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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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常夏の街と恋の罠5

 『南の塔』の視察を終えた王太子ウィリアム殿下は南都ラパードの領主館、そこに当てがわれた客間にて、側近ラルフと視察の感想を述べていた。

 格子状に組まれた木枠の外、硝子越しに見える南都の街は、王都のそれとはまるで異なっていた。


 第一に、長袖の者が少ないこと。

 第二に、行き交うのが馬ではなく、駱駝(らくだ)であること。

 第三に、小麦肌の者が多いこと。


 外観にしても、王都では見ない植物と南国風の建物とで、まるで外国にいるかのような錯覚を起こす。

 ここは本当にシスティナであろうか。服装にしてもそうだ。肌を隠す風潮にある王都文化からすれば、目を剥いて驚くほど面積の少ない布を纏う服装が多い。特に女性などは、踝どころか深く入ったスリットのおかげで太ももまで露出している始末。どうして同じ国でここまで文化が違ってくるのだろうか。


 違うと言えば、『塔』についてもそうだ。

 先程視察を終えた『南の塔』は、『東の塔』とは全く風貌が違っていた。それは『塔』を守護する魔女と、騎士たち、両方に当てはまった。


「緩んでいたな」

「ええ、緩んでいましたね」

「それに、あからさまな女だった。誰が任命したんだ?」

「貴方ですよ、殿下。任命式には殿下もおいでになっていたではありませんか」

「ああ、そうだった。こんな事ならもう少し精査すべきであった」


 四本の『塔』の管理責任者たる王太子ウィリアム殿下だが、全権を持つとはいえ、全てが全ての仕事を請け負っている訳ではない。

 魔女の任命権こそ王太子にあるが、候補を挙げてくるのは宮廷魔導士団で、そこから一人に絞るの宰相府の仕事である。東西南北四本の『塔』にはそれぞれ、建立地を管轄する領主が管理を任せられているし、塔内の警備は騎士団長にその主導権がある。あくまでも統括責任者という立場でしかない。


 また、『塔の魔女』に課せられているのは『塔』を中心として国境に《結界》を施すのが仕事であって、その他の裁量権は無い。

 『塔の魔女』に求められる資質はただ一つ。

 いかに強力な《結界》を施せ、それを維持できるかどうか。

 極論、どれだけ性格が破綻していようとも、強力な《結界》さえ施せれば誰でも良いともいえた。


 各責任者がいるからと、統括責任者として任命責任がなくなる訳ではない。魔女が問題を起こせば、またそれも王太子の責任となるのは当然である。

 現在の魔女がその任に相応しくないとすれば即刻罷免し、原因を追求。問題の解決法を考案し、新たな魔女を選び据えるなど、王太子として責任を果たさねば王太子としての能力を疑われる事態にも繋がりかねない。


「厄介なもんだな。よくこれで350年もやってこれたもんだ。途中で破綻しそうなものだが……」


 腐敗した組織は国家を蝕む害悪である。

 しかもその組織が国防を担うものなら余計に。


「それでも長きをやってこれたのは、国を守らんとする使命感を持つ者が繋いできたからでしょう」

「そうだな。だが、それも限界にきているのではないか?」

「否定は出来ません。そもそも『塔の魔女』になってやろうという魔術士はごく稀なのです。誰もこのような極地で自分の才能を埋もれさせたくはありませんからね」


 魔導士とは専門職。知識を深め、極めたいとする者が多い。加えて『塔』の建つ地は他国との国境間近。場所によっては侵略戦争が巻き起こる可能性がある。戦争ともなれば、魔女は真っ先に狙われるポジションでもある。誰もーーそれも若い貴族令嬢ならば、進んで死に行こうとは思わない。


「それなのに進んでやってやろうというのは……」

「国への忠誠心が振り切れているか、或いは何かの思惑があるか、だな」


 側近の言葉に頭が痛いとばかりに曖昧な笑みを浮かべるウィリアム殿下。

 確かに、最終的にサインをしたのはウィリアム殿下であるが、その前に最終選考リストを上げたのは宮廷魔導士団、魔術士長である。その段階で、魔女の実力と性質は精査されていて然るべきで、リスト内のどの人物を選ぼうとも問題はない筈なのだ。

