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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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合同演習1

 眼下に広がる騎馬の群れ。鞍に跨る男たちは皆甲冑を纏い、武器を奮っている。土煙が舞い、その中を魔術方陣から出る光が軌跡が飛び出してくる。

 馬の嘶き、男たちの雄叫び、鈍い金属音、土を削る雑音、様々な音が混じり合い低い唸り声のように耳に届く。


「暑苦しい光景だねぇ」

「リュゼ、そんなコト言っちゃ悪いでしょう?」

「いやだってさ、アーリアもそう思わない?」


 眼下に視線を投げたリュゼに、アーリアは同じく眼下を眺めながら言葉に詰まった。確かに思わなくもない。

 戦時を想定した紅白戦は白熱を極めている。

 そもそも、この東の国境街アルカードは軍事都市。いつ何時戦争となっても対応できる戦力と兵力を維持する為、常時このような訓練が行われている。いくらライザタニアとの戦争が停戦したからと、すぐに終わりにする訳にはいかない。

 戦争が終わったとしても、いつ侵略行為が再会されるかも知れない。国家間の戦争だけではない。部族間の抗争もある。魔物による大規模な被害も。その為の武力組織が騎士団であり、軍隊なのだ。


 そして今、このアルカードにはライザタニア軍隊から交換留学として来訪した軍人たちがいる。ライザタニア軍人でありながら主に工作活動に従事した工作員たちだ。

 彼らとの戦いはいくら戦いに慣れた騎士といえど、容易に制圧できる筈もない。何故なら彼らは、妖精族の血を受けた亜人たちなのだから。


 ーギャィアアアアアッ!!ー


 上空を黒い影が横切っていく。同時に突風が真上から叩きつけられる。

 白い髪が舞い上がり、アーリアはあまりの砂埃に目を閉じ、髪を押さえた。

 見上げればそこには翼を大きく広げた巨大な翼竜が、黒光りする鱗を太陽の光に反射させていた。


「めちゃくちゃ生き生きしてるよね?」

「ありゃもう人間辞めてんじゃない?」


 ーーセイ。


 2人が呆れ顔で呟いた名は、一人のライザタニア軍人のもの。言動が軽く、おちゃらけ者で、無類の女好き。人間の姿を知る者からすれば、あの姿と強さは納得のいかないものだろう。


「ああ見えて、ものすごく長生きだしね」

「あー見えて、亜人部隊じゃ精鋭みたいだしさ」


 自己申告では、百歳を悠に超えていた。

 それだけの年月を亜人として生き、軍人として鍛えてきたのなら、普通の人間に敵う筈はない。

 実際、現状では彼一人が騎士の一部隊を翻弄していた。演習場では「こらぁぁセイぃぃぃ卑怯者ぉぉぉ降りてこぉぉいぃぃぃっ!!」と馬上から叫んでいる青髪の若手騎士がいるが、その気持ちは分からなくもない。


「あ。ミシェルがキレた」

「アハハ」

「セイのやつ、調子に乗りすぎだ!」

「まーまーナイル」


 アーリアの背後に立つ直立不動の真面目騎士もキレた。


 高台に作られた司令塔。その司令台の手摺から身を乗り出すように演習を見学していたアーリアは、同じくアーリアの専属護衛騎士として付き従い見学していたリュゼと苦笑いのまま顔を見合わせた。


「やはり現状、あの巨体を相手取るには魔術が必須となるようですね」

「アーネストさま、お疲れ様です」


 司令塔の中から涼しい顔をした副団長が現れた。

 先程まで眼下の騎士たちに混じっていたとは思えない。


「確か、魔術を扱える騎士もいましたよね?」

「ええ。ですが、ある程度扱えようと本職には及びません」

「魔導部隊というのは王都にしかないのですか?」

「魔導士は基本群れませんので、魔導部隊となり戦おうと思う者が少ないのです」

「その気持ちは分かります」


 アーリアも戦いなどという非生産的な活動に魅力は感じない。できるなら、誰にも邪魔されず魔術の研究に勤しみたい。そして魔術を転用させた魔宝具を作っている時間が何よりも楽しい時間だ。


