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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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囚われないでね?

 システィナ極東アルカード、その商業地区からやや北の臣民街へ上がった場所に一軒のとある商店が出来上がろうとしていた。着工からは僅か一月足らず。異例のスピードである。

 作業している大工たちに「お疲れ様です」と声をかけると、アーリアは感嘆の声をあげながら忙しなく外周を歩き回った。内装こそまだなものの外壁はほぼ組まれ、外側から見れば立派に店に見えた。


「わぁ!もうこんなに進んだんだ」

「外装はほぼ出来上がっています。今週末には内装にも取り掛かり、早くて来月には引き渡せるかと……」

「そんなに早く!?皆無理してない?大丈夫?」

「ご心配なく、ご注文通りバッチリ仕上げてみせますので!」


 イイ笑顔で言い切るのはリンク父バイセン。その背後では大工がこれまたイイ笑顔で親指を立て、白い歯を見せている。

 望んだ回答とは微妙にズレた言葉をもらったアーリアだが、バイセンらに笑顔と気迫で押され、無理がないのならと曖昧な笑顔で頷く。


「それにしても、本当につくっちゃうとはねぇ〜」


 リュゼは出来上がりつつある建物を前にハァと息を吐く。溜息には呆れと驚きとが内包している。ナイルもリュゼの言葉には同意とばかりに顎を下げている。


 青煉瓦に白い漆喰の壁、大きな出窓、三角屋根。どこぞのカントリー風の造りはアーリアの好みど真ん中で、一見すると喫茶店にも菓子店にも見える。若い女子が好みそうな造りで、間違っても魔宝具専門店には見えない。

 正解には魔宝具を中心に取り扱う装飾店で、国内外の宝飾品の他にも、珍しい雑貨も並べられる。その片隅にアーリア手製の魔宝具にはじまり、他の職人の手による魔宝具も置かれる予定である。

 店は来月中頃にオープン予定。店舗経営者(オーナー)はアーリアで、店員はバイセンとリンクの親子プラスα。ライザタニアで偽証した経緯からナイルが店長、リュゼが副店長だが、彼らが店に立つ事はほぼない。


 ライザタニアから帰国したリンクたち親子はそのまま塔の騎士団に囲われる事になった。当然といえば当然の措置であり、そしてこれはリンクたち親子に対する保護でもあった。

 『東の塔の魔女』の秘密を知り、外には漏らせぬ内情を知る一般人として、騎士団は彼らをタダで野に返す事ができなくなった。二人にとっては理不尽極まりない事情だが、その旨を本人たちは納得の上であり、文句などないと断言した。


「いやぁ、まさかこの様な店で店員として働く事になるとは、思ってもおりませんでした!」

「……俺も」


 バイセンの後ろからリンクが現れた。リンクはどこか諦めたような表情(かお)をしている。単に連日の慣れない仕事に疲れているのもあるが、大半は『何でこんな事に!?』という気持ちでいっぱいで、つい数ヶ月前には思いも寄らなかった展開である。


「リンクもお疲れ様!えっと、それは?」

「サンプル。親方が今日中に決めて欲しいって」


 リンクの手には壁紙のサンプルが握られている。内装業者に今日中に店内全ての壁紙を決めてくるように催促されてきたのだ。

 リンクはアーリアに歩み寄るなり、「こん中から選んでくれる?」と短冊型になったサンプルを広げた。


「表向きバイセンには店長代理をしてもらう。拒否は認めない。これは決定事項だ」

「ナイル殿、勿論承知しております。ナイル殿とリュゼ殿には本来の仕事がございます。況して、アーリア様を表に立たせる訳には参りませんからね」


 ナイルの言葉は高圧的且つ強制力があったが、バイセンはそれに意を返す事はなく、心得たとばかりに頷くばかり。

 バイセンはアーリアを生命の恩人と思っており、恩人の役に立つならどんな無茶でも受け入れるつもりだった。それが例え慣れぬ仕事であっても、期待に応えるのが、恩を受けた者として当然の行為。断るなどあり得ない。


