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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
491/499

騎士団長の謝罪と魔窟1


「ーー申し訳ございません!」


 頭を下げているのは、『南の塔の騎士団』団長カルミネ・ファフ・ラジェット。燻みのある短い金髪と鳶色の瞳。小麦に焼けた肌を持つ。年は四十代に差し掛かった頃だろう。

 カルミネ団長は朝食の終わる頃、単身アルカード領主官邸へやって来て、『東の塔の魔女』への面談を求めてきた。

 予定にない事ではあったが、わざわざ訪ねてきた騎士団長を追い返しはしない。

 素直に招き入れたところ、騎士団長は『何か手違いがあったようで、アーリア嬢をご不快にさてしまい誠に申し訳ない』と頭を下げてきたのだ。

 具体的に『誰が』『何を』して不快にさせたのかを明言しないあたりに誠意が見えず、アーリアはカルミネ団長の旋毛を見ながらどうしたものかと考えた。

 すると、そんなアーリアに助け舟を出したのは、指導教官であり南都訪問時の保護者でもあったガナッシュ侯爵だ。


「ほう、わざわざお越しになったと思えば謝罪とは、痛み入りますなぁ。がしかし、貴殿のその謝罪では一体何に対してのものか判りかねるというもの。さてはて、何をしにいらしたのか……」


 ははは、と乾いた笑いを交えながら顎をさするガナッシュ侯爵。その目は細く鋭く、怒りも露わに訪問者を見定めている。


「『何か手違いが』と申したな? どんな手違いがあればあのような対応となるのか……余程『南の塔』は『東の塔』を愚弄していると見えるが……?」


 殺気の籠る冷たい視線。頭を上から押さえつけられるか威圧感、背中にまで伝う汗。騎士団長は更に頭を低くし、ただただ「申し訳ございません」と頭を下げる。


「何に対して謝っているのか? 『東の塔の魔女』殿への不敬か、それとも『東の塔』への不敬か、それとも……?」

「『何に』と申されるならば、『全てを』と申し上げます。我が塔で起こった全てに対し、私には責任を負う義務があります」

「ほう、『全て』ですか。貴殿はその意味を理解しておられると……?」

「勿論です、閣下」


 カルミネ団長は頭を深く下げたまガナッシュ侯爵の言葉に肯定を示す。その言葉の強さからも、嘘を言っているようには聞こえない。

 下げられた頭を見下ろしているガナッシュ侯爵に表情の変化はない。カルミネ団長の言葉に驚いた訳でも、苛立ちを得た訳でもなく、ただただ淡々と物事を整理していく。


「ーー独断か。これ程までに追い詰められるまで、何故何の対策も講じなかった? 何もかも手遅れになっては、謝罪など意味を為さぬ。貴殿の首一つでどうにかなる段階を越える。確かに『塔』と『魔女』の管理責任は騎士団長にもあろう。がーー魔女の任命権は王宮にあり、また、管理責任というなら領主にもある。貴殿一人が負うものでもないし負いきれるものでもない。さて、どこまで追求すべきか……」


 顎を撫でつつ言葉で追求するガナッシュ侯爵。

 すると、騎士団長は焦るでも弁明するでもなく、どこか諦めたような声で「我が首一つで済むのでしたら如何様にもご処罰ください」と続けた。

 その言葉にアーリアが眉を寄せた瞬間、鼓膜を震わす怒声が部屋中に響いた。


「バカ者がッ! 投げやりになる奴があるか!!」


 突然の怒声、それも普段より冷静沈着たるガナッシュ侯爵の怒声に、アーリアはビクリ!と身体を震わせた。

 ハッと視界を上げればそこに、怒れるガナッシュ侯爵の顔があった。


「何が『如何様にも』か!? 儂は貴様をその様な腑抜けに育てた覚えはないッ!」

「ッ……!」


 いつの間にか詰め寄られた挙句、胸ぐらを掴まれた騎士団長は、それでも抵抗せず、悔しそうな表情を浮かべている。


「もし儂が要職にあったなら、先程の発言だけで貴様の命だけでなく、家族や親類縁者まで刑が及ぼしたわタワケッ!!」

「し、しかし閣下、私にはこれ以上の償いなど残ってはおらず……」

「現状を放り出して何が償いか! バカも休み休み言わんかこの脳筋が!!」


 およそガナッシュ侯爵から聞いた事もない罵詈雑言が飛ぶ。

 空間が揺れるほどの怒声に、耳に手を置き防御していたアーリアは、驚き隠せぬままガナッシュ侯爵の行動に見入っていた。


「そうは申されましても、私には我が塔の魔女が起こした問題に責任を取る必要がありますれば! 功績高き『東の魔女』殿への度を越した言動、強要、脅迫。また、それを止められなかった騎士たちの失態。王太子殿下ならびに宰相閣下がお知りになれば、どれほどの怒りを買うかわかりません! かくなる上は、我が首差し出し、少しでも事態の収拾に繋がればとっ……!」