 だからと、それを言い訳にしていてはあまりに格好がつかない。任命責任は責任者である王太子(自分)にあるのだから。ーー今回の問題をウィリアム殿下は見逃す気はなかった。


「ラルフ、正直あの魔女をどう思った?」

「は。私には『どこにでもいる令嬢』に見えました」

「『どこにでもいる令嬢』か……。お前、それ、褒め言葉で言っていないだろう?」

「ははっ、とんでもない!こちらの面子を見て目の色を変える。容姿の良い紳士を見て値踏みする。これらを見て『どこにでもいる令嬢』と思ったワケですが、違いますか?」

「……。……違わんな」

「でしょう?」


 ドヤ顔の側近に同調するのはアレだが、側近の言う事は、強ち外れていない。

 ウィリアム殿下は王太子という立場から、幼い頃より奇異の目を向けられてきた。なかには幼い王太子を意のままに操ろうと誘惑してきたり、脅しをかけてきた者もいる。少年期から青年期にかけては、やたらと色仕掛けが頻発した。茶会で媚薬を盛られたり、知らない令嬢と恋仲にさせられかけたりと、なかなかに良い思い出がない。

 か弱い令嬢とは何ぞや、と最近になるまで捻くれた考えを持っていた程だ。幼少期よりこれまで、守ってやりたくなるような令嬢にはついぞ出会えなかったからだ。


「女は怖いからなぁ」

「仮にも王太子ともあろうお方が何を弱気なことを」

「ではなんだ、お前には守りたくなるような令嬢がいるのか?」

「ははは。貴方のお側にいたお陰で、女性への憧れは露と消えましたよ」


 冷めた目をして睨む側近。乾いた笑い声が怖い。


「……すまん」

「もういいのです。私には可愛い婚約者がおりますからね」


 ウィリアム殿下が素直な謝罪を口にすれば、側近ラルフはメガネの蔓に指をかけつつ断言した。

 因みに、ラルフは婚約者を「可愛い」と言ってはいるが、「か弱い」とは思っていない。か弱い令嬢に王太子殿下の側近の婚約者が務まる筈がないのだ。


「殿下、貴方も婚約者殿を大切になさいませね」

「ん?当たり前だろう、そんな事は」


 花の一つも贈らない婚約者を、相手の令嬢はどう思っているのだろうか。ラルフは王太子殿下の婚約者の顔を思い出すなり、はぁと溜息を吐いた。どうか、この朴念仁をお見捨てになりませんように。


「……お前、何か失礼なこと考えていないか?」

「いえ別に。ーーそれより、考えるべきは『塔の魔女』についてです」


 胸に手を当て祈りを捧げる側近に、ウィリアム殿下は怪訝な顔をしたところ、当の側近によって一刀両断のもと、話題は『塔の魔女』に移る。


「噂の出所は掴めておりませんが、どうやら、問題が起こりつつあるのは本当のようですね」

「ああ。どうも、可笑しな事になりそうだ」


 ウィリアム殿下は貴賓室の窓から外をーー遠くに見える赤い塔を見た。カーテンの向こうに見える赤い瓦屋根の塔。その小さな組織(キングダム)の中には、目には見えない病原菌(ウィルス)が蔓延っていた。

 

「『……つきましては、是非、お茶などご一緒しませんか?』か。ははっ!どの口がッ」


 側近から手渡された手紙。それはアルカード領主経由で届けられた、『南の塔の魔女』から『東の塔の魔女』に宛てたもの、その複写(コピー)だ。

 『塔の魔女』という特殊な仕事から、魔女へ届けられる手紙の類は、当人へ届けられる前に一度精査される。管理責任を持つアルカード領主は中身を確認する義務があるのだ。


「同じ『塔の魔女』という立場、それを分かっていながら呼びつける。……よほど侮っておいでなのでしょう」

「アーリアならば『仕方ない』とでも言うのだろうな。『私は貴族令嬢ではないから』と謙遜などしながら」


 妹のように可愛がる魔女の姿が脳裏に浮かぶ。

 侮られる事に慣れた魔女は、他者からの悪意に慣れすぎている。


「彼女ーーエイシャ嬢は、自らに課せられた役割が分かっていないのでしょう。就任から三月、未だ『塔の魔女』として在るべき姿を理解していないのですから」

「『東の塔』は隣国ライザタニアと接している。情勢は安定していない。どの塔よりも目をかけるべき要所といえよう。にも関わらず、魔女を塔から遠ざけようとするとは。同じ『塔の魔女』でありながら、その重要性が分かっていないのか?」


