合同演習3
「いやいやいやいや、あんなんナシっしょ!?」
ギュンと急旋回すれば、目の前を光の矢が通り過ぎる。掠っただけで鋭い痛みが疾った。明らかに午前中に受けた攻撃とは威力が上がっている。
「はやっ!もう次がきた!?」
真下から複数の光の矢が飛んできたと思ったら、次は斜め後方からだ。
午前中に受けたミシェルの放った光の矢は、ノロノロと速度がなく、また途中で空中に溶けて消えるといったものだった。それが昼食を挟んで戻ってみれば、段違いの性能になっていた。
ど素人からそこそこ使えるレベルまで引き上げられた魔術に思わず「マジで!?」と叫んだ。
四方八方から放たれる魔術の波状攻撃。現状、真上と真横から飛んで来ないのが唯一の救いだ。
これがもし高位魔導士のーーアーリアによる魔術だったら……?そう考えただけで寒気が背を奔る。
下方に広がる訓練場には、今、ミシェル所属の第二小隊のみが展開している。
訓練場はアルカード近辺に幾つかあり、此処は大規模戦闘が行えるほどの広さがあった。
平時は砂地に短い草が生えたそこには、所々、土を掘った堀や土を盛った塀などが設けられ、騎士たちはそこに身を隠しつつ空中にある敵ーー黒竜を狙い攻撃を仕掛けていた。
「くそっ!こそこそとモグラみたいに隠れやがってッ」
こう距離を離れては、騎士たちが何処にいるか探すだけでも一苦労だ。いくらよく見える眼を持っていようとも、気配を消して隠れる騎士を探すのは容易ではない。
「ミシェルのみそっかすな魔術があんな威力になるなんて、反則じゃんかッ!ーーってか、誰だよこんな作戦考えたの!?」
誰だなどと叫んだが、考えなくともそれが『誰か』など分かる。
見た目から舐められがちだが、彼女がこのシスティナでも十指に入る魔導士である事は公然なのだから。
※※※
「ーーという訳で、ミシェルさんの魔術には魔力拡散が起きています。それはたんに魔力が弱いだけではありません」
セイが食堂で毒付いている中、演習場ではアーリアによる魔術講義が淡々と行われていた。
「ミシェルさん、貴方は魔術を構成する時、どのように集中力を高めていますか?」
「どうって、こう腕から指に向けて放つから、手に?手に魔力を集める感じに?かな??」
腕を伸ばして体内にある魔力を放出する真似をするミシェルに、アーリアは「改めて聞かれると困りますよね?」と苦笑した。
「魔術を使う機関があるのは此処ーー頭の中です。算術を解くがごとく、頭で魔術を構成します」
アーリアは人差し指で額の真ん中を示した。
「七大要素から種類を選び、威力、効力、効果時間、扱う魔力の量、効果範囲、あらゆる条件を設定し、魔術方陣へと落とし込んでいく。そして最後に《力ある言葉》によって確定させ、架空から現実へと魔術を発現させていく」
掌に魔術の基礎である《光ノ玉》を発現させたアーリアに、ミシェルをはじめ魔術講義を聞いていた騎士たちがゴクリと唾を飲んだ。ぽわりと生まれた《光ノ玉》が、自分の生み出すものとはまるで違う輝きを放っていたからだ。
こんな単純な魔術でさえ、この様に大きな差が出来てしまう。それが自分たちと、自分たちが主と仰ぐ魔女との差なのだと理解できた。
「結論から言えば、魔力を編む時に集中させるのは此処ーー額の中心当たりが良いです。掌だと魔力が分散しがちになりますから」
アーリアは手を伸ばすと、そっとミシェルの額に指先を触れた。ミシェルは驚き、そして一瞬で茹蛸の様に真っ赤になった。
「ミシェルさん集中して。最初は目を閉じても良い。魔術には想像力がとても大切なの」
「イッ、イメージっですか?」
「ええ。暗闇を明るく照らす光を、真円に輝く光を、温かく包み込む光を」
ミシェルは素直に目を閉じると「イメージ、イメージ」と呟く。すると、自然とアーリアの言葉が頭の中にするすると溶け込んでいった。
「集中して。属性は『光』。効果範囲は周囲2メートル。効果時間は1分。魔力の量はティースプーン1杯分……」
「集中、…… 属性は『光』。効果範囲は周囲2メートル。効果時間は1分。魔力の量はティースプーン1杯分……」
復唱しつつ魔術を編むミシェル。自然と魔力が高まりゆくのが、触れた指先からのも分かった。
