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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
469/498

南都領主と南の魔女の謝罪

 南都での過ごす幾日目かの早朝。アーリアはカーテン越しの日差しの眩しさで目を覚ました。


 室内は魔宝具による空調が効いている。だが、どうにも肌にまとわりつく熱気はアルカードのそれとは異なり、不快感も相まって、気分を幾分も下げる。湿気は少なく、喉がかさつき、喉が渇く。はっきりと苦手な気候だと言い切れた。

 眠気目で時計を見る。まだ5時過ぎ。朝食にはまだ早いけれど、二度寝するのはまずい。少し考えたアーリアは仕方なく起きる事にした。

 伸びをしながら寝台から降りる。無駄に広い部屋はしんとしている。寝室を含め四つの部屋。とても一人用とは思えない。

 リュゼとナイル、二人の護衛騎士たちはすぐ隣ーー控えの間にいる。一度内装を見に行ったが、寝室は勿論簡易的なキッチンも備えられていた。寧ろあちらの方が馴染みある広さで、正直部屋を代わって欲しいとも思った。

 当然、アーリアの願いは叶えられない。かくして一人寂しくだだっ広い寝室で休む事になっている。


 無駄に広いレストルーム。鏡の前、洗面台に備え付けられた銀の洗面器に水を張り、顔を洗い、髪を梳いて衣服を整える。

 選んだのは淡い水色のドレス。肩と胸とに細やかなレースがあり、腰のリボンがくびれを美しく見せてくれる。合わせるのは踵の低い白い靴。靴底のクッションが柔らかく疲れにくい。耳には琥珀色の雫が揺れるイヤリング。珊瑚のイヤリングと並び気に入りの一つだ。


 夜会様のドレスでなければ、侍女がいなくとも着るのはそう難しくない。コルセットも締める必要はなく、身支度はすぐに終わる。

 首の後ろでリボンを括り、髪を背中へ流す。

 さて、もうそろそろ侍女が起こしに来るだろう。

 ガナッシュ侯爵付きの老侍女だ。

 罪人となり、職も屋敷も名すらもなくなってなお、付き従ってきた強者らしい。当たり前のように南都へもついてきて、ガナッシュ侯爵のついでにアーリアの身支度も手伝っている。


「お嬢様、おはようございます」


 噂をすれば影。白いものが混じる茶髪をきゅっと後頭部で一つに纏める、侍女のお仕着せを纏う老女。ピンとした背筋は、侍女を年齢より若く見せた。


「あらあら、またご自分でなさったのですか?」

「おはようございます、セナさん。ええ、自分でできる範囲は自分でしますよって言いましたよね?」

「ええ、ですから私は私にできる事をしに参りましたの」


 侍女セナはアーリアの言葉にもめげる様子はない。するりと滑るように歩み寄ると、「さ、お座りください」とアーリアをドレッサーの前まで誘導した。


「さぁ、お髪を整えましょうね」


 有無を言わせぬセナに、アーリアは首を少し竦めただけ。諦めて椅子へと座った。


「先生は、もう?」

「ええ。ご主人様は朝が早うございますから」


 南都に来ても相変わらず朝が早いらしい。

 本人は「年ですから」と笑っていたが、年云々ではなく習慣なのだと思う。ガナッシュ侯爵は公爵時代、華やかな人生を歩んでいたように思っていたが、宰相という職につくまでに様々な部署を盥回しにされてと本人は言う。


 ぼんやりと考え事をしている間に、髪が出来上がっていた。

 両サイドから後頭部へと編み上げられ、後頭部には金細工の髪飾りが飾られた。髪飾りには、紫の宝石が花の様にあしらわれている。腕輪と髪飾とを揃いにしてあるのだろう。

 美しい網目に髪型が崩れた時の心配をするが、不思議と崩れにくい。悔しいが自分ではできない。


 アーリアは髪型が出来上がると同時にスキルを発動させた。瞬く間に髪は白から黄金へと染まる。色の薄い金髪は、ガナッシュ侯爵へ寄せてある。二人で並べば、親子にでも間違われるだろう。


 鏡の前で立ち上がるとくるりと一回転。スキルのかかりを確認する。うん、上出来だ。侍女セナがリボンやレース、装飾品の位置を微調整すれば、お忍びのご令嬢の出来上がりである。

