住スペースと応接室。三階部分は弟子たちの寝室がある。

 師匠がいるとすれば二階の居住スペースか地下の工房のみ。師匠は一日の大半を工房で過ごすので、地下の工房にいる可能性が一番高かい。

 アーリアにそう説明を受けたジークフリードは一つ頷くと、気配を逆立て鋭敏にして先頭を行く。アーリアの目線を受けて地下へと続く階段を下りて行く。アーリアもジークフリードの背を追った。

 ジークフリードの背中からは何時にも増して緊張感が滲んで見えた。


 階段を降りた先に続く廊下。その先に見える扉の中が師匠の工房だ。

 工房の扉が少しだけ開いていて、中から光が漏れている。人の気配がない屋敷で、一部屋だけ灯りが付けっ放してあるなど、不自然極まりない。


(師匠がいるの……?)


 アーリアは逸る気持ちを抑えて、工房へと続く廊下をジークフリードの後ろについて歩く。

 先行していたジークフリードが扉の隙間から工房の中を伺おうとしたその時……


「わっ!!」


 突然背中からリュゼに大声を出された。そして次いでとばかりに二人ともリュゼに背中を押されたのだ。

 今まであれ程慎重になっていたのに、リュゼに背を押された拍子に二人は工房の中へと転がり込んでしまった。


「急に押すな馬鹿……!?」

『ちょっとリュゼ、何を……!?』


 肝試しの最中の悪戯のような事をされた二人は、何時もの調子でリュゼに文句を言いつつ身を起こした所で、表情と身体を硬くさせた。眼前に有り得ない人物たちの存在を視界に留めて。


「随分と遅い到着だな……?待っていたぞ、『東の魔女』」


 アーリアは水分が口の中から一気に失われたように舌と喉の奥が乾いて、言葉を紡ぐことがなかなかできなかった。


『バルド……』




お読みいただきまして、ありがとうございます!

ブクマ登録等、大変励みになります!

感謝感激です!


とうとう悪の魔導士と対面です!

これからは短編ではなく、第一部完結に向けて突き進んで行く予定です。

いちゃらぶ要素は少なめかも知れませんが、お付き合いいただければ幸いです。

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