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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
489/497

※裏舞台3※建前と本音

※(砂漠の戦士視点)



 目の前に聳える天高い『塔』。眩しいほど白い壁に赤い瓦屋根。赤い塔を中心に左右へ光の幕が広がり行く。《結界》だ。国境を守る為の魔導の技が我が国と彼の国を明確に隔てている。

 塔の向こうには碧き大地が広がっている。農作業に適した土地は様々な農作物を育てる事ができる。特に小麦の生産は近隣諸国随一と聞く。羨ましい事だ。

 一方、我がドーアは砂漠に囲まれた地。緑の大地は少なく、必然的に農作物は他国に頼らざるを得ない。砂漠には多くの魔獣が徘徊し、人々を苦しめる。その魔獣が我が国の主なタンパク源として必要不可欠なのだから、寧ろ共存共栄を喜ばねばならないのかも知れない。


 トントンと扉を叩く音に小窓を開ければ、そこには見慣れた部下の顔があった。部下は首を僅かに横に振っている。それだけで返事は分かったようなものだが確認もある。

 馬車の鍵を開ける。さっと乗り込んでくる部下に目線で指示し、無人の向かいへ座らせる。


「ーー閣下、今日はお会いになれないとの事です」


 やはりと思いつつ先を促す。


「エイシャ嬢はどうされたのだ?」

「気分が優れぬと」

「風邪でも召されたか」

「おそらくは」

「ならば仕方がない」


 部下に示し、馬車を走らせ始めた。蜻蛉返りとは何とも良い気分はしないが、相手が体調不良ならば仕方がない。


「あれほど熱望されておりましたのに、少々肩透かしな感が致しますね」

「そうだな」


 面談希望を出していた件の令嬢の顔が脳裏を過り、肩を上下させる。

 塔で顔合わせた後、短期間で二度も茶会に呼ばれたが、かの令嬢から醸し出されていた熱量はこちらの想像の遥か上をゆくものであった。三度目の今日もある意味身構えていたのだが、どうにも肩透かしをくらったように座りがよくない。そう思ったのは自分だけではなかったようだ。


 システィナの南の国境を守護を任とする『南の塔の魔女』。魔女の《結界》は他国からの侵攻を阻むもので、平時においては戦争の抑止力となっている。その『南の塔の魔女』こそ、会談の相手であったエイシャ嬢だ。

 昨年末、先代の『塔の魔女』が引退し、その代わりに王都より派遣されてきたのは、未だ成人にも満たぬ少女であった。


「しかし、かえって良かったのかも知れませんね。これまでの事を考えれば、今回も芳しい返事は得られなかったでしょうから」


 ああ、と生返事をしつつ肘をつけ手に顎をつける。

 果たして芳しい返事とやらはいつ頂けるものやら。

 元々それ程期待してはいない。相手は甘やかされて育った貴族令嬢。しかも、未成年だ。例え学園を卒業し社会に出ようともーーそして現在『塔の魔女』という名誉ある職に就ていようとも、まだまだ経験不足は否めない。何せ、俺のような隣国の騎士に『塔』の内部を晒す危険性を、少しも理解していないのだから。

 俺はドーアの戦士と名乗った。戦士ーーつまり魔術に詳しくはない職業なのだが、名乗り通りとは限らない。身分を偽っている可能性も考慮すべきだ。

 それに魔術に詳しくないのならば詳しい者を同伴者に連れてくれば良いし、それが無理ならば側付に記録係をさせればいいだけだ。

 通されるのは何の変哲もない応接間とはいえ、一つも情報も得られない訳ではない。例えば、攻め入る上での人員配置などーー……


「ーー閣下。閣下、聞いておられますか?」


 部下の言葉に思考を中断された。視線を窓の外から向かいに座る部下へ戻せば、眉間の皺を更に深めていた。


「ああ、何だった?」

「お疲れでしたら、一度拠点に戻りお休みになられますか?」

「いやいい、未だやる事が残っている」


 は。と一応の了解を示す部下だが、その顔は納得しているとは言い難い。だが、部下の顔色を気にしていては事を仕損じる。何より、これは私情も大いに関係しているのだから、文句など言える筈がない。


「領主官邸へ向かってくれ」

「は」


 すぐさま部下は御者へと行き先を伝えた。

 南都領主とはこれまでの交流の甲斐あり、私への好感度が高い。また高感度に比例して警戒心は低くなりつつある。

 華やかなる社交が随分とお好きなようで、日々、どこかの貴族を招き夜会に明け暮れている。南都は貿易により潤っているとはいえ、湯水のように使う金などあるのだろうかと他人事ながら心配になる。

