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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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膝枕と天国

※(リュゼ視点)



 さわさわと髪を撫でる手の温かさにうっとりと目を細める。


 頬を掠める滑らかな髪。

 頬の下には柔らかな肉の感触。

 後頭部に触れる双丘と鼻腔を擽る芳しい香り。


 ーあ〜〜ここが天国かぁ〜ー


 『愛する女の膝で死にたい』と誰か(カイト)が言っていた。

 それを聞いた時は鼻で笑ったけど、確かにここで死ぬのは悪くない。どころか、割と最高の死に方じゃないかな。


 最初はおっかなびっくり撫でていた手つきも、次第に慣れてきたみたいで、緩急をつけて上から下へ、右から左へと、優しく撫で梳いてくれる。

 温かくて、少しひんやりとする指先が時々頬や額を掠めると、ぞわりと首筋が震え、無意識に息が漏れそうになる。

 不意に後頭部に触れる柔らかな双丘にドキリとさせられ、そのあまりの柔らかさに、彼女の女の部分を否応にも突きつけられる。


 こんな近くに愛する女がいて、よく手を出さないでいる自分を褒めてやりたくなる。


 本当なら、もっと、ずっと彼女に触れていたい。

 触れて、抱きしめて、うんと甘やかして、愛して、どろどろに溶かしたい。

 そんな欲望が、僕の中にもある。

 けど、それは彼女にーーアーリアには見せちゃいけない。


 アーリアはその手の話題に無頓着でいて敏感だ。無意識に拒絶している。人間の繁殖方法は『知識として』持っていても、それが獣らにはない愛情表現の一つだという事が分からない。男女間の友愛が理解できても、恋愛は理解できないんだ。

 意味は分かっているんだ。きっと。

 教会の前で愛を誓った男女をみて『綺麗だな』と感想を漏らした時、その顔には羨ましいといった感情が滲んでいた。人と人とが愛し合うーー信頼し合う様を羨ましいと。


『アーリアはさ、ああいうのに憧れってある?』

『……そうだね。憧れはあるかも。単純に綺麗だな、素敵だなって思うし、ほら、キラキラしてとても幸せそうだよね?』


 アーリアは色んな感情を混ぜこぜにした笑みを浮かべていた。

 きっとアーリアは、『人間として得られる幸せを人間でもない自分が願って良い訳がない』とかなんとか考えていたんだろう。

 悩んでるアーリアには悪いけど、僕にはアーリアが何者であっても構わない。例えどんな生まれであってもーー造られたんだとしても、そんなのは関係ない。アーリアはアーリアなんだから。


『あ!でも、ドレスはしばらくはいいかなぁ』

『アハハ! あれって見た目より重装備みたいだからね〜』

『そうなの! コルセットは苦しいし、ヒールは高いし、胸は詰まるし、でも……』

『でも?』

『あんなに幸せそうなの見ちゃうと、それも悪くないなぁって』

『ふぅん、そっか〜』


 仲睦まじい新郎新婦の様子を、そして二人を祝福する家族や友人たちの様子を眩しそうに目を細めるアーリアに、そして何より、例え叶わない夢だとしても、憧れるくらいは許されるんじゃないかと思っているだろうアーリアに、僕はこう言った。


『その時はさ、僕に選ばせてよ。アーリアのドレス』


 話の脈絡が理解できなかったのか、え?とアーリアは首を傾げた。

 押しの弱さに付け込んで『ね、良いでしょ?』と聞けば、案の定『うん』と頷いてくれた。だから、その約束が反故にされないように指を絡めた。『約束ね』って。


『きっと、めちゃくちゃ似合うと思うんだよね。誰にも見せたくないくらい』


 耳元でそう囁いた後指を引き寄せると、アーリアはこれでもかってくらい顔を赤くしていた。

 その顔がめちゃくちゃ可愛かったから、堪らず願望を口に出していた。


『憧れてるくらいなら僕が本物の花嫁にしてあげる。だから約束。……僕以外に囚われないでね?』


 目を丸くして眉を少し下げたアーリアの顔が何ともいえなかったな。

 あの後、帰り道でも口を開けたり閉じたりして、何かを一生懸命考えていた。大方、僕の発言の意味を考えていたんだろうけど、自分自身には恋愛を当て嵌めないアーリアはきっと斜めに解釈したんじゃないかな。