「よろしくお願いします、バイセンさん」

「こちらこそ、微力ながら精一杯取り組ませてもらいます」


 楽天的とも思える返事の裏には事情がある。

 ライザタニアではリュゼたちに行商を任せきりだったとはいえ、ノウハウは教わっている。加えて、騎士団からは手厚いサポートがつくので、バイセンはそれ程心配してはいなかった。

 

「まさか私の店を持てるなんてね、本当に便乗しちゃって良かったのかなぁ?」


 アーリア自身、まさか自分プロデュースの店が持てるなど夢にも思っていなかったので、正に青天の霹靂といった気分だ。どうしてこうなったのだろう。

 というのもこの店、発案者は『東の塔の騎士団』副団長であるアーネスト。アーネスト副団長は帰国以前より移民親子の扱いについて考えていたようで、アーリアが仕事復帰した時には既に話は纏まっていた。


「良いんじゃないの、騎士団の利益にもなる事だし。出資してくれるって言うんなら甘えちゃってもさ。とは言え、タダより怖いものはないって言うしねぇ〜」

「どっちなのリュゼ?」


 軽い調子のリュゼにアーリアは眉を寄せる。もう少し真剣に考えて欲しいものである。


「だってさ、嫌になったら畳めばイイじゃん?それか、ばっくれるとか」

「それはさすがに無責任でしょ?」

「そーかなぁー??」


 行商人に身を窶し、工作員としてライザタニアを旅していたリュゼたちだが、思った以上に商売の才能があったようで、意図せずかなりの金銭を稼いできた。その時に取引した品や人との繋がりを切らさぬようにと、システィナで店を構える事となった。つまり工作活動の延長である。

 ただ、リュゼとナイルには護衛騎士としての仕事があるので、基本はリンクとバイゼンの親子に任せる事になってしまった。

 経緯としては理解できるが、リュゼとしては意図せぬ副産物でしかないので、店が上手くいこうがいくまいが、対して興味がない。

 けれど見ての通り、アーリアの熱量はリュゼとは全く違う。


「自分印の製品を置いて欲しいとは言ったけど、売れるかどうかも分からないものにアーネスト様はよく許可をくださったよね、リスキーじゃない?」

「それは心配ないよ。アーリアのつくった魔宝具ならきっと飛ぶように売れるから!」

「まさか!……え、ほんと?」

「ハハっ、大量発注間違いなしさ!」

「なんでそんなに自信満々なの?」

「何でって、そりゃアーリア印の魔宝具だよ?放っておいても信奉者(騎士)らが買いにくるって。むしろ入れ食いじゃないかな?」


 アーリアを『塔の魔女』と見ている者が多い中、アーネスト副団長をはじめ、未だ少数ではあるものの、アーリアに魔宝具職人という一面がある事を認識する者が出始めている。

 当初から隠す事なく『魔導士であると同時に魔宝具職人だ』と名乗っているだけに、アーリアとしては面白くはないが、代表作を持たない身では仕方のないこと。いつか世に認められる物を! と息巻いてはいるものの、まだまだ他の模造品の類を出ない。だからこそ精進が必要で、自分の店など持てる身ではないと思ってきた。