 すると、アーリアを待っていたように、丁度ノックの音が響いた。

 顔を出したのはリュゼ。

 近頃また背が伸び、体格も良くなったリュゼは、黒い騎士服が眩しい程に似合う。本人は「そうかなぁ?変わってないけど」と言うが、アーリアにはリュゼがどんどん違う人になっていくようで少し落ち着かなかった。


「おはよう、アーリア」

「おはようございます、アーリア様」

「おはよう、リュゼ、ナイル」


 リュゼの後に続いてナイルも入室する。ナイルはリュゼとは対照的で、相変わらず生真面目な表情を崩さず、立居姿に全く隙がない。


「あれ?昨日買った服、着てくれなかったんだ?」

「あの南都風のドレス?やっぱりあれは私にはハードルが高いよ。全体的にぴったりしていて、体のラインがはっきり分かっちゃうし。着る人を選ぶよね」


 可愛くない訳ではない。が、ハードルが高い。

 平均よりも発育が良くないと自覚しているアーリアとしては、あまり体のラインが分かるものは避けたい傾向にあった。


「似合ってたのになぁ〜」

「お世辞をありがと。選んでくれたのにごめんね」


 「お世辞じゃないんだけど」と不貞腐れるリュゼに対し、ナイルは僅かに苦笑しつつも「気にいる物を着るべきだろう」と真面目に返している。


 侍女に見送られ、3人は連れ立って部屋を出た。


 護衛騎士を伴って向かうは食堂である。

 食堂といっても完璧なプライベートが確立された個室であり、他の客と顔を合わせる事はない。

 この宿、一階層毎に1組の客を迎え入れるシステムとなっており、入り口も一階から直通の階段が一つのみ。故に、他階の客と鉢合わせる事はなく、完全なプライベート空間が保たれていた。

 勿論、今回は貸し切りの為、他の客に会う事はないが、念には念をと、一番最上階をアーリアとガナッシュ侯爵、それ以外の階をを護衛の騎士と侍従侍女たちと別れて使っている。勿論、食堂も別、食事の時間も交代である。

 そして、アーリアたちの向かう場所、白い壁の廊下の突き当たり、磨りガラスを隔てた向こうが海を一望できる眺めの良いテラス付きの食堂であった。

 白と青のコントラストが美しい壁。一枚板に水晶の貼られた机の上には曇り一つないカトラリー。椅子の背は黒檀で、座面には深い青のベルベット生地。座ればあまりの柔らかさに驚く程だ。

 高級感満載の食堂には既に先客がおり、湯気薫るカップ片手に新聞を読んでいた。


「おはようございます、先生」

「おはよう」


 新聞を従者に渡すと、ガナッシュ侯爵はアーリアへと向き直った。アーリアが席に着くとすぐ、食器類が運び込まれてくる。

 ここで食事をとるのはアーリアとガナッシュ侯爵の2人のみ。

 リュゼとナイルとは護衛騎士としての役割があるので、主人と同じテーブルに着くことはない。

 ウィリアム殿下とカイネクリフ卿は、昨日の内に帰路についている。カイネクリフ卿はともかく、王位継承第一位たるウィリアム殿下が南都に長々と滞在する訳にもいかない。

 また、アーリアたちも近々アルカードへと戻る予定となっていた。


「よく眠れましたかな?」

「あ、はい」

「あんな事があった後だ。とても平静ではいられますまい」


 ガナッシュ侯爵の視線から逃れるように、アーリアは硬めのパンを一口大に千切ってスープに浸した。

 『南の塔の魔女』との衝撃的な出会いから丸2日、アーリアは消化不良のまま、しくしくする胃を無意識に押さえた。


「もうやだ、帰る」


 ……と言えたら、どれだけ良かっただろうか。


 そもそもこんな所には来たくなかったのだ。

 素材探しに南都へ来るだけなら良かった。

 実際、合間に見に行った店に並ぶ素材たちは素晴らしかったし、貴重な素材をリーズナブルに購入できたのも良かった。素材探しの為なら来て良かったとも思う。だが、それ以外の全てが苦痛で仕方なかった。

