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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
495/498

図書棟の魔女

※(リディエンヌ視点)



 彼女は、気づくといつも(ひと)り図書棟にいた。


 あまり人付き合いが得意ではないようで、見た限り、友だちと呼べる者もいたかどうかも分からない。ただ、独りでいるのは苦痛ではないように見えた。

 自分の興味のある分野を突き詰めて考えたり、ひたすらに魔術方陣を考案し試したりと、魔導士を志す者は少なからず何かに没頭するものだけれど、(わたくし)たちは魔導士である前に貴族であり、だからこそ社交界の練習とも呼べる学園生活では社交にも気を配らなければならない。

 けれど、彼女にはそういう貴族らしい柵とは無縁に見え、また、同じ貴族令嬢として心配になってしまった。

 家の方針もあるし、家の立ち位置次第では考え方も変わってくるとは思うけれど。


 ーきっと理解ある両親の下に育てられたのねー


 そう思ったのも束の間、私は彼女の意外な一面を知った。

 彼女が自ら志願し、南の隣国ドーアに留学したのだ。


 優秀な成績を持つ彼女が留学生に選ばれた事は不思議に思わない。けれど、いつも図書棟で本ばかり読んでいる彼女が図書棟を出て、更には国を出て外国へ見聞を広めにいくというのだ。驚くなと言う方が無理がある。


 ともあれ彼女は一人、ドーアへと旅立った。

 そして一年経って戻ってきた彼女は、まるで人が変わったかのように明るい表情を見せるようになっていた。


 相変わらず本の虫ではあるものの前のように人を避ける様子はなく、朗らかな笑顔を持って挨拶を返すようになった事で、自ずと『人付き合いの悪い』と陰口を言う者も減っていった。

 彼女からクラスの生徒たちとの交流を持つようになったのは、素直に良かったと思った。


 そんなある日、彼女が学生でありながら『塔の魔女』に抜擢されたとの話を耳にした。

 優秀な彼女は留学を終えての帰国後、飛び級をして卒業に必要な単位を取ったと聞いた後だったので、驚きよりも寧ろ納得してしまった。

 だから、彼女が一年早く学院を卒業した事も、卒業後に『南の塔』へ赴任した事が伝わってきた時も、一つ上の学年に彼女のような素晴らしい魔女がいた事を誇らしく思ったし、私も彼女の後に続けるように努力せねばと強く思った。



 それから数ヶ月余りが過ぎ、学園で彼女の話を聞かなくなったある日、私はとある伯爵家主催の茶会で彼女の良くない噂を耳にして、その思わぬ内容に心底驚いた。


「ーー『南の塔の魔女』様、そう彼女よ、南の地でとても華やかなる生活を送っているそうよ。なんでも、婚姻間近の騎士を誘惑して婚約者と別れさせたとか……」


 どこにでも噂話好きな者はいる。

 貴族内のゴシップやスキャンダルは、暇つぶしにはちょうど良いエッセンスなのだ。

 それに貴族はその噂一つで我が身の没落にも繋がる為、どんな些細な噂にも敏感になるというもの。

 そしてこの手のゴシップもよく飛び交うもの。

 けれど、それがどこか知らない地の知らない誰かなら、きっともう少し心穏やかに耳を欹てる事ができただろう。


(わたくし)も聞きましたわ。出入りの商人に言い寄られて、それをよく思わないお付きの騎士が商人を投獄したとか」

「行商人を毎日の様に呼んで、ドーアのドレスと宝飾品でまるでドーアの姫の様に着飾っていると聞いたわ」

「あら、私は騎士同士で寵愛を取り合って決闘を行ったと聞きましたわ」

「まぁ! 寵愛を取り合っての決闘なんて、まるでロマンス小説のようね?」


 慎ましい彼女からは想像できない噂の数々に、顔が強張りそうになり、慌てて表情を取り繕った。

 彼女は貴族令嬢として最低限の身嗜みは整えてはいたが、身に付けている衣服はいつも青や緑といった大人しめの色合いこものが多かった。装飾品も含めても華美だと思えた事もない。

