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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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常夏の塔と恋の罠6

 案内された室内は明るく、赤と薄桃色を基調としたカーテンやクッションは華やかで可愛らしく、所々に置かれたクマやウサギのぬいぐるみはいかにも『乙女の部屋』という雰囲気を醸し出している。

 片側に結ばれたカーテンが隠すは鉄の格子窓。

 青空広がる格子窓の屋外と灯りの灯る屋内。外気温を感じさせない室内は快適で、ここが隔絶された場所である事を嫌でも思い起こさせた。

 アーリアは窓から視線を戻すとミルクを一匙垂らした。スプーンの動きと共にぐるぐると渦をまく琥珀。斑模様に濁る紅茶は、まるで自分の心の中を表しているようだ。鬱々となりそうな心を奮い立たせ、目の前に置かれたカップの中から目線を上げた。


 視界の先には一人の少女。

 赤みを帯びた金髪、新緑の瞳、白くて小さな顔には新緑の瞳と木苺ベリーの唇、あどけなさをふんだんに残した表情に苦労の色はない。

 成人まであと一年、17歳の少女は頬を桃色に染め、肩を跳ねさせている。先程見た光景が少女の頭を染め上げているのだろう。


「本当にびっくりしましたわ!まさか王太子殿下がおいでになるなんてっ」


 まるで推しの劇俳優(アイドル)にばったり出会した時のように声を弾ませる。

 これまでに王太子ウィリアム殿下が『南の塔』を視察された事はあったが、どれも事前連絡があってのもの。所謂、定期的な訪問というもので、言葉を交わした事はあれど、そのどれもが形式的なものだったという。


「それに、アルカード領主さまも。社交界でお見かけした事はありましたが、こうして直接お会いするのは初めてで。噂通り、お素敵な方したわ」


 驚きと興奮冷めやらぬエイシャの様子に、アーリアは内心げっそりと息を吐く。

 アルヴァンド家の異端児の名は、良くも悪くも遠く南都にまで響き渡っているようだが、アルカード領主カイネクリフの為人(中身)を知るアーリアとしては、領主がどれほど容姿が良くても心トキメク事はない。できる事なら、夢を見たままでいたかった。


「それに騎士の皆さまも、その……」


 容姿の優れた者ばかり。そう言いたいのだろうが、それは貴族令嬢としてあまりにはしたない。本音を言いかけて言い淀んだエイシャだが、頬だけは赤く上気していた。

 今回、南都へとやってきた面子を考えれば、エイシャの気持ちも十分理解できた。

 ウィリアム殿下をはじめアルカード領主、王太子殿下付きの近衛騎士たち、東の塔の騎士団員、誰もが基準値より優れた容姿をしている。まるで意図して集められたかのように。


 ーたしか、殿下が『餌は多い方が良い』って仰っていたけど、餌って何?ー


 どれだけ容姿の優れた者が居ようとも、アーリアにしてみれば、最早自身の置かれた状況事態が『御伽話の世界』。彼らは皆、絵本の住人に等しい。

 どれだけ近しく接していようとも、自分と彼らとは住む世界が違い、世界が交わる事はない。登場人物と話をしているようなものなのだ。だから容姿の良さにトキメク事があろうとも、それだけ。相手は物語の登場人物であり、幼子のようにお話と現実を混同にする事はない。


「エイシャ様の守りを担当する『南の塔の騎士団』の皆さまも、十分かっこいいと思いますよ?」

「ええ、それは分かっているのですけど……つい、羨ましいなって思ってしまって」


 両手の指同士を胸の前で絡めて上目遣いで甘えた声を出す。可愛らしい動作だが、生憎と同性相手には効かない。実際、アーリアにはエイシャの行動がさっぱり理解できなかった。

 東西南北全ての『塔の騎士団』は貴族子弟から構成された組織なので、騎士の誰もが高い実力と忠誠心を有している。言うまでもなく容姿の整った者も多い。現に、エイシャの専属護衛騎士などは王太子殿下の近衛たちに通ずる美しさを持っている。

 ーーと言うより、容姿以前に、騎士とは実力ありきなのではないだろうか。顔が良くても忠誠心も実力もない騎士を側に置こうとは思えない。アーリアは首を傾げる。


「それでエイシャさま。相談というのは?」


 いつまでも余談ばかりでは先に進めない。

 アーリアはズバリ、前置きなく話を振った。


「わたくし、恋をしてしまいましたの!」


 エイシャの前のめりな答えに反射的に引いてしまった上半身を起こしつつ、アーリアは「そうなのですね。それで……?」と続きを促す。


「美しい方なのですよ?女の私が思わずポッとなってしまうほど。肌は白く、髪が透き通っていて、瞳が宝石のようで……。それにあの佇まい。堂々となさっていて、誰に対しても臆するどころか悠然となさっていて。神が創られたものではないのかしら?」