 「先触れを出しておきましょう」と部下。「頼む」と一言告げれば併走していた騎馬が一頭、速度を上げて遠ざかっていった。


「数々の贈り物をした甲斐があったな。彼は随分と我らに協力的だ」

「は。しかし信頼はできぬ男かと。たかが金銀財宝で懐柔できてしまうのです、敵に回るのも早いと思われます」

「ハハ、お前になどにそう思われていては彼に立つ背がない。くれぐれも表情(かお)には出すなよ?」

「無論です」


 俺自身、南都領主を信頼している訳ではない。

 部下の言う通り、たかが金銀財宝で私のような隣国の戦士に懐柔され情報を流す男など、信頼できる訳がない。同じように他の者に懐柔されない保証がどこにあると言うのか。

 こちらの情報を掴ませず、如何に相手から情報を引き出すか、それが何より重要だ。

 だが、彼に限って情報収集は楽なものだ。目の前に金銀財宝を詰み麗しい令嬢を紹介すれば、それだけで欲しい情報が手に入るのだから。こちらはただ飽きさせねば良いだけ。然程の苦労もない。


「我が国の金の採掘量は他の国の比ではない。実際、金の輸出が最大の国益となっている。金で釣れるのなら安いものだ」

「ですが、何も閣下の資産まで注ぎ込まれる事はないのでは?」


 任務として課せられているのだから、割り当てられた予算を使えば良い。もし予算以上必要になれば上に相談し、申請すれば良いのでは。ーー暗にそう言う部下に、「まあそうなんだが……」と言葉を濁しつつ目線を晒す。

 今回の任務は隊の任務に個人的な事柄が含まれている。任務ならば、最悪上手くいかなくとも人死にが出る訳でもなし、それ程咎められる事なく撤収が言い渡されるだろう。だが、個人的にそれでは困るのだ。俺にはどうしても欲しい情報があるのだから。


「良いんだよ。上手くいく事に越したことはないだろう? それに、その時は成功報酬も入るだろう。損にはならんさ」


 そう、もし俺の知りたい情報が手に入るならば、決して高い投資ではない。寧ろ、その為だけに任務と託けて投資しているようなものなのだから。


 未だ納得していない部下を無視し、窓の外へ視界を向ける。

 南都はシスティナとドーア、どちらもの文化が入り混じる異文化都市だ。白い壁に赤井屋根瓦、青い扉、ドーア寄りの建物の立ち並ぶ中、白い肌の人間と黒い肌の人間が街道に入り混じっている。誰もが幸せそうな表情だ。衣服や食材にしてもどちらの国の物も好きに選べるし、どちらもの良い文化を上手く受け入れている。領民が自由に使える水源もあり、飢える者もなく、大変豊かな街と言えるだろう。

 長年平和続きの南都に於いて、ここに住まう誰もが争いとは無関係だと思っているに違いない。隣り合う国が虎視眈々と狙っているなど、夢にも思っていない筈だ。現に、南都領主からは何の緊張感も感じられない。彼の頭の中にあるのはいかに楽しく可笑しく派手に暮らすかという事のみだ。


「随分と呑気なものだな。余程平和ボケ過ぎるのではないか?」

「それはシスティナの民がという事でしょうか? それとも……?」


 真面目な顔をして聞いてくるが、俺の答えなど聞く前に察しているだろう。


「どちらもだ。あの呑気な顔を見ろ。危険と隣り合わせにいるのだと少しでも考えていると思うか? 領主からしてもとても自国防衛に努めているとは思えん。あの魔女の結界がどれ程のものか分からないが、あれ程無防備ではいつでも堕としてくれといっているようなものだ。やろうと思えばいつでも獲れるぞ」


 漫然として答えれば、流石に言い過ぎだと思ったのだろう。案の定、部下は眉間の皺を深くさせ「閣下」と嗜めてきた。それにヒラヒラと手を振りこれ以上は口にしない事を伝えたが、眉間の皺は消えるどころかより一層深くなったように見える。全く、まだ二十代だというのに、これ以上老け顔になってどうするんだ。