 僕は冗談で言った訳じゃないし、何なら本気も本気なんだけど、残念のがら今現在、アーリアが僕の気持ちに気づいた様子はない。

 そう、気づいてはないと思うんだけど、急な接触には頬を赤くするくせにこうして僕の接触を許したり、甘えさせてくれたりするから、僕の方が困惑してしまう。

 まるで好かれているようなーー愛されているかのような錯覚をしてしまうんだ。


 確かにアーリアには嫌われてはいない。寧ろ好かれているとは思う。けど、その『好き』は友愛(ライク)であって恋愛(ラブ)じゃない。人間の数少ない友人として好きでいてくれるだけだ。

 彼女の場合それだけでも稀でレアだって事は分かるんだけど、こう一緒にいて、大切にされてるって実感する度、僕の中の雄が疼いて仕方なくなる。理性で何とか抑えているけど、こんな夜は特にどうにかなりそうになるんだ。


 アーリアが襲われるのはこれが初めてって訳じゃない。これまで何度もあった。騎士寮に住んでいるときも、領主官邸に移った後も。

 いつもは結界を張って、不審者は侵入できなくしてあるから、誰が来たって関係ない。

 暗殺者であろうと、職員を装う襲撃者であろう、不埒な騎士であろうと、誰であろうと入室前に御用なんだから。

 けど、今日は違う。

 襲われる噂を逆手に取って罠を張り、自ら張り込んで、暗殺者たちを待ち伏せた。

 魔宝具の性能テストを兼ねているのは分かる。

 そうでもしないとこんな危ないテスト、誰も手伝ってくれないだろうし、何より、()()()()()()のも分かる。

 だからって、アーリア自身が顔を出す必要なんてなかったんだ。


 顔を晒す危険をアーリアも知っていただろうに。それなのにワザワザあんな煽るようなやり方で自分を危険に晒して……とても納得できない。

 アーリアを守りたいんだ。

 この世の何よりも、誰よりもーー自分よりも大切だから。()()()みたいな目に遭って欲しくない。傷つけて欲しくないんだ。


「無理してもらったかな、ごめんね。潜入捜査、疲れたよね?」

「あー、うん。あーゆーのはまぁ慣れてるっちゃ慣れてるけど、ああいうのは久々だったから、ねぇ……」


 柔らかな膝に頬擦りした時、アーリアの声が真上から落ちてきた。ベリーの唇が左目に映る。その瑞々しさにごくりと喉が鳴った。


「やっぱり大変だった?」

「いやそこまでは、全然だよ。前にいたトコの方がブラックだったし、それに比べたらマシな方じゃないかな〜」


 へえと感嘆の声をあげ、「犯罪組織に良し悪しなんてあるんだね?」と首を傾げるアーリアに生返事を返す。

 あのアーリアを襲った犯罪組織は、僕が前に所属していた時はまだ中堅くらいの組織だったのに、変態魔導士が突然組織を畳んだもんだから、急にお鉢が回ってきたみたいで、ココ1年程で組織が大きくなっていた。

 それに組織体制としても随分と変化があった。

 仕事内容と給金だけを提示してフリーランスの犯罪者を集め、急拵えのチームをいくつも作って、その場その場で適当に対応させているもんだから、仕事によっては顔見知りは殆どいない。初対面の者ばかりだ。だからこそ集合も解散も簡単で、蜥蜴の尻尾切りにはもってこいなんだけど、誰にも繋がっていないという事は幹部とは誰とも繋がっちゃいないという事で、そんな組織が一番厄介だ。

 少し深く潜ってみたけど、蜘蛛の糸を掴むようにぷつりぷつりと切れて、短期間で幹部までは辿り着けなかった。依頼先なんて情報もまるで分からなかった。

 ただーー


「『精霊の牙』」

「……え?」


 考えを口にしていた訳じゃないのに、アーリアが僕の思考を先回りした。驚いて目を開くとアーリアの顔が間近にあり、僕の顔を覗いていた。

 近っ! 吐息までかかる距離に息を呑む。


「その組織の名まえ」

「っ、あー、うん」

「『精霊』って付くくらいだから、やっぱり精霊信仰と関わりのある組織なのかな?」

「あー多分ね。けど、今夜捕まえた末端の奴らは、組織の成り立ちや活動理念なんてもんは知らないと思うよ」

「それもそうか……」


 小さな吐息を吐くと、アーリアの顔が離れていく。

 ドクドクと迅る心臓の鼓動を隠すようにゆっくり呼吸をすると、全力で顔を整える。


「誰がどんな神様を崇めていてもそんな事はどうだって良いんだけど、『精霊神党』だけはちょっと、ね……」


 精霊信仰の中でも、最も盲信的な信者で構成されるという過激派集団で有名な『精霊神党』。

 アーリアの目を狙って、これまでも何度か接触を図ってきた。懐柔目的の接触から誘拐目的の接触まで、その方法は様々だけど、そのどれもがアーリアの意思を尊重してのものでないのは明らか。アーリアが毛嫌いするのも無理はない。

