横暴な貴族子弟たちvs体育会系ご職業の皆様
「貴様、何のつもりだ⁉︎」
「平民の分際で我ら貴族に楯つくのか?」
怒鳴り散らす若者たち。
「貴族も平民もあるか?嫌がる女性を無理矢理連れて行こうなど、下衆でしかないだろう?」
一歩も退かぬ青年。
両者、一進一退の攻防が往来のど真ん中で繰り広げられていた。
ーひぇぇぇ〜〜〜〜!ー
身なりの良い若い男たちが喚き立てる。その男たちに食ってかかる一人の青年。明るい茶色の髪を頭の後ろで緩く一つに縛っている中肉中背のその青年は、鼻にかかる丸眼鏡を掌でぐいっと押し上げた。その中から覗く黒く鋭い瞳には明らかな嫌悪感で満ちている。
一方、アーリアは丸眼鏡を掛けた青年に背に庇われながら、頭を抱えていた。
夕闇の喧騒の中、突っかかる貴族の子弟たちとそれに反発する青年、そしてその青年に庇われる少女というのは、格好の話のネタ。その四人を中心にして人集りがクレーターのように出来上がっていく。
夜の繁華街。そのすぐ奥には宿泊施設が立ち並ぶ宿屋街。その一角で、騒動は起きていた。
日も暮れこれから本格的な闇が覆う。そこは更なる賑わいと喧騒に満ちるだろう。 そういう場所で。
「俺たちは『白き髪の女』を探しているんだ!」
「これは国からの命令だ!貴様はその邪魔をするのか⁉︎」
「ほう……?それがお前たちの大義名分か。その命令を掲げて身勝手な振る舞いをするのが『貴族』というものなのだな?」
「ーーな、なんだと⁉︎」
「命令さえあれば、目につくどの娘を無差別に無理矢理連れて行っても良いと言うのだな?」
「なにを⁉︎」
丸眼鏡の青年の言葉に周りにいた見物客たちも、難色を示して騒ぎ出す。
「現にこの娘の髪色は金。とても白とは言い難いではないか?」
「貴様、何を言っている?その娘は確かに白い髪をしていた!被っているフードをとれば分かるはずだ!」
丸眼鏡の青年は「失礼」とアーリアに一言謝ってからマントのフードを外した。そこから現れたのは『金の髪』。柔らかにたなびく金髪は頭の横から後ろにかけて軽く結われ、真ん中に赤い薔薇の髪飾りが添えられていた。
「ほら、どうだ?」
「な、何だと⁉︎」
「俺たちは確かに見たんだ!確かにこの娘の髪は白かった!」
そう。ほんの数分前までは白だった。だが、『今』は違う。アーリアの能力によってその髪色を《擬装》されていたのだ。
納得のいかぬ貴族子弟たちはアーリアの髪を指差しつつ、性懲りも無く次々と勝手なことを言い出した。
「お前たちの目は節穴か?どう見ても金の髪ではないか!」
見物客たちも「そーだそーだ」と喚き出す。元々そんなに治安の良い街ではないのに加え、この場所は飲み屋も宿屋も集まる繁華街。自然と傭兵、兵士、冒険者という者たちも多く集まる。そんな体育会系ご職業の皆様にとって、横暴な貴族子弟の態度は逆鱗に触れる要素が満載だ。基本体育会系は縦社会。また、己が正義を貫く自己中偽善者や、なんちゃって紳士も多く存在するのが体育会系社会の特徴でもある。
そんな者たちが囲む中、無垢な少女を無理矢理連れて行こうとする貴族子息の横暴な態度は無謀ともいえる。見れば、彼らの暴言に相当ムカついている形相の男たちもチラホラあった。
そんなこんなで、見物客は順調に増え続けていた。
「いくら貴族だと言っても横暴じゃねーか!」
「そーだ!無茶苦茶だ!」
「そんな理屈が通るか!」
「女の子を無理矢理連れて行こうとするなんて、それこそ、お貴族様のすることかよ!」
「これ以上黙って見てらんねぇよ!」
普段荒くれ者に入るであろう形相の男たちも、貴族子弟たちの横暴な態度に遂に黙っていられず、一人の反発が波のように広がっていった。
「貴様たち!俺たち貴族に逆らうとは、今後どうなっても良いのだな?」
「お前らこそ、ここからタダで帰れるとでも思っているのか?」
お互いの怒りは頂点にとなりつつあった。いつ怒りが理性の防波堤を越えて飛び出してくるかは時間の問題だ。摑みかかる勢いを堪えて身体を押し付けあっている。
ーこわぁ……ー
アーリアは丸眼鏡の青年に手を掴まれ、その輪から少しずつ抜け出していった。見物客たちがスッと二人を庇うように貴族子弟たちからの視界を遮る。「今のうちに逃げろ」「ここは任せて」と言った声がアーリアに次々とかけられた。
そうしてアーリアは丸眼鏡の青年に連れられて、この暴動から抜け出したのだった。
