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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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騎士団長の謝罪と魔窟2


「ーーだって、欲しかったんですもの」


 問いかけるカルミネ団長に向かい、エイシャは僅かに首を傾げて言い切った。

 細い指を絡めカルミネ団長を見上げるエイシャからは、鼻腔を突くほどの薔薇の香りが漂う。身をくねらせながら話す少女の化粧は随分と濃い。薄桃から真紅まで濃淡のあるドレスは満開の薔薇を思わせるが、この胸元から背にかけてぱっくりと空いたデザインからは、出会った頃の清楚な令嬢とはまるで掛け離れている。夜会でもあるまいにこの装い。まるで娼婦のようではないか。


「何がいけないんですの?」


 そう問いかける魔女の目には全くと言って罪悪感はない。悪びれもしない。最初から自分が悪いとはカケラも思っていないのだ。ーーそう悟ればこそ、騎士団長の心はスッと冷めた。

 魔女エイシャは、青年商人を自分付きの侍従にしたいと声を掛け、断られた腹いせとばかりに『色目を使われた』と護衛騎士へ相談を持ち掛けたというのだ。つまり、事の元凶は魔女にあったのだ。

 その事情を訴えてきたのは魔女付きの侍女の一人。騎士団長は俄かに信じられぬ思いもあったが、だからと放置はできない。早速、それを魔女本人へと確かめた。すると信じられぬ事に魔女は己がした事を認めたではないか!

 

「ッ何、が……無実の人間を捕え、罪に問おうとしていたのですよ!?」

「あの男がいけないのよ。私の想いを無視するから、いいえ、それどころか私に恥をかかせたのだから!」


 ふんっと怒って顔を背けるエイシャ。腕を組み、苛立ち気に身体を震わすエイシャは、お世辞にも麗しい令嬢とは言えない。自分の我儘が叶えられずに癇癪を起こす。それは一見子ども地味だ真似に見えるが、やっている事は悪質で悪意に満ちている。

 事実を突きつけられた騎士団長は眩暈に襲われた。

 目の前が真っ暗になり、吐き気が込み上げてくる。同時に、これまでの違和感が全て一本の線に繋がっていった。


「『塔の魔女』というお立場にありながら貴女様はッ!」


 怒りのままに詰め寄ろうとした所を、すぐ側にあった騎士に遮られる。騎士団長の右腕たる副団長だ。

 「団長」と鋭い声が耳に届く。

 ハッとなり周囲を見渡せば、魔女付きの護衛騎士が魔女を庇い立ち、しかも腰の剣に手を掛けているではないか。


「いくら団長であろうとそれ以上は不敬であります」

「何だとっ!? お前たちは事の重大さを理解していないのか! あやうく冤罪を作り出す所だったのだぞ!!」


 騎士団長の話を聞いていた護衛騎士にも、我儘故に事実を歪め、無実の青年を独房に入れ拷問まがいの事をエイシャがしたのだという事を知った筈だ。

 事は貴族令嬢の我儘に留まらない。

 伯爵令嬢たるエイシャは今、『南の塔の魔女』という要職に就ている。事は『南の塔』全体に関わる事なのだ。

 魔女を守護する役割を担う騎士団には、魔女の行動を諌める役割をも担っている。魔女が正しくない道を選ぼうとする時、それを側で諌め、正しき道に導かねばならない。にも関わらず、魔女を叱り諌めようとする騎士団長に向かい「不敬」とは。いくら護衛騎士が独立した部隊といえど、『塔の騎士団』の一団である事に変わりはない。


