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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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迷える心と騎士への信頼

 窓の外、馬車の周りを騎士たちが忙しなく行き来している。

 皆、厳しい顔付きで黙々と準備を整えている。

 その中にアーリアは自身の護衛騎士たちを見つけ、暫く視線を向けた後、サッとカーテンを閉めて手元に目線を落とした。


「ー真月玉は雁夜殿から至りて……」


 《力ある言葉》を紡げば、手の中に握った宝石が熱を帯びてきた。魔力が集まる程にじんわりとした熱が掌の中央から指先へと広がっていく。

 

「ー籠はその身を優しく包み込むー《光の壁》」


 魔力を宿した言葉は仮想空間から現実世界へと現象を引き起こす。キンと魔力が収束、圧縮し、程なく宝石の中央に幾何学模様が浮かび上がった。

 目を凝らさなければ分からない程の小さな模様は魔術方陣だ。六芒星を中心に魔術文字が取り囲んでいるが、その文字は小さ過ぎて肉眼では読めない。

 付与魔術と呼ばれるそれは、普通に魔術や魔法を使う感覚では行えない。ある種のコツが必要なのだが、それは口で説明できる類のものではない。アーリアも師匠について教わり会得したものだからだ。


 アーリアは眼前に宝石を掲げて多方向から出来前を確認すると、横に置いてあった木箱を開け、付与済みの宝石を空いた隙間に並べ、新たに宝石を一つ取り出した。

 単純で単調な付与にそれほどの労力はない。

 こうして馬車の中で待ち時間に作るくらいは、アーリアの魔宝具職人としての腕はあるのだがーー……


「ーーそれでよ、ほんっとに綺麗だったんだよ!」

「わかったわかった。花嫁姿の妹が綺麗だったってのは、もう耳にタコができる程に聞いたよ。お前、良い加減にしないと妹に嫌われるぞ?」

「何でだよ?俺が妹に嫌われる訳ないだろう?」

「はぁ、なら妹婿に嫌われるぞ?」

「はぁ〜?んなわけねーじゃん!」


 馬車の外を通った若い騎士二人の会話。アーリアの思考に雑念が混じり、呟いていた呪文に澱みが生まれた。


『ーーその時はさ、僕に選ばせてよ。アーリアのドレス。ね、良いでしょ?約束ね』


 差し出された小指に、反射的にアーリアは小指を絡めた。するとその小指絡まった指にキュッと力を込められた。

 リュゼはフワリと微笑むと指を手繰り寄せ、アーリアの耳元で『ねぇアーリア』と囁く。その途端、ぞくりと背筋に痺れが疾った。


『きっと、めちゃくちゃ似合うと思うんだよね。誰にも見せたくないくらい』


 疑問符を浮かべる間もなくリュゼの唇が耳を掠めるのが分かった。

 その温かな吐息にドクンと心臓が跳ねる。途端に耳が、頬が、薔薇色に染まっていく。ぶわりと身体が火照るのとリュゼを強く意識するのとは同時だった。

 その場から逃れたい気持ちを察したのか、リュゼは絡めていた小指をスイと引き寄せ、そのまま指と指の間に自分の指を差し込んできた。

 蜂蜜のようにトロリと甘い声が、瞳が、まっすぐに射抜いてくる。


『憧れてるくらいなら僕が本物の花嫁にしてあげる。だから約束ーー僕以外に囚われないでね?』


 記憶の中のリュゼが自分に向かって微笑みかける。

 その笑顔が脳裏いっぱいに広がった途端、ブツリと思考が遮断され、手の中の宝石がパリッと音を立てた。


 小さくはしった痛みに掌を開く。

 親指大の青い宝石が無惨に割れ砕かれ、これではもう素材として使う事ができない。

 うむむと口を窄めると割れた宝石を廃棄箱に入れ、もう一つ新らに宝石を取り出した。

 