 まるで教師に怒られた学生のように焦り、捲し立てるかのように弁明にはしる騎士団長。熊の様な巨体がガナッシュ侯爵の前では子熊のように縮こまって見える。


「だから貴様はなぜそう両極端にはしる!?」


 ガナッシュ侯爵は吐き捨てるかの様に怒鳴ると、ぱっと騎士団長の胸ぐらを離した。


「何故一人で何もかもを背負い込もうとする?! 困っているなら困っていると、何故他者に助けを求めない!?」

「我が事に他者を巻き込むなど……」

「何が『我が事』かっ!? 既に問題は貴様の手に余る所にあるわ大馬鹿者!!」


 ゴッ!と鈍い音が轟く。


 見ればガナッシュ侯爵の拳は騎士団長の顎に突き刺さっていた。


 長い脚が地面を離れ、そして重力を思い出して自由落下し、騎士団長は糸の切れたブリキ人形の様に膝から床に崩れ落ちた。

 カーンカーンカーン。試合終了のコングが鳴る。

 ハーハーと肩で息する初老の紳士と、床にのされた巨体の騎士。それらを交互に見比べたまま、アーリアは呆然と立ち尽くした。



 ※※※



「先程はお見苦しいところを申し訳ございませんでした」

「……お気になさらず」


 再び下げられた頭を前に、アーリアは形式ばかりの返答を舌に乗せた。


 あれから半刻。

 アーリアは意識を取り戻した騎士団長と共に同じテーブルに着いていた。

 目の前には湯気立つ茶器。同じものが騎士団長の前にも置かれているが、あまり飲む気にはなれないようだ。


「ええと……落ち着かれましたか?」

「はい。東の塔の魔女様には恥ずかしい所をご覧に入れました。できれば、忘れて頂ければと……」

「あー、えっと、もう忘れました。ハイ」

「寛大なお気遣いに感謝申し上げます」


 こうもぺこぺこ頭を下げられては、調子が狂うというもの。それもこんな大男に。

 『南の塔の騎士団』団長カルミネ・ファフ・ラジェット。45歳。独身。離婚歴あり。別れた妻との間に二児あり。燻んだ金髪は短く、後頭部は刈り上げられている。掘り深い肌は日に焼けて黒く、鳶色の瞳は鷹の様に鋭い。2メートルを越える巨体の持ち主で、用いる武器はウォーハンマー。高い魔力耐性を武器に戦いでは最前線に立ち部隊を鼓舞する。見た目通りの熱血漢。考えるまえに体が動く。所謂、脳筋。

 騎士団長が気絶中、指導教官からおおよその情報を聞いたアーリアは、騎士団長の突飛な行動に『脳筋』の一言に妙な納得を得ていた。


「それで、ええっと……? ラジェット様は先生ーーガナッシュ侯爵様と……」

「はい、閣下には王都にいた頃より面倒を見て頂いておりました」

「部下だったのですか?」

「いえ。私が勝手について回っていただけです」

「はあ……?」


 首を傾げるアーリア。

 見かねたガナッシュ侯爵が捕捉を入れる。


「若い時分まだこの身が王宮にあった頃、護衛の騎士として数ヶ月ついていた。すぐに実力を認められ、近衛騎士へと引き立てられたがーー」

「それは優秀ですね」

「優秀などとっ! 閣下のおかげで戦うしか能のない私が近衛に名を連ねる事ができたのです」

「ーーこの通り、一度思い込んだら突き進む性格。分かってもらえるか?アーリア嬢」

「あー、はい」


 元宰相にして忠義心厚く、故に逆賊として捉えられた大貴族。アーリアの前では完璧な貴族を演じていたガナッシュ侯爵をこれほどまでに疲れさせるカルミネ騎士団長。これが素であるなら、ガナッシュ侯爵は大層苦労してきただろう。