「貴様ら何のつもりだ!」

「我々は全ての脅威から魔女様をお守りする役目にあります」

「脅威だとッ!?」

「ーー団長!」


 頭に血の上ったカルミネ団長を副団長の腕が止める。

 邪魔する副団長に振り向けば、彼は眉を寄せた厳しい顔のまま首を振り、今は引けと目配りするではないか。


「兎に角! エイシャ殿、これ以上の我儘は許されません。何か要望があれば、まずは私を通してからにしてください!」

「……」

「エイシャ殿」

「はーい」


 護衛騎士の後ろでソッポを向いたエイシャは不貞腐れた様子を隠しもせず、渋々返事を返す。思わず睨みつければ、護衛騎士二人が前に出て来て威嚇するように上司である騎士団長を睨みつけてきた。そしてエイシャはこれ以上のお叱りがないと分かると、護衛騎士の向こうで爪を弄り始めた。

 そんなエイシャに騎士団長は益々溜息を深めた。



「ーー彼女はどうしてあの様な事を。いいえ、ここでそれを言っても仕方のない事ですね」


 過去に想いを馳せ語る騎士団長の顔には苦悶が見える。

 これまで隠されてきた『南の塔』での事件の数々。それらを必死に隠し、他に知られぬ様に計らって来たのは、何も罪から逃れる為ではない。南の国境を守護する責務を全うする為、堅牢たる塔のイメージを崩さぬ為、付け入る隙を作らぬ為である。

 その為だけに、騎士団長は小さな罪に目を瞑り、隠し続けてきたのだ。そこに罪悪感がない筈がない。


 ーこんな事でバレるとは思わないよねー


 まさか『恋の相談』と称して『東の塔』から魔女を呼びつけるなど、誰が思うだろうか。

 しかも、それを国境警備を担う南都領主が後押ししたというのだ。頭の痛い所の騒ぎではない。


「貴殿がすべき事は隠蔽ではなく公表! 問題が起きた時に直ぐ王宮に対応を仰ぐべきであった。一時的に『南の塔』は無防備な状態となったではあろう。が、それがどうした。貴殿は塔を守護する騎士であろう。無防備となった塔を死ぬ気で守らんでどうする!?」


 項垂れる騎士団長をガナッシュ侯爵の言葉が追い討ちをする。

 ガナッシュ侯爵の言葉は正論で、否定のしようがない。正論を知りつつ選ばなかった騎士団長にとって、侯爵の言葉はこれまでの葛藤と相まって、鋭い刃となり心の臓を容赦なく突き刺した。

 奇しくも、騎士団長の前にはライザタニアの侵攻を前に一歩も引かず、魔女を殺害されて尚、アルカードの地を守り通した不屈の騎士たちがいる。彼らに比べて、自分たちの何と情け無い事か!


「それにしても、エイシャ様の変わり様には驚きますね」


 百合のように儚い微笑みを湛え、面持ちは常に柔らかく、礼儀作法は王城に上がれるほど洗練された所作は見惚れるほど。実際心穏やかで思いやりがあり、前魔女はこれならば文句の付けようもないと太鼓判を押した。

 その話が本当なら、実際に対面し見知ったエイシャとは全く一致しない。アーリアも「全くの別人だったりして。いや、でも、まさかそんな……」と苦笑い。

 最初は猫を被っていた、または徐々に人格が変わったというより、別人になったと思う方がまだ信憑性がある。


「別人かどうかは兎も角、今は何より『南の塔』の現状を王宮へ奏上されるがよろしかろう。王宮より派遣される調査員により罪が詳らかにされれば、風通しが良くもなろう」


 その時、この騎士団長は団長の地位を追われるだろう。それを承知だからこそ、先にその地位にあるうちにこうして頭を下げに来たのだ。それはアーリアにも容易に知れたが、だからと同情的にはならない。現状は騎士団長の判断ミスが齎した者なのだから。