 その『精霊神党』と犯罪請負組織『精霊の牙』繋がりがあるか、それは未だ分からない。


「大丈夫。アーリア、大丈夫だから……」

「……、っ、うん……」


 見上げた先で睫毛が揺れた。

 唇がゆっくり閉じられ横に引かれていくのを、手を伸ばし、頬に指を添える事で止めた。


「無理に笑わなくていいよ。怖がって良いんだよ?」


 感情を隠したい時、貴族は笑みを作る。

 貴族教育を受けたアーリアもまた、笑みを作る事で感情を隠す術を覚えてしまった。

 武器の一つとしてそれは良いツールだとは思うけど、僕相手にまで使わなくても良いんだ。

 だって、僕は君のどんな感情も知りたいし、どんな表情だって見たいんだから。


「あんな気持ちの悪いストーカー集団、怖くないワケないじゃん? 僕だって怖いよ」

「リュゼも?」

「神様の為なら何だってしていいなんて、他の人にとっては迷惑なだけじゃん!? そもそもこの世に神なんていないのに一方的に押し付けられて、良い気なんてするワケないよ!」


 神を信じた所で何があるんだ。

 飢えから助けてくれた事も、寒さを和らげてくれた事も、悪夢から救ってくれた事もない。

 生まれる場所を選ばせてくれない。親を選ばせてくれない。死にゆく者を助けてもくれない。

 だから、僕は神を信じない。

 だから、神を理由に他人の人生を奪おうとする者を許さない。

 アーリアをこんなにも怖がらせる宗教団体なんて、なくなってしまえばいいんだ。


「大丈夫。ここには彼らは来ない。ここに入れるのは限られた人だけ、君が大切に思う人たちだけだから。ね?」


 ここは限定された者しか入れないよう細工されている。門の鍵を持つ者も限られている。アーリアが招いた者しか入れない。


「リュゼがいるものね?」


 純真無垢な目を向けられて胸が痛む。

 僕への信頼が重い。

 いや、寧ろ嬉しいし、そう仕向けたのは僕なんだからそこは嬉しがるべきなんだけど、こう純真な目で見つめられると無い筈の良心が疼くし、実際、手が出し辛い。

 こっちはギリギリのところで踏み止まっているってのに、生殺しこの上ない。


 そんな僕の心を知らないアーリアの「それに、今はナイルもいるし……」という言葉に、更に僕の心を掻き乱す。「まあね」と返しつつも、内心、面白く無いなと嘯く。


 普段、僕は専属護衛騎士としての立場や対面もあって、アーリアの顔にドロを塗らない為にも対人面でより油断ない対応を心掛けている。

 ナイルが専任護衛騎士としてアーリアにつくようになってからは仕事の分担が可能になって、楽になった面もある。

 その反面、他人の目が多くなったので気を抜く時間が短くなってしまった。つまり、気の休まる時間が減ってしまったんだ。


 だからってあの敵陣で気を抜くのは命取りだ。

 未だ、アルカードの地は僕らにとって敵陣なんだから。

 気心の知れた騎士たちであっても信頼を置く事はできない。ーーそれがナイルであっても。


 ナイルは僕にとって信頼に値する騎士だ。

 一方で、最も危険な騎士でもある。


 ナイルはアーリアに対して忠誠心高き紳士な騎士だけど、同時に国に対しても忠誠心高き騎士でもある。

 国の為ならばアーリアの意思とは関係なく動く。

 国とアーリアを天秤にかけて国の方に傾く時、ナイルは国を取る。つまりアーリアを売る事がある、裏切る可能性があるって事だ。


 本人の希望があって『東の塔の魔女』付きの専任護衛騎士に任じられけれど、立場上、『塔の魔女』であるアーリアを守っても、『塔の魔女』でないアーリアを守る事はない。

 本人曰く、アーリア個人に忠誠を誓ったからこそ、アーリアが『塔の魔女』でなくなっても生涯アーリアの騎士であるとは言ってはいたけれど、それこそ納得できない。

 侯爵家に生まれた生粋の貴族であるナイルが、自分たちのような何も持たずに生まれてきた者に生涯の誓いを立てるなど、ある筈がないじゃないか。

