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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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手負いの虎

 

「オイオイ。随分な客が飛び込んで来たな?」


 ぬかるんだ斜面を滑り落ちた時にしこたま打ち付けた尻と腰を摩りながら立ち上がろうとした時、眼前に大きな影が射した。そこから重低音の声音が頭上から届く。


『ーーーーひっ!?』


 恐る恐る見上げると、そこには牙をむき出しにした獰猛な虎の顔があり、今にもアーリアに喰いかかろうとしていた。

 アーリアは恐怖を肌で感じて後退る。


(風の精霊は大きな動物はいないって言ってたのに!?なんで?)


 目を瞬きその虎を見ると、それは只の虎ではなかった。

 虎の顔を持った二足歩行の動物ーー獣人。


 獅子と並ぶ大形の猛獣。全身黄褐色で黒い横縞がある。勿論肉食だ。獅子と同じネコ科だが、その顔つきは獅子よりもよほど獰猛に見えた。

 虎の獣人は舌舐めずりし、アーリアに向かってその鋭い牙を剥いた。


 確かに一般的に『動物』と言われるモノではない。大きなくくりでは人間ヒトも動物の一種だろう。だが、動物と人のどちらも併せ持つ獣人を精霊たちが『動物』と判断しなかったのも頷ける。

 アーリアも頭で思い浮かべた大きな身体を持つ『動物』とは、全身が体毛で覆われた四足歩行の熊や熊、猪などの人の言葉を発する事の出来ないモノたちなのだ。

 精霊と人とが心を通わせる方法は、人の発する『言葉』ではない事は、この間アーリア自身が再確認したところだった。

 彼ら精霊は先ほどもアーリアと頭の中で会話したに過ぎない。精霊がアーリアの意図を汲んで、アーリアの指す『動物』を探して来たのだとすると、アーリアはこの状況を一概に精霊のせいとも言えなかった。


「お前、白き髪の娘だな?丁度いい。ここで喰い殺してやろうか?」

『ッーーーー!』

「……と言いたいところだが、今日はそうもいかん」


 アーリアは虎の威嚇を受けて、次にくる攻撃を意識して身構えたが、虎は自身の身体をズシンと地面に降ろして座り込んでしまった。


『……え?』


 虎の態度は一転し、先ほどまでのアーリアに向けられていた殺意も消えていた。その表情にも先ほどまでの獰猛さはない。それどころかどこか面倒くさそうな、諦めたような疲れを含んだ表情だ。

 アーリアは訝しんで虎を見た。頭の先から足元まで見下ろすと、虎の足元に魔力的な違和感を感じた。

 虎の右足には金属の金具が覗く。その金具は鋭い刃を何本も突き出し、虎の足首にガッチリと食い込んでいた。そこからヌラヌラと血が地面へと滴り、赤黒いシミを作っている。金属の端には太い鎖。その鎖は虎の背後にある太い木の幹へと繋がっていた。幹にも同じような金属の輪が嵌っている。

 虎の表情をもう一度見ると辛そうに歪んでいる。余裕ある表情はそこにはなく、獰猛そうな面構えの中に苦痛が滲んで見えた。


「運が良かったな小娘。今日の所は見逃してやるから、サッサと去れ」


 虎の状況を確認していたアーリアに、虎の獣人がシッシッと手を振りながら言ってきた。

 アーリアは虎の獣人と距離を置いたまま、虎の獣人を拘束する金具に指を指した。


『それって……』

「ん……?コレか?見りゃ分かんだろ?罠だ罠。大方、魔術士が魔物や大型獣を捕まえる為に仕掛けたんだろうさっ」


 虎の獣人は吐き捨てるように言った。

 アーリアは虎の獣人の足を再度よく見ると、虎の獣人の足を拘束している金具には、魔術が込められていた。捕縛用の魔宝具の一種だ。この魔宝具は狩人が大型の獣を獲る時や、魔術士が魔物を狩る時に使われる。魔物の力が大きければ大きいほど、捕縛する力もより大きく発揮されるような作りになっている。しかもこの魔宝具は捕獲した生物から魔力を奪って作用する。捕縛時間が長いほど、捕らえられた生物が体力的にも精神的にも弱っていく寸法だ。


「なんだよ?馬鹿にしてんのか!?あーそうだよ、馬鹿だよ。こんなもんに引っかかってるんだからなッ」


「あーやっぱりヤっちまうか?」と獣人が今一度牙を剥く。

 アーリアは馬鹿にしようとして見ていた訳ではない。こんなモノがこの湖のほとりに設置されている事に疑問を抱いただけだった。

 日用品あつかいの大量生産された魔宝具ならいざ知らず、このように凝った造りの魔宝具は値段が張る。この近くに集落があるのは確認したが、そこの住人がわざわざ狩をするためだけに、このような魔宝具を購入し、設置するとも考えにくかった。

 そう考えると、この魔宝具をこの場所に設置するには、何らかの理由があると見ていい。


 アーリアは嫌な予感がした。

 アーリアのカンは外れやすい。だが、この手の嫌な予感はよく当たるのだ。『死』が絡むほどの事態に陥りそうな時には特に。


『これって、もしかして……!』

「オイ。どうした……!?」


 アーリアの異変に気がついた虎の獣人が訝しみ声をかけようとしたとき、湖を囲んでいる木々から一斉に鳥たちが空へと飛び立った。

 けたたましい鳥の鳴き声。湖の側で水を飲んでいた小動物たちも森へと一目散に駆けていく。

 アーリアの首筋に冷たい汗がが伝った。


(今すぐここから逃げなきゃっ!でも……)


 アーリアは己の直感に従った。

 アーリアは虎の獣人の足元にしゃがみ込むと、魔宝具の金具に手を触れた。


「オイ!何を……?……!!!」


 二人の頭の上でゴウッと風が唸りを上げて舞った。上空から太陽の光を遮り、それは湖の上へとゆっくりと下降してくる。湖の水が泡立つように激しく波を立てる。


「オイオイオイオイ!マジかー!?」


 アーリアはソレを目の端で捉えて嘆息した。


 ーガルグイユー


 長い首と甲羅にヒレをもっているドラゴンの一種だ。体に水を溜め込んでそれを吐き出して洪水を起こした、なんて話を聞いたことがあった。好む住処は清らかな水の中。

 殆ど伝説上の生き物だ。こんな所にいるなんて、誰が信じる?


 アーリアは魔宝具の解除を急いだ。彼ーー虎の獣人はこのドラゴンの餌だ。近隣の住民を襲わせない為に、このような魔宝具で動物や魔物を狩り、それをそのまま供物にする。出来たやり方だ。初めにこの魔宝具さえ仕込んでおけば、餌が尽きない限り、山を降りて人間を襲う事などないだろう。


「俺は……コイツの餌かっ……!!?」


 虎の獣人が漸く自分の置かれている状況に気がついたのだろう。ガルグイユを見上げて、引きつった声を上げる。

 アーリアは金具に魔力を込めた手をかざすと、金具に刻まれている魔術の術式に沿って指を動かした。するとカチャンと音を立てて金具が虎の獣人の足から離れる。


「お前……!?」

『早く!!』


 虎の獣人に言葉は通じない。だが、アーリアの意図は通じたはずだった。


能力スキル《偽装》、《擬装》!』


 アーリアは虎の獣人の肩に触れて、能力スキルを発動させる。この能力スキルを受けて、二人の身体が敵の目から外される。周りの風景と溶け合って見えるはずだ。これはこの能力スキルがドラゴンに効くのであればの話。

 精霊相手にこの能力スキルは効かない。ドラゴンが人間と同じ次元の生物である事を祈るしかなかった。


『立てますか?』


 アーリアは虎の獣人の腕を掴んで思いっきり引っ張った。言葉が通じないのだ。行動で意図を示すしかなかった。


「なにす……。分かったから。……ッ!?」


 虎の獣人は立ち上がろうとしたが、足をフラつかせて地面に膝をつく。虎の獣人は訳が分からない、といった風に頭を幾度か振った。

 立てない程の傷ではないはずなのに立ち上がれなかった虎の獣人を見て、アーリアは苛立ち気に唇を軽く噛むと、腰のポーチからマジックポーションを出した。そしてそれを虎の獣人の口元に差し出す。


『飲んで!早く!』


 アーリアの焦りと苛立ちを感じた虎の獣人は、アーリアに渡されたマジックポーションを一度見て訝しむ。マジックポーションを知らない人にとってはそれは未知の薬。自分が何を飲まされるのか判らないのだ。毒や睡眠薬の可能性とてあると考えるのが普通だ。

 しかしアーリアの必死な形相と、背後のガルグイユの存在とを秤にかけ、虎の獣人は思い切ってそれに口を付け、一気に飲み干した。


『これで立てるはずだから。早く森の中に!』

「お、おお……」


 虎の獣人がアーリアに急かされて足に力を入れると、今度はすんなりと立ち上がる事が出来た。

 アーリアはそれを確認すると、虎の獣人の腕を引っ張って森の中へと急ぐ。

 背後からガルグイユの咆哮が聞こえる。

 能力スキル《偽装》や《擬装》では血の匂いまでは誤魔化せない。

 ドラゴンの鋭い嗅覚で追われれば、ひとたまりもない。姿を認知される前にこの場からなるべく遠くに離れる他、助かる術はないのだ。

 つくづく能力スキル《擬態》がマスター出来なかった事が悔やまれた。これが有ればもう少し誤魔化せたかもしれない。


 アーリアは山の傾斜で滑った時の怪我の痛みを我慢し、湖から森へと続く土手に足を掛けた。その時、背中から無理やり身体を引っ張られたかと思うと、突然足が地面から浮いた。

 アーリアは虎の獣人の脇に捕らえられていたのだ。


『なにすーーーー!?』


 虎の獣人の小脇に荷物のように抱えられ、アーリアは文句が口から出た。


 ーゴゥッー


 背後から大量の水が降り注ぐ。

 アーリアは頭から身体中に水を被り、思わず目と口の両方を閉じざるを得なかった。


「怒んなよっ!」


 虎の獣人は一言断るとアーリアを抱えたまま水を避け、猛スピードで駆け出した。背後からガルグイユが迫ってくる。

 アーリアは自分で森の中を走るよりは生存率が上がるだろう、と思いながらも、このままバルドの下へ連れて行かれたらどうするのだ、という可能性をも頭をよぎりゾッとした。今更ながら自分の不用意な行動に後悔の念が頭の中を占めだす。

 だが、それも『生き残ってから』考えよう、と気持ちを無理矢理切り替えた。


(ガルグイユの弱点は……確か『火』!)


『火の精霊さん、いますかー!?』


 親虎に運ばれる子虎のような格好のアーリアは、その状態のまま火の精霊を呼び出した。

 瞳が魔力を帯び、それを視覚に捉える。


 ーはーい、ここに!ー

 ー何か用かしら?ー


 赤く透けた羽を持つ精霊がアーリアの周りを飛び交う。そのフォルムは妖艶な美女だ。精霊に姿形は関係がない。全てが精霊個人の自由だ。


『お願いがあるの!あのドラゴンに火を浴びせたいの!できる?』


 ーできるわよ!ー

 ーでもそれにはご褒美が必要よ?ー


『魔力をティーカップ一杯分!』


 ー引き受けた!ー

 ーそのご褒美忘れないでね?ー


 アーリアは魔力を奮発した。ティーカップ一杯程度なら、アーリアの身体の中の魔力が尽きる事は多分ないだろう。

 アーリアは炎の精霊が好む言葉を紡いだ。


『ー火を司る精霊よー

 ー瞬き燃ゆる火花よー

 ー彼の者に炎の裁きをー』


 ー悪い子にはお仕置き!ー

 ーえいっ!ー


 嬉しそうな火の精霊の声と共に、掌に乗る程の大きさの精霊からとてつもない大きさの炎が生まれ出でる。その炎はガルグイユ向けて放たれた。


 ーゴォォォオオオオオ!!!ー


『え……?』

「な、なんだありゃ〜〜!!?」


 アーリアの呟きに虎の獣人の声が重なる。

 ガルグイユが悲鳴に近い鳴き声を上げながら、炎の海に炙られている。


(えーー?ティーカップ一杯分ってどんだけの威力なの〜〜!?)


 普段魔術を好んで使っていたアーリアにとって、気まぐれな精霊による魔法は、その威力の加減というものが未だに分からずにいた。実際、攻撃系の魔法など使ったこともない。使うなら魔術を使う。魔術の炎の方が自分で威力を制御できるので安全だからだ。


 口をポッカリ開けて見ていたアーリアは現実逃避から戻ると、うっかり足を止めていた虎の獣人の腕をペシペシ叩いた。

 虎の獣人もそれに気づいて、炎に炙られるドラゴンを放置して走り出した。逃げるなら今がチャンスだった。



 背後からガルグイユの追撃がない事にホッとしたアーリアは、アーリアの下に戻ってきた火の精霊に魔力を渡した。ティーカップ一杯分はアーリアにとってさほどの量もなく、一晩休めば回復できる程度でアーリアはホッ胸をなでおろした。もう魔力を使い果たすという馬鹿な行いは、出来る事ならしたくない。


「オイ。もうこの辺で大丈夫だろ?」


 ガルグイユからの脅威が去った後、虎の獣人はアーリアに声をかけると、アーリアを地面へとゆっくり降ろした。アーリアは虎の獣人の腕を掴んで転けないように地面を確認しながら足をついた。

 辺りを見渡すが周囲には草木しか無く、そこが何処の山の中なのかは分からなかった。あの湖からは大分距離をとってあるはずだが、距離感や現在地は全く分からない。


 虎の獣人は柔らかな草の上にどっしりと腰を下ろした。


「……。……正直、助かった。ありがとな」

『え……?』

「だから今日はこのまま見逃してやる。とっとと逃げろ。次に見つけたら、その時は捕まえてやるからな」


 言葉の意味に信じられないないモノを見たかのように、アーリアは虎の獣人の顔を見た。虎の獣人の顔は相変わらず獰猛だが、その柔らかな毛に包まれた三角の両耳がピクピクと動き、唇の横に生える長い髭も揺れ動いていた。その雰囲気からは初めて見た時のような恐怖を感じなかった。


「あっちの方に逃げろ。今日はこっちの方には行くなよ」


 爪を引っ込めた指で山の中を指差した。

 虎の獣人はそのまま手をプラプラ降ってアーリアを見送っている。どうやら本当に追って来る気は無いようだった。

 アーリアはそれを目線で確認すると、ペコリと頭を下げて虎の獣人の下から『逃げる』ことにしたのだった。


 今日だけは、敵の言う言葉を鵜呑みにしても多分大丈夫だろう。そう思いながら。




お読みくださりありがとうございます!

ブクマ登録等ありがとうございます!

お読みくださる皆さんが私の原動力です!


虎の獣人さんが単品で登場でした。

普通に接したら気のいいお兄さんかもしれませんね?

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