 今日はどうにも調子が出ない。


 宝石に簡単な結界魔術を仕込むだけの単純作業に失敗してしまう。何故か心が定まらない。

 しかもリュゼの顔を思い浮かべては思考停止に陥いるという謎のループに突入していてしまった。

 このままでは、完成品より廃棄物の方が多くなってしまう。


「むぅ……」


 落ち込んだ時に欲しい言葉をくれるのは、リュゼがそれだけアーリアの心に寄り添ってくれているという事の現れなのだが、近頃はそんなリュゼの何気ない言葉にも困惑してならない。

 本気なのか巫山戯ているのか分からないリュゼの言葉に翻弄されてしまう。というより、そもそもリュゼの真意を測ろうというのが間違いなのかも知れない。


「……『本物の花嫁』があるなら『偽物の花嫁』もあるって事だものね、それに偽物の婚約者ならもうエステルで演じてるし、だからいつもみたいに人の心に疎い私を揶揄ってただけなんだよ、きっと。あれに大した意味はないから。リップサービスみたいなもんだよ。だからそんなんなに深い意味はない、そんなんじゃないから、だから大丈夫、うん……」


 誰もいない馬車の中で、一体誰に対して何の言い訳を並べ立てているのか。

 膝に顔を埋めて脚をバタバタさせていたアーリアは目を一度きつく閉じると勢い良く顔を上げた。

 頭を窓側の壁に寄り掛け、レースのカーテンの隙間からぼんやりと雲の影を見送る。


「いつまでも此処に縛りつけちゃダメだよ。リュゼにはリュゼの人生を生きてもらわなきゃいけないんだから……」


 リュゼに依存しているという自覚のあるアーリアは、最近になってリュゼからの自立を考えていた。


 アーリアはリュゼに対して全幅の信頼を寄せている。それこそリュゼの言葉を疑うくらいなら死んだ方がマシな程にだ。

 護衛という観点なら正規の騎士の方が役目として相応しいだろう。しかし、その正規の騎士もリュゼの代わりにはなり得ない。何故ならリュゼはアーリアのプライベートな場面でのーーそれこそ精神面のサポートを担っているからだ。

 そのリュゼから離れるというのはアーリアにとってかなりの覚悟が必要であり、またその為の準備も必要となってくる。

 そう言う意味では、指導教官による指導は社交性を高める為に丁度良い。これからどんな場面に於いても必要な対応力を高めるものも多くあり、最初は憂鬱に思っていたアーリアも今では有り難くも思っていた。