 思わず同情的になったアーリアの表情を、ガナッシュ侯爵は見逃さなかった。


「コホン。それで貴殿はどの様な思惑があり此処に来られた? まさか、誰ぞに(そそのか)されたのではあるまいな?」


 わざとらしい咳と共に目線を逸らしたガナッシュ侯爵は、そのまま騎士団長を見た。騎士団長はやっと茶器に手を伸ばした所で、茶器を傾ける手をゆっくり戻した。


「唆されたなどと。私は私の意思で此処におります」

「そうか。ならば余計に疑問に残る。忠義厚き騎士たる貴殿が、何故職務を投げ出そうとしているのかと」


 ガナッシュ侯爵は眼前に置かれた湯気たつ茶器に手をつける事なく組んでいた脚を下ろし、代わりに手を組んだ。


「謝罪へ来る前にできる事はあろう。まずは騎士団内の風紀を糺す事からすべきであろう。まさかそれができぬとは言わせんぞ?」


 すると、当たり前の事を言われたに過ぎないにも関わらず、カルミネ団長は眉間に皺を寄せて、「それが出来たらどれだけ良かったか……」と悔しげに歯を噛み締めた。

 思わず「え?」と疑問の声が吐い出る。ガナッシュ侯爵も「は?」と不快気な声を漏らした。二人とも既にこの真面目な騎士団長が団内の規律を糺しているとばかり思っていただけに、それを未だしていないーーいや、出来ていない状況というのが想像つかなかったのだ。


「この度の訪問も我が独断でありまして……」


 カルミネ団長は向かい合う二人の男女ーー他の塔の魔女と元上官から向けられる視線に気づくとハッとし、思い詰めたかのように唇を一度ぎゅっと引き結ぶ。そして真正面に頭を上げ、意を決したかのように口を開いた。


「あの塔は魔窟と成り果てました」

「……意味が分からん。何が起こっている?」


 ガナッシュ侯爵の言葉には最早敬意はない。最低限の儀礼すら取っ払い、早く話せとばかりに言葉を促した。


「エイシャ様がいらした当初こそ問題はなかったのですーー」


 春先に着任した年若い魔女を『南の塔の騎士団』は総出で歓迎した。

 着任の挨拶をする魔女は百合のように儚く微笑む少女であった。伯爵家の令嬢という事だが、礼儀作法は王城に上がれるほど洗練されており、面持ちは常に柔らかく、実際心穏やかで思いやりがあり、あっという間に騎士たちの心を掴んだ。

 また、前魔女から引き継いだ《結界》魔術は見事なもので、前魔女はこれならば文句の付けようもないと太鼓判を押して塔を離れた。そして新魔女による日々の業務は、拍子抜けするほど穏やかに過ぎていった。

 穏やかな日々は人の感覚を麻痺させていく。

 気づいた時には手遅れなほど蔓延し、後を引いてなかなか治らない。まるでタチの悪い夏風邪か、はたまた常習性のある麻薬かのように、『南の塔』の中に病魔は蔓延っていったのだ。

 最初は少しの違和感を、次に首を傾げる程度の違和感になり、ついにある日それは目に見えて不可解な違和感へとなっていた。


「調度品が日に日に増えていくのです。最初は小さな花瓶でした。細く優美なラインは貴婦人のドレスのようで、飾られた朝薔薇が美しく……エイシャ様の私物かと思い気に求めずにいたのですが、気づけば家具に茶器に絨毯、カーテンと次々と変わっていき、ついにエイシャ様自身にも変化が見られるようになったのです」


 エイシャ付きの護衛騎士が喧嘩したのだという。それもエイシャの寵愛を取り合って。どちらが長く側に侍るか、その時間が1分長い短いで取っ組み合いの喧嘩となり、ついに片方が剣を抜き、同僚の腕を切りつけた。

 切り付けられた騎士は騎士駐屯所在中の治療士により完治こそしたが、双方の怒りは収まらず、今度は騎士寮の食堂で怒鳴り合いとなった。

 これにはアーリアも思わず「つまらないケンカ」と溢したが、実は同じような事が『東の塔の騎士団』でも起こっていた為、リュゼとナイルは苦笑いを隠すのに必死となった。


「次に起こったのは、とある商人への不当な処罰でした。塔内に篭りきりとなるエイシャ様に商人をお呼びしたのですが、その商人がエイシャ様に色目を使ったというのです」


 実際色目を使ったかどうかを置いても、その商人は年若く、確かに容姿の整っていた。国境の街らしく肌は浅黒く、髪はどこかの貴族の血をひくのか小麦、瞳は海の色の混じる黒。優しく微笑まれたならぽおっとなる女性もいるかも知れない。