 南都の主要な人物たちとの会談、会食、夜会、その為の打ち合わせ、ドレスの準備、行儀作法の確認。どれも失礼があってはいけないと、心を奮い立たせて取り組んだ。

 仕事だと、給料のうちだと言われたらそれまでだ。

 仕事に好きも嫌いもない。求められる役割をこなしてこそ、給料という名の報酬が頂けるのだから。

 けれど、そんな常識を上回る出来事があったとき、果たして耐えられるだろうか。

 アーリアは壁に描かれた葉の枚数を数えながら、逃れられなかった運命を悲観した。



 ※※※



 ーー遡ること、一昨日。



 『南の塔の魔女』エイシャとの会談から丸一日。

 アーリアは南都領主との会談を控え、領主館へと足を踏み入れていた。

 

 南都領主コーネリア・フィア・パリステアは三十代中頃の青年紳士。南都赴任歴は三年と短く、それまでは王都の北、エステルに近い領地に地方官として領主補佐を務めていたという。

 髪は茶に近い金。瞳は薄い灰青。眉が細く、切長の瞳が印象的だ。南都風ではなく、王都の流行りの深い青の三揃いのスーツがよく似合っている。纏う雰囲気は若々しく、三十代には見えない。


「ようこそ南都へ!よくぞ参られた」

「お招きに感謝致します」


 領主コーネリアはアーリアを迎え入れるなり、大袈裟なほど大仰な身振りで歓迎を表した。

 膝を折るアーリアへと大股で歩み寄ると馴れ馴れしく肩を抱き、さぁと室内へと招き入れる。


「堅苦しい挨拶はなしです。今日は存分に語り合おうではありませんか」


 えっと驚きを露わにするアーリアを他所に、領主は実に強引で自信溢れる態度だ。

 誘えば応えると当然のように思われているのだろうか。あまりに強引な行動に嫌悪感すら募る。アーリアは苦い思いを押し隠したまま誘われるままに応接間へと足を踏み入れ、そして、そこにいる人物を視界に入れると思い切り眉を顰めた。


「ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったのっ」


 ではどんなつもりだったのだ?

 そう口に出そうになり、理性をフル稼働させて口を閉じた。


 表情を崩さなかった事を褒めて欲しい。

 社交用の表情に固めたアーリアは、目の前で手を組み表情豊かに謝罪する少女ーーエイシャを見る。

 薄紅色から赤色へ変わるグラデーションの美しいドレス。動くたび金の髪飾りがシャラシャラと音を鳴らす。瞳を潤ませ兎の様にふるふると震える少女に、庇護欲を持つ者は多いのではないだろうか。

