※裏舞台10※ それは全てが己の為に
※残酷描写あり
べちゃり、とそれは床に落ちた。ただの肉の塊になったそれ。それから流れ出る赤黒い液体が、床の石の切り目に沿って流れゆく。
「お前もこうなるか?」
温かさも冷たさもない無機質な声が、正方形の黒石で一定感覚に囲まれたその部屋に響き落ちた。声の主は落ちたそれを一瞥すると視線を戻した。
「お好きにどうぞ。ーーでも、俺を殺したら彼女は手に入りませんよ?」
「ふっ……お前のその自信は何処からくるのか……。まぁいい」
黒衣の男ーーバルドはせせら笑うと重いローブを翻して背を向けた。口元こそ笑んでいてもそこには何の感情もない。
「お前があの娘の匂いをつけて帰った時は笑いが止まらなかった。まさかアレが生きていたとはな⁉︎……せいぜい俺の役に立ってくれ。それまでは生かしておいてやる」
「……ご随意に」
バルドは背を向けたまま一方的に言葉を投げると、そのまま部屋を後にした。すると、その部屋に残された若者へ、バルドの側に控えていたもう一人の若者が話しかけた。嫌悪感を隠しもせず言葉の前面に滲ませながら。
「ふんっ。お前などゴミでしかなのに、なぜあのお方はお前を生かしておくのか……!お前が生きていようといまいと、あのお方がアレを手に入れる事には、なんの支障もないのだがな……」
「ハッ!……アンタらがサッサと彼女を捕まえて来ないからでしょー」
「何だと……」
目線も合わせず返答した若者の言葉が気に食わなかったのが、もう一方の若者は眼鏡に手を掛けながら喉奥から低い声を絞り出した。
「君が役立たずだから、俺なんかをアイツは生かしておくのさ」
「アイツとはあのお方のことか⁉︎ リュゼ」
「どこが不敬なのか俺にはサッパリ分からないよ。俺たちはアイツに獣人にされて、人生を棒に振ってるっていうのにさ……。俺にとったらアイツは不気味な魔導士でしかないよ」
「黙れ!」
ダルそうな表情で若者ーーリュゼは脱力し溜息を吐いた。そして、嫌々といった体で激昂する若者へと向き直る。
「黙るのは君だよ、ユーリ。君は何でそんなにもアイツに心酔してんのさ?お前もアイツに獣人にされたろう?」
リュゼは黒縁の眼鏡をかけた若者ーーユーリに目線を向けた。ユーリは殺意を目線に乗せて今にもリュゼを射殺さんという威圧を放っている。荒ぶる感情は身に纏う魔力にも現れる。安穏ならざるその姿に、リュゼは益々肩を落として嘆息した。
「リュゼーーお前は何か勘違いしているな。俺はあのお方に獣人にされたのではない。俺は自ら望んで獣人にしていただいたのだ!」
ユーリのまさかの告白に、リュゼは露骨に眉を顰めた。リュゼにはユーリの気持ちが、ちっとも理解できなかったのだ。
「あのお方は素晴らしい魔力を秘めた魔導士。俺はあの方をお慕いしている!」
リュゼは首を軽く振った。そしてまるで意味の分からないモノを見る目つきでユーリの表情を眺める。
「意味が分からないよ。どーして自分から人間放棄しちゃってるのか、どーしてあんな人でなしを尊敬しちゃってるのかトカさ……」
「フンッ!学のないお前になど、あのこ方の素晴らしさが理解できる筈がない」
「理解できなくて結構だよ。君とは分かり合えない。それでもう良いじゃん」
ユーリはチャラチャラした態度で本心をカケラも見せないリュゼの表情を探った。
リュゼはバルドによって獣人にされた初期の人間。よって、ユーリとも付き合いがそれなりに長い。これまで同じ現場に向かった事も多々あった。信頼などお互い皆無だが、その腕は信用に値した。だが、リュゼはユーリのようにバルドに自ら望んで仕えている訳ではなかった。ここへ所属しているのも、訳あってのことだ。だからこそ意見など合うはずもなく、これまでにも事ある毎に、リュゼとユーリとは反発しあってきた。
そして今回、それが激化していた。
リュゼの裏切りとも呼べる行為に、遂にユーリが牙を剥いたのだ。
