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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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幸運の花

 美麗人エルフ、リュシュタールの歓迎を受けて、アーリアは一晩の宿を得た。


 アーリアはぐんっと伸びをして、清涼な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。リュシュタールの館の外は樹々がざわめき合い、サワサワと軽やかな音を立てている。

 館を取り囲まむように植えられた花々や様々なハーブ。草花の種類に季節感はない。どのような理がこの館を取り囲んでいるのか、とアーリアは頭を傾げるばかり。


 空を見上げると青く透き通っていて陽に照らされたように明るい。だが上空には太陽はなかった。『隔絶された空間』とはリュシュタールから聞いていたが、まさか人間ヒトの住む世界と全く違うとは思ってもいなかった。迷子になった山のどこを結界か何かで覆って隔離させただけなのでは、くらい曖昧に考えていたので、アーリアも自分の頭の単純さが嫌になった。

 リュシュタールはエルフ。人間より上位種族に当たる。そんな彼がどうして人間ヒトの常識に当てはまるなどと考えたのか、と。


「よく眠れたかい?」

『はい。ちょっと寝すぎたくらいです』

「よいよい。寝る子は育つ、と言うではないか」


 リュシュタールは笑いながらアーリアの頭をポンポン叩いた。一晩中酒を呑んでいたにも関わらず、リュシュタールは平静そのもの。疲れた様子も見せていない。


『これ以上、育ちませんよ?』

「そうか?そなたはヒトにしては小さいだろう?それに心はまだまだ育ち盛り。よく食べてよく眠って大きくおなり」


 齢○百歳のエルフ様にかかったら人間ヒトの子など、いつまで経っても子どもだろう。追いつくこともできない。

 アーリアは諦めてリュシュタールのされるがまま、頭を撫でられることにした。


「もう行くのかい?」

『はい。リュシュタール様には大変お世話になりました。ありがとうございました』

「うむ。私も久々に有意義な時間を過ごすことができた。またいつでも訪ねて来るがよい」


 リュシュタールがアーリアの目の前で掌を上に向けるとその中に、蕾が華開くように美しい紅色の薔薇の花が一輪生まれた。

 アーリアが驚いてそれを見ていると、リュシュタールはアーリアの背に回り、アーリアの白い髪を手に取るとあっという間に編み込んだ。そこに先ほど咲かせた薔薇の華を添える。


「うむうむ、よく似合う」

『リュシュタール様、これは?』

「これは幸運の花。魔術で創った花だから枯れることも壊れることもないので、心配するでないよ」


 微妙に知りたかった内容ではない答えにアーリアが困惑していると、リュシュタールが追加で説明をしてくれた。


「この花がまたそなたと私とを繋いでくれるだろう。また精霊の余計な干渉も受けることもない。私の創った花を持つ者を揶揄うほど愚かな真似をする精霊もおるまいよ」

『ありがとうございます!』


 有り難いことに、強制的に迷子になることはこれからは無いらしい。アーリアは素直に礼を言った。


『私はここに来てからリュシュタール様に恩を受けてばかりです。何かお礼ができると良いのですが……』


 迷子からの救出、一宿一飯、魔法・魔術の講義、師匠の弱点、幸福の花……。アーリアはリュシュタールに数々の恩を受けた。だが、今の彼女には受けた恩を返すだけのものがなかった。


「よいよい。また美味い酒でも持って遊びに来るがよい。それでも気になるというのなら、礼ならそなたの師匠にでも貰うとしようかの。久々にそなたの師匠と呑むのも良いかも知れん」