 しかし、エイシャに色目を使い投獄された青年は、対面したカルミネ団長に無実を訴えた。『何かの間違いだ。自分には間も無く結婚する婚約者がいる。婚約者を愛している。愛する婚約者を裏切る行為など絶対にしない。信じて欲しい』と。

 その必死な形相はとても嘘を言っているようには見えない。早速、団長は部下に命じ裏付け捜査を行った。すると間も無く、青年の身元は判明した。

 南都に支店を置く発展中の商会の商会員で、間も無く商会長の娘と結婚し、南都の支店長となる明るく未来開けた青年であった。

 青年が投獄されたと聞いた家族は血相を変え『何かの間違いだ』と訴えた。青年の婚約者は騎士駐屯地の監獄まで訪れて青年の潔白を訴えている。他の商会員の話でも青年は真面目で仕事一筋、浮いた話もなく、血筋も不確かな自分を拾い一人前の商会員として育ててくれた商会長を尊敬し、実の親のように思っているという。容姿の良さで迷惑を受ける事はあっても、容姿を利用して女性を陥れた事などない。羨む事はあっても恨む事などないと誰もが口を揃える。


「……何かの間違いなんじゃないですか?」


 つい口を挟んだアーリアは、はっと口を閉じる。

 カルミネ団長はアーリアの言葉を咎める事なく、柔らかく微笑むばかりだ。


「ええ、私もそう思いました。そこで私は、青年を捕らえた騎士たちから再度事情を聞きました」


 すると、とんでもない事が分かった。

 青年は色目など使っていなかった。色目を使っていると判断したのは、護衛の騎士だったのだ。

 騎士の独断で青年は投獄された。

 護衛の騎士は商品についてエイシャと話す青年の態度に難色を示したという。ときに優しく微笑みかけ、ときにエイシャを褒め、ときに親身に話を聞く。それだけ聞くとどれも商人として当たり前の行動だと思うが、それを護衛の騎士が守るべく大切な魔女に色目を使われたと思ったのだという。


 アーリアがこれ以上傾ける事ができない程に首を傾けた時、背後から「被害妄想が過ぎない?」とリュゼの呟きが耳に入った。ウンウンと心の中で頷くアーリアの前にいるカルミネ団長は、これ以上ない程真面目な顔をしている。


「南の魔女殿本人が訴えたならまだしも、護衛の騎士とはいえ他人が勝手に判断し、犯罪を捏造し、投獄までした。なかなかに重大な違反ーーいや、最早犯罪であるな」


 ハッと笑うガナッシュ侯爵だが、目は全く笑っていない。ツッコミどころが多すぎて何処から聞くべきか考えあぐねていたガナッシュ侯爵も、遂に空いた口が塞がらぬと背を深くソファへ埋めた。


「騎士たちが一様に言うのです。『エイシャ様の為にした事だ』、『あの方の為を思って』したのだと。『決して命じられた訳ではない』のだと」


 本人の為と言いながら勝手な判断する。これは忠誠を誓う主を持つ者、組織にはありがちな事例であり、リュゼやナイルにも思い当たる事が多少なりとあった為、「ホント、勝手な話ですね!」と憤慨するアーリアを視線に入れたまま目を泳がせた。


「この時は護衛の騎士たちの任を解き、別の騎士を付ける事で解決したと思いました。しかしーー……」


 しかし、事件はこれだけに留まらなかった。



 ※※※



「ーーだって、欲しかったんですもの」


ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!励みにがんばります!


『騎士団長の謝罪と魔窟1』をお送りしました。

『南の塔の騎士団』団長の突然の訪問に、アーリアたちはやっとかという思いがある一方、知らず礼を欠いている騎士団長には大変ご立腹です。

護衛騎士はじめ周囲で見守る騎士たちも、カルミネ騎士団長の最初の謝罪で、アーリアを役職名ではなく『アーリア嬢』と呼んだ段階で、敵認定しています。


次話『騎士団長の謝罪と魔窟2』も是非ご覧ください!

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