「身近な所に偉大なる魔導士にして魔宝具職人がいるってのは、大変だあねぇ?」


 思っていた事を当てられたアーリアは、ギクリと肩を竦める。

 師匠(あの人)の事は尊敬していて、誰よりも偉大だと思ってはいても、同じ魔宝具職人としては遥か上空にある彼の人に引け目がないわけではない。


「私だっていつかはっ……!」


 師匠を超える魔宝具職人に。ーーと言おうとして、自分の言葉が強がりにしか思えず言葉を詰まらせた。

 目指すべき『人々を幸せにする魔宝具』とは、一体、どの様な物を指すのだろう。何をもって『幸せ』というのだろう。

 危険から遠ざける物、身を守る物、日常生活を楽にする物、総じて役立つ物。

 今現在、家事全般に役立つ道具を中心に出回ってきてはいるが、果たして自分が作りたい魔宝具とは何を指すのだろうか。

 悩まずに来れたこれまでが不思議なほど、アーリアはここにきてスランプに似た停滞期に突入していた。

 作りたい魔宝具のアイデアこそあるものの、自分はそれで『何を』したいのか。『何が』成し遂げられるのか。


「悩んでたって仕方ないよ。そもそも比べたらダメなヒトだからね、君のお師匠サマって」


 悩みの渦に没入し始めたアーリアの背に、トンと大きな手が置かれた。手の温もりが背中からじんわりと広がっていく。


「そうだね。だって、お師さまだもの」

「そうだよ。アーリアはアーリアだけに作れる物で勝負しなよ、ね?」


 リュゼの言葉と笑顔に、アーリアはホッと詰めていた息を解放した。どうやら、また悪いクセが出ていたようだ。


 リュゼはアーリアの表情が和らぐのを待って、アーリアの背を押し、工事現場から離れていく。

 『塔の魔女』たるアーリアの仕事は当然塔の管理であるが、いかんせんアーリアが他の魔女と比較しても規格外である為に、さほどの仕事はない。代わりに淑女のマナーや貴族の基礎知識などの授業が詰め込まれている有様で、基本午前中は授業に費やし、午後は塔の管理に時間を充てていた。ちなみに、今日の分の仕事は終わっている。


 ナイルは少しリンク親子に話があると残り、アーリアはリュゼに背を押され、商業地区を北から南へ下る様にぷらぷらと歩いていく。

 ライザタニアから帰国して二月弱。アルカードはアルカードという街が以前よりほんの少し大人しくみえた。活気は以前と同じようにあるが、どこか余所余所しい。祭り好きの領主発案によるイベントが行われていない事が原因かと思われたが、どうやらそれだけではないらしい。


「やっぱり、あの騒動からこんな感じなの?」

「んー、だねぇ、もともとココは他国との玄関口、ライザタニアが一番先に攻める侵略地だ。それを思い出したんじゃないかな」


 どれだけ平穏な日々が続こうとも恒久平和など有り得ない。人が二人以上集まれば、大なり小なり争いというのは自然と起こるもの。少なくとも、何も起こらないと筈はない。

 恒久平和などないと分かりつつも、アルカード市民は2年余り続いた仮初の平和に慣れつつあった。強固な《結界》を得て、守られて、きっともう戦争など起こらぬだろうとまで思っていたのだ。ーーしかし、それは勝手な思い込みだった。

 再びアルカードは襲われ、忽ち平和な日常は壊れてしまった。いくら騒乱が収まったとはいえ、その時に感じた不安や疑念は、すぐには拭い取れないものだ。


「わぁ綺麗!」

「へえ、結婚式か」


 アーリアたちは領主館など各公共施設のある南区に向かって歩いていく。

 その途中、中央区にはどの階層の人も利用できる店や施設神殿が集まっていた。

 神殿に差し掛かった時、そこに集まる人々と、その中心にいる二人の男女に、アーリアは目を奪われた。

 花びらが舞い天から降り注ぐ。純白のドレスを纏う淑女と、同じく純白のタキシードを着た紳士。二人はその周囲にいる十数人からの祝福を受けていた。

 花嫁の純白のベールに花婿の手がかかる。薄く透けるベールが持ち上げられ、花嫁の顔を人々に晒す。紅をひいた唇が白い肌によく映えている。花婿と眼が合うと、花嫁の頬がぽぉっと薔薇色に染まる。自然と二人は見つめ合い、そしてどちらからとなく唇が重なった。