リュゼは捕獲対象に無断で接し、そして今現在もバルドの命令を無視し続けている。捕獲し連れてくるまでが命令であるにも関わらず、彼は捕獲対象を見つけても報告のみで終わらせ、自ら捕獲しに行かず、別部隊を適当に向かわせている。そう、リュゼ本人はこれまで本気で捕まえて来ようとはしていなかった。
しかも、その行為がバルドにバレた後も、一環としてその態度を変えようとしない。
バルドにしても、そんな命令無視する下僕など殺してしまえば良いものの、何故かリュゼをそのまま放置している。その事も、ユーリにとってはリュゼが特別扱いされているように見えて許しがたかった。バルドからの一番信頼を受けるのは、自分だけで良いと考えていたのだ。
「どういうつもりであの娘を助けている?」
「え?助けてなんていないよ?好きにしてるだけ。子猫ちゃんを構ってるだけだけど?」
「……それにどんな思惑があるのだ?」
「ふふふ、秘密。言ったって君には分からないよ」
「お前があのお方の邪魔をするつもりなら、俺はお前を許さない。あのお方がお前を殺されないのなら、俺がお前を殺してやる!」
「勝手なコトしたら、君があのお方にお叱りを受けるんじゃないの?それはサスガにマズイんじゃない?」
「お前の事など如何とでもなるっ!」
ユーリとリュゼの言葉はいつも平行線のまま。折り合いのついた事などない。これからもずっとこの関係性は変わりようがないに違いない。
「僕は君の事を理解できないし、君も僕の事なんて理解する気がない。もうそれでいーじゃない?」
「当たり前だ!お前の事など理解したくもない!だがな、これだけは覚えておけ。お前があのお方の行く手の邪魔になるのなら、俺はお前を殺す」
ユーリが右手に魔力を込め、リュゼに向けて突き出した。魔力の高まりを受けてユーリの瞳が輝き、その灰色の髪や服の裾がフワリと浮く。眼鏡の奥の瞳にはリュゼに対する殺意が熱を帯びハッキリと浮かんでいた。
しかし、ユーリが行動を起こすよりも速く、リュゼの身体がユーリの前からゆらりと空気に溶け消えた。
「ーー君も覚えておいてね?あの娘を不用意に傷つけたら、僕が君を殺すよ?」
眼前から突然リュゼの身体が掻き消えた次の瞬間、ユーリの首筋に冷たいモノが当たっていた。
ユーリは愕然としながらも敗北を悟り、込めていた魔力を消して右手をだらりと下げた。首筋に当たる刃は今にも皮を突き破りそう。ユーリの額から知らずに汗が落ちる。
リュゼは構えた刃でユーリの首を捉えたまま、背後から諭すようにゆっくりと話す。まるで小さな子どもに話すように、理解を促すように……
「あの娘は僕の獲物。僕以外が好きにする事は許さないよ?それが例え君の敬愛する『あのお方』でもね」
「ーーーーッ!」
リュゼはそれだけ言うとユーリに当てていた刃をスッと下ろす。そしてユーリから背を向けたまま歩き出した。
「どれだけ話し合ってたってムダだよ。君に僕の気持ちなんて、永遠に分からないだろうから。君は君の為に、僕は僕の為に。きっとそれだけだよ。お互いに分かってる事って」
リュゼはその言葉だけ残してユーリをその部屋に残して去っていった。
ユーリは湧き上がる怒りと悔しさに、拳を強く握ぎりしめた。
「……そうさ。全てが己の為だけだ!俺は俺の為にこの先もあのお方と共に在る」
※※※
リュゼはユーリを残して部屋を後にしながら薄くほくそ笑む。それは誰も見たことのないリュゼの本当の顔。
「ああ、早く子猫ちゃんに会いたいなぁ……」
己の意思は己にしか理解できない。
己の意思を誰かに理解されたいとも思わない。
この『想い』は自分だけのモノなのだから……
お読みくださりありがとうございます!
ブクマ登録等、感謝感激しています!
ありがとうございます!
裏舞台、リュゼvsユーリでした。
それぞれの愛や想いのベクトルがどこに向いているかは、本人にしか分からないですよね?
ユーリのバルドへと愛の深さにちょい引きですが、これからも応援をお願いします。