 有り得ないなと首を振るウィリアム殿下。その顔には怒りを通り越して呆れが浮かぶ。


「エイシャ嬢はまだお若い」

「アーリアと2つと変わらん」


 若いからと責任逃れはできない。

 若いから許されるのならば、そもそもこの様な重要なポストには就かせない。

 エイシャが選ばれたのは、エイシャに魔女としての実力と国への忠誠心、そして何よりエイシャの生家が内政を脅かす程の脅威を持たないと判断されたからである。

 

「どうやら、当初の見立てそれ自体が間違っていたようですが……」

「うむ、ならば仕方ない。南の魔女の任命責任を問うとしようか」


 「誰に?」と側近ラルフ。任命責任を持つのは、目の前の男、王太子ウィリアム殿下である。が、ウィリアム殿下は自身の責任を横に置くなり、いけしゃあしゃあと言ってのけた。


「宮廷魔導士長の首でも差し出させよう」

「は?」

「なんだ、それでは足らんか?ならば、いっそ宰相閣下の首でも獲るか」

「なぜそうなるんです!?」

「ははっ、冗談だ」


 本当に冗談だろうか。ウィリアム殿下の笑い声に、側近ラルフの額に汗が流れる。

 この主は時々、自分が思うよりもずっと冷淡で冷徹な判断を下す時がある。それも唐突に、予想を上回るスピードでだ。


「ラルフは優しいな。しかしそれではつけ込まれるぞ?」

「貴族令嬢の手紙一つでそれほどの事をされては如何なものかと。貴方の評価に繋がります」

「甘いな!アレは確かに貴族令嬢だが、『塔の魔女』という要職に就いている。官吏の一人に名を連ねているのだから、未成年であろうと扱いは社会人ではないか。社会人である以上、己の行動には責任が伴うのだと分かっていて然るべきだ」


 ラルフの心配しているのは『貴族令嬢の今後』ではなく、『王太子殿下の今後』である。貴族令嬢がポカミスで首を切られようが嫁の行き手がなかろうが、どうでも良い。


「確かに。理由が理由ですからね。仕事の相談ならばまだ理解できるのですが……」

「まさかその理由が『恋の相談がしたいから』とはな。ハッ、今時の若い者はこれだから……!」

「貴方も『今時の若い者』ではありませんか」


 子どもの2、3人育てた事のあるオッサンのような事を言い出す王太子にラルフは呆れた目線を向ける。一体、彼は自分を幾つだと思っているのだろうか。


「冗談はさておき。このままこの問題を放置する事はできん。どの道、『塔の魔女』システムについて手をつけるつもりでいたのだ。実際問題、北に始まり東に南、これ以上放ってはおけん」


 打って変わって真面目な表情で問題提起するウィリアム殿下。『北の塔の魔女』による反乱。『東の塔の魔女』の誘拐。そして『南の塔の魔女』による暴挙とも呼べる行動。

 国防を統べる機関だからこそ、秘匿性は勿論、潔白たる正義が求められる。だが、故に狙われ易くもあった。


「『塔』に頼り過ぎていた時期が長すぎるのだ。人々は盲目的にかの塔を信じている。信じ過ぎていると言っても良い。神へと縋る盲信者のように、裏切られる事はないと思っているのだ」


 だからこそ恐ろしいと感じる。

 盲目的に平和を、恒久的であると信じる人々の心が。


「『塔の魔女』の任期が短い理由。それを考えれば分かるようなものですが……」

「そんなもの分からんだろう。興味もないだろうしな」


 規定として『塔の魔女』の任期は定められてはいないが、調べればどの魔女も数年で交代している。表向きは『婚期に遅れるから』や『体力の限界を感じて』などといった理由だが、本当の理由は『塔の魔女』を長期雇用しない為である。

