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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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※裏舞台8※ もう一つの祝福の鍵

「そんなに心配なら、あのまま連れて帰れば良かったじゃないっすか?」


 弟子その1は窓の外をぼおっと眺めたまま何時迄も佇んでいる師匠に向かい、何度目かの言葉をかけた。

 その言葉を受けて少し恥ずかしそうにしながら、師匠は部屋の中に視線を向けた。

 いつの間にか部屋には魔宝具灯りが灯されている。ふと窓へ視線を戻すとそこはもう闇の世界になっていた。

 師匠は自分が時間も分からず何時間もそこに佇んでいた事に気づかされた。

 弟子その1は少し肩をすくめ、師匠へと歩みを進めると、師匠の肩に柔らかなケープを掛けた。


「夜は冷えるっすよ?」

「ありがとう」


 弟子その1の気遣いに師匠は苦笑で返した。自身はまだ29歳でしかないのに、弟子たちは自分に対してたまに年寄りのような扱いをしてくるのだ。その気遣いは嫌ではないのだが、困惑する時が時々あるのも確かだった。


「私を年寄り扱いしないで欲しいね」

「……年寄り扱いじゃないっす。親扱いっす」


 弟子その1の言葉に益々顔をしかめる。親扱いとなれば、文句も言えない。


「師匠……それは?」

「アーリアに、と思ってね」


 弟子その1の言葉に、師匠はテーブルに置かれたその小さな箱の蓋をパカリと開けた。

 弟子その1はその箱の中を覗くと、優しい笑みを浮かべた。その表情は弟子その1が普段誰にも見せない類のものだった。師匠も弟子その1のその表情に少し驚いたが、それを表に出さず心に秘めた。


「アーリアの成人祝いっすね?」

「そう」


 その小箱に入っていた物は細いチェーンのついた一本の鍵。鍵は金で造られていて、細かい細工まで施されていた。

 この国のある街の風習で、18歳の成人のを迎える子どもに、親から家の鍵を贈るという祝い方がある。親の元から巣立ち、独り立ちする我が子へ幸運が訪れるように、未来が開けますようにと。また自分の育った家に好きな時に帰って来ていい、貴方をいつまでも見守っているという意味と願いを込めて、この鍵を『祝福の鍵』と呼んだ。


「アーリア、きっと喜ぶっすよ!」

「だといいんだけど……」


 この鍵は師匠がアーリアの為だけに手ずから創ったものだろう。その鍵からはアーリアへの暖かな想いに溢れている。

 弟子その1もその他の弟子たちも、皆、師匠から成人祝いに自分だけの『祝福の鍵』を貰っていた。それは弟子たちにとって特別な物となっている。

 自分たちの親と呼べる特別な存在は師匠その人で、そしてこの家が自分たちの帰るべき場所なのだと、その鍵は心に語りかけてくる。

 普段『鬼』だ『鬼畜』だと言われる師匠だが、それら全ての行いは自分たちを想っての言動だと解っているのだ。だから弟子たちは皆、師匠を尊敬し敬愛する。


「アーリアが帰ってきたら、アーリアの成人祝いをしようか?」

「いいっすね〜〜!食事は姉貴アネキに作ってもらいましょっ?勿論、酒も解禁っすよね?」

「まぁ、その日ぐらいは……」

「やった!」


 弟子その1は師匠の酒解禁の許にあからさまに喜んだ。

 師匠は飲酒を嫌う。師匠曰く『馬鹿になるから』らしい。普段の自分ではない言動をしてしまうのが嫌らしい。冷静な判断力ができなくなる事も。だから祝い事ぐらいでしか飲酒を許してくれない。

 酒くらい自分の好きに飲めばいいのだが、「師匠が飲んでいないのに、弟子が自分勝手に飲めないではないか!」というのが弟子たちの言い分だった。


「楽しみっすね!きっとみんな集まって来るっすよ〜〜?姉貴アネキなんて、アーリアの成人に喜び過ぎて号泣するんじゃないっすか?」

「かもね〜〜?」


 弟子その1の姉弟子にもあたるその女性は、末の弟子であるアーリアの事を本当に可愛がっている。様々な考えのあっての事だと解っていても、成人前に独り立ちさせた事や、無理矢理旅に出した事などにどれだけ怒り、憤り、悲嘆に暮れていることか。

 幼い頃から目に入れても痛くない程の溺愛ぶりに、他の弟子たちが若干引いている事など、御構い無しだ。あの姉弟子に面と向かって文句の言える猛者など、この屋敷にはいない。誰しも自分の命は大切だ。

 弟子その1には姉弟子の気持ちが痛いほどよく分かる。だから彼女の反対などする気はサラサラ無かった。

 まあ、それでも師匠か姉弟子かなら、師匠を取るだろう。姉弟子とてそうに違いない。その前に師匠を取り合う事態になどならないだろうが。


「アーリア、結局旅の途中で成人を迎えちゃったからね?せめて成人前にこの件に片がつけば良かったのにね〜?」

「仕方ないっすよー!アーリアはほんっとうに空気読むとかムリなんで」

「誰に似たんだか……」

「俺じゃないっすよ?」

「……本当に君たちは『似てない』ね?」

「当たり前じゃないっすかー?俺は俺だし、アーリアはアーリアっす!姉貴と俺も似てないっしょ?」


 師匠の言葉に弟子その1は笑みを深めた。

 弟子その1にとって『似てない』は褒め言葉。自分は自分以外の誰でもない。これは生きる上での絶対のスタイルだ。譲ることのできない心情だと言ってもいい。

 弟子その1も姉弟子もアーリアも『自己』を最も大切にしているのだ。


 弟子たちを拾い、個人の『自己』を尊重して育ててくれた師匠。そんな彼に、弟子たちはこれからも敬愛の念を捧ぐだろう。


「師匠。紅茶飲みますか?」

「いいね!」

「夏摘みの茶葉っすよ?姉貴アネキからのお土産っす」

「そう……」


 弟子その1は茶葉の缶を鍵の入った小箱の横に置いた。茶葉の入った缶の側面には丸いラベルが貼られている。

 師匠はその缶をそっと持ち上げ、ラベルに書かれた文字に指を沿わせた。


【ティオーネ紅茶】

 〜貴方に素晴らしいひと時を〜


 慈愛に満ちた瞳で師匠はその缶を見つめ、そして窓の外に視線を移した。


 ーどうか貴女に幸せが訪れますようにー




お読みくださりありがとうございます!

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裏舞台編、師匠と弟子その1の登場です。

これから裏舞台も表舞台に繋がっていきますので、よろしければ続きもお読みいただければ嬉しいです。

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