 幸せを体現する二人の様子に、自然とアーリアの瞳が優しくなる。なんて美しい光景だろう。

 立ち止まったアーリアの横顔に、リュゼは一度開いた口を閉じ、再び開いた。


「アーリアってさ、今18だったっけ?」

「え、まさかリュゼまで疑ってるの?」


 アーリアは目線を花嫁花婿に向けたまま眉を寄せた。


「そーゆーワケじゃないんだけどさ。んじゃ、誕生月は?」

「兎の月、という事になってる」

「……という事になってる?」

「自分の誕生日なのに知らないなんて、やっぱり可笑しいよね?」


 そもそも魔導士バルドにより人工的に作られたアーリアたち人造人間に、誕生日という概念はない。精々、製造年月日があるだけだ。当然、師匠に拾われるまでアーリアたちは誕生日を誰かに祝って貰う事などなかった。


「お師さまから光を貰った日を、私の誕生日にしたの」


 微笑むアーリア。誕生日という概念がなくとも、その日が特別だという事は理解できる。アーリアには師匠の存在が全てで、その存在以上に重要なものはない。

 師匠に出会い拾われたのは奇跡。しかし、それ以上に師匠から光を貰った日はもっと奇跡で特別だった。


「お師さまに引き取られたとき見た目年齢4、5歳くらいだったらしいの。だから推定年齢って事になるのかな?ああでも、お師さまが役所に出した書類にはそう記したそうだから、世間的には18だよ」

「まさかの年齢詐称っ!?」

「人聞きの悪い。歳が1、2歳違ったって何の不都合もないよね、些細な事だよ」

「人によっちゃデリケートな問題だと思うよ~」


 システィナにおける成人年齢は児童婚を避ける上で設けられたものだ。それは現代でも推奨されており、婚姻年齢も成人以上が望ましいとされている。

 男女の交際における年齢制限はないが、成人未満には所謂「清いお付き合いを」という暗黙のルールがある。破った所で法的な罰則はないが、向けられる世間の目は非常に冷たいものになるだろう。当然、ルール違反を犯した者を相手の親は快く思わない。

 しかしそれは貴族社会に限った話で、平民社会では恋愛結婚が主流の為に、結婚年齢が成人年齢を上下する事はままある。


「うーん。お師匠サン、親バカだからなぁ……」


 養女であるアーリアを目に入れても痛くない程愛している師匠。過保護なまでの愛情は有名で、もし愛娘に下手な手出しをする者があれば、即座にその者は胴体と首が泣き別れる事態になるだろう。くわばらくわばら。


「ていうか、実年齢が18より下って可能性もあるってこと?えー、そんなのやっぱり詐欺じゃん」


 通りで見た目以上に中身が幼い筈だ。何の事はない、実際に生きてきた年数が少ないのだから。ーーリュゼは独り言と共に視線を遠くした。

 

「そういうリュゼの誕生日は?」

「ん?僕の誕生日?今日だけど?」

「えッ!?」

「ウソウソ。アハハ!なにその顔、可愛い」


 リュゼはアーリアの頭に手を伸ばし、舞い降りた花びらに指をかけ、拾いあげる。華を頂いたアーリアは妖精のように可愛い。


「確か歳は20歳(はたち)だよね?」

「そ。君の二つ上。敬ってもいいよー」

「前に偽名だって言ってたけど、年齢は偽証してないんだね?」

「よく覚えてたね。便利なんだよねぇ、偽名って」

「ふぅん。じゃあ、本当の名まえって?」

「ナイショ」

「内緒かぁ」

「偽名なら沢山あるよ。でも、今使っている名が一番使い勝手がいいかな。戸籍もしっかりしてるし」


 他人の事をとやかく言えないリュゼだが、自分の事をまるで他人事の様に話す。アーリアはそんなリュゼを見て胡散臭いと思うのではなく、「リュゼらしいなぁ」と微笑むばかり。

 人はそれぞれに言いたくない過去の一つや二つあるもの。それが幸せなものでないのなら特に。場合によっては、已む無く犯罪に加担する事もある。ならば、偽名の一つや二つ、持っていたって可笑しくない。