 上機嫌でペラペラと語り出すエイシャ。アーリアは口を挟めず「な、なるほど」と言いどもる。エイシャはアーリアの困惑など気づかぬままに、恋をした時の状況について饒舌に話す。


「初めて見たときなんて、時が止まってしまったかのような錯覚に陥りましたの。そして時が動き出したとき、身体に痺れがはしって……!」

「一目惚れ、だったのですね?」

「ええ、そうね、あれは一目惚れというのね!」

「それで、エイシャ様はその方に想いを?」

「とんでもない!何も伝えていませんわ。それどころか私の事をご存知かどうか……『塔の魔女』就任前でしたし、名くらいはご存知かもしれませんが」


 聞いている内に幾分か気持ちが落ち着いてきたアーリアは、適度に相槌を打つに努めた。

 一目惚れ。まだ自分には縁がない感情だが、人伝てに聞くには身体に痺れがはしり、心が囚われてしまう精神疾患のようなものらしい。想像するに、なかなかに厄介な感情ではないだろうか。


「お聞きにならないのですね?どなたかって」


 にこり。エイシャの笑顔が何故か不気味に感じたアーリアは、ビクリと肩を揺らした。

 聞いても良いものなのだろうか。いや、聞けば引き返せない気がする。今ならまだ世間話で終われる。聞かずに済むならこのままで……。


「申し訳ございません。実は私、こういった話が得意ではなくて……。私自身初恋もまだなのです。ですから、エイシャ様の相談相手として相応しくはないかと……」

「まぁ!アーリア様は初心なのですね!」

「え……と、私が聞いてしまって良いのですか?」

「ええ勿論!」

「さ、差し支えなければ、教えて頂ければ……いえ、教えて頂けたらところで、私には何もできないから、やっぱりーー……」


 今更ながら相談に乗れないなら何しに来たのかと、エイシャから目線を逸らし始めた時、エイシャの口から意外な人物の名が出た。



「エステル帝国皇太子ユークリウス殿下ですの」



 精霊を神と崇め、精霊と共に生きる。精霊信仰国家、大帝国エステル。

 システィナの真北に位置する大国で、その歴史は千年と長い。精霊の力を元とする『魔法』こそが、唯一、神との交信であるとしており、魔法を元とした魔術を生み出し行使するシスティナを目の敵としている。勿論、システィナとの関係も芳しくなく、近年まで停戦状態が続いていたが、先頃、関係改善に至る出来事が起こる。

 そしてユークリウス殿下とは、大帝国エステル皇帝が第一子、第一皇位継承者、つまり皇太子である。

 容姿も能力もあり、地位も最上の皇太子ユークリウス殿下の婚約者ないし皇太子妃、ゆくゆくは皇后の地位に収まりたいと思案する者は少なくない。

 そんな今をトキメク皇子ユークリウス殿下とアーリアとは、浅からぬ縁を持つが、ここで語る言葉をアーリアは持たない。


「うふふ、アーリア様も勿論ご存知でしょう?帝国の皇太子さま。近頃関係が改善されて、システィナにも幾度か来訪されてますもの」

「ええ、とても素敵な方かと……」

「そうでしょう!均等の取れた容姿。紫水晶のような瞳が美しくて、あの切れ長の瞳で見つめられたなら、きっと天にも昇る気持ちになるわ。アーリア様はお会いした事があるのかしら?」


 さて、なんと答えようか。この場合、会ったことはないと否定する方が良いだろう。

 そもそも帝国の皇太子と顔見知りであると言って、信じてもらえるだろうか。いやない。それほど身分的な差は天と地ほど遠い。「いえ、私は……」と否定を口にしようとしたとき、エイシャはアーリアの言葉を遮るように、手を叩いた。