 リュシュタールの美しい瞳がうっすらと細められる。そこからは少しの悪戯心が見え隠れする。


『わかりました!また必ず伺います』

「うむ。では、これは手向けだ」


 リュシュタールはアーリアの目の前で手を打った。乾いた音と共に、アーリアの周りに色とりどりの花びらが舞い踊る。


『凄い!綺麗!!』


 アーリアは美しい光景に周囲を見渡して喜んだ。舞い上がった花びらが雨のように降り注ぐ。


「幼い魔導士に幸多き未来を」

『え!?〜〜〜〜!』


 目の前が見えぬほどの花びらの嵐に包まれて、アーリアが思わず目を閉じた。

「気をつけて行くんだよ」と言う言葉と共に、アーリアはリュシュタールの世界から人間ヒトの世界へと跳ばされたのだった。


 きつく閉じていた目を開けると、そこはジークフリードの胸の中だった。

 ジークフリードのは何の前触れ突然現れたアーリアに混乱してえらく取り乱していた。だがそれでもアーリアの背と肩をその手でしっかり支えてくれている。


「え!?ええ?アーリア?どうして?どうやって??」

『あれ?ジーク!?』


 ジークフリードがこのように混乱した姿を見せるのは初めてで、アーリア自身も突然の転移に驚いていたのたが、ジークフリードの様子の方が可笑しくてすぐに正気を取り戻した。


『ただいま、ジーク』

「え?おかえり、なのか?」


 未だ精霊に化かされたような顔をしているジークフリードに向かって、アーリアは笑顔を向けた。


 ※※※※※※※※※※


「そうか?エルフの方に……」


 森の中を流れる川縁の木陰で、二人は地べたに腰を下ろしていた。ジークフリードは木の幹に背を預けて胡座をかいている。アーリアはジークフリードの向かいにちょこんと座り、昨日彼と別れてからの出来事について順を追って話していた。


「……だからこの腕輪ブレスレットが機能せず、地図マップにもアーリアを示す印が表れなかった、と」

『はい。どうもこことは違う空間?だったようです。それに……』

「時間の概念すら違った、と」

『そう、みたいです……』


 アーリアはリュシュタールの屋敷で一晩の宿を借りた。リュシュタールとのお喋りの後、当てがわれた部屋で眠り、目覚めたら既に窓の外は明るくなっていた。しかも時間感覚的には昼を悠に過ぎていた筈だった。

 そしてリュシュタールに見送ってもらい、ジークフリードと合流を果たしたのだ。

 時間で言えば陽も傾いていてもいい筈なのに、今は同じ日の明け方。

 どう考えても半日ほど巻き戻っている。実際には巻き戻っているのか、あの空間で過ごしていた時間の流れが違ったのかが判断できない。しかし、どちらにしても本来なら考えられない出来事であった。


 アーリアはつくづく己が自分の信じるーーいや信じたい『常識』に傾倒していたのだと思い知った。

 魔法や魔術、精霊にしてもそうだ。

 リュシュタールはアーリアをジークフリードの下へ送る際にも何の呪文の詠唱も唱えなかった。ただ一つ手を打っただけ。

 幸福の花を生み出した時は一瞬魔力の高まりを感じただけだった。人間の術士ならば行うであろう、術を使う上でのアクションがなかったのだ。

 あれを見せる事がアーリアへの一番の『手向け』だったのではないだろうか、とも考えられた。


「何にしてもアーリアが無事で本当に良かった」

『ご心配をおかけしました』


 ジークフリードは獣人たちを巻いた後、アーリアを夜中探し回っていたそうなのだ。

 《探査》でアーリアの位置を常に確認していたにも関わらず、ふとした瞬間に地図マップからアーリアを示す印が消失してしまったそうで、その時には大変驚いたそうだ。

 その後、魔宝具を使ってもアーリアの位置を探ることが出来ず、正にお手上げ状態。ジークフリードは自身の足で歩き回って地道に探すしか方法がなかったそうなのだ。


 そして明け方、自身の身体が陽の光を浴びて人間ヒトから獣人へと変化した少し後、アーリアがいきなり自分の目の前に現れた。

 物事に動じないようにしてきたジークフリードであっても、驚きのあまり変な声が口から出てしまったのだった。

 アーリアもあの時のジークフリードの顔を思い出すと、申し訳なくもクスリとしてしまう。


『昨日の獣人たちの様子、どうでしたか?』

「どうとは?」

『命を狙っているのか、捕獲しようとしたのか。今度は彼らの狙いがどっちなのかなって……』


 昨日は弓矢の牽制から始まり、魔術での追撃だった。しかし確実に命に関わる一手はなかったように思われた。アーリアがジークフリードと別れる前まではだが。

 アーリアにはその後の獣人たちの行動が知りたかった。


「そうだな……お前と別れた直後は離れた距離からの魔術の攻撃があった。だが、どれも避けられるもので、致命的にヤバそうなものはなかったな?実は逃亡途中でお前がいない事が相手側にバレてしまったんだが……」

『あ〜、やっぱりバレました?』

「ああ。それで奴らは引いていった。アーリアがいないと判ると、奴らは俺自体には全く興味を示さなかった」


 元は同じ組織に属していた裏切り者であるジークフリードには何の興味を示さない。それは魔導士からの『命令』に、ジークフリード自体をどうこうする事が含まれていないからなのだろう。

 以前ジークフリードに攻撃を仕掛けてきたのは、ジークフリードがアーリア奪取に邪魔だったからなのではないだろうか。


『今回はなぜ命を狙って来ないのでしょう?無差別攻撃の魔術も存在しますし、私を殺す事が狙いなら幾らでも手は打てるはず。でも昨日は牽制攻撃のみ。捕獲狙いで命を取ろうとまではしていませんよね?殺そうとしたり、捕獲しようとしたり……』

「命令系統が整っていないように思えるな」


 同じ獣人たちからの追撃でも、彼らが受ける命令がマチマチに見えるのだ。


「それか、本来なら一本のはずの命令系統に、横入りしてくる者がいるのかもしれん」

『そんな事ってジークが組織にいた頃もありました?』

「いや……なかったと思うが?」


 ジークフリードは頭の後ろで腕を組んだ。組織にいた頃の事を思い出しているようだ。


『実は……逃げてる途中で私も虎の獣人に出くわしたんですが……』

「ーーーー!?」


 ジークフリードが背を預けていた木の幹から、身を起こしてアーリアに詰め寄った。やはり爆弾発言だったようで、アーリアはジークフリードからは焦りと怪訝の表情を向けられた。

 アーリアはジークフリードに肩を掴まれて慌てて弁明した。


『だ、大丈夫です!ほら、生きてるでしょ?』

「あ、ああ……」

『それでその時、虎の獣人も私を殺そうと思えば殺せたのに、何の危害もあたえなかったんです』


 昨日出会った獣人の一人。湖の罠に嵌って身動きの取れなくなっていた虎の獣人。彼はアーリアを殺す事ができた。

 傾斜を滑り落ち、虎の獣人足元に転がっていったとき、アーリアは完全に無防備だった。

 実際攻撃されていないので、アーリアの持つ魔宝具の結界が発動したのかは定かではないが、虎の獣人は捕縛の魔宝具の魔力により弱ってはいてもアーリアの首を噛み切る事など容易だったはず。しかし彼はその素振りさえしなかった。

 しかも彼はガルグイユから漸く逃げられた後、アーリアを見逃したのだ。『殺害』することを命令されていたならば、任務遂行を優先してそこで殺しておけば良いだけだと言うのに。


 虎の獣人の中に善意や人に対する優しさなどというものが残っていたのでしょう、という御伽噺のような逸話は存在しない。

 アーリアが今生きているのは、偶然の産物だ。虎の獣人の思惑と彼の受けた命令とが上手く合わさった結果と言えた。

 そもそもアーリアが虎の獣人を助けたのは、獣人が初見から終始アーリアに殺意を出さなかったからなのだから。


 それらから導き出される答えは、今回彼らが受けた命令はアーリアの『捕獲』のみ。

 だが今回、その『捕獲』もされていないので何とも考え難い……


(彼らの組織、どうなってるんだろう?)


 アーリアが能天気にそのような事を考えながら話していたら、ジークフリードは真逆に表情がだんだんと険しくなっていった。アーリアの肩を掴む手に力もより強まっていった。


「アーリア……。今お前が生きているのは偶然でしかない。お前は本当に……楽天的すぎる!命はほんの少しの悪意で簡単になくなってしまうんだ」

『ジーク……?』

「俺はお前が理不尽に振り回されたまま死ぬなんて許せない……!俺はお前を守る。だがお前自身が命を粗末にするなら、その俺の誓いも意味のないものになるんだ」


 ジークフリードの顔はアーリアが今まで見た事のない表情だった。こんな悲痛な表情をさせたのが自分の不用意な行いだと分かり、アーリアの胸の内に後悔の念が広がっていく。


「アーリア、自分の命をもっと大事に思ってくれ……!」


 ジークフリードはアーリアの肩を抱いたまま、頭を下げて俯いた。アーリアからその表情は見えないが、肩に置かれた手からジークフリードの想いが伝わってくるようだった。

『死なないこと』、『生き残ること』を最低ラインだと目標だと定め、決意を新たにした矢先にその決意を早くも破ることになる所だったのだと、アーリアはジークフリードの言葉で気づかされた。


 確かに側から聞いていれば、虎の獣人との出来事はアーリアの考え無しの行動に違いない。どう怒られても仕方がないのだ。まだ怒られているだけマシと言えた。生きているのだから……。


『ごめんなさい、ジーク。軽率な行動でした……』


 アーリア自身、希望的観測で物事を判断したのは紛れも無い事実。


『心配をおかけして本当にすみません。自分の命をもっと大事にします。だから……』


 私を見捨てないでください、と言うアーリアの消え入りそうな言葉に、ジークフリードは目を見開いてアーリアの顔を覗き込んだ。


 アーリアはジークフリードに呆れられた挙句、見捨てられることになるかもしれない事を怖がった。嫌われても構わない。 でも見捨てられたくなかった。


 自分が無意識にもジークフリードに執着していたのだ。己の心の中に占めるジークフリードの存在の大きさ。それをアーリアは見つけてしまった。そして直ぐにそんなもの見つけなければ良かったと後悔した。


 執着や愛着、独占欲。

 それは己を狂わせる鍵だ。


 ーこのままでは一人に戻れなくなるー


 ジークフリードにこのまま更に執着し、依存してしまう事になるのでは、と急に怖くなった。そうは言っても、もう既にジークフリードを信頼し依存しつつあるのだ。

 それに気付いてしまったアーリアは、自分がもっとジークフリードに執着心を深めてしまう前に、彼から離れなければならないと思った。だがおかしな事に、彼から離れたくないとも思ってしまったのだ。


 アーリアがそう勝手に思っていても、ジークフリード自身の心はアーリアにはどうする事もできないのだ。ジークフリードとがアーリアから離れて行くのならば、止める事はできない。自分に呆れて見捨てられたらそれまでなのだから。


 アーリアは『ごめんなさい』とジークフリードに何度も呟いた。


 ジークフリードはアーリアを抱きしめた。


「すまない、少し強く言い過ぎたようだ。だからそんな顔をしなくてもいい。お前を見捨てたりなどしないから……」


 アーリアはジークフリードの言葉と背中に回された腕の温かさに、ほっと息を吐いた。冷たく固まっていた身体がゆるゆると溶けていくようだった。


 未だ燻る心の葛藤。だがアーリアはジークフリードへの少しの執着心を彼本人によって許された事のように感じた。


 アーリアは肩の力を抜いて完全にジークフリードに身体を預けた。ジークフリードはそんなアーリアの背中を撫でてあやした。


 ジークフリードは自分に対して警戒心0のアーリアに、不謹慎にも嬉しさと同時に妙な不安も込み上げていた。

 男は狼だ、と教えたのは自分だというのに。その自分が狼になる場合がある事を教え損なっている事実に、小さな罪悪感が疼く。


「……お前がこれからもっと自分を大切にしてくれたら、俺は嬉しい」

『……ジークさんもですよ?』

「勿論だ」


 暫くアーリアを抱きしめていたジークフリードは、アーリアをそっと腕の中から離した。


『ジーク?』

「あーダメだ、眠い!アーリア、少しだけ休ませてくれ」

『はい。あ、退きますね……?』


 アーリアがジークフリードの前から邪魔にならぬよう退こうとした時、ジークフリードがアーリアの腰を引いて、自分の膝の上へと座り直させた。そして、アーリアを背後から抱きしめたままアーリアの肩に顔を埋めて「心配だからこのままで」と一言呟くと、そのまま眠ってしまった。

 ジークフリードはアーリアを探して一晩中森を駆け巡り心身共に疲れていたのだ。


 相当心配させてしまったのだろう、とアーリアはジークフリードの奇怪な行動に諦めて、彼の膝の上に腰を落ち着けた。

 そしてジークフリードが目覚めるまで、彼の腕の中でモフモフ鬣に顔を埋めながら待つことにしたのだった。



お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、ありがとうございます!

励みにして頑張ります!


アーリアがようやくジークに執着心を持ってきたようです。これからどうなるのかは、やっぱりジーク次第かな?

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