 アーリアは自身の出自が出自だけに、リュゼの偽りの経歴には何ら思うところはない。


「ほら、身分証」

「あ、ホントだ。姓に出身地まで……」

「便利だよねぇ~。知ってた?貴族って姓名が揃ってる相手には油断するんだよ」

「うわぁ悪い顔」

「ダテに犯罪組織に何年も身を置いていないって。使える物は使わなきゃ」

「たくましいっ!」


 見習いたい逞しさに、アーリアは感嘆の声をあげる。

 どんな所に居ても、どんな立場になっても、リュゼはリュゼ。長いものに巻かれ流される性格は時に優柔不断に見えるが、だからと自分の意思を殺す事はない。足場の悪さをものともせず、のらりくらりと渡り歩く力がある。そんなリュゼを、アーリアは本気で凄いと思っていた。


「そうだリュゼ、リュゼは何が好きなの?」

「何がって?」

「そうだな、例えば好きな食べ物はなに?」

「突然だね。うーんそうだなぁ、強いて言えば肉かな」

「お肉?何のお肉?牛、豚、鷄、鹿、猪、魔獣……」

「贅沢できるなら牛肉。あでも、何だかんだで鶏肉に落ち着いちゃうんだけどね。やっぱり庶民感覚からは抜けられないよねぇ」


 分かる!とアーリアは同意する。

 どれだけ贅沢に慣れようと、庶民感覚はなかなか抜けないものだ。毎日違うドレスを纏わねばならない事がどんなに無駄かと言い切れてしまう。


「じゃあ、苦手な食べ物は?」

「苦手な食べ物ってあんまりないけど、これも強いて挙げるなら甘い物かな。珈琲はストレートで飲みたい派」


 へぇとアーリア。システィナで主流な飲み物と言えば紅茶で、まだそれほど珈琲は出回っていない。ここアルカードではアルカード領主の意向で領主館で出されるようになり、次いで街中でもチラホラと出される店が出てきている。


「じゃあ特技は?趣味ってある?」

「特技?んー、特技特技……人の顔なんかは直ぐ覚えられるかも。あと逃げ足カナ?」

「わー羨ましい」

「あと趣味だっけ?趣味はないよ」

「ないの?」

「うん。ホラ、趣味ってさ、時間とお金に余裕のある人にしか縁がないじゃない?僕にはそのどちらも無いしさ」

「そっか、趣味には余裕がないといけないのね……」

「あ、今、自分の所為かもとか思ったでしょ?違うからね」


 四六時中、側で護衛を受け持つリュゼ。リュゼが望んだとはいえ、自分の時間がないほど多忙なのは如何なものか。眉を寄せたアーリアのその眉間に、リュゼは指を置いた。


「僕は好きでこの仕事をしてんの。それに、君の側にいる事は仕事なんかじゃない、僕の意思だ。んで、たまたま大っぴらに守れる立場を得て、それに給金が出てるってだけ。強制されたワケじゃない。ね?アーリアの所為じゃないデショ?」


 でもと言いかけたアーリアに、リュゼは「あーもーこの件については話し合いはナシね」と強制的に話を切る。自分がどれほどアーリアを想っているか、大切なのかを伝えている筈なのに、一向に通じていない様子に、リュゼはヤレヤレと肩を竦める。ーーもう少し積極的に攻めた方が良いだろうか?


「さっきから何?『ご趣味は』なんて、お見合いみたいな質問しちゃって」


 リュゼがアーリアを特別に思うのと同じく、アーリアにとってもリュゼは肉親以外で側にある事を許した唯一の人間。特別で、大切な存在で、こんな自分の為に護衛騎士という地位を得てくれた彼に、アーリアはどうしたら報いる事ができるかと常々考えている。

 そんな特別であるリュゼの事を、アーリアは今も殆ど知らずにいた。好きな食べ物、苦手な食べ物、それこそ特技や趣味まで、何も知らない事に気づいた。

 プライベートに踏み込まずにきた事に後悔はないが、だからと何も聞かずにきたのにはほんの少しの罪悪感がわく。興味がなかった訳ではない。わざわざ聞く必要もないかと思っていただけで。けれど、今は違う。


