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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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合同訓練4

「きったねぇーー!あの作戦考えたの副団長だろ?」

「ははは!良い格好ですね、セイ」


 ぷすぷすと身体から煙を上げたセイが空中から降りた足ですぐに抗議にきた。赤茶毛がところどころ焦げてチリチリになっていて、なんとも笑いを誘う。

 アーネスト副団長はキレたセイを前にしても動じるどころか、いつも以上の笑みを浮かべて迎えた。


「寄って(たか)って弱い者イジメして楽しいか!?」

「弱い者イジメなどとバカな事を言いますね。君は十分脅威でしょう?弱者というなら、我々の方ですよ」

「なにおう!?」


 確かに数の上ではセイ一人に対して1小隊。『寄って集って』というのは強ち外れてはいない。

 ただ、セイ一人で100人以上を手玉に取れる黒竜の亜人だという事を除けば、だが。


「てか、何だよさっきの魔術!まさかアーリアちゃんが参戦してたワケじゃないよね?!」


 明らかに午前中とは異なる魔術の威力と精度に、セイがズルを疑った。それ程、午前中のものとは差があったのだ。


「まさか!あの魔術は主にミシェルのものですよ」

「ミシェルの!?」


 思わず、セイの声が裏返る。

 アーネスト副団長の背後、アーリアの隣に立つミシェルがセイに向かってピースサインを送る。「恐れ入ったか、セイ!」とドヤ顔で言い放つミシェルに、セイの額に血管が浮かぶ。


「ははは。少々、アーリア様に魔術の手解きを受けましてね。どうですか、その威力を身をもって体験して頂けたとおもうのですが?」

「ッーー!」


 昼食時間を5分で切り上げ、休憩時間をほぼ返上しての訓練と作戦会議、そして塹壕などの準備の結果、セイの鼻を明かす事ができた。

 あのミシェルのヘロヘロした魔術は一端の魔術士さながらの鋭さを持ち、その威力は黒竜の肌を焦がす程になっていた。

 この短期間で何をどうして?!と疑問は尽きないが、聞けば、魔術のエキスパートの助力を受けていたと言うではないか。


「やったね、ミシェルさん!」

「ありがとうございます、アーリアさまっ!」


 ミシェルの隣、そのエキスパートことアーリアは、ミシェルたちの実質的な勝利を自分事のように喜んでいる。


「っ〜〜〜〜やっぱ、卑怯じゃん!アーリアちゃんの助力なんてっ!」


 堪らず指差し叫ぶセイに、「ほんの少し助言しただけだよ?」とアーリアはにっこり。

 何も嘘など言っていない。アーリアは本当にへっぽこ魔術を使うミシェルに魔術の基礎を講義しただけ。だが、それはあくまで『アーリアにとっての』基礎であるが、それを知らぬのは本人ばかり。

 国一番の魔導士に魔法と魔術、その両方の英才教育を受け、いわば必然的に高位魔導士となったアーリアにの『普通』が他人と同様である筈がない。


「私も感銘を受けました!まさに叡智と呼べる知識の数々。さすがアーリア様と申し上げるところでしょうか」


 分かっていながら暈して話すアーネスト副団長は確信犯である。煽られていると分かりながら、セイも「やっぱり汚ねぇ」と悪態を吐いてしまう。


「竜体になったセイって、人間より妖精としての感覚の方が強くなるでしょう?だったら、人間相手にしていると考える方が間違いじゃない。それこそ竜討伐とでも考えなきゃ!」

「へーそれであんな作戦立てたワケだ。アーネスト副団長がッ!」


 副団長であり、騎士団の作戦参謀長でもあるアーネスト副団長による『正しい竜討伐の仕方』。それを実践した。そう考えれば辻褄が合う。

 実際、自分が体験するとは考えた事もなかったが、あれなら本物の竜にも十分通用するだろう。


「にしたって、あの臭いはヤバイって!鼻が曲がるかと思ったっていうか今も鼻がオカシイから!」


 竜の嫌うといわれる香草を風上から焚き、風の魔術を使って訓練場全体に行き渡らせた。すると、臭いを嫌った黒竜は臭いのしない方へと飛び上がる。そこを狙い定めたように光魔術を大量に照射し仕留めた。


「あー、鼻がオカシイ。もぉ!俺、竜体だと匂いに敏感になんだよ!」

「あはは。だと思った」

「ムカツクなぁ、そのドヤ顔!」


 涙目で鼻を擦るセイに、アーリアも思わず笑ってしまった。

 少し可哀想な気持ちもするが、してやったりという気持ちの方が強い。溜まっていた鬱憤が晴れていくようだ。


「合同訓練なんだからどちらにも得るものがなきゃ、やる意味がないでしょう?」

「正論持ち出さないでくれる?日頃の恨みだって言われた方がまだ納得するよ」

「アハハ!」


 今度こそアーリアは心から笑った。

 立場や建前を抜きにした笑い声に、セイは怒る気も失せ、ちぇっと舌を出す。

 ライザタニアからシスティナへ帰国したアーリアはどこか影があり、他人と距離を置いているようで、とっつきにくい雰囲気があった。借りてきた猫のように警戒していたが、まだライザタニアに居た時の方がアーリア『らしい』と思った程だ。

 こんなに窮屈なら『塔の魔女』なんて辞めりゃ良いのに。そう何度思ったか分からない。

 そうすれば、自分たちがココにいる理由もない。

 現王から命を受けたから、隊長命令だからと再びアルカードへやって来たが、アーリアを守る為だとはいえ、正直つまらない任務だと思っていたのだ。


「そっちの方が良いよ。下手な笑顔なんて、見てるこっちが疲れる」


 セイは手を伸ばすと、アーリアの絡まっていた髪を耳の横に梳いて流した。するりと柔らかな髪の感触を指の隙間に感じ、離すのが躊躇われた。


「建前が大切なのは分かるけどさ。皆んな、君がちょっとやそっとハメを外したって嫌ったりなんてしないからさ」

「そ、っ……」


 あまりに唐突に、似合わない表情で静かに語るものだから、アーリアはセイに触られた髪について怒るのも忘れ、思わず口を噤んだ。


 そんなつもりはなかったが、自然と騎士たちから距離を置いていたのは、言われてすぐに気づいた。

 顔を合わせるのが何となく億劫で用事がなければ騎士寮に出向かなかったり、塔にもめったに立ち入らなくなった。祝勝会の後、少しは以前のように話せるかと思ったが、何故か足が竦んで近づけなかった。


「ま、俺らに原因があるんだから、こんなコト言えた義理はないんだけどさ。もーちょっと肩の力抜いたらってハナシ。以上、しんみりした話はオワリね!」


 パンと手を叩いたセイは、もういつもの軽薄な表情に戻っていた。


「あー、しんど。疲れたぁ!何か食いに行かね?勿論お前のオゴリな」


 セイはアーリアの横を通り過ぎて、ミシェルの肩に腕を回した。


「ゲッ!なんで俺のオゴリなんすか?」

「お前の所為で、俺、こんなんなってんだけど?」

「自業自得じゃないっすか!」

「どこがだよ!お前がチクったんだろ?」

「別に何も言ってませんよ。俺はアーリア様に教えて貰っただけで……」


 元々仲の良かった2人は、セイがライザタニアの軍人として戻って来てからも、それまでと同じ関係を続けている。

 口の軽いお調子者のミシェルと、女好きで対人スキルの高いセイ。年齢は山と違うが気は合うようで、よく2人で飲みに出かけている。


「待ちなさい、まだ就業時間中ですよ」


 ぎくぅ!セイの肩が跳ねた。

 いつの間にかアーネスト副団長の手がセイの肩に置かれている。振り向いたセイはイタズラがバレた生徒のような顔をしていた。


「それに、まだ合同訓練は終了しておりません。締めくくりが残っています」

「は?締めくくりって……?」

「勿論、我らが魔女姫によるデモンストレーションですよ」


 はァ?と眉を顰めるセイに笑顔のアーネスト副団長がセイへと詰め寄る。


「ほら、出番ですよ」

「誰が……俺が!?」

「君以外、誰がいます?」


 亜人だからと気前よく変化し、騎士たちの敵役になってくれるなど、セイをおいて他にはいない。

 亜人であるというのは、ライザタニアにおいても特にナイーブな問題で、自分が何の妖精に変化できるのかを隠す者も多い。特に、工作活動を主にする部隊員なら尚更、隠しておきたいと思うものだ。

 「聞いてないんだけど?」と露骨に怒りを露わにするセイに、「通知はしています。許可もほら、此処に」と胸からペラリと三つ折りの紙を取り出すアーネスト副団長。署名の欄に代理人の名と捺印が押してある。


「ちょ、このサイン、ミケさん!?」

「私が許可しました。どうぞ煮るなり焼くなりお好きになさってください」


 セイの保護者の様な立場としてライザタニアから来ているミケールが、早速逃げ出そうとしていたセイの首根っこを引っ捕まえてアーネスト副団長へと突き出した。

 付き合いは数十年と長く、セイの言動は手に取るように分かるのだ。


「ミケさんひどっ!仲間を売る気?!」

「仲間として、お前の態度は目に余る。ここらでひとつ、性格を去勢するのも良いだろう」

「良かないよ!」


 どこにそんな力があるのかとアーリアは驚くが、ミケールも亜人である。


「アーリア様。どうぞよろしくお願いします」

「えっと、セイと1対1で戦えば良いのかな?」

「はい。先程仰っていた方法とやらを、我々も見てみたいのです」

「あ、アレですね?分かりました!」


 困惑するセイを放って、アーネスト副団長は今度はアーリアに許可を求める。

 アーリアは事前に話を聞いてあったので、疑問も不満もない。何せ、公然と報復できるチャンスでもあるのだ。

 セイには何かと世話になった。『何か』とというのは良い事ばかりではない。寧ろ無神経で腹の立つ事ばかりで、いつか一発殴ってやろうと心に決めていたくらいであったのだ。


「じゃあセイ、早速始めましょうか?」

「えっ、ちょ、アーリアちゃん?目がマジなんだけど?」

「マジだよ。お互いハンデはナシ、先に負けを認めた方が負け、で良いですよね?アーネストさま」


 アーリアは言うなり魔力を身体中に行き渡らせる。

 魔力をうけてふわりとクリーム色のケープが浮き上がり、白い髪が風に流れる。瞳は七色の光に輝き、魔力の高まりと共に赤く染まっていく。


「大丈夫だよ。大抵の怪我は私が治してあげるから」

「全然大丈夫に思えないんだけど!?」

 

 本能的な危険さを感じたセイが、ジリジリと背後へと退がっていく。「ミケさん、ナイルセンパイ、リュゼくん!」とこの場を収めてくれそうな人の名を呼べば、ミケールは首を振り、ナイルは頷き、リュゼはいい笑顔で手をヒラリと振るのみで、助力が得られそうな感じは全くしない。


「覚悟を決めてよセイ。私も覚悟を決めるから!」


 アーリアはそう声をあげると、ニコリと今日一番の笑顔を見せた。



 ※



「あはは!逃げてばかりじゃ何もできないよっ!」

「もう!キチンと避けてくれなきゃっ!」

「これずっと使って見たいと思っていたんだよねえ」

「あれ?これ思ってたより派手かもっ」

「すごーい、花火みたい!ね?リュゼ?」

「鼻先に氷の礫を放って、それでびっくりしたところで尻尾に火をつけるの。するとほら、子犬みたいにくるくる回るでしょう?そこを拘束して、爆炎魔術でトドメを刺す!ーーほら、うまくいった!」

「あーあ、もう終わり?もっと足掻いてくれなきゃ面白くないわ!」

「セーイ!もう一度しましょう?まだ試していない魔術があるの!」

「え?もうムリ?えーー!もう一回しようよっ」



 その後ーー



 アルカードの東。街と国境との間に広がる大森林の中、地響きと爆音、そして空を彩る花火が上が宵の口まで上がったという。そしてそれは、国境を挟んだ向こう側ーーライザタニア側でも目撃された。

 天変地異か、それともシスティナからの報復か。

 驚いたライザタニア軍が調査に入るも領土には何事もなく、翌日になりシスティナからただの訓練だと知らされた。その際、ライザタニア側に被害はないかと菓子折りまで届いた。


「普段おとなしい人ほど怒らせると怖いんすね?」


 これはアルカード一お調子者の若手騎士が放った言葉だが、それには誰も否定する事なく、寧ろ心に強く教訓として留めたという。



 

ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます。励みになります(^人^)


『合同演習4』をお送りしました!

普段から何も考えてないように見えるセイですが、その実、人間観察には優れた嗅覚を持っています。

ただ、その人間観察能力を自らの実生活に活かす事がないので、女の子の気持ちを察せずにフラれる事がザラに起こったりします。顔が良いだけに残念男子です。


次話も是非ご覧ください!



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