※※※※※※※※※※
「サリアン宰相、これはどういう事なのか説明頂きたい!」
王の側近の一人がサリアン宰相に言葉をかけた。その口調に棘を隠すこともしていない。
それは午後の会議の終盤に差し掛かった所だ。主だった官僚が集まった場での事だ。
本日の議題の中心は、今システィナ国を脅かす数々の出来事への報告や対策だった。
アルヴァンド公爵の失踪から既に三日が経ち、未だ発見には至ってはいなかった。どの事件も解決への糸口は一向に掴めず、どの官僚も深いため息を吐くばかりだったのだ。
名指しで問われたサリアン宰相は眉を吊り上げるとこなく、普段通りの優雅な口調で問い直した。
「ほう、一体何の事ですかなバルマン伯爵?」
「惚けた態度もいい加減になさいませ!何故『白き髪の娘』を捕縛する命が下りているのですか⁉︎」
バルマン伯爵の言葉に周りの官僚たちから騒めきが起こる。
「『白き髪の娘』とは……『東の塔の魔女』殿のことかな?」
「白々しい!かの魔女殿を捕縛する命令がいつの間にか各街々に下っておるのです。それを受けた一部の兵や貴族たが、すでに捜索を行っているとも報告をも受けました!」
「……」
「『東の塔の魔女』殿を不当な命令で捕縛するなど、誰が何の権限あって決めたのです?彼女に何の非があるのです?国からの命令と言うのならば、この話をここにいる官僚たちが知らないということ自体がまずおかしいでしょう!そして何よりサリアン殿、この国の宰相である貴殿がこの命令を知らないはずがないですよ!」
問い詰められている方のサリアン宰相は顔色も一切変えずに、激昂するバルマン伯爵を見て、一つため息を吐いた。
「申し訳ないが、私も今初めて聞いた話だ。貴殿の憤りも分からない訳ではないが、私に当たられても困る」
「ーーッ!」
「貴殿こそ、何の証拠があって私にそのような事をおっしゃるのかな?」
サリアン宰相は穏やかな口元はそのままで、ギラリと目線をバルマン伯爵へと向ける。そこには先ほどの雰囲気から想像もできないほどの冷たい空気が流れ出ていた。
バルマン伯爵はその気迫に一歩たじろいで唾を飲んだ。
「……そうか、宰相も知らないのだな?」
その冷たい空気と室内を切り裂いて、静かに王の言葉が下りた。サリアン宰相とバルマン伯爵は王へと向き直ると、さっと頭を下げる。
「はい。私も今、バルマン伯爵からお聞きし、そのような命令が下っている事を初めて知ったのです」
「そうか。では、事の詳細を知るバルマン伯爵から、もう一度この場の官吏へ話をしてもらおう」
「御意」
バルマン伯爵は各街の代表や領主からの連絡を纏め、報告する任を与えられており、その為、各地で起こる不可解な出来事や事件の報告に忙殺されていたのだ。
二年前に王宮内で起こった事件以降、獣人による被害が国内外で多発していた。それは魔宝具の強奪、貴族の暗殺など多岐に渡る。
そして約二か月前から首都周辺で、獣人が多く目撃されるようになった。目撃情報の多い街は主に旧都、南の街ラスティ、東の街アルカード、西の港街ヒルスレイなどの周辺地域、詳しく名を挙げるればまだまだある。獣人の犯罪に伴い、街の治安も自然と悪化したとの報告もあった。
その間、首都でも事件が起こっている。貴族子弟の失踪事件だ。だが脛に傷のある貴族子弟が大半だったことから事件発覚は遅れ、国の対策をも遅らせた。各街へ兵を派遣し、貴族子弟捜索が始まった矢先、事件は東の塔を有する軍事都市アルカードで起こる。
失踪していた貴族子弟たちが惨殺され、生き残りは皆不審死を遂げたのだ。
その者たちの目撃情報は主にアルカード周辺に集中している。街の者の目撃証言によると貴族子弟たちはしきりに『白き髪の娘』を探していたというのだ。事件当日は年に一度の祭りが行われ、大勢の観光客を含め街の住人が夜遅くまで広場に集まっていたという。そんな中、貴族子弟と思われる男たちは『白き髪の娘』を権力を振りかざしながら街中を捜索し、また、白い髪の娘を見つけては何の権利もないまま追い回していたというのだ。
その後、街の外で惨殺死体として発見された。生き残った貴族子弟たちに街の兵士が事情聴取を行うも、その最中に急に苦しみ出した後、死亡。事件の全容を知る者は誰も居なくなった。