「中には、攻撃魔術を試してみたい!使いたい!という理由で冒険者になる魔術士や魔導士もいるそうですけど、食い繋ぐ為でなければ稀だと思います」


 食い繋ぐ為だけなら、どこかのお屋敷の子飼いになる方がまだ建設的だ。給料も寝床も与えられるのだから。そう思うアーリアは、根っからの引きこもりだ。


「まぁそう言った理由で、このアルカードには魔導部隊はありません。あのように、魔術の使える騎士はおりますが」


 アーネストの指し示す方向、先程長剣片手に空に叫んでいた若手騎士ミシェルが、今度は空に向けて攻撃魔術を放っているが、全くといって良い程、黒竜にはヒットしていない。擦り傷も一つもついていないに違いない。


「んー、狙いが甘いのかな?それとも魔力出力が足りない?」


 手を目の上に添え、柵から身を乗り出すようにして見ていると、背後からアーリアの腰へ腕が回された。


「おっとアーリア、危ないよ」

「っ、リュゼっ!」


 後ろから覗き込んでくる優しげな琥珀の瞳にどきりとしつつ、アーリアが「ありがとう」と素直に感謝を告げると、リュゼは「ん」と生返事のまま視線を遠くする。アーリアの腰に手を回したまま。


「どれどれ?あー、あれじゃあ、無駄撃ちも良いとこだねぇ?」

「っ、リュゼもそう思う?」

「あれだけの巨体だから数打ちゃ当たりそうだけど、ああ見えてセイはすばしっこいから。それにアレ、弾いちゃってるよね?」


 ミシェルの攻撃は、厳密に言えば全て外れている訳ではない。十発に一発二発は当たっている。

 だが、そのどれもが硬質な鱗に阻まれている。また鱗に届くまでに弾かれているものもあった。


「きっと、芳醇な魔力で身体を覆っているのね。ああ見えて、妖精の中でも力のある黒竜だから」


 褒めているのか貶しているのか、二人のあまりの言い草にアーネストはクスリと笑う。


「彼に本気を出されたらひとたまりもありません。そう考えれば、まだ手加減されている方かと。ナメられているようで良い気はしませんがね」


 苦い顔をして黒竜(セイ)を見るアーネストの最後の言葉は、心底本音なのだろう。

 『塔の騎士団』員であったセイは、新人でありながら実力のある騎士として見ていたが、まさか隣国ライザタニアの軍人で、しかも亜人部隊の工作員であったなど、誰が想像できただろう。

 どうりでという思い半分、だからかという思い半分で、今では可愛さ余って憎さ百倍だ。

 アーネスト自身、アーリアが工作員たちに連れ攫われた時に対峙し、亜人の強さと厄介さを身をもって確かめている。正直、その時受けた腹の傷は、傷が完治した後も苦味と共に疼く時がある。雪辱は、未だ晴らされていない。


「あ!じゃあ、ちょっと当たるように工夫しましょうか?」


 アーリアが空の黒竜を指差し尋ねれば、アーネストは「アーリア様が参戦なさるという事でしょうか?」と怪訝そうに眉を顰めた。

 アーネストとしては、アーリアの参戦は望むべきものではない。あくまでも騎士団の課題として、亜人の対処方を学びたいからだ。


「いえ、訓練の邪魔をするつもりはなくて!魔導士としてほんの少しアドバイスできるんじゃないかって思っただけで……」


 お邪魔虫になる気はないと慌てて手を振れば、アーネスト副団長は「邪魔などとは思っていませんよ」と前置きした上で、「ですが……」と少し悪い顔をしながら笑いかけた。


「確かに魔導士としてのアドバイスというのには、魅力を感じますね」

「ご許可くださるなら、セイの鼻をあかす事ができると思うのです」

「成る程。それは大変魅力的な提案です」

「でしょう?では早速、ミシェル呼んでもらえますか?」


 にこりとアーリアが微笑めば、アーネスト副団長も眼鏡を鼻上へ押し上げつつ微笑う。

 そのまま2人はあはは、うふふと見つめ合う事二十秒。アーネスト副団長は「第二小隊を呼べ」と副官に命じ、ミシェルの所属する小隊を緊急召集させた。



 ※※※


「へへっチョロいチョロい。ミシェルのやつ、簡単に煽られてやがる」




今年もよろしくお願いします!

ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます。


『合同演習1』をお送りしました。

公に亜人対策ができる訓練として、交換留学に訪れた軍人たちはアルカードで重宝されています。ただ、その相手が先頃まで同騎士団の騎士であったお調子者のセイである為、何となく腑に堕ちず有り難く思えない現状であったりもします。


次話、『合同演習2』も是非ご覧ください。

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