 「あんなに怒るなんて思わなくてって……!」と涙を浮かべるのは計算済みか、それとも天然か。どちらにしても、アーリアには少女の謝罪は全く心に響かなかかった。


「仲違いしたとお聞きしましてね。南都にいる間に誤解を解き、仲直りする機会を設けねばと、エイシャ嬢をお呼びしたのですよ」


 南都領主は得意気な様子でアーリアを見る。

 まるで、気を利かせた自分を褒めて欲しいとでも言いたげだ。


「……それで、エイシャ様は何をしに来られたのですか?」


 美少女の涙ながらの謝罪に表情も変えないアーリアの淡白な問いに、エイシャは勿論、領主も僅かにたじろいだ。


「何をって……?謝りにきたのよ」

「謝りに……悪い事をした自覚はあったんですね」

「だって!あの後、私、沢山怒られたのよ?騎士団長なんて顔を真っ赤にして。いつもは優しい副団長も黙ったまま睨んでくるし」

「自覚はないと。そうですか。それで……?」

「謝ってくるようにって送り出されて……だからっ」


 もう!何で分からないの!?ーーと、エイシャの機嫌が少しずつ下降していくが、アーリアの気分は地面を突き抜けて地の底だ。


「やっぱり庶民って察しが悪いのね!」


 エイシャは唇を尖らせる。

 可愛らしく怒っているつもりかも知れないが、同性のアーリアには全く可愛く見えない。


「申し訳ございません、察しが悪くて」

「なによ、また怒ったの?」

「いいえ。では、謝罪は終わったことですし、私はこれから領主様との会談がありますので……」

「ええっ!?」


 アーリアは申し訳程度に小さく会釈すると、くるりとエイシャから背を向けた。そしてそのまま護衛騎士を伴って歩き出す。

 これにはエイシャをはじめ南都領主までも驚きを表した。


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」

「まだ何か?」

「っ!」


 あゆみを止められ、アーリアは渋々振り返る。

 振り返ったアーリアの雰囲気に飲まれるエイシャ。

 それでも躊躇いがちに言葉を続ける。


「何かって……?だって、その……私、謝ったわよね?」

「ええ」

「だから、返事は?」

「はい……?」

「だから謝罪の返事よ!」


 アーリアはエイシャの言葉に僅かに眉を寄せた。

 そんなアーリアの態度にエイシャは更なる苛立ちを覚えたらしい。アーリアへと詰め寄っていく。


「エイシャ様ご存知ですか?そもそも謝罪とは自分の行いによって相手を傷つけたときに行うものです」

「知ってるわよ、そんなこと」

「ならば分かるはずです。謝罪したからと必ず相手が許すとは限らないということを」

「えっ……」


 肩を揺らして立ち止まるエイシャに、アーリアは真正面から向き直った。

 気分は『これだから貴族は』である。

 無意識に自分より身分や立場の下の者は自分の言葉に従うものだと思い込んでいる。それこそ、どんな無理難題を言おうが聞き入れられて当然だと。

 そもそも、謝って来いと言われたから渋々来たという態度を隠そうともしないエイシャが、本当の意味で反省の気持ちを持っているのかといえば、そうではない事ぐらい一目で分かる。


「エイシャ様。謝罪したからと相手に言葉や気持ちを要求するものではありません。謝罪されて許すかどうかは、相手次第なのですから」


 アーリアはまるで幼子に言い聞かせるように話す。

 謝罪をする方は、最低限、謝罪とはどういうものなのか分かってからして来て欲しいものだ。

 謝って許せる事とそうでない事はある。

 そしてアーリアはこの件に関して「許す」とは言えなかった。況して、エイシャが誰かに言われたて渋々言葉だけの謝罪をしていると分かる状況下で、どうして許してやろうなどと思うのか。

 大人気ないとは思うが、アーリアにも譲れないものはある。


「っ……によっ……!なによっ!」


 アーリアの話の途中から俯き、肩を振るわせ始めたエイシャだが、どうやら反省していた訳ではなく、憤っていたらしい。


「謝ったんだから許しなさいよ!」

「嫌です」

「っ!」


 まるで道理を知らぬ子どもを相手にしている様だ。何故、この様な娘が魔導士を名乗り、『塔の魔女』となり得たのだろうか。疑問は多々あるが、それを追求する気はおきない。管理責任者でなければ、給料を払う側でもないのだから。

 このままでは話し合いは平行線を辿る。それは誰の目にも明らかで、だからと折り合いをつけるには、互いの価値観があまりに違う事が、この場合の問題と言えた。

 エイシャは自分の言葉が受け入れられると思って違わず、アーリアの言葉が受け入れられないのは自明の理なのだから。

 そしてもう一人、南都領主もまたエイシャと同じ様な考えを持っていた。アーリアがエイシャの謝罪を受け入れるものだと信じてーーいや、信じ切っていたのだ。


「まぁまぁ、麗しいお嬢様方がいつまでも争っているなど、時間と美の損失でしかありませんか。アーリア嬢、ここは私の顔を立てて、エイシャ嬢を許してやっては頂けないでしょうか?」


 南都領主は己の懐を示す為、敢えて謙った物言いをした。

 伯爵位を持ち、南都領主である自分が願ってやるのだ。所詮、庶民でしかない魔女風情が許さない訳にはいかない。ーーと。だが……


「私は、エイシャ様の気持ちには応えられません」


 誰が相手であろうとアーリアの答えは変わらない。


「アーリア嬢、君はエイシャ嬢の気持ちが分からないのか?」


 唸るような南都領主の声がアーリアを真正面から捉えた。


「……御領主様。お言葉を返すようですが、私は私の考えが間違っているとは思えません。間違えていないものを間違えているとは言えないのです」


 問いに答える代わりに、アーリアも南都領主を真正面に見据えた。

 小娘同士のケンカの原因など、南都領主にとっては些末事だろう。しかし、己と己の騎士たちの名誉を傷つけられたアーリアとしては、何があっても譲れぬ思いだったのだ。


「真にエイシャ様が許しを乞うているなら、私も少しは考えたでしょう。けれど、今のままのエイシャ様を許す事などできる筈がないではありませんか」

 