 ートントントンー


 この控えめなノックの音はナイルのもの。

 姿勢を正し「どうぞ」と許可を出せば、ガチャリと扉が開かれ、生真面目そうな表情を貼り付けた如何にも騎士の見本なナイルが顔を出した。


「アーリア様、そろそろ出立するとの事です。リュゼも間も無く参ります」

「分かりました」


 咄嗟に二分の笑顔で受け答えする。最近では慣れたもので、意識しなくとも笑みを浮かべて受け答えができるようになっていたのだがーー


「……アーリア様、どうかなさいましたか?」


 ナイルは一歩踏み出すとアーリアの足元に跪き、アーリアと顔を合わせてきた。

 ジッと目を合わせて問いかけてくるナイルに、アーリアは二分の笑みのままに表情を固めた。


「……ぇ、と……?」


 静かにアーリアの言葉を待つナイル。アーリアはナイルの目線から外せずに唇を不器用に動かした。


「何かお困りのではありませんか?」

「ぇ、い、いぇ、……」

「どんな事でも構いません。私に話してはくださいませんか?」


 あまりに真剣に見つめられ、目線を逸らすに逸らせず、唇だけを震わせた。


「……ぁ、……な、んでも、ないの。話す程のことじゃ、ないから……」

「話す程の事でなくとも、私は貴女の気持ちが聞きたい」

「っ…………」


 あまりに真剣な表情を向けられ、またその瞳に嘘がないと分かり、アーリアの二分の笑みはついに崩れた。

 瞳が揺れて、頬が強張る。

 掌の中の宝石がアーリアの不安定な魔力に当てられてパキリと音を立てた。

 その音は、馬車の中、ひどく大きな音となって響いた。

 ナイルは音の先をアーリアの掌に定めると、そっと手を伸ばしアーリアの手をそっと取り、固く握り締めている手の指の一本ずつ開かせた。

 手の中には二つに割れた宝石。それを摘み上げて丁寧に退けると、その破片でついたであろう掌の傷と、そこから滲み出る赤い液体に一度眉間に皺を寄せた。しかし、その表情に顔を強張らせたであろうアーリアに気づくと、ナイルは意識して表情を和らげた。


「ー其は導きであり癒しであるー《癒しの光》」


 ナイルの呟きは力を得て結果を現実に齎した。

 アーリアの掌を翠の風が包み、見る間に傷が塞がっていく。


「……アーリア様、私を貴女を守ると誓った。それな何も身体の守りだけではない、私は貴女の心まで守りたいのです。ですからどんな些細な事でも良い、何か悩みがあるならお話しください。その話がどんなものでも、それは貴女の心を知る大切なものだと、私は思うでしょう」


 ナイルはアーリアの掌の血をそっとハンカチで拭うと、再びジッとアーリアの瞳を覗き込んだ。

 アーリアの表情は晴れない。ナイルの言葉に嘘がないからこそ、困惑が多かった。

 こんな小娘のーーしかも自分にもどうにも分からない悩みを聞いても、ナイルにはどうにもできない。それなのにナイルはアーリアのどうにもできない話に、苦悩に寄り添おうとしている。まるでリュゼのように……

 

「……まだ……本当に、まだ、私、自身が整理が、ついてないから、まだ、話せる段階じゃ、なくて……」


 ー本当に、信じて良いの?貴方を……?ー


 ナイルの決意を、誓いを、その想いを。


 リュゼから向けられる視線(想い)とはまた違う何かを帯びた瞳に誠実さが滲み出す。

 リュゼの口から似た言葉を聞いたことがあるが、放つ口が違えばこそ感じ方も違っていて、アーリアは益々混乱した。

 

 リュゼの言葉を、気持ちを、その想いを、信じているからこそ、離れたくないーー離れたい。


 正反対の言葉がせめぎ合う。


 ナイルを信じていない訳ではない。

 ナイルの持つ誠実さ、真面目さ、面倒見の良さ、騎士としての誇り高さ、技能の高さ……それらが合わさりナイルの為人(ひととかり)を作っている。

 誰からも頼られる存在で、多くの後輩先輩から好かれている。性格や性質、技術、技能、どこをとっても他者から侮られる面はない。

 そんなナイルから出た言葉が嘘である筈がない。況してや、その言葉が『騎士として』の誇りを賭した誓いであればこそ、疑いようもない。

 けれど、アーリアにはそれでもナイルを100%信じる事のできない理由があった。


 ー人間(ヒト)は裏切りを善とする生き物だものー


 信じられるのは唯一人、拾い育ててくれた師匠のみ。


 揺れ動くアーリアの瞳に何を読んだのか、ナイルは詰めていた息をフと吐く。

 その吐息にびくりと身構えたアーリアだが、ナイルの表情は呆れのそれではなく、心底アーリアを心配してのものだとすぐに分かった。ただーー


「アーリア様がお話しになりたい時は、いつでも遠慮なくお話しください。そして、私は貴女のどんな言葉でも貶す事などないと、覚えておいてください」


 そう言って立ち上がったナイルの目元にはほんの少しの寂しさが見え、アーリアの胸がズキリと痛んだ。




ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!


『迷える心と騎士への信頼』をおおくりしました。

ナイルが使った回復魔術は、ライザタニアへの潜入中、リュゼから教わったものです。

他にもリュゼからは使い勝手のよい魔術をいくつか教わっており、その代わりにナイルはリュゼに槍の扱いや騎士としての立ち居振る舞いなどを教えていました。


次話もぜひご覧ください!


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