 オカシイと思う一方、あの生真面目騎士がウソなんて言わないと信じられる程に信頼できるだけに、どうにも困惑してしまう。

 そして何より、僕よりもずっと騎士として正しい男が、この世で何よりも大切で、愛してやまない女性の側にずっといるというのが、複雑な気持ちになる。正直、気分が良くない。


 ーはぁ〜〜俺ってばちっちぇ〜〜ー


 蟻よりも小さい心に自分で自分にドン引きする。

 まるで好きな子の隣を取られるのではないかと勝手に想像して拗ねてる小僧みたいだ。情けなくて死にたい。


 アーリアに何があろうと、ナイルは死ぬまで騎士だという。

 じゃあ僕は?

 もし僕が彼女にこっぴどく振られでもしたら、彼女の側にいる資格はなくなる。その時、僕はそれでも彼女の側に変わらずいる事ができるのだろうか。

 もしも、アーリアの隣に自分じゃない誰かが立っていて、アーリアがその誰かに心からの笑顔を向けていたら……?


 ーあ、ダメだー


 想像であっても直視できない。耐えられない。


 アーリアの騎士として生涯側にありたいナイル。

 アーリアのパートナーとして生涯側にありたい僕。

 僕だちの想いは似ているようで対極にある。

 アーリアの隣に誰がいたとしても、一途にアーリアを守ると言えるナイルの方が、きっと僕より強い。

 僕は、アーリアの隣に別の誰かがいたら、アーリアの側に生涯共にあると言えないんだから。


 僕にできるのは、今以上にアーリアの信頼を得て、アーリアのパートナーとして生涯共にある事を願い、許してもらう事だ。


 告白すりゃ良いとカイトなんかは簡単に言うけど、それができりゃ苦労しない。

 今のアーリアに恋愛感情を全面に出す事はタブーに等しい。

 一人の人間として、アーリアの側にいたいと言うのはまだ理解が得られる。

 けれど、一人の男として一人の女であるアーリアを求めている、その為に生涯側にいる権利が欲しいと言うのは、今のアーリアからは理解を得られない。

 カンだけど、まだその時じゃないんだ。


 だから慎重になる。


 アーリアとの関係を大事にしたいから、大切だから、ずっと側にいたいから。

 今はまだ慎重に少しずつ外堀を埋めていくしかないんだ。

 なかなかの辛抱強さが必要になるし、こっちは慎重に進めてるってのに、周囲はそんなコトお構いなしにズカズカと踏み込んでくるもんだから、腹が立って仕方ない。


「リュゼは大丈夫? 本当に無理してない?」


 知らず溜息が出ていたのか、アーリアの心配そうな声が落ちてきた。


「? 平気だよ?」

「もし、いま、リュゼがしんどい状態なのなら……」

「その時はナイルかセイにでも押し付けるから」

「……でも、もしリュゼが……」


 言い募るアーリアの唇に指先をそっと押し付ける。


「僕はアーリアの側を離れたりしないよ」

「っ!」

「何があっても、君の側にいる。ずっと。君が嫌だって言っても、ずっと、側にいるから」


 アーリアの目が見開かれていく。

 夜空の下で交わした約束。

 あの言葉は、口に乗せる毎に重みを増していく。

 気まぐれで言った言葉が、今は本気で、何よりも大切な言葉になっている。

 

「じゃあ、約束しよっか?」


 そう言って小指を差し出す。

 アーリアは少し考えた後、僕の小指に自分の小指を絡めた。

 困ったように眉を下げるアーリアだけど、指を出してきたって事は、アーリアも僕の約束に付き合ってずっと側にいてくれる事を了承したって事になる。今はそれだけで満足だ。


 絡めていた指を離そうとしたアーリアの指を僕の方から捕まえて、あの時みたいに引き寄せ、アーリアの小指の先にそっと唇を押し付けた。

 途端に、アーリアの顔が茹蛸みたいに真っ赤に染まる。意識されていると分かると、嬉しくなって、僕はアーリアの手ごと引き寄せて頬ずりした。

 あたふたするアーリアを視界の端に、アーリアの香りを楽しんでいると、リンゴーンと玄関のベルが鳴らされた。チッ!良い所だったのにッ!