 留学から帰って以降も表情こそ明るくなったが、それでも大人しいという印象を壊す程のものではなかった。

 何より彼女には貞淑さがあった。

 見知らずの男性どころかクラスメイトの男性にも一歩も二歩も引くようなタイプだったのだ。

 その彼女が騎士ーー男性を相手に寵愛を取り合わせるなんて事態を起こすというのだろうか。


 在学中の彼女の様子から掛け離れた噂に作為的なものすら感じていた私だが、この数日前に、これ以上なく信じられない話が私の耳に飛び込んできていた。


 なんと、彼女がアーリア様を『南の塔』へ呼び出したというのだ。しかも、その内容が『恋の相談』だなどと、聞いた時にはあまりの内容に思考が停止しかけてしまった。

 思わず「それは本当の事ですの?!」と兄に詰め寄ってしまったのは令嬢として恥ずかしくはあるけれど、事態を考えればそれどころではない。

 兄は私の態度にこそ驚いてはいたものの、「この目で見て聞いてきたのだから間違いがない」と頷いたものだから、私の驚愕は計り知れなかった。

 しかも、その後行われた会談は和やかなものではなく、なんと彼女は身分と権力とを盾にアーリア様を貶す発言を連発したのだと聞いたとき、怒りに胸が焼け焦げそうになった。


 確かにアーリア様自身平民出の魔導士だという事はお隠しではないけれど、アーリア様のご養父はあの『漆黒の魔導士』。後ろ盾ははっきりしておいでであるし、ご本人も既に等級9という称号をお持ちの魔導士として『東の塔』の管理者を任されておいでだ。これまでの実績からも決して卑下して良い相手ではない。それが例え生まれながらの貴族令嬢であったとしても。

 いくら彼女が同じ『塔の魔女』という地位にあろうともーーいや、だからこそ、その大変さを理解できる立場にあるのだから、卑下などできる筈がない。

 況してや『東の塔』はライザタニアからの侵攻により、これまで何度も危機的状況にあったのだ。

 つい先ごろも、アーリア様はライザタニアからの工作員により拉致され、王宮に軟禁状態であった。その最中、ライザタニア国内のいざこざに巻き込まれて苦難にあったというのに!

 詳細こそ地方貴族にまで知らされてはいないが、少し調べれば自国がどれほど危機的な状況にあったか、『東の塔の魔女』がどれほどの力を尽くしてきたか、分かる筈なのだ。

 対岸の火事ではない、これは自国の有事。とても他人事ではいられない。その筈なのだけど……一部の者にとっては違うのかも知れない。


 同じ魔女として、アーリア様の立場と苦難を思いやれない彼女が腹立たしくて仕方がない!

 まだまだ男尊女卑の根深いこの国で、どれだけアーリア様がご苦労なさっているか、同じ年若い魔女として理解できそうなものなのに。


 女を子どもを産む道具としか考えていない者、女に学など必要ないと平然と口にする者、都合良く女を政治の道具に使い都合が悪くなると遠ざける政治屋、地位を傘に他者を見下し地位を理由に他者に責任者を押し付ける官吏官僚……その全てに私は心底辟易する。


 貴族令嬢として『女』をーー自分を磨くのは悪い事ではない。寧ろ推奨されている。私もそう思う。

 だって『可愛い』は正義で、可愛い、綺麗だと褒められるとそれが自信に繋がって、自信は誇りになっていくのだから。

 それに、女を武器にするというのは貴族令嬢として間違った在り方ではない。女にしろ男にしろ、男女問わず自分の魅力を相手に伝えるには、外見を磨くのが一番早いから。貴族ならば特段驚く方法ではない。