「最後に《力ある言葉》を唱える。ここでやっと掌へと魔力を乗せる」
ーーさあ、手を開いて。
「「ー光よ、闇を照らし示せー《光ノ玉》」」
ーポウー
宝石のような美しさを放つ光の珠が、ミシェルの掌の上に出現した。そのあまりの美しさに、ミシェルはポカリと口を開けたまま固まってしまった。
「綺麗ね」
「……ハイ」
光の向こう、ニコリと笑うアーリアは、いつも遠くから見ている彼女よりずっと近く、美しく、まるで天使のようで……ポンっとミシェルの頭が弾けた。
「え!?ミシェルさん??どうしたの!?」
「だ、だだ、大丈夫っす!」
「真っ赤だよ?熱でもあるんじゃ……」
「ホントに大丈夫っすから!」
近づき手を伸ばしたアーリアに、ミシェルは顔を降り手を振って必死に訴える。
自分は大丈夫だ。病気などではない。ただ、目の前にいる魔女があまりに可愛くて、良い匂いにも気づいて、今更ドキドキしてきただけなのだ。だが、そんな事を面と向かって言える訳がない。
一方、心配のあまり敬語が吹き飛んだアーリアがミシェルに謝罪すると、「俺の方こそッ、その、気にせず楽に話してください。その方が俺としても気が休まるっていうか……」と周囲に視線を泳がせた。その言葉に「そう?」と首をコテンと、アーリアは二人のやり取りを見守っている周囲の騎士たちへと視線を向ける。騎士たちは皆一様ににこやかな表情だ。
「ご飯もまだですし、一度休憩します?」
一騎士でしかない自分にすら優しい声をかけてくれる。こんな可愛い人が自分たちの主だなんて、今更ながらめちゃくちゃ幸福なのでは……?ーーミシェルは興奮冷めやらぬ気持ちのままアーリアに向き直る。
「平気です!俺、元気だけが取り柄なんでっ!」
「そう?なら、講義を続けるけど……」
「ハイ!よろしくお願いしますっ!」
勢いよく頭を下げるミシェルに、アーリアも「わかったわ」と頷き、次にいよいよ攻撃魔術についての抗議となった。
「じゃあ次に攻撃魔術だけど、ミシェルたちが放っていた魔術《光ノ矢》、あれ、途中で空中霧散していたでしょう?あれは魔力が足りないんじゃなくて、集中力が低いから起きている現象なの。つまり、魔術に落とし込んだ時の構成が甘い訳だけど……」
そこで立ち話も長くなると配慮した侍従によって椅子が司令台のテラスに運ばれてきた。
「俺、魔力が弱いのだとばかり思ってました」
「『魔力の総量による術の発動』というのも考えられるけど、術が発動しているのなら魔力不足が原因じゃないわ」
そもそも魔力が足りなければ、いくら構成しても発動しない。発現した自体で魔術は半分成功している。
「《光ノ玉》はその場を照らせば良いだけだから、コントロールはあまり必要ない。けれど《光ノ矢》は狙いを定めないといけないよね?」
「ええ。まぁ、定めてもああちょこまかと動かれちゃ、当たりようがありませんが……」
「それも間違いだよ。当てようと思うから当たらないの」
「は?」
アーリアは侍従に頼んで白い紙を持って来させると、そこへさらさらと術式を書き込んでいく。
「属性、威力、効力、効果時間、扱う魔力の量、効果範囲に加えて相手の位置、相手までの距離……」
「あのぉアーリア様、相手の位置や距離ってどうやって測るんですか?」
「それは前頭葉ーー此処に『器官』と呼ばれる場所があって、そこが自動に計算してくれるよ。目測でも大体分かるけど、『器官』を使って測った方が正解だしね」
アーリアが再び自分の額へ指先を触れれば、話を聞いていたミシェルが「え?キカン?」と言って首を捻った。見れば、ミシェル以外も怪訝そうな顔で固まっている。
「ミシェルさんは習わなかった?」
「イエ、初耳です」
「真に『器官』を意識して使える者を魔法を導く者ーー魔導士と呼ぶ。私はそう教わりました」
「そー、なんですね」
どうやら、今、自分はとんでもない情報を受け取ったのではないだろうか。そもそも魔導士は、弟子でも生徒でもない者に己が身につけた技術を教えたりしない。それを惜しげもなく教えていくアーリアに、実はすごい場面に出会しているのではないかと、周囲の騎士たちは思い始めた。
「兎に角。構成力、そして集中力が弱いと目標まで到達しません。キチンと狙いを定めないと!」
