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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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常夏の街と恋の罠2

「リュゼ見て。これっ、本物だよ本物!」

「それ、珍しいものなんだ?」

海竜(シーサーペント)の鱗だよ!付与してよし、装飾にしてよし、武具にしてよし、機能美に優れた一品なんだよ!?」

「ハハ、なにその『煮てよし、炊いてよし』みたいな言い方」

「兎に角!こんな綺麗な状態のもの、なかなかお目にかかれないんだからね?」

「へぇ〜」


 それ程広くない店内、灯りに照らされたガラスケースに並ぶ貴重な素材に興奮を隠せぬアーリアは、側にいたリュゼの袖を引っ張り、目の前の品がどれだけ貴重な物かと説明を始めた。

 キラキラと目を輝かせるアーリア。頬をつける勢いで張り付くように見ているのは、ガラスケースの中に並べられた掌大の鱗。鱗は深い海の青をしており、宝石の様な美しさがある。その他にも、白い牙や爪、空のような鮮やかな青から深い海のような黒の見事なグラデーションが美しい皮などが並べられている。

 先程から見ているのは、海竜(シーサーペント)という海に住む魔物から採れた素材だ。海竜との名ではあるが、妖精族の一種である竜種には数えらてはいない。赤竜や青竜とは違い竜玉を持たず、知性も低い。それ故に妖精族として分類されず、魔物の一種に数えられている。

 しかし、素材としては極上で、魔宝具職人からは垂涎の品として広く知られていた。


「皮と鱗、牙に爪もある。ああっどうしよう全部欲しいっ」

「なら買っちゃえば?」

「えっ?でも、結構な値段だし……」

「ここで逃したら、もう手に入らないかもよ?」

「だ、だよねぇ……」


 魔宝具職人としては一度は付与してみたい逸材ではあるが、内陸ではこうして生でお目にかかる事は少ない。特に、海竜(シーサーペント)の様に海の中にしか生息していない魔物などは、現地でなければ手に入らない事がしばしば。業商人を通せば、ここにある倍以上の値段がする高額商品。仲介料は仕方ない出費だとはいえ、その差額はバカにできない。

 暫く唸っていたアーリアだが、『わざわざこんな遠く、南の都まで来たのだから』と自分を納得させ、意を決して素材の購入に踏み切った。

 旅先で財布の暇が緩むのはよくあること。次いでに店員に勧められるがままに様々な素材を購入したが、近頃、不運続きで魔宝具製作がご無沙汰になっていたストレスもあって、後悔はなかった。


「さて。じゃあ、次は僕の買い物に付き合ってよ」

「勿論。どこへ行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ」


 店員に配送を任せ店を後にしたアーリアの手に、リュゼが自身の手を絡ませた。さらりと繋がれた手を引かれ、アーリアは思わずドキリと胸を鳴らす。

 自分の趣味の買い物に付き合わせたのだ。リュゼの買い物に付き合うのは当然で、嫌なはずはない。アーリアは二つ返事でOKを出すと、リュゼに手を引かれて商業街を歩き出した。


 そうしてリュゼに連れてこられたのは、なんと服飾店。入店から数刻、ひたすらアーリアは着せ替え人形と化していた。


「うんうん、めちゃくちゃ似合ってる」

「あ、ありがとう」

「じゃあ次、これなんてどう?」

「可愛いね。けど……」

「じゃ、こっちも着てみてよ」

「うん……?」


 頭に『高級』がつく服飾店で、金持ちと貴族相手に服を仕立てる専門の服飾師が構える大店。事前に予約でもされていたのか、店長はアーリアたちを笑顔で迎え入れた。


「僕の見立てに間違いはないね!ーーじゃ、これも包んどいて」

「かしこまりました」


 海を思わせる深い青の絹に咲いた大輪の花は、南都の代名詞とも謂われるハイビスカス。真っ赤な花弁が腰から足元へと広がり咲き誇っている。

 「大変お似合いになられます」と笑顔の店員。その隣にいるリュゼは始終、店員以上の笑顔を見せている。

 何を着ても「めちゃくちゃ似合ってる」と言い、アーリアが試着している間に次々に購入して、箱に詰めて送る手筈までつけている。どれも庶民では手が届きにくいものばかりで、アーリアは値段を理由に断ろうとするのだが、生憎リュゼは聞く耳を持たず、寧ろ「大丈夫大丈夫」と笑顔で押し切るので、押しの弱いアーリアは断りきれない。


「ねぇリュゼ、本当にどうしちゃったの?」

「ん、なにが?」

「あんなに沢山買っちゃって。まるで貴族みたい」

「アハ、だね。僕にも貴族っぽさが板についてきたのカナ?」


 着せ替え人形から解放されたアーリアは、漸く椅子に腰をかけた。リュゼは当然の様にアーリアの隣へ腰を下ろす。


「ホントに気にしなくていいよ。可愛く着飾ったアーリアが見たかっただけだから。実際どれも似合ってたし、タマにはいいじゃない」

「うーん。普段着にしてはどれも高価だったし、それにドレスもあったから……」

「あれは夜会用。センセに頼まれたんだよねぇ」

「侯爵様に?」

「そ。私服もそうだけど、持ち運ぶにも荷物になるからってあまり持ってこなかったでしょ?だから、こちらに到着し次第、新しい物を作ってくるようにって」


 同時に、気候や風土に合う服の必要性も説かれ、なるほどとアーリアは頷く。今更ながら荷物の少なさに合点がいった。どうやらガナッシュ侯爵(指導教官)の意向であったようだ。


「あ、だから……でも、これだけ沢山……」

「値段の心配?大丈夫!みんな経費で落ちるから」

「ドレスが、経費?」

「正解にはセンセのