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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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変わり者のエルフ

 木の壁と木の床。テーブル、椅子など全ての家具が木製で統一されており、部屋の中に入ると暖かな空気に包まれた。息を吸うと、木の香りとハーブの優しい香りが鼻をくすぐる。そして何より室内に満ちる空気が清涼だ。


「何をぼおっとしておる?」

『あ、いえ、空気が透き通っているなぁって……』

「我らエルフは清涼な空気を好むのでな。少し細工をしておる。ここは外界とは隔絶しておってな、言わば精霊の住む世界と同じようなもの」

 麗しのエルフ様からの一言にアーリアは黙り込む。何か凄い事をさも当たり前のように聞いた気がした。


「今、食事の支度をする。用意が出来るまでこの部屋でゆるりと待つが良い」

『ありがとうございます』


 アーリアが頭を下げて礼を言うと、エルフの青年は足音も立てずに部屋から出て行った。

 アーリアは一人ポツンと部屋の中で佇み、ひと呼吸分悩んだ後、漸く火の粉の爆ぜる暖炉の前に腰を下ろした。

 外界は夏なのに、館の中では暖炉が焚かれていた。館の外はほんのり肌寒かった。少し冷えていた肌が暖炉の前に座るとじんわりと温められていく。

 アーリアは火に炙られ爆ぜる木をジッと見つめていると、だんだんと眠たくなってきた。

 目の端で右腕に嵌る腕輪アミュレットを見やった。これはジークフリードも所持していて、アーリアの持つ物と併せて二つで一つの役割のある魔宝具だ。


「おい、起きぬか。食事の支度ができたぞ?」

 

 膝の中に顔を埋めて眠っていたようで、それを肩を揺すられて起こされた。


『ひゃぃ?……すみません!』


 慌てて意識を戻すと、顔を上げて謝った。膝を曲げてアーリアの顔を覗いているエルフの青年の髪がさらりと肩から滑る。エルフの青年はアーリアの右腕を掴んだ。正しくはアーリアが右腕に付けている腕輪アミュレットを。


「ほうほう、これは魔宝具かい?成る程成る程。しかしこれを発動させても、そなたの連れはここまで来ることは出来ないがな?」

『……え?』

「この魔宝具は対になっており、互いに引きつけ合う力を持っておるな?」

『はい』

「だが、この場所は外界からは離れた特殊な場所。魔宝具の力を発動しても、場所が特定できぬから意味を持たぬだろうさ」


 エルフの青年は、魔宝具の性能を魔宝具を見ただけで理解し、判別し、性能の弱さを指摘してみせた。アーリアはもう何も言う事など出来なかった。

 彼は規格外だ。エルフとは人間ヒトとは決定的に違う高次の存在だと思い知らされる。


「おお、そうだ!言い忘れておったが、そなたが迷っておった森自体が『精霊の森』。この場と同じく外界とは隔絶された場所。ーーそなた、同じ場所をぐるぐると行ったり来たりしておらなかったかい?あそこはヒトには簡単に抜け出せぬ構造となっておるし、しかもそこでは魔宝具もスキルも役に立たぬ」

『え?え〜〜ウソぉ⁉︎』

「その事にも気づいておらなんだのか?そなた、精霊たちに遊ばれておったのだな?」

『〜〜〜〜!』


 アーリアは無情な現実に肩を落とした。陽が落ちるまで、強制的迷子状態なのにも気づかず森の中をぐるぐる回っていたなど、なんの冗談か。しかもスキルまで使い物になっていなかったらしい。機能がバグってたようだ。

 エルフの青年が呆れた顔をしたまま、がっくり項垂れたアーリアの腕を引いて、立たせてくれた。


「そなたはよほどこの森の精霊たちに気に入られたようだな?まぁ、それも仕方なかろう」

『……?』

「そなたは○○○○を持っておる。しかも、森で魔法を使わなかったか?」

『え、何を持ってって……?』

「……?」


 エルフの青年の言葉にまた聞き取れない単語が出て来た。アーリアはそれに首を傾げると、今度はエルフの青年が眉を顰めた。すると、なにを思ったか、不意にエルフの青年がアーリアの額に手を伸ばしてきた。キラキラと星が煌めくようにエルフの青年の瞳に魔力が巡り始める。