「どのように定めれば良いんですか?」
「さっきの《光ノ玉》と同じ要領だよ。ーー額に意識を集中させて。初めは私がサポートします」
さあ立って。と促されたミシェルは言われるままに立ち上がり、アーリアの隣へと並ぶと、アーリアが徐にミシェルの手を取った。
「ッアーリアさま!?」
触られた所からひんやりと冷たい、それでいてじんわりとした温かさが伝わってくる。その小さくて、柔らかな感触に、ミシェルは狼狽まくった。
「ミシェルさんは前を向いたまま。そうだな、可哀想だけどあの鳥を目標にしようかな」
「ッ!あ、あれの黒い鳥っすね?魔鳥だから駆除対象になってて……」
「それなら遠慮いらないね」
動物保護団体からのクレームを言われる必要もなくなった。アーリアはホッと息つくと、「じゃあ、張り切って実技といきましょうか!」と改めて遠く空飛ぶ魔鳥へ向き直った。
「ではミシェルさん。早速ですが、《光ノ矢》を構築してみましょう。要領としては《光ノ玉》と同じく、光属性の魔術方陣を基礎に、威力、効力、効果時間、扱う魔力の量を定めて。効果範囲はこの場合、あの魔鳥を仕留める事を目的とした範囲ですね。そして相手の位置、相手までの距離を目測する」
「目測といっても、およそ100メートルって事ぐらいしか分からないっすけど……」
途中まで構成式を組んだミシェルは困ったように眉を下げる。
情け無い事だが、ミシェルは学園で基礎魔術を習ったきり、家庭教師をつけたり、独学で学んだりはしていない。学園での成績も然程良くはなかった。
特に遠くの、しかも動き回る動物や魔物を的に遠当てをするのは苦手で、殆ど当たった事がない。
目標は自由に動きまわる。目測で距離を測った所で動かれては当たり用がない。
「そこで使うのが『器官』。ミシェルさんは意識して使った事がないみたいだから少し難しいかも知れないけど、使っているうちに段々と慣れてくると思うから」
そう言うと、アーリアはミシェルの手を取り、その手を自分の額へと持っていく。
「ッッ!?」
「私の『器官』をミシェルさんの『器官』に投影させるね。ーー目を閉じて」
さらりとした髪の隙間、そこへ差し込まれた己の手を凝視していたミシェルだが、アーリアの言葉に『集中なんて出来るか!』とヤケクソ気味にギュッと閉じた。するとーー
「なッ!? これっ??」
「静かに。目を閉じて。集中して」
「あっ、はい!」
閉じた瞼の裏に映された図。
四方に碁盤の目。縦横に刻まれた数字。
その中を赤い点滅する点がウロウロと動いている。
チリ。と一瞬額が熱くなり、赤く動く点を繋ぐように手前から糸の様な線が結ばれていった。
「105.65?」
「『器官』が導き出した正確な距離だね。ほら、少しずつ数字が動いているでしょう?」
105.65、106.23、102.98……赤い点が動くとその度に数字は変動していく。
「目標とするモノと私たちが精神世界で繋がった。これでもう、あちらは私たちの攻撃から逃げられない」
「まっ、マジっすか! これっ、マジで!?」
「さて、じゃあ術式を完成させよう」
驚くミシェルを置いて、アーリアは淡々と指示を出していく。
「光属性の魔術方陣を基礎に、威力と効力、効果時間を記載。扱う魔力の量を定めたら効果範囲を設定する。そして目標を目測し捉えたら、あとは《力ある言葉》を魔力に乗せるだけ。ーーさあ唱えて」
導かれるままにミシェルは魔術を構成し、そして魔力を声に乗せた。
「《光ノ矢》!」
腕を弓矢を放つかのように動かし、指を矢尻から離す。
ービシュン!ー
ミシェルの構築した魔術方陣から光り輝く矢が勢い良く放たれた。鋭い音を立て、風を切って突き進む。真っ直ぐと。目標まで一直線に。
ードシュッ!ー
遠目にもソレに魔術が命中したのが分かり、ミシェルは心が沸き立つのを覚えた。
同時に、それまで成り行きを黙って見ていた他の騎士たちも、わっと声に出し沸き立った。
「すげぇ……俺、こんなん初めてだ……」
「あれは純粋にミシェルさんだけの力ですよ」
「マジで?」
殆ど崩れていた敬語が綺麗さっぱり消え去ったミシェルは、自分が放った魔術を見たまま放心した。