 2人の仲裁したいなら、両者の言い分を聞き、真に反省するべきは誰か、どの様に折り合いをつけるべきか、平等に考えなければならない。それをしないままで片足を突っ込もうなど、お調子者か、愚か者のする事だ。

 アーリアの瞳は言葉以上の意思を持ち、虹色の輝きを増し南都領主を射抜く。

 そのあまりの美しさに一度は飲まれそうになり竦んだ南都領主であったが、瞬時に北の大山より高きプライドがそれを否定した。小娘相手に何を怖がる必要がある……?


「……、小娘風情がっ……」


 歯間の中で呟かれた言葉はアーリアへの失望を表している。この私が気にかけてやっているのに、何故素直にありがたがらないのかと。


 アーリアは南都領主からそっと視線を外すと己が護衛たちを見た。

 リュゼとナイルは能面の様な表情をしていた。

 リュゼはアーリアの視線を受けてもいつも通りのチャラさを見せないし、ナイルに至っては感情をそぎ落とした人形のようだ。ただただ、威圧だけが漏れていて、ピシピシと肌に痛い。

 それ以上に不気味なのは、このやり取りを最初から黙って見ていた御仁ーーガナッシュ侯爵だ。

 まるで優雅なお茶会の最中とでも言いたげに、ガナッシュ侯爵は朗らかな笑みを浮かべている。だが、その笑みが感情を伴っているかは不明だ。


 アーリアはかつてこの笑みを見た事があった。

 エステル帝国皇太子の、或いはシスティナ国王太子の、そしてまた或いはライザタニア国第二王子の慈愛に満ちた微笑みを。

 またある時は、システィナの宰相令息や令嬢が浮かべていた事もあった。その度、高貴なる方々は表情をつくるのが上手いなぁと感心したと同時に、薄寒いものを感じた。『触らぬ神に祟りなし』というではないか。


 面会当初から信用ならないと感じていたアーリアの感は、珍しく当たったといえよう。

 良い感情を向けられていないのは明白であったし、そういう相手は大概自分の感情に素直だ。指摘された所で怒るだけで、振り返る事はまずない。

 そう知るからこそ、南都(ここ)でもそうかと思うだけで、アーリアに特段の感情は浮かんでこない。


「もうよろしいですか?」


 とても和やかに会談の続きをーーという雰囲気ではない。

 会談を続けるなら場を改める必要があるだろう。

 だが、それを主催者でもないアーリアから申し出る訳にもいかない。

 

 アーリアの問いかけに、というよりも背後にある存在に南都領主は寄せていた皺を伸ばし、表情をつくった。

 存在があまりに希薄だったので気にしていなかったが、護衛騎士二人はともかく、老紳士の存在はイレギュラーだ。確か、教育指導を担当する教官だとの情報があったが。


 南都領主は何気なく視線を向けた。

 老紳士は南都領主の視線を受けると、笑んだまま視線を上げた。


 ゾワリ。

 

 何だ、この老紳士は。

 何処かでこの視線を受けた覚えがーー……?


「おおっ、なんと美しい花たちだろう!」


 バンと開かれた扉。

 思考を破るような明るい男の声音が響き、南都領主の意識を奪った。


 

 

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます。本当に嬉しいです(*´∇`*)


『南都領主と南の魔女の謝罪』をお送りしました。

南都領主との会談の場に現れた『南の塔の魔女』エイシャ。謝ってこいと送り出され、イヤイヤ来た感を隠しもしないエイシャに、アーリアは困惑を極めています。

気持ちを慮る事のない一方的な謝罪ほど気分を害するものはありません。

そんな最中に現れた一人の青年。

彼の正体は、その目的とは……?


次話も是非ご覧ください!





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