 顎を一撫で、ガナッシュ侯爵は厳しい視線を頭を下げ続ける騎士団長へ投げた。


「貴殿を含め『南の塔』関係者は『東の塔の魔女』殿のおかげで命拾いしていると言って過言ではない。まぁ、だが現状を聞くに、それも時間の問題であったのだがな」


 すぐさま報復とならなかったのは、アーリアが怒りに任せて王宮へ抗議しなかったからだ。

 『東の塔の魔女』の警護責任を担う『東の塔の騎士団』ルーベルト団長を通じ、または『東の塔』を有する統括責任者アルカード領主を通じての抗議は為されている。だが、エイシャを含む『南の塔』の関係者より直接の被害を受けたアーリアが静観したからこそ、そこまでの騒動とならずに収まっているのだ。それを『南の塔』に関わる者の名誉の失墜を慮ってのものと言わず何と言うのか。


「アーリア殿の寛大さに感謝めされよ」

「!」


 首を掛けた謝罪で何とか怒りを鎮めてもらおう。それが『南の塔』の守護を担った騎士団、その騎士団長としてできる最大の仕事である。ーーそう信じ、遠い地を馳せ参じた騎士団長は、その考えこそが傲慢で、真に『東の塔の魔女』を案じての事ではないと気付かされた。

 ハッと頭を上げたカルミネ騎士団長の目に、怒りを顕にする元上官の眼と、鮮やかに輝く虹色の冷ややかな瞳とが飛び込んできた。

 背に冷えた物が流れる。咄嗟に「東の魔女様の寛大なお心に、感謝申しーー」と感謝の言葉を口にしようとした所、「カルミネ殿」とガナッシュ侯爵の待ったが掛かった。


「何を考え違いをしている? 我々はーー『東の塔』は貴殿の謝罪(クビ)ごときで許そうなどと思っておらんぞ?」

「ッ!!」

「侮るのも大概になされよ」


 ゆらり。白絹の髪を棚引かせる魔女の背に一人の騎士が立つ。それまでの存在感が嘘のように白き魔女と黒き騎士たち、そして元王族たる老紳士の存在から目が離せない。


「我らが魔女姫はそちらの魔女紛いの悪女とは違う、それが未だ理解できぬようだな?」


 赤、青、黄、緑、紫、白……色を変え輝きを増す瞳が次第に赫く色づき、騎士団長カルミネ・ファフ・ラジェットを見定めた。その途端、ドッと心臓が跳ね全身の毛穴から汗が吹き出した。

 その瞬間感じたのはーー恐怖!!

 獰猛な魔獣に無手で挑む時のような、死が身近となる恐怖が頭の先から爪先へと駆け抜けた。

 濃密で濃厚な魔力に押し潰されたカルミネ団長は、膝を着いたまま動けず、視線を外す事も許されず、ただただ白い魔女を見つめる事しかできない。


「カルミネ様。私はね、何も許してないの。エイシャ様の言動を、心のない謝罪を、南都領主のお言葉を、勿論、貴方達『南の騎士団』の態度も言動も、何もかも」


 いつの間にか白き魔女は立ち上がり、カルミネ団長のすぐ目の前にいた。至近距離からの魔力圧に呻き声が漏れそうになり、咄嗟に奥歯を噛み締める。


「けれど、私が怒ったって何の意味もないよね? この世の中は爵位が一番で、その次に身分が重要で、立場はその次だもの。私がいくら『許さない』と言ったって、たかが平民出の魔女のグチだもの。誰もそんなものには気を留めない」


 目の端に映る魔女の唇は笑みを作っている。しかしそれが心からの笑み出ない事など、考えなくとも分かる。


「だからね、私は私にできる方法を選ぶわ。相手が私に地位や身分を求めるなら、それに対抗できる方法を。私が其方(そちら)に並ぶか、其方が私に並ぶしかないものね。またはーー地位や身分が関係ない状況を作るというのも策ね。ね、簡単でしょう?」


 魔女は言う。

 自身が功績を挙げ爵位を得るが早いか、有責により相手から爵位を取り上げるが早いか、または地位や身分の関係のない状況ーー戦争を起こすか、とーー!