アーリアはそっとミシェルから手を離す。
一度その感覚を覚えれば、もうサポートは必要ない。後は何度か自分一人で試し、己のものにするまで練習するのみだ。
「後は練習あるのみです、ミシェルさん。セイをギャフンと言わせてやりましょう!」
「はいっ!」
拳を握り良い笑顔で頷くミシェルに、アーリアもニッコリ笑って応えた。
「えっと、皆さんも、もしコツとか知りたい方がいらっしゃれば、お教えしますが……」
ーー私なんかで良ければ。
そう謙遜しつつアーリアが問えば、第二小隊の騎士たちは一瞬シンと寝り返り、喉を鳴らし、周りの出方を見つつ牽制し合っていると……
「まずは、私にお教え願えますか?」
最初に手を挙げたのは、第二小隊員ではなく、彼らの指揮者たるアーネスト副団長であった。
「アーネスト様に?ええ、構いませんが……」
「私も魔導に関しては素人同然です。ぜひ、アーリア様の教えを請いたく思います」
『東の塔の騎士団』の副団長という立場にあるアーネストだが、剣や槍、弓といった武器ならば一流である自負があるものの、魔術に関しては普通の域を出ない。
騎士団としても、騎馬での近接戦闘を主な訓練とする傾向にあり、魔術を使った戦闘に関してこれまでそれ程重きを置いてこなかった。
「先程のお話、とても感銘を受けました。私にお教え頂ければ、後は、私からあの騎士たちに教えましょう」
チラリ。アーネスト副団長が未だ牽制を続ける騎士たちに視線を向ければ、「そりゃないっすよ!」「ずりぃ!」「汚いですよ!副団長」と野次が飛ぶ。
すると副団長は目線を細くし、「貴方達全員に対応して頂くのは、いくらなんでも手間です。そこまで言うなら、勝ち抜き戦でもなんでもして、上位3名までにしましょうか?」と剣を抜いて問い直した。
副団長の言葉も確かだと思った騎士たち。第二小隊長が「よぉし!アチラで残り3人になるまで勝ち抜き戦を行う!アーリア様の教えを乞いたいものだけ集まれ!」と声を掛ければ、ミシェル以外の全員がぞろぞろと小隊長の後について歩いて行った。
「それにしても、キカンですか。それはアーリア様をご指導なさった魔導士様から得られた知識ですか?」
静かになった指揮台のあるテラスにて、アーリアと向き直ったアーネスト副団長は、教えを乞う為とちゃっかりアーリアの手を取りつつ微笑む。
「幼い頃よりお師様に魔術を教わってきたので……」
やはり。とアーネスト副団長はアーリアの師匠であり保護者でもある、漆黒の髪を持つ魔導士を脳裏に浮かべた。
「使うならば、その威力がどの様なもなのか確かめる必要がありますし、私もよく、竜の谷に放り込まれました」
「成る程、竜の谷へ……」
そこまで聞いて、アーネストは「は?」と片手をズレてもいない眼鏡の蔓に手を伸ばした。
「あそこなら誰の邪魔にもならないし、攻撃魔術は打ち放題。ついでに赤竜を討伐できるし、素材も取り放題じゃないですか。冒険者組合に行けば報酬も出ますし、一石二鳥どころか三鳥四鳥にもなるって、お師さまはニコニコしてましたよ?」
ね?とアーリアはずっと背後で佇んでいたリュゼに微笑む。
すると、この場でアーリアの次にアーリアの師匠の性質を知るリュゼは、「ははは、僕も一度連れられて行きましたよ」と苦笑いで答えるではないか。
「理論を立てたらまず実戦、沢山練習してモノにしないと!」
どこのスパルタドラマだろうか。まるで脳筋騎士の言い分のようだ。我が騎士団の訓練より厳しいと思うのは、自分だけだろうか。ーーアーネスト副団長は目の前に佇む脳筋とは無縁の魔女の麗しい微笑みに、『天使か。それとも悪魔か』と悩みつつも、最後には「素晴らしい考えだと思います」と綺麗に納めた。
「じゃあ、早速始めましょうか?アーネストさま」
「よろしくお願いします」
ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます。励みになります!
『合同演習3』をお送りしました。
アーリアはミシェルに教えた『器官』は、正式名称ではありません。仮称です。魔導士ではなく弟子でもないミシェルには、それを教える権利はないからです。
次話『合同演習4』も是非ご覧ください!




