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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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合同演習2

「へへっチョロいチョロい。ミシェルのやつ、簡単に煽られてやがる」


 ニヤついた笑みを隠しませずそう毒付くのは、亜人から人身へと変じたセイだ。

 セイは昼食休憩に入るや変化を解き、足早に食堂へと向かい歩いていた。ドラの音を聞いてその足で騎士寮へ急いで来たので、まだ人影はまばら。これなら席の心配をしなくて良いだろう。

 食堂前に書かれた日替わりランチの黒板を見て、即座に決める。やっぱりここは肉でしょ!


「ーーあ、ランさん、Aランチでお願い!」

「おう。って、お前一人か?」


 調理師の黒髪に白い調理服姿のランバーグが厨房から出てきて対応した。

 彼、ランバーグ・フィア・グラスバースは伯爵家の次男に生を受けながら料理の世界に魅了され、料理人となった変わり者である。


「まあねー。俺を倒すんだって、昼食も後回しにして作戦会議中。笑えるよねぇ〜」

「笑っていいのか、それ?」


 ランバーグはミケールの元同僚で、彼らがライザタニアの工作員であり、亜人でもあると知って尚、顔色一つ変えなかった猛者でもある。本人曰く、「生きてりゃ色々あるだろう」だそうで、そんな事よりも「味覚は人間と同じなのか?苦手な物があれば言えよ!」と、如何にも調理師らしい台詞を放った。


「ランさんだって知ってるっしょ?俺の正体。なのに彼ら、本気で俺に勝とうとしてんだもん。笑うしかないって!」


 アハハと笑うセイは拍子に鳴った腹に手を当てた。


「とか言って、アーリア様ならお前に勝てちまうんじゃねえの?」


 カウンターに頬杖つくランバーグは、騎士ではないものの、一応貴族の子息として剣の心得と魔術の基礎知識を待ち合わせており、アーリアの魔術が掛け値なしに凄いものだと解っていた。


「そーだなぁ、魔術勝負なら負けるね。でも単純な戦闘なら、間合いにさえ入れば買つ自信あるよ」

「魔導士は後衛。魔術の発動に時間がかかるからな。その隙をつくのは前衛としては当然だな」

「そ。それに彼女、魔術の腕はヤバイけど、体術はからっきしだからね。単純な力勝負じゃ、子どもにも劣るんじゃない?」

「当たり前だろうが。そもそも女が男に力で勝てるはずないんだから」


 苦笑しつつ指摘するランバーグだが、セイは「そっか。普通はそうだよな」と訳の分からぬ頷き方をしている。

 祖国ライザタニアには妖精の血を受け継ぐ者が多くおり、そんな者たちは総じて頑丈で長生きだ。中には岩を持ち上げるどころか岩をも砕く怪力の持ち主もおり、工作員の中にも己より強い女性もいるので、なかなか守らねばならない存在とは思えないのだ。

 そんな事情など知らぬランバーグからすれば、「普通ってなんだ?」と首を傾げる事態となった。


「まあ何でも良いがな、言動には気をつけろよ?中にはお前たちをよく思わない者もいるだろう」

「珍しい!ランさんが助言なんて」

「世の中、異端者には寛容ではないんだよ。それはこのシスティナでも言える事だ」


 システィナは男女差別が他国よりは少なく、また同性婚にも寛容で、職業の自由もある程度確保されている。それでも、貴族は政略結婚が当たり前で、料理や洗濯は平民の仕事だとする考えも根強く残っている。

 ランバーグも料理人を目指すに当たって、これまで幾度となく壁にぶつかってきた。それは全て、『こうあるべき』という他人の作った勝手なルールであった。


「お前らが何も好き好んでアルカードに侵攻したなんざ、誰も思っちゃいねえ。俺らが命じられりゃ戦争に身を投じるのと同じだ。だからお前らがこうして此処にいても、誰も何も言わねえだろ?だからって何も思っちゃいねえって事はねえ。少なからず色々溜め込んではいるんだ。それはお前にだって分かんだろ?」