 犯罪の匂いを多分に含んだ危険な言葉だが、それが何故か虚には聞こえない。

 それはその筈ーーこの魔女は先の騒乱により戦争を経験し、その愚かさも有益さも、どちらも身を持って知っているのだから。

 聞くものが聞けば反逆者のレッテルを貼られてしまうだろう。にも関わらず、護衛騎士は勿論、後見たるガナッシュ侯爵も魔女の言葉に笑みを深めるのみで、少しも止めようとはしない。それは何故かーー


「ッーー!」


 ーー既に策は打たれているという事だ!


 カルミネ団長がここへ来るまで2週間。その間に『東の塔』が何も動いていなかったなど、あろう筈がなかった! 事は一令嬢の犯した過ちでは収まらないのだから。


「と言いますか、謝罪、結局貴方からも貰ってないけど? ごめんなさいと頭を下げただけで許して貰えるなんて、子ども同士のケンカでも稀だよ。許す許さないの問題じゃないよね、これって」


 確かにカルミネ団長は頭を下げた。何に対して謝っているのかは明確にしないままに。

 状況だけ揃えただけで適当に謝罪を済ませる。これは以前、エイシャの行った手口とまるで同じではないか。


「カルミネ様、アナタ一体何しに来たんですか?」

「ッーーーー」


 まともな謝罪もせず言い訳ばかり。それで同情を買った気でいるのだろうか。生憎と、そんなものでお涙頂戴できるほどアーリアはーーそしてこの場にいる者たちの心は広くはない。

 唇を閉じ、身体を震わすカルミネ団長に、アーリアは心底呆れてハァと息を漏らした。

 ふと視線を向ければ、ガナッシュ侯爵は笑顔のまま射殺せそうな視線をカルミネ団長に向けている。元部下だというのだから、情けなさは百倍だろう。


「ーー失礼します。こちらにカルミネ団長が来ていると伺ったのですが……」


 ノックの後、冷え切った室内に入って来たのは『東の塔の騎士団』団長のルーベルトだ。彼は部下を二人引き連れ入室を果たすと、室内を一瞥し、一人項垂れているカルミネに視線を向けた。


「ええ。先日の()()にいらしたの」

「ほう、お礼に?」

「こちらはもう終わったから、後は団長に任せても構わないかしら? 折角だから訓練に混ざって貰うのも良いかも知れないわ!」

「なっ!?」

「おお、それは良い考えですなッ! 『南の塔の騎士団』団長に我らの訓練に参加して貰えるなら、これ程嬉しい事はない!」

「いえ、私はーー」

「そうと決まればカルミネ団長、どうぞ私と共に訓練場へ!」

「え、あ、ですから、わたしはーーーー」


 腕を持たれ無理やり立たされたカルミネ団長は、肩に手を回され強引に連れて行かれた。

 二人は同じく塔の騎士団の団長として交流会などを通じて言葉を交わした事こそあるが、剣は交えた事はない。貴重な機会だと笑うルーベルト団長の目が、本気で笑っているかどうかは、椅子に座るアーリアには分からない。ただ、アーリアも笑顔のままルーベルト団長と、その後に続く騎士たちに手を振るのみだ。


「いやぁ! 実に楽しみですなぁ! あっはっはっ!」


 部屋から遠ざかるルーベル団長の大きな笑い声を聞きながら、アーリアは淹れ直された新しいお茶に口をつけた。


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『騎士団長の謝罪と魔窟2』をお送りしました。

一見謝っているようで、実は何も謝っていないヒトって案外いますよね。

自分の責任にされたくないからなのか、それとも相手を下に見ているからなのか、または本当に悪いとは思ってはいないけれど周囲の目があるからとりあえず謝っている体を取っているだけなのか……

色々なパターンがありますが、相手に敬意を持っていないのだけは確かです。

ルーベルト団長はあまり周囲の感情の機微には疎いですが、だからこそ、どんな相手にも臆せず強く出られます。きっと生半な訓練にはならないでしょう。


次話もぜひご覧ください!


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