「だって。リュゼは私の事に詳しいのに、私はリュゼの事をあまり知らないんだもん。なんか寂しい……ううん、悔しいのかも」


 そうアーリアが馬鹿正直に言えば、直後リュゼは顔を両手で覆って空を仰いでいた。


「あーもー、そういうことサラッと言うから誤解されちゃうんだよ」


 しゃがみ込んでしまったリュゼを心配したアーリアがリュゼの顔を覗き込む。指の隙間ーーその頬が、少し赤みを帯びている。


「リュゼ?」

「……ごめん、体調が悪いワケじゃないよ」

「それなら良いけど、無理はしないでね?」


 暫くして立ち上がったリュゼは、普段通りの笑みを貼り付けていた。

 リュゼがこういう表情をする時は大抵、嘘を隠している時が多い。アーリアはリュゼを信じているが、リュゼの言葉を全面的に信じてはいなかった。


「ほんとに綺麗だね」


 アーリアはリュゼの嘘に気付かぬ振りして、顔だけ新郎新婦へと首を巡らせた。新郎新婦たちは神殿の出入り口でフラワーシャワーを浴びている。


「アーリアはさ、ああいうのに憧れってある?」

「……そうだね。憧れはあるかも。単純に綺麗だな、素敵だなって思うし、ほら、キラキラしてとても幸せそうだよね?」


 アーリアは色んな感情を混ぜこぜにした笑みを浮かべている。

 人間(ひと)として得られる幸せを、人間(ひと)でもない自分が願って良い訳がない。けれど、例え叶わない夢だとしても、憧れるくらいは許されるんじゃないかと。ふとした瞬間に勘違いしてしまう。


「あ!でも、ドレスはしばらくはいいかなぁ」

「アハハ!あれって見た目より重装備みたいだからね〜」

「そうなの!コルセットは苦しいし、ヒールは高いし、胸は詰まるし、でも……」

「でも?」

「あんなに幸せそうなの見ちゃうと、それも悪くないなぁって」

「ふぅん、そっか〜」


 新郎が新婦を抱き上げている。新郎の唇が新婦の頬に添えられる。ワアと歓声があがる。家族や友人に囲まれて祝福される2人の姿は、とても眩しく見えた。


「その時はさ、僕に選ばせてよ。アーリアのドレス」

「……え?」

「ね、良いでしょ?」

「う、うん」

「約束ね」


 差し出された小指に、アーリアは小指を絡める。

 リュゼは小指にかけられた白い指にキュッと力を込める。そしてアーリアの耳元に唇を寄せると「ねぇアーリア」と囁きかけた。


「きっと、めちゃくちゃ似合うと思うんだよね。誰にも見せたくないくらい」


 え?と疑問符を浮かべる間もなくリュゼの唇がアーリアの耳を掠めた。

 温かな吐息にドクンと心臓が跳ねる。途端に耳が、頬が、薔薇色に染まっていく。身体が火照り、リュゼを強く意識する。

 そんなアーリアに満足したのか、リュゼは絡めていた小指を引き寄せ、そのままアーリアの指と指の間に自分の指を差し込んだ。


「憧れてるくらいなら僕が本物の花嫁にしてあげる。だから約束」


 ーー僕以外に囚われないでね?


 リュゼはアーリアの答えを聞かぬまま、鮮やかに微笑んだ。







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『囚われないでね?』をお送りしました。

ライザタニア侵入の為の偽装工作であった行商。その中で培った人脈とノウハウを捨てるのは惜しいと、アーネスト副団長発案でアルカードに店を構える事となり、そこへアーリアも便乗する運びとなりました。

バックアップは『東の塔の騎士団』と、話を聞きつけたアルカード領主。

情報収集が目的の店である為、利益は殆ど見込んでいません。つまり、商品が売れようが売れまいがどちらでもよく、だからこそ無名の魔宝具職人による商品を置く事も簡単に許可されました。所謂ご機嫌取りな訳ですが、当のアーリアはやった!と素直に喜んでいます。


次話もぜひご覧ください!


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