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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
483/497

妖精の国の王子と爵位2

「ーーよって、貴殿に辺境伯位並びに領地を授ける」


 目の前で金箔の施された羊皮紙片手に高々と宣言する美麗王子を前に、アーリアは「……は?」と口と目を開けたまま固まった。


 場所は領主官邸ーーその中で最も豪奢な装飾を施された部屋、通称大会議である。

 王宮からの使者、或いは他国からの使者を招く際に用いられる大会議には今、隣国ライザタニアからの使者と、そしてその使者を迎える自国の王侯貴族とが向かい合う形で立っている。

 壁際にシスティナ国一団が、窓際にライザタニア国一向が身分の高いものを先頭に並んでいる。

 その中でも一際身分の高い一人ーーシスティナ国王太子ウィリアム殿下は一段高い壇を上った上座で事の成り行きを見守っている。

 見守る先は、自国の国防の要の一人である『東の塔の魔女』と、彼女の正面に立ち、美貌を振り撒く御仁である。

 淡い金から淡い緑のグラデーションの美しい髪は陽光を受けて煌めき、柳眉の下の青い瞳は水晶の輝きを有している。頭の先から爪先まで、それこそ耳の形、指の長さに至るまで、計算尽くされた長さ形は、この世のモノとは思えぬ美しさだ。

 現ライザタニア国王と側妃リャハンティーニャとの間に生を受けた、正真正銘、ライザタニア国王の血を引く第一王子だが、長らく彼は病気による療養で東の地に封じられていた為、存在自体に謎が多い人物であった。

 ある者は『完璧な王子』と言い、ある者は『薄弱の王子』と言う。『優秀な弟王子との政争に敗れ、僻地に逃げ隠れて過ごしている』という情報がまことしやかに流れていた。

 ーーが、どうだろう。

 目の前に現れたこの男、どう見ても薄弱の王子には見えない。

 人間離れした美貌はシスティナ国第二王子ナイトハルトを凌ぐとも劣らない。弟王子の美貌に見慣れていた筈のウィリアム殿下ですら、眉根を寄せかけた。

 何よりその美貌に劣らず言葉の端々から感じられる知性は、彼が一国の王族、それも王位継承権を持つに相応しき人物だと判じられた。


 ここアルカードへと至る前、戦争の賠償の為に王都オーセンの王城を訪れたイリスティアン殿下を見た者の多くが、彼の煌めく美貌に先ず目が眩み、美声に耳を打たれ、最後にその知性に目を疑った。

 それ程の衝撃を与えたのだが、その彼が王城の次に訪れたのがここアルカード、それも『東の塔の魔女』との謁見が目的と知れば、軍事大国ライザタニアがどれ程かの魔女を重要視しているかが判り、口傘な貴族たちも口を噤まざるを得なかった。


「そなたの働き、誠に大義であった」


 魔女が呆けている間に、イリスティアン殿下の側近から差し出された勲章を、当たり前のように側に居た初老の紳士によりサッと胸上につけられる。

 勲章は黄金、ライザタニア国の紋章が彫り込まれている。紋章の下には辺境伯を現す緑の宝石が輝き、勲章の下からは赤と白、黒と青、黄と緑、加えて金糸で縫取りされた紫の旗が垂れ下がる。


「内戦も収束し、ようやく国内は落ち着きを取り戻しつつある。それも全てそなたのお陰だ」


 美貌の王子ににこやかに微笑まれた白髪の魔女は頬を桃色に染めるでもなく、寧ろ白を通り越して真っ青にして唇を振るわせる。


「ぇ……辺境伯?り、領地……!?」


 ようやく我に返った魔女が受け取ってしまった羊皮紙を手に驚きの声をあげた。既に爵位の授与も済み、形式的な儀式は終わりに差し掛かる頃であった。


「こ、ここ困ります!爵位なんていりません!それに領地なんてっ、か、管理ができないですからっ!!」


 アーリアは羊皮紙片手にイリスティアン殿下へと詰め寄る。

 本来なら身分的に不敬に当たる行為だが、ライザタニア側は側近はじめ護衛の騎士ですらアーリアの行動に目くじらを立てる事も、況して咎める事もしない。誰もが微笑まし気に目を細めているだけだ。

 