「そんな表情(かお)をするな。この馬車は完全防音だ。我々の会話が外に漏れる事はない」


 天井、その真ん中にあるシャンデリアの飾りの真ん中に吊り下げられた水色の宝石。飾りの一部に見えるそれは、《防音》の魔術が施された魔宝具だ。

 システィナのお家芸のひとつ、魔宝具。その存在は我が国でもなくてはならぬ物になってきている。


「この間、商人が置いていったものだ。何でも、若いが腕の立つ職人のものらしい。まだ名は売れていないそうでな、効果を実感できたら次を購入してほしいと言っていた」

「商人らしい常套句ですね。それで効果の程はどうです?」

「大量購入を考えているよ。本当に音が一部も漏れない」


 感心して言えば、部下も僅かに目を見張、「良い職人に出会えましたね」と僅かに顔を緩めた。

 我が国は金の産出と同時に加工を行う金細工専門の職人もおり、彼ら職人を宝だと考えている。脈々と受け継がれた職人の技は何よりも尊く、代え難いもの。技が途絶える事などあってはならない。そのような思いから、我々はシスティナの魔宝具師職人にも敬意を払っている。


「それにセンスも良い。この職人は貴族の事をよく知っているのだろう。これがどのような場面で使うかが分かっているのだ」


 目立たず、それでいて華やかで、使い易い。

 ここにあるのは馬車用に造られたものだが、個人的に持ち歩く為にあえてカフスの形をしたものや大部屋用の置物型など、場所によって形を変えているところなど、よくよく考えられている。


「それ程までに閣下が絶賛なさるとは。余程優れた職人なのでしょうね。我が国に招ければ良いのですが」

「それは難しいだろう。貴族を知るという事は、貴族に対しての警戒心を持っているという事だ。現に、この若手職人は間に商人を置く事で自分を守っている。なかなかに強かじゃないか」


 案外、その若手の職人というのは下級の貴族家出身なのかも知れない。

 高位貴族家出身者が魔導士ならいざ知らず、魔宝具職人になどなる筈もない。貴族は兎角、職人を下に見る傾向にある。昔気質なシスティナでは特にそうだ。少なくともドーアの価値観とは違う。


「まあこの話はいい。とりあえず今はあの領主だ。彼が我らの滞在を許してくれているうちに、有力な情報を少しでも多く集めねばな」


 いつ、彼が領主でなくなる日がくるやも知れない。今のうちに出来るだけ多くの情報を集め、危うくなる前には自国へ戻らねばならない。

 このシスティナという国が彼のような男をいつまでも放置しておくとは思えない。現宰相があのアルヴァンドであるのならば、警戒は多い事に越した事はないのだから。

 彼が更迭される前に、彼女の情報も得られれば良いがーー……


「はい。つくづく同じ領主、同じ塔の魔女とは思えません。東の地を守る彼らの噂を聞けば聞くほど、そう思います」

「本当にな」


 この間会った彼女こそ東の地を守る魔女なのだと後に聞いた時には戦慄したものだ。年若くはあれど、あの凛とした姿は己が責を背負った者のそれだった。エイシャ嬢とは天と地程の差があるように見受けられたが、それを南の塔の者たちはどう思っているのだろうか。

 しかしエイシャ嬢、彼女には裏がある。あのあどけない表情で他者を惑わせ、脅し、思うがままに操っている。まさに『悪女』の名が相応しい。他人を陥れる天性の才能があるのだろう。彼女の裏の顔を知れば知るほど、その悍ましさに胸を悪くする。

 だが、それを表情に出すのはまだ早い。今はまだ、彼女の思いに気づかぬフリをしつつ、紳士的な態度を貫かねばならない。


「ああ、本当に疲れる」


 考えただけでどっと疲れが出て背をソファに預ければ、「やはり休まれますか?」とすぐさま部下から言葉が飛んできた。

 お前は顔に似合わず心配性なんだよ。その内面がもう少し表情に出れば令嬢方にモテるだろう。ーーそんな些末事を考えつつ部下の言葉を無視し、領主館までの僅かな時間を休息に当てるべく目を閉じた。


ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!


裏舞台3『建前と本音』をお送りしました。

ドーアの戦士アズライトはやはり何事かを探る為に南都領主と南の塔の魔女を訪ねていたようです。


アズライトも褒める若いが腕の立つ魔宝具職人とは、東都で新規顧客を開拓中のとある魔女だったりします。

偶然王侯貴族の生活を知ったが故に、彼らの好むデザインや使用意図をバッチリ把握し、デザインを考案、試作中です。


次話も是非ご覧ください!


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