「あぁそなた、おかしな術にかかっておるな?どれどれ……」


 アーリアはスゥッとエルフの青年の瞳を覗いた。その美しさに見惚れてずっと見ていると、エルフの青年の瞳に吸い込まれそうな気持ちになった。


「成る程。そなた、彼奴あやつの弟子か?」

『えッ……⁉︎』

「通りで懐かしい空気をそなたから感じた筈だ。この術も彼奴あやつの仕業なら、解くわけにいくまい」

『えぇーー⁉︎ いえ、大丈夫ですよ。解いちゃってくださって構いませんから。いえ、どうぞ解いてください!』

「そう言われてもなぁ……後が怖いし」


 エルフの青年がポツリと呟いた。しかも『後が怖い』って何だ?こんなにも力のあるエルフが怖がる人間ヒトーーどうもアーリアの師匠らしいーーとは、どんな存在だ。天変地異か何かか⁉︎


『あの……エルフ様、貴方は私の師匠と知り合いなんですか?』

「うむ。そなたの師匠とは呑み友達だが?」

『えっ!お師様はお酒が苦手なはず……?』

彼奴あやつは酒豪じゃぞ?あぁ、そうか……弟子たちの前では『呑まない』のだな……」


 エルフの青年が何処と無く目を逸らすと、何もない空中を見る。その様子にアーリアは師匠に想いを馳せた。

 どうやら師匠には、弟子たちには見せないーー見せたくない『オトナ』の姿があるのだろう。師匠の裏の姿が気になるが、アーリアは積極的に突っ込んで知りたくはなかった。師匠は師匠であると共にアーリアを育ててくれた親のような存在。親には子どもに見せたくない姿の一つや二つある筈だ。そして、子どもの方もそんな親の姿はあまり見たくはないし知りたくもない。


『わ、分かりました。大丈夫です。もう聞きませんから』

「そう言ってもらえると、こちらも助かる」


 アーリアの気持ちはエルフの青年にしっかりと伝わったようだった。エルフの青年も安堵している。


「ではまず食事としよう。そなたはまだ私に聞きたいこともあるのだろう?」


 アーリアはにっこり頷くと、青年はアーリアの手を引いて食事の用意された部屋までエスコートしてくれた。



 ※※※※※※※※※※



 鶏がらベースのスープの中に豆やマカロニ、ジャガイモをペーストにした物をベースに、人参、セロリなど入れた具沢山のスープ。小麦粉とベーキングパウダー、砂糖と塩を少々、そしてドライフルーツをふんだんに混ぜ込まれたパン。香草で香りづけして焼いた鶏肉。果実水。そして銘柄不明の酒。

 テーブルの上にそれらのものが並べられた。食事は二人分用意されており、テーブルには魔宝具ではなく蜜蝋で作られた蝋燭に火が灯されていた。

 エルフの青年に席に座るよう促され、二人は向かい合って食事を始めた。アーリアは初めこそ緊張していたが、温かい食事に緊張も解けていった。


「どうだ、口に合うだろうか?」

『はい!どれも本当に美味しいです。スープは鶏がらベースなのかな?具沢山で作るのが大変なのでは?パンにはフルーツがたっぷり入っていて、私の大好きな味です』

「そうかそうか」


 エルフの青年はアーリアの言葉にご満悦だ。


『あの……このお食事、エルフ様が作られたんですよね?』

「そうだよ。私は料理が趣味でね」

『素晴らしい趣味ですね!あ、でも、エルフの方って野菜は召上がるけど、お肉は召し上がらないのでは?』

「それは種族にもよるし、個人にもよるのだよ。私は肉も魚も食す。こう言ってはなんだが、私はエルフの中でも『美食家』と名が通っているほどなのだ」

『それは……すごいですね?』


 『美食家』と聞いて、それは褒め言葉として言われたのか、それとも『変わり者』として言われたのかとアーリアは判断に少し困った。だが、エルフの青年の方はアーリアが褒めたので、益々ご満悦の様子。麗しのご尊顔に笑顔まで讃えている。

 ここまで、顔が整っているとまるで絵画か作り物のようで、胸が高鳴る、という整理現象的感情も起こらなくなってきた。アーリアは最早美術館や教会のギャラリーで、著名な作家の絵を見ている気分になっていた。


『エルフ様はどうしてこのような処に住まれているんですか?エルフ領ってもっと大陸の東にありませんでしたか?』

「ヒトが把握していないエルフの里など山ほどあるのだよ。私はエルフの里で暮らすのに息苦しさを感じて、随分昔に出てきた」

『随分昔……』

「そう、あれは何年前だったか……?知っているだろうが、我々の寿命はヒトの数倍あってね。あまり月日の流れに頓着しないのだよ」

『そう、みたいですね……』


 エルフには人間ヒトとは違う命の流れがあるのだろう。アーリアには想像のつかない時間の流れだ。まだ、人間ヒトの生も満足に生きていないのだから。


 食事が終わると、エルフの青年はアーリアにお茶を出してくれた。彼自身は酒をグラスに注いだ。蝋燭の温かな光に包まれた部屋で、二人はグラスとカップを傾けた。


「そなたは『○○○○』が何なのか、分からないのだな?」

『はい。エルフ様からその言葉を聞き取る事自体ができなくて……』

「それは仕方がないの。そなたはまだ魔法と魔術について真に『わかって』いないのだよ」

『え……』


 アーリアは沈黙した。

 師匠の課題にもあったが、今まで魔法と魔術についてアーリアは理解した気になっていただけで、真に理解できていなかったようなのだ。

 だがどこが理解不足なのか、それ自体が判らない。習った範囲はしっかり覚え理解してきた筈だ。それ以外にも自分で研究したり、魔術を編み出したりしてきた。勿論実際に使って発動を実体験してもきたのだ。