 騎士が、兵士が、軍隊がーー命じられれば戦争に身を投じるのは当然で、それに異を唱える事はない。

 国の為に必要と思ったからこそ、国王は政治的選択肢の中から戦争を選んだに過ぎず、だからこそその戦争は悪ではなく正義の行いとなる。

 国益の為の戦争とはつまり、国民の健やかな生活の為にに必要なものなのだ。そして、国に属する騎士兵士たちは、戦争を国益の為と割り切る必要がある。

 だからこそ、争いの最中で対峙した相手を恨んだりはしない。少なくともこの『東の塔の騎士団』には、セイたちライザタニアの工作員を恨む筋違い者はいないと言えた。


「だがそれは、アーリア様がご無事だったからってのが大きいんだ」

「分かってるよ。俺らがこうして能天気な生活が送れてるのは、みんな彼女のお陰だって事はさ。こう見えて感謝しているんだよ、彼女には」

「見えねえって!いいか、感謝してるなら迷惑をかけるな!」


 アルカードに戻って来てからのセイは、どう見ても以前よりハメを外している。何かどうしようもない重圧から解放された時の様に。

 工作員として潜入している時の緊張感がなくなり、しかも、今回の任務が比較的平和なものな為に気を抜いているのは、本人にも分かってはいた。そして、この様に呑気に過ごせているのは、全てアーリアのお陰だという事も。

 ライザタニアの被害に遭ったアーリア自身がセイたちを責めない。それどころか以前同様の態度を取る。それがどれだけ騎士たちの動揺を誘い、アーリアへの尊敬の念を集めたか、本人だけが知らない。


「いいかセイ。今度こそアーリア様を裏切るなよ!」


 厨房から上がってきた料理をトレイに並べながら、ランバーグはセイを睨む。


「お前たちがどんな命令で此処にいるかは知らん。だが、アーリア様を狙ってのものでないのは分かる。今はそれで十分だ。任務中、アーリア様をさりげなくお守りするくらい、お前たちには簡単な事だろう?」


 ランバーグの言葉を聞く毎にセイの顔から笑みが消えていく。「げぇ!ランさんまでお小言?」と顔を逸らし小さく舌を出す。


「お前なら出来ると思うから言っているんだ。いいか、このシスティナも一枚岩ではない。あの方を狙う勢力は彼方此方に……」

「あーハイハイ、分かりましたよっ!守りゃ良いんだろ、守りゃ!」


 放っておけばまだまだ続きそうな小言に、セイは耳を塞いで遮った。遠目でボソボソ陰口を叩かれるのもムカつくが、こうして面と向かって話してくるのも面倒だ。


「お前になら、俺たちには出来ない守り方ができる筈だ」

「へーいへい。これ俺のだよね?持ってくよ」

「兎に角頼んだぞ、セイ」

「へーい」


 セイは片手でトレイを持ち、もう片手の指で耳を掻きながら適当な返事を背で返した。


「ったく。ここの人たちって過保護が過ぎるんだよなぁ!」


 陽の光のよく入る窓際を選んで座ったセイは、誰に聞かせる訳でもなく呟く。

 それもこれも、自分たちライザタニアの工作員が彼らの大切な主を傷つけ攫った事が原因なので、本来セイには言う権利がない。だが、それでもこの守り方は異常に見えた。


「アーリアちゃんも可哀想に。腫れ物に触るようにってのが、一番精神(ココ)にくんのにさ」


 今度こそ守りたい。けれど、一度失敗した自分たちにその権利はあるのか。ーーそんな心がセイには透けて見えるのだ。


「それをどうにかするのは俺の仕事じゃあないな」


 アーリアと騎士たちとの関係の修復。

 そんな大それた仕事を、隣国の軍人である自分が担える訳がない。


「俺が出来るのは……この国の奴らにーーここの騎士たちに身の程ってやつを知らしめてやるだけだ」


 脳内に浮かぶのは、真っ赤な表情(かお)をして叫ぶ若い騎士。地上から空に向かい光魔術を乱射していた騎士の攻撃は、自分にかすり傷一つつけられなかった。

 あんなへっぽこな攻撃、いくら作戦を立てたところで脅威になるとは思えない。


「さぁて、午後が楽しみだなぁ!」


 勢いのままフォークで赤い果実を刺せば、ぷしっと中なら水分が飛び出した。


 ーーまさかこの午後、自分が追い詰められるとも知らず、セイは優雅な昼食を楽しんだ。



 ※※※



「いやいやいやいや、あんなんナシっしょ!?」




ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!


『合同演習2』をお送りしました。

ランバーグに注意を受けていたセイですが、『東の塔の騎士団』内には、交換留学として来たライザタニア軍人をよく思わない者も当然います。五百余名もいれば、割り切れない人の一人や二人いるもので、あからさまな態度までは出さないものの、胸に燻る感情を持つのは仕方ない事だとセイも理解しています。


次話『合同演習3』も是非ご覧ください!



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