「ナイルだ」


 名残惜しくはあるけど、あまり待たせるのも悪い。

 アーリアの膝から頭を上げると、未練を吹っ切るようにソファから起き上がった。

 アーリアを見ると、頬に両手を当てて、むーと変顔をしていた。何それ可愛い。


「迎えに行ってくるよ。アーリアはここにいて」

「わ、私も行くよ……っ、えっ?!」


 立ち上がろとソファから腰を上げたアーリアが、その場で床に崩れ落ちた。

 は? え!? と目を白黒しているけど、それは僕も同じだ。慌てて駆けつけてアーリアの側に腰を下ろす。


「アーリア!?」

「ッ! ュ、リュゼ……」


 床に蹲り、苦痛に顔を歪めるアーリアを見て、毒でも盛られた可能性に思い至る。

 僕には解毒の魔術は使えない。毒消しはキッチンの飾り棚の中だ。

 取って来るが早いか、連れて行くが早いか。

 医者を呼びにーーいや、師匠に連絡を。

 迷っている時間はない。

 アーリアを抱き上げると「くっ」と顔を顰めた。

 相当の痛みがあるのだろう。


「暫くの辛抱だから。今、師匠を呼びにーーー」

「ッちょ、ま、待って!!」

「ハァ!? 待てるワケーー」

「だぃ、じょぶ……っ……」

「どこが大丈夫なんだ?!」

「あっ! っ、ぁし、が、し、痺れっ……」

「は?……え? あ、足? の、痺れ……?」


 小さな言葉を拾い繋ぎ合わせた時、思わぬ理由になんだと力が抜けてしまい、アーリアを抱いたままその場にしゃがみ込んでしまった。

 良かった。何だ、足の痺れか。

 あー、そりゃそうだな。

 僕はルーデルス団長程の大男じゃないけど、それなりに体重はある。女のーー況してや小柄なアーリアの脚では長時間支えきれない。足くらい痺れるだろう。

 「何だ良かった」と言ってアーリアの顔を見る。

 アーリアは腕の中、顔を真っ赤にしていた。

 心配された事に対して文句は言えない。けれど、あやうく足の痺れごときで師匠を呼ばれるかも知れなかった事態に、怒りより恥ずかしさが上回ったって感じかな。


「だから、大丈夫だって……」

「うん、そうだね。良かった」


 アーリアをソファに下ろすと、ぷいっと顔を晒すアーリアにフッと笑った。


「じゃあ、僕はナイルを迎えに行ってくるから」


 無言のアーリアの髪に触れ、すぐに離す。

 そして背を向けた時、腰の辺りにアーリアの手が触れた。


「ありがと、リュゼ」

「……うん」


 振り向く事なく、僕はアーリアの手が離されるのを待って部屋を出た。彼女の顔を想像しながら……



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『膝枕と天国』をお送りしました。


追記(※ナイル視点)


玄関のベルを鳴らし待つ事10分。何事かあったのだろうかと心配し始めた時、玄関の鍵が開けられ、中から茶髪の青年が顔を出した。

その顔を見るや目を細め、問う言葉を180度変えた。

「何があったか知らんが、顔くらい作れ」

「良いじゃん。誰に見られる心配もないんだし」

「俺が見ている」

「じゃあ、尚更、作る必要ないよね?」

「…………」

溜息を一つ。ニヤニヤ笑う青年ーーリュゼの頭を軽く叩くと、玄関扉を潜り廊下を進む。リュゼにセイの顔が重なってどうにもイラついた。

彼女が幸せならそれで良い。けれど、彼女が傷つくような事があれば許さない。

例え、彼女が誰を選び、誰の隣にいようとも、自分が生涯その隣で彼女を守り抜く。心も、体も。

そう決めた時から、自分の人生にリュゼの存在は折り込み済みだ。

だからこそ、リュゼにはよくよく頼みたい。

彼女を傷つける真似は止めてくれと。

「アーリア様、夜分に失礼します」

「ナイル? どうぞ」

彼女の待つ部屋を前、内心を押し込み隠す。

そして顔を作るとドアノブに指を掛けた。



次話も是非ご覧ください!



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