 けれど、彼女のそれは度を越したやり方だと断言できる。やってはいけない方法なのだーー魔女と、魔導士だと名乗るならば尚更に……


「……リディエンヌ様、どうかなさいましたか?」

「あっ、いえ、何もありませんわ」


 考え込んでいた私を現実に引き戻してくれたのは友の声。心配そうに顔を覗き込んでいる友人に、にこりと笑いかける事で大丈夫だと伝えた。

 友人は私がアーリア様と懇意であると知る数少ない者だ。


「騎士にまで色目を使うだなんて、まるでアリューシャ様のようね?」

「シッ! どこに目があるか分かりませんかとよ?」

「あらやだ。だって、ねぇ」


 仲間内だけのお茶会だが、どこに目があり耳があるか分からない。不用意な発言は避けたいところだ。

 そう思えど、彼女ーー今や『南の塔の魔女』として同年代にありながら重役に抜擢されたエイシャには、良くも悪くも話題が集まっていく。


「『塔の魔女』に抜擢されたのはエイシャ様だというのに、まるでご自分がそうであるみたいな態度なのだもの」

「そうね……特にエイシャ様に付き添って『南の塔』に行ってから、より一層って感じはするわね」


 嗜めるつもりが擁護になってしまった友人同士が苦笑いを浮かべる。

 エイシャ様の妹であるアリューシャ様は、双子ではないが同学年の姉妹。

 本の虫であったエイシャ様と違い、アリューシャ様はよく言えば外交的、悪く言えば人付き合いの派手な令嬢で、それこそ婚約者のある令息に色目を使って篭絡した事もあり、またそれが一度や二度でないので、特に同性からはよく思われていない。


「姉のサポートにと学院を辞めてまで『南の塔』について行ったけど、何をサポートするのかしら?」

「うーん、あえて挙げるなら社交?」


 姉のエイシャ様とは違い、妹のアリューシャ様はそれ程学業の成績は優秀とは言えなかった。優秀な姉をサポートするには、魔女としての実力が足りていないように思える。


「ああでも、『南の塔』に行ってしまっては、大好きな社交界から遠ざかってしまうのではなくて?」

「それがそうでもないみたいよ? 少し前にベレー伯爵主催の夜会で彼女の姿を見ましたもの」

「ええッ?! それ本当なの?」


 ベレー伯爵といえば南都に近い西都に位置する所領を持つ貴族。けれど、ベレー伯は自領を代官に任せて王都の屋敷にいる事が多いと聞く。

 領主の仕事が優雅さとは程遠いと感じる貴族が一定数いると聞くが、ベレー伯もその一人なのだ。そしてその子息であるベレー伯子息ライデルもまたその考えを是としていた。


「ベレー伯爵家といえば、随分と優雅な生活だと聞くけど……」

「ええ。ほぼ毎週、夜会を開催しておいでよ」

「まぁ!」


 令嬢は控えめに驚いて頬に手を置いているが、私も顔に出さずとも驚いていた。

 夜会を開くにも決して少なくない費用が掛かるのを知るからこそ、伯爵家の財力と、女主人の手腕、伯爵家を支える使用人たちの努力に感嘆を覚える。

 我が家でも夜会は催しているが、せいぜい多くても月に一度程だ。宰相である父が多忙である為、また女主人たる母が早逝した為、夜会等の行事は兄の妻が主に取り仕切っている。最近では私もその手伝いをしながら学んでいるので、夜会を開く大変さを身をもって知っている。花の手配、案内状一つにしても気を使う作業が多い。