街の住人の証言などにより、『白き髪の娘』は明らかに被害者だと思われ、この事件についても既に王に進言してあったのだ。そして王を国の上層部はこれを無用の混乱を避けるために『公表しない』と決められた筈だった。
だがここに来て、各街の代表から国へ問い合わせが殺到。国から『白き髪の娘』を捕らえよと命令が下り、それに反応した兵士や地方の貴族たちが白い髪を持つ娘を片っ端から捉えているというのだ。捕らえられた娘の中には髪色が違うのに捕らえられた者、乱暴される者などもおり被害が日に日に拡大している。
国からそういった命令が下ることは滅多にない。そのように捕らえなければならない者など、国に仇をなす『犯罪者』か『反逆者』しかないのだ。もしそのような者を本当に捉えようとするのならば、国から信頼ある騎士が任務に当たる筈。このように街を混乱させることなどまずない。
まして、そのような命令をここにいる国の官僚が『知らない』などある訳がない。
誰がが何らかの目的で命令を下したのは最早明白。もしそのような命令が下せるのならば、その人物は国の要人、しかも国のトップに近い者に違いないのだ。
そのような人物からの命令だから、各街の代表が信用して動いた。だがその結果、街は混乱に陥ったと言えた。
「首都は然程ではありませんが、各街の混乱は拡大の一途。このような命令が国の決定でない以上、早期の撤回を願います」
バルマン伯爵は事の全容を話し終え、そこに集まる官僚、そして王へと願い出た。
「うむ。儂もそのような命令が下されたなど、一切聞いていない。無用の混乱をこれ以上広めてはならん。今すぐこの命令を撤回し、各街の平静に努めよ!」
王ははっきりと命令撤回を下した。
その目には強い光、そして怒りが滲んで見えた。
王の命令を受けて、官僚たちは力強く頷く。
「ですが、ここに来て『白き髪の娘』とは……一体何が起きているんでしょうな?」
「どういう事ですかな?サリアン宰相殿」
軍務長官バークレー侯爵がサリアン宰相の呟きに反応した。
「いえね。『白き髪の娘』とは『東の塔の魔女』ではございませんか。彼女が本当にこの事件に関係ないと言い切れるのですかな?」
「貴殿は何故にそのように思われるのか?」
「彼女は等級7の魔導士、しかも国には所属せぬはぐれ者。彼女の師匠は等級10の魔導士でもある。そのような者たちが地方で大人しく生活しているのは些か不思議ではあったのでね」
「それは……だが、今まで何の事件もなかったではないか?」
「そう、正しくそれ。彼女が等級7となった凡そ二年前から獣人たちの暗躍が始まったではないか?ならば……と、そのように邪推する事も出来てしまうだ」
「全ては貴殿の妄想であろう」
サリアン宰相の考えにバルマン伯爵と彼の隣に座るヒルメス侯爵が否を唱えた。彼は今にも宰相に掴みかからんという勢いだ。その二人をよそに宰相の方は涼しい顔をして座っている。
「『東の塔の魔女』殿は我が国の救世主でもあるのだぞ!そのような犯罪に手を貸すものかっ!」
「それこそ貴殿らの妄想、否、希望なのではないのか⁉︎」
「ーー止めよ。『白き髪の娘』が『東の塔の魔女』と決まった訳でもあるまい。ヒルメス侯爵が言った通り、彼女はこの国に和平を齎した力ある魔導士でもある。このように不当に陥れることなど、あってはならん」
王の言葉は部屋の中に平静を取り戻させた。その低い声音には聞く者に畏怖を与えるほどの威圧が込められていた。それだけ、王は『東の塔の魔女』について慎重になっているのだと他の者に思わさせた。
「聞きたい事があるのなら、直接招いて聞けば良いだけだ。だが、それにはまず書状を出す所から始めねばならぬ。それを王太子に任せることとする。ウィリアム」
「承りました」
王の隣に控えていた王太子ウィリアムは王の意向を受けて短く返答した。
「本日はこれで議会を閉じる事としよう」
王の閉会の挨拶を持って、話は打ち切られる事となった。だが、この広い国に命令撤回を周知するには、ある程度の時間が必要だったのだ。
ーーそして、冒頭のやり取りへと繋がっていく……
お読みくださりありがとうございます!
ブクマ登録等、大変励みになります!
ありがとうございます!
※体育会系の皆様のイメージは私の勝手なイメージです。決して貶す意味ではござませんので、ご了承ください。
※実際、体育会系の皆様のノリは大好きです〜!一緒にお酒など飲みたいものです。