「何よぉ、もう受け取ったじゃない。今更返品はできなくてよ?」

「っっ!だ、だって!受け取らないで良い雰囲気じゃなかったしっ……!」


 被っていた猫が家出したのか素でゴネ出したアーリアと()()()()()()素を出した美麗の王子だが、彼女らを他所に周囲はそそくさと動き出していく。

 侍従たちはさっさと荷物を片付け下がり、式部官はじめ領主官職員と王城から来た官吏たちは知らぬ存ぜぬと部屋を去っていく。残ったのはライザタニアからの使者たちと、ウィリアム殿下とその側近、アルカード領主にその側近、そして彼らを守る護衛の騎士たちのみだ。


「だってアナタ、女王になるのも断ったじゃない?」

「女王として国の統治なんて面倒じゃないですか!あれだけ迷惑をかけられたのに働けだなんて!そんな義理なんてないと思います!!」


 イリスティアン殿下の言葉に、最初は微笑ましく見ていたウィリアム殿下もその側近も、ハ?と眉を寄せた。何だその話、聞いてないぞ?


「だ・か・ら、その代わりにシュバルツェから書庫を貰ったんでしょ?」

「良いじゃないですかそれくらいのご褒美があったって!まだ読みたい本があったんだから。というか、あの時は書庫ごとくれるなんてその時は聞いてなかったからっ……」

「でも結局貰ったんでしょう?しかも直接行き来できる鍵も貰った。違う?」

「ち、違わなくは、ないけど……」


 あの時は当然の報酬だと思ったが、こんな事になるなら受け取るべきではなかった。欲に目が眩んだ結果が今なら、迂闊な判断をしてしまった自分にこそ責任がある。

 口を窄めて目を逸らしたアーリアにイリスティアン殿下は笑いかける。


「自国の貴族でもない他国の魔導士を王宮に入れるとなると、何かと難癖つけて目くじら立てる奴がいんのよ。ホント、負けたんだから傘下に降るのは当然!弱肉強食が我が国のモットーだって言うのにみみっちいわよねぇ?」


 あの時、アーリアにほんの少し良識が欠けていて、ほんの少しの野心があれば、ライザタニアは今頃火の海になっていた。それこそ、今頃、新たな女王が建っていたとしても不思議ではない。

 現在、そこまで大きな混乱なく内乱が収束し、王族貴族たちが再び手を取り合う事ができるようになったのは、少なからずアーリアの良識のおかげである。

 にも関わらず、その魔女に対して礼を欠こう者がいること、そして「他国の魔女〜云々」との言葉が挙がるのは、それだけライザタニアが近代国家としての体を成してきた証拠でもある。


「だったら爵位をあげちゃったらイイじゃない?公爵や侯爵だったら登城の義務もあるけど、辺境伯なら遠方を理由に登城も拒否できるわ。ね?良い考えでしょ」


 目の前に突き出された長い指がアーリアの鼻をチョンと触る。


「で、領地の件なんだけど、アナタにシュバルツェの書庫あげたのは皆んなにはナイショだから、ちょこっと別の所をあげたいワケよ」

「別のって……だ、だから領地は困ります!私みたいなシロートが領主じゃ領民が困るでしょ?!しかも私は他国の人間だよ?領民が侮られるだろうし、何より可哀想じゃない!」


 本音を言えば面倒だから嫌なのだが、領民の為と言うのも嘘ではない。

 「私はライザタニア国民でもないのに……」と唇を噛むアーリアに、「爵位あげたんだから、当然永住権もあげるわよ」とイリスティアン殿下は事も無げに答える。


「大丈夫よぉ!領主経営なんて、代官に任せちゃえば良いんだし。本人は王都で官吏して領地は代官任せの貴族なんて、ザラにいるのよ?」


 イリスティアン殿下の言葉にウンウンと周りの貴族たちが頷く。確かに、アルヴァンド公爵なども公爵領が王都近くにあるが、経営自体はアルヴァンド公爵家直系の者が行っている。


「でねぇ、領地の場所はシスティナのすぐお隣よぉ。ヴァルバタールっていうトコロなの。知ってるかしら?」


 イリスティアン殿下の問いにアーリアは一度「ヴァルダバール?」と呟くと、口を窄め右手の人差し指でトントンとこめかみを叩いた。


「ヴァルバタール?……確か総面積4,017.38km2、人口116,600 人、標高3.756mのハリオ山はじめ3,000m級の山々が連なっており、システィナとの境界は魔獣の住処となっている。670km2あるネス湖は観光名所となっている。主な産業は鉄鋼業。鉱石鉱物も多く採掘されている。領主はフェルナンド・リハール・バルデス伯爵、48歳、妻子あり、愛人あり、婚外子8人は既に成人し、男児は皆軍務へ着いている……」


 ツラツラと脳から情報を取り出し澱みなく話すアーリアに、イリスティアン殿下はニコリと笑う。

 ライザタニア側に然程の驚きはなかったが、システィナ側はザワリと空気が動いた。

 システィナ国内の領地なら兎も角、ライザタニア国内の領地ーーそれも辺境の一領地についての情報などどこで仕入れたのか。

 システィナだけでも数百の自治領地があるが、ライザタニアはシスティナよりも広大な国土の為、その倍以上に上る領地の数だ。

 しかし、今のアーリアの様子を見れば、全ての領地についての情報を持っているとしても不思議ではない。


「……脱税をもみ消したとか、土木工事の予算を水増し請求したとかで、シュバルツェ殿下が苛立ってましたよね?」

「そ。そのバルデス伯爵が治める領地よ。脱税や水増し請求以外にも領民に厚税を課したり奴隷を密売したりイロイロオイタをしていてね。だから領地没収になったのよ」

「なるほど。だからって、次はこんなドコのダレとも分からぬ領主なんて、それこそ領民が不憫です!」


 前は不良領主で次は素人領主。

 やっと厚税から解放されたのに、次に来たのが他国の魔女、然も、領地経営の素人と知れば、世を儚んで天上に住まいを移しかねない。


「だから代官を置きなさいって!大丈夫よぉ!探せばすぐ自分から『代官なります!やらせてください!』ってアタマ下げてくるヒトがいるカラ、ねぇ?」


 そんなヒトいるのか?とアーリアが頬を膨らませようとした時、イリスティアン殿下の視線がアーリアの肩を通り越し、そのずっと背後を見た。

 アーリアもそれに気づいて肩越しに振り返れば、そこには目を見開いたままグッと拳を握りしめる屈強な騎士がいた。『東の塔の騎士団』団長ルーデルスだ。

 ルーデルスは顔面を強張らせたまま、ジッとイリスティアン殿下の顔を正面から見ていたが、イリスティアン殿下からの視線を受けると、すぐに頭を下げた。

 その姿にアーリアが違和感を持ち「ルーデルス団長?」と首を傾げたが、ルーデルス団長はそのまま何も言わずに俯くばかり。隣のアーネスト副団長は何とも言えない面持ちでアーリアを見ると、頷きを一つのみ返した。


「ま、そういうワケだから!アーリアちゃん、そろそろ覚悟きめちゃってくれないかしら?」

「えぇ〜〜!でもぉ〜〜」


 パッと肩に手を回された手は、その美貌に似つかない大きく豆のある、まるで戦士の手だ。


「私は貴族になんてなりたくない。私がなりたいのは魔宝具職人!……それに、私には不特定多数の人間に対して生活の責任なんてとれない……」


 俯くアーリアに、イリスティアン殿下は苦笑を浮かべる。

 等級の高い魔導士には爵位が付随する。等級9のアーリアにも等級資格と共に爵位の授与もあったが、それをアーリアは受け取りっぱなしにーーつまり放置している。

 どうせ一代限りの爵位。領地もない。箔付のようなものである。唯一、それが効力を発揮のは、貴族しか入れぬ図書館への入室が認められる事だろう。また、貴重な素材を扱う商人への取り次ぎがスムーズである事も挙げられるが、「欲しい素材があれば自分で調達すること」と師匠より教わっているアーリアとしては、貴重な書物を読む事のできる機会が手に入った事の方が重要事項であった。

 システィナがいくら魔導士輩出国と認められていようと、平民には学びの機会が少なく、子どもに高等教育を受けさせる余裕がない為、平民から大魔導士と呼ばれるまでになる者は少ない。

 日々の暮らしに役立つ魔宝具制作に必要ない等級、等級4までいけば、暮らすに困らず生活できるので、それ以上求めるともなれば、余程の物好きか金持ちの道楽と思われる事も屡々であり、それこそアーリアの師匠とその弟子たちを指してそう呼ばれる事もあるのだが、アーリア自身それを知らない。

 また、魔法魔術を扱うには相応の魔力が必要で、その面でも、より良い遺伝子を掛け合わせてきた貴族たちの方が優れている事は考えるまでもない。

 要するに、平民出身の高位魔導士はどこかの貴族の御烙印である可能性もあり、アーリアが初めて等級資格を取った時も、その面で疑われた卑下されてきた経緯もある。

 アーリアとしては風評被害甚だしい事だが、否定して回るのは面倒と放置し、甘んじて「ぽっと出の平民魔導士」という言葉を受け入れてきたというのに、今更、爵位を傘に大きな顔をする気にはなれない。

 それに何よりーー……


「アッ!アナタ、アレでしょ?貴族なんてのになっちゃったら淑女教育がこれ以上増えるからって思っているんじゃないの?!」


 ーぎくぅっ!!ー


 ポンっと手を打つイリスティアン殿下。

 アーリアの顔が見事に引き攣った。


 イリスティアン殿下の言葉とアーリアの反応を見た周囲の者たちは、皆似たような顔で「あー成る程」と頷き合っている。

 アーリアは何か言おうとして何も言えず、ダラダラと汗を流しながら、口を窄めて目を明後日の方向へ逸らした。


「淑女教育に加えて領主教育なんてしてたら、魔宝具制作に時間が取れなくなっちゃうものねぇ〜」


 成る程成る程と続くイリスティアン殿下は、元主治医として良くも悪くもアーリアの性格を知り尽くしている。


「お勉強は兎も角、特にダンスはからっきしだものねぇ〜」


 小指を立てた手を顎に当て何かを思い出してはウンウン頷くイリスティアン殿下に、アーリアは抵抗とばかりに「最近はそこまでひどくは……」とゴニョゴニョ口を動かすが、その顔にはハッキリと図星と書かれている。


「成る程!そういう事でしたらこの私にお任せくだされ!なぁに、今までの教育に領地経営学を足せば良いだけのこと。……まぁ、ダンスの方も数さえ熟せば何とかなりましょう」


 名乗りを挙げたのはアーリアの教育係、ガナッシュ侯爵その人だ。その爽やかな笑みに、アーリアは顔を引き攣らせる。笑っている時の方がロクデモナイ事を考えているのだと、これまでの付き合いから分かるからだ。


「まぁ!この方アーリアちゃんの先生なの?こんなステキな紳士に教えて貰えるなんて!」


 ロマンスグレーまで一直線!銀髪にモノクロ眼鏡、濃灰の上下に濃紺のベストを合わせたスーツを隙なく着こなす紳士に、イリスティアン殿下は乙女のような声を挙げる。

 紳士は和かな笑みを湛えたまま手を差し出すと、シェイクハンドで応えた。


「ガナッシュと申します。私にお任せください。彼女を殿下の眼鏡に叶うレディへ仕立てて見せましょう」

「よろしくね♡」


 ガッチリ組まれた手に、ついにアーリアは頭を抱えて絶望の声をあげた。

 混ぜてはいけない二人が手を合わせているのだ。その絶望感と言ったら、考えるだけで言葉が出ない。

 そのまま力なくしゃがみ込み呻いているうちに話は纏まり、気づいた時には代官候補まで出揃っていたのだが、この時には既にアーリアに抵抗の意思は残っていなかった。



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『妖精の国の王子と爵位2』をお送りしました。

突然すぎる再開に疑問のアーリアでしたが、アリスことイリスティアン殿下の来訪の目的は、アーリアへの叙爵でした。

男爵どころか一気に辺境伯の地位を与えられてしまったアーリアは、喜ぶどころか拒否反応!

しかし、イリスティアン殿下をはじめライザタニア王族は(色んな意味で)世話になったアーリアに対し、恩に報いたいという思いと、恩人が周囲から侮られる状況を打開したいという思い、またその他の政治的思惑による叙爵なので、取り消すなどあり得ません。文字通り身分を傘に押し付けました。

しかし、拒否反応のアーリアは他所に、周囲は叙爵に反対する者は殆どない模様。

リュゼに至っては、「いらなくなったら売っちゃえばイイじゃん」と軽く考えています。


次話も是非ご覧ください!

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