「ベレー伯子様が特に交友関係も華やかでいらっしゃるとか」

「ええ、顔が広くいらっしゃるから。私も同じ伯爵家として招待状を頂くことがあるの」


 赤いルージュの似合う金髪の彼女、バラード伯爵家のローズ様は、見た目通りの明るく活発な令嬢で、成人を数年後に控えて積極的に活動をされている。

 勿論、夜会にも参加されているけれど、きっちり妹思いの兄君に保護(エスコート)されているので、悪い虫はつかないだろう。


「彼女、相変わらずな装いで、ベレー伯子様と踊っていらしたわ」


 その時の事を思い出してか、ローズ様はやや苦い表情で扇を仰いでいる。

 ベレー伯子様といえば、最近になってとある子爵令嬢の婚約者ができたと聞いたが、その婚約者様はさぞ不安な気持ちになったに違いない。

 それが予想できてしまい、私も、そして周囲の令嬢たちも、皆が目を泳がせてしまった。


「やっぱり姉妹は似るものなのかしら?」

「……え?」


 静まってしまった雰囲気にぽつりと落とされた疑問。

 思わず目線を向ければ、ローズ様はパチンと扇を閉じて私に視線を合わせた。


「だってそうでしょう? アリューシャ様が今も()()()()なら、姉君であるエイシャ様はアリューシャ様の在り方にそっくりじゃない?」


 確かにローズ様の言い分は最もだ。

 意識して真似たのか、それとも共にいる中で自然とそちらへ流れていったのかは分からないけれど、エイシャ様の在り方はアリューシャ様の在り方そのものの様に思える。

 ローズ様の言葉は一見すると納得できるものだが、一方で以前のエイシャ様から掛け離れた姿に、短期間でそのような事になるのだろうかと、疑問が大きく膨らんでいく。

 あの儚げで、控えめでいて、社交よりも魔導の知識を貪欲に追い求めていた魔女が一変し、華美な装いを纏い、騎士たちをアクセサリーの様に侍らせて、他者の婚約者を奪う様な真似をするだろうか。いや。どうにも彼女の印象と合わない。


「だとしたら、とても残念なことだわ……」


 思わず溢した言葉にハッとなり、口を覆う。

 気まず気に顔を上げれば、ローズ様を始め、皆さんも眉を下げて「そうですわね」と顎を下げてくれた。

 社交に疎いというのは貴族令嬢としてどうかと思う一方、エイシャ様の魔導の才能には一目も二目も置いており、また彼女の様な魔女によるこの国の平和が保たれている事に感謝を抱いているのだと分かり、内心ホッと胸を下げる。


「リディエンヌ様のお気持ち、とても良くわかるわ。私だって魔女の端くれですもの。彼女にはそれなりに期待していたのよ?だから、今の彼女には……言い方は悪いけれど、絶望感があるわ。だって、彼女は私たち魔女の威信を背負っていると言っても過言ではないのですから!」


 ローズ様はそう言って悔しそうに扇を握りしめた。

 ローズ様自身、火魔術が得意な魔女で、領地では男性陣に混ざり魔獣討伐にも参加しているという。派手な見た目で軽く見られがちだけど、彼女は領地と領民を愛する立派な貴族。そんな彼女がエイシャ様に期待しない訳がない。

 このシスティナは男女平等とは言い難い。まだまだ男尊女卑の制度が彼方此方に残っている。

 『塔の魔女』だってそうだ。

 結界を施すのに女性の魔導士の方が優れているからとは表向きの理由だけど、結界を施すのが男性の魔導士では駄目だという訳ではない。それなのに女性の魔導士が選ばれるのは、いざという時に切り捨てられるから。

 そうした地位の低い魔女の権威を守っているのもまた、『塔の魔女』なのだ。

 彼女たちが命を懸けて国を守っているからこそ、魔女は敬われ、また女性の教育の機会も守られる。

 けれど、その彼女たちが正しくない行動を起こせば、忽ち、魔女の地位は失墜してしまうだろう。だからこそ憤りを覚えるのだ。ーーそう、私もまた憤りを覚える魔女のひとり。

 彼女には勝手な期待を背負わされたと思われるかも知れないけれど、それだけ彼女には期待を寄せていた。なのに何故、どうして、魔女の地位を貶めるような真似をするのかと、怒りが湧いて仕方ないのだ。

 しかも、もう一人の尊敬すべき魔女『東の塔の魔女』を巻き込んだ騒動を起こそうとしている。いや、起こしている。その理由がどうしても分からない。


「『東の魔女』様はあれ程のお方だというのに、あの方にまで迷惑をかけてしまうなんて……」

「えっ……?」


 ローズ様の言葉に目を開く。


「エイシャ様が南都へ『東の魔女』様をお呼びになられたと小耳に挟みましたわ。どんな理由があって呼ばれたのか分かりませんが、東都はまだ不安定な地。そんな場所から魔女様を引き離すなんて……一体何をお考えなのかしら?」


 一部の者しか知らない筈の事実を語るローズ様に驚きを隠せない。

 驚きを隠せずにいると、ローズ様は「あら? てっきりご存知の事かと……?」と首を捻る。


「ローズ様は、それをどちらでお聞きに?」

「どちらって、この前の夜会でアリューシャ様が仰っておいでよ。エイシャ様が是非にとお呼びしたって」


 本来なら隠されるべき事実を軽く口にしたアリューシャ様に愕然とする。夜会など、誰が聞いているかも分からない場所で、機密性の高い情報を話すなど、本当に一体何を考えての事なのか理解できない。