 任期が長期になればなるほど狙われる機会が増える。組織が中弛みし、変質する事もあるだろう。

 それらを避ける意味でも、『塔の魔女』は定期的に交代する。勿論、魔女が職を辞する時は《神殿契約》を行い、『塔』に関する情報の一切を口に出来ないようにする。厳しいようだが、ここまでするのは暗に『塔の魔女』の生命を守る為でもあった。


「『北の塔の魔女』の一件で分かったが、魔女とは孤独なもの。その心はつけ込まれやすい。魔女個人を侮っている訳ではないのだが、信頼しすぎるのは無理のある職業だと言わざるを得ない」


 その孤独さを利用して、前宰相サリアン公爵などはトアル公爵令嬢を『北の塔の魔女』に封じたのだが、それは例外といえよう。

 前宰相閣下の戦略が失敗してしまったのは、彼の根廻しが不十分だったからに他ならない。第二王子ナイトハルト殿下と共闘し、ナイトハルト殿下がトアル令嬢をその気にさせ続けていれば、『北の塔』の《結界》はどこよりも強固で長く維持できていただろう。


「ナイトハルトに腹芸は向かんからな。だからこそ、サリアン公爵はナイトハルトに相談を持ち掛けなかったのだろう」


 真面目で誰よりも繊細な心を持つ弟王子。

 優れ過ぎた容姿が原因で、幼少期より多数の悪意に晒され続けた王子に、嫌味でも何でもなく、ただ血を分けた兄弟として、ウィリアム殿下はこれ以上の心労をかけるつもりはなかった。


「『北の塔』の事件は、『塔』の在り方を見直すキッカケとなった。奇しくも裁量権も王太子(わたし)に降りた。あとは、改革を施すだけだ」


 いずれ、『塔の魔女』システムそのものの廃止を考えているウィリアム殿下。諸刃の剣たる《結界》に頼らずとも、自国を防衛できるだけの設備を整えれば良いのだ。何も同じシステムに固執する事はない。

 決して今までが悪いとは言っていない。時代に合ったものを模索していくべきだと言っているだけなのだが、年嵩の者には通じにくい現実があった。いつの時代も、新しい考えはなかなか受け入れられないものである。


「なに、私だけが責を逃れたりせんよ。今回の件、キッチリ始末をつけさせてもらう」

「と言いますと?」

「一度王宮へ戻る。南都への視察の結果を伝えに戻るとでも言えば、怪しまれまい」


 最も、探られて痛い腹を持つ者は検討ついている。

 ライザタニアの内乱に巻き込まれて『東の塔の魔女』が攫われた一件で調査されたのは、なにもライザタニアに関連する者たちだけではない。ついでとばかりに掘り起こされた案件は、一つや二つではない。


「ははっ、早速お前の情報が役立ちそうだな?」

「ええ、これも『東の塔の魔女』様のおかげです。足を向けては寝れません」

「ではさっそく父上に許可を貰いに行くとするか」

「御意」


 王太子殿下へと当てがわれた貴賓室の扉を開け、ほくほく顔で南都領主館の廊下を闊歩する。

 道ゆく領主館職員が道を譲りながらご機嫌な王太子にある者は首を傾げ、ある者は顔を青くする。

 王都では王太子殿下がご機嫌なほど、大きな案件が動くというジンクスがあるのだ。


 そんなジンクスなど知らぬ王太子殿下は様々な視線を跳ね除け、領主執務室へと大股で歩いて行った。




 


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『常夏の街と恋の罠5』をお送りしました。

まだ見ぬ皇太子殿下の婚約者は皇太子殿下と同じく仕事人間で、皇太子殿下のそっけないとも思える対応に文句をつけるような女性ではありません。かといって、皇太子殿下に愛がない訳ではなく、国に忠誠を尽くす同志として敬愛しています。


次話『常夏の街と恋の罠6』もぜひご覧ください!

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