「ふふふ、ウソよ。そんなに困った顔をなさらないで。片思いの相手がユークリウス殿下でないのは嘘だけれど、夜会でお会いした方だっていうのは本当よ」


 悪戯が成功した時のような人の悪い表情(かお)を浮かべるエイシャに、アーリアは何と言葉を返せばいいのか分からない。


「ああそうだったわ。アーリア様は夜会に参加されるようなご身分にないのよね?ごめんなさいね、悪気はないのよ」


 手と手を重ね合わせ、頭をコテンと傾げるエイシャ。


「……お気になさらず。確かに、私には夜会へ参加できる身分を持ちませんので」


 間が悪く、なかなか上手く会話が続かない。

 エイシャの謝罪を受け取りながら、アーリアはどこかモヤモヤした気持ちに苛まれ始めていた。


「エイシャ様は、いつ、その一目惚れのお相手にお会いになったのですか?」

「王宮主催の夜会ですわ。残念ながら、直接お会い出来たことはないの。でも、遠目にも輝いて見えましたわ!」

「では、そのときに一目惚れを?」

「ええそうなの!」


 エイシャの瞳がキラキラと輝く。恋する乙女とは、こんなに強気で無鉄砲なものなのだろうか。ーーアーリアは内心小さな溜め息を吐いた。

 エイシャは否定したが、仮に恋の相手が帝国皇太子だというのなら、その道は荊である。エイシャが選ばれる事はないだろう。何か特質した物を持っているなら別だが、エイシャはごく普通の貴族令嬢。しかも『南の塔』の管理者として国防の極秘事項に関わっている。国がエイシャを国外へ出したがらない。

 だが、例えば国内の貴族子弟ならば、可能性は大いにある。多少適齢期が過ぎたとしても、『塔の魔女』という名誉な職にあるエイシャを欲する貴族もいるに違いない。寧ろ、貴族子弟の方からご指名があるかも知れない。

 しかし、『望めば手に入る相手』ならば、『叶わぬ恋』などという状況にはならない。『望んでも手に入らない相手』と知るからこそ、届かぬ想いに胸を悩ませているのだ。

 だとしたら、その相手は誰なのだろうかーー?


「分かっているのよ、叶わぬ恋だってことは。険しい道のりがあることも。けれど、だからって諦めることができると思って?」

「エイシャ様が『塔の魔女』であるから、ですか?」

「確かに、『塔の魔女』であることはハンディではあるわ。だからって、『塔の魔女』になった事を後悔してはいないのよ」


 聞けば、エイシャは自ら手を挙げたのだという。丁度前任の『南の塔の魔女』が引退を表明した時とタイミングが重なったらしい。選考を抜け、様々なテストをクリアし、この春頃から『塔の魔女』として勤めている。


「けれどそうね、やっぱり気軽に社交界へ参加できないのはストレスかしら?だって、あの方の側にも近づけもしないのですから」


 年頃の貴族令嬢が社交界から遠ざかるのは、何を置いても怖い事なのだろう。

 流行りや廃り、貴族間の人間関係、噂など、アンテナを張って情報を収集するには、夜会や茶会への参加は不可欠。それができなければ流れを知れない。知らなければ波にも乗れない。

 それが分かっていてなお、エイシャは『塔の魔女』という仕事を選んだ。リスクは承知の上に違いない。

 ならば何故、今になって恋を暴露したのだろう。

 一目惚れから時間が経つ毎に、想いが膨らんでいったのだろうか。

 だとしても、アーリアにできる事は何もない。


「エイシャ様、ごめんなさい」

「アーリア様……?」

「やっぱり私は貴女の相談相手には相応しくないわ」


 アーリアは素直に頭を下げた。


「そんなことはっ!だって、私たち同じ『塔の魔女』なのよ。貴女以外に相談できる人なんてっ……!」

「確かに同じ『塔の魔女』だけど、私と貴女とでは身分も立場も違うわ。それに価値観だって……」


 下げた頭の上からエイシャの動揺が伝わってくるが、アーリアには頭を下げ続ける事しかできない。自分はエイシャの期待には応えられないのだから。

 エイシャとは身分が違う。生まれが違う。価値観が違う。それどころか根本的に何もかも違う。だから、これ以上相談には乗れない。


「本当にごめんなさい」


 平民出のーーそれどころか、生まれ方すら人間のそれとは違う。造られ、捨てられ、拾われて、受動的に魔導士となり、憧れて、見様見真似で魔宝具を作っている。人に、言葉に、状況に流されて『塔の魔女』などというなりたくもない立場にいる。

 恋なんてした事がない。する意味が分からない。

 人間が婚姻関係を結ぶ過程で必要なプロセス。恋というプロセスを経て愛を育む。生命を創造する為の、非生産的な想い。それが恋。

 動物が繁殖する上では愛という感情は必要ない。愛がなくとも子を成せるからだ。ーーならば恋は?

 人間ではない自分に、何故人間と同じプロセスを踏む必要があるのだろうか、必要ない想いだ。

 だから、恋はしない。これまでも、これからも。

 例え恋と似た感情が芽生えたとしても、それは恋ではない。恋とは認めない。認められない。


「そんなの……うそよ、貴女には私の気持ちが分かるわ!だって、同じ『塔の魔女』なのよ!それに貴女は『塔の魔女』として、あの方に認められているのだからッ!」

「えっ……!?」


 驚くアーリアにエイシャの手が伸ばされる。


「貴女が認められるのなら、私だって認められるわ!貴女が愛されるのなら、私だって愛されるの!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください!」

「だって貴女は、あの方の婚約者なのでしょう!?」

「なにを……?エイシャ様、落ち着いてください」


 腰を浮かせ、机を乗り越えるくらい身を乗り出してくるエイシャ。


「知っているのよ、貴女の正体を!貴女、『アリア姫』なのでしょう?私、聞いたのよ?エステルとの関係改善の為に偽の姫が捧げられたって!それが貴女なのでしょう?!」


 声を荒げるエイシャは、とても正気とは思えない。何かに憑かれたかのように振り乱している。荒ぶるエイシャにアーリアの声は届かない。静止しようにも、か弱い女性相手にどうにもできない。

 すると、困り果てたアーリアの前に、「失礼」と救いの手が差し伸べられた。

 互いの護衛騎士が一人ずつ、エイシャとアーリアの間に割り込み、二人の間に壁を作った。

 これまで決して会話に入らず、壁紙と同化していた護衛たちだが、どうやらそうもいかぬとばかりに止めに入ってきたのだ。


「アーリア、大丈夫?」

「う、うん……」


 肩に置かれた手の温もりにホッと息を吐く。

 どうやら、相当緊張していたようだ。

 

「エイシャ様。誰に何を聞いたか存じませんが、私はアリア姫などではありません。アリア姫は辺境伯令嬢だと聞いています、前々代国王の血を引く王家の姫だとも。私のような平民の娘が姫だと、本当にお思いですか?」


 エイシャの息遣いが落ち着いたのを見計らい、アーリアは話し始めた。

 取り乱した事が恥ずかしかったのか、エイシャは気まず気に居住まいを正した。

 アーリアの言葉には反論したいのだろうが、これ以上の暴挙は『南の塔の魔女』としての沽券に関わる。それは魔女を守る役割を担う騎士たちにとっても、許せぬ事である。

 「けれど、私……」とエイシャは物言いたげな視線を寄越すが、アーリアはその視線に違うという意味を込めて首を横へ振る。これ以上聞いても答えない。そう意志を込めて。


「そ、そうなのね。わかったわ。これ以上は聞かないわ」


 ようやく分かってくれたか。アーリアは安心の笑みを浮かべた。けれど、それはまだ早かったのだと気付かされた。


「仕方ないわね」

「分かって頂けましたか?」

「ええ。けれど、貴女は私の約束を反故にした。相談に乗ってくれるって言ったのに」

「それについては申し訳ないと思っています」

「もう謝らなくてもいいの。そのかわり、私のお願いを聞いてもらえるかしら?」


 何故か謝る羽目になったアーリアだが、確かに約束を反故にしたのは確かだ。けれど、それで何かのお願いを聞かねばならない事もない筈だ。

 訝しみつつ「できる事なら」と答えた時だ。エイシャがとんでもない事を言い出したのはーー!


「貴女の騎士をくださいな」

「は……?」

「そこの騎士よ。私の騎士と交換でいいわね?それで許してあげる」


 同じ顔を見るのも飽きてきたのよね、とエイシャ。

 何を言われたのか理解するのに時間を要したアーリアだったが、理解が追いついた時、それまで凪いでいた感情の波がぶわりと高波となった。


「〜〜〜〜お断りしますッ!」


 ぷちりと何かが切れる音が先か後か、アーリアは目を逆立てて叫んでいた。




ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!本当に励みになります(*^▽^*)


『常夏の塔と恋の罠6』をお送りしました。

手紙の内容から想像していた以上に幼く、また破天荒な物言いのエイシャに、アーリアは出鼻を挫かれました。

しかも、突然怒り出したエイシャは謝罪するアーリアに騎士のトレードを持ち出し、流石のアーリアも怒髪天!


次話、『常夏の塔と恋の罠7』もぜひご覧ください!

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