「『噂通りの田舎魔女が来た』って嗤っていらして、本当に学のない!恥知らずな方だと呆れて帰ったわ」


 ローズ様、そしてローズ様の友人方も同じように眉を顰めている。

 『東の塔』を治める魔女が平民の出自である事は誰もが知る事実だけれど、彼女が高名な魔導士の養女であり、アルヴァンド公爵たる父が後ろ盾についているのもまた公然となっている。そして魔女本人も等級9を持つ高位の魔導士。そんな彼女を尊敬しない魔女はいない。

 しかも『東の塔』は何かと騒乱が絶えない地。東の軍事国家ライザタニアとの関係から、いま最も注視すべき地なのだ。その地の『塔の魔女』を任される魔女を『田舎魔女』などと!同じ塔の魔女の関係者として恥ずべき言動とは思わないのだろうか……!?


「私も注意すべきかとも思いましたが……」

「ええ、分かりますわ」


 言って聞くならばこれまでに既に学んでいる。

 これまでにも幾人もが彼女の言動を諌めてきた。けれど彼女は反省するどころか逆に反抗し、ワザと騒動を起こして自身を被害者に仕立て上げ、諌めてきた令嬢を嵌めた事がある。

 アリューシャ様はそういった小細工が得意なのだ。

 彼女の被害者になった令嬢が幾人かいる為、彼女が姉君であるエイシャ様について学院を去った時は、胸を撫で下ろす者までいた。

 この短期間で彼女の性格が良い方向に修正されたとは誰も思えなかったようで、困ったように眉を下げる者が大半になった。

 下手に関わり合いになって自分が標的になってはたまらない。好き好んで騒動に関わりたくないし、傷物にされては泣くに泣けない。貴族令嬢にとって自衛は恥ではないもの。


「それよりリディエンヌ様。リディエンヌ様は大丈夫ですの?」


 扇に口元を隠しつつそっと囁くローズ様。


「失礼ながら、アルヴァンド家も無関係ではいられないのではないかと……」


 大丈夫、知っているという意味を込めて扇で口元を隠しつつ顎をそっと下げる。するとローズ様はほんの少し表情を和らげた。

 『東の魔女』ーーアーリア様の噂と同時期にアルヴァンド家の噂まで流れて来た事は、決して想定外ではない。けれど今回程あからさまなものは珍しく、アルヴァンド家は既に臨戦体制に入っている。


「ローズ様、ご心配くださりありがとうございます。大丈夫ですわ。私たちアルヴァンド家はなかなかにしぶといですのよ?」


 そう言って微笑うと、ローズ様を始め、ご友人たちはふふと笑って「存じておりますわ」と口々に励ましてくれた。


「何か手伝えることがあれば遠慮なく仰ってくださいませ。私たちはか弱い令嬢ですが、これでもシスティナ魔女の端くれですの。オイタの過ぎる頭の痛いお子さまにお灸を据えるくらいできましてよ?」


 悪戯な雰囲気を纏い微笑うローズ様。

 これまでそれ程の交流はなかったけれど、彼女の気遣いは大変有り難い。

 元、第三王子の婚約者候補として釘を刺される覚悟はしていたものの、こうして味方になってくれるとは想定外のこと。仲間に引き入れれば頼もしいに違いないと魔女のカンが告げている。

 もしかしたら何か裏があるかも知れないけれど、今は彼女の気遣いを有難く思っておこう。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて少しお願いしてもよろしいかしら?」


 ローズ様に向けてフワリと微笑うと、内緒話をする様に人差し指を唇に当てた。





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『図書棟の魔女』をお送りしました。

リディエンヌ嬢は16歳になったばかりで思春期は過ぎていますが、大人のやり方にやや反発を覚えています。

しかし、彼女には第三王子の婚約者としての立場があり、どこに政敵がいるかも分からぬ時世、言動を表に出すことはできません。

また、リディエンヌ嬢から見た『南の塔の魔女』エイシャのひととなりは、アーリアが会ったエイシャとは随分と様子が異なりました。

彼女は一体どうしてしまったのでしょうか?


次話も是非ご覧ください!

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