 それに今まで魔法や魔術を使う上で、不自由など感じた事もなかったのだ。


「この話は知っているかい?等級という魔導士の技能レベルを判断する制度があるね。ヒトは個別に1から10の等級を勝手に当てはめているようだが、実はその等級自体10で終いではないのだよ」

『どういう意味ですか……?』

「エルフの魔力はヒトより優れている。ではそのエルフが用いる術はヒトと同じだと思うかい?」

『!』

「そう。エルフはヒトに扱えない魔法や魔術を使うことができる。勿論等級も10を遥かに超える者も当然存在するのだ。これとて等級が10までと言っているのはヒトの勝手な『常識』、勝手な『判断』。ではヒトの中でも強大な魔力を持つ者がいれば、その者が使う魔法や魔術が等級10の範囲だとなぜ言える?」

『じゃあ、等級10以上の術者は人間ヒトの中にも存在する?そして魔法も魔術も人間ヒトの持つ常識以上のものがある……?』

「いや違うよ。常識以上なのではなく、そもそも魔法や魔術に『常識など無い』のだよ。『常識』はヒトが勝手に作り、他に押し付けたに過ぎない」


 エルフの青年はグラスの中身に蝋燭の光を溶かしてユラユラと揺らした。蜂蜜を溶かしたようなその液体は、グラスの中の氷を少しずつ溶かしていく。


「そなたを見ていると、殊更、全ての物事に『常識』に当てはめ過ぎているように思える。だから簡単に精霊にも騙される。教科書が全て正しいわけではない。一度、全て忘れてみてもいいかもしれんの」


 エルフの青年は不敵に笑った瞬間、長いまつ毛が震えた。


「魔法とはどのように発動しているのか、魔術とはなぜ発動するのか……。頭で考え過ぎると上手くいかんぞ?少しはそなたの師匠を見習えばよい。彼奴あやつはある意味で理想の魔導士と言えなくもない。少し規格外だがのぉ」


 楽しそうに話すエルフの青年に、アーリアは苦笑するばかりだ。

 奇しくも魔法については自身の『常識』がこぼれ落ちた所だった。だがまだ整理ができていなかった。魔術については手付かずの部分が大半だ。


「これがそなたの師匠からの『課題』であろう?ほんに彼奴あやつは鬼だ」

『あはは。私も、そう思います』

「だが、そこにそなたへの愛があるのも分かっておろう?」

『はい』

「ならば、私からのヒントはここまでだ」

『はい。ありがとうございます、エルフ様』


 若輩者の魔導士に高位種族のエルフからの指導。本来なら受けることの出来ない講義。出会えた幸運。全ては師匠という存在が架け橋となっていた。

 アーリアは深々と頭を下げた。

 エルフの青年はアーリアの頭を幼な子にするようによしよしと撫でた。


「私の名はリュシュタール。そなたの名は?」

『アーリアと申します。リュシュタール様』

「よく励む事だ、アーリア。そなたに神と精霊の加護がありますように」


 エルフの青年ーーリュシュタールがアーリアの頭に手を掲げると、キラキラしたとした光が舞ってアーリアを包んだ。その光はアーリアの肌に触れると雪のように溶けて消えていく。


「ーーよし。今夜は飲み明かそうではないか!そなたには彼奴あやつの弱点などをこっそり教えてやろう!」

『ぜひお願いします!!』

「さあって、何から話そうかのぉ……」


 上機嫌のリュシュタールはアーリアに様々な話を聞かせた。アーリアは師匠の話や魔法や魔術について有意義な話を聞くことができ、大変充実した夜となった。

 二人の師匠談義は穏やかな灯に灯されながら、夜遅くまで続いていった。




お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録等、感謝感激です!

ありがとうございます!


エルフ様とのお話に夢中でジークフリードのコトをサッパリ忘れているアーリアです(笑)

ジークフリードの気持ちを思うと涙が出てきます。アーリアへの想いが一方通行な気もしなくはないですが……彼にもう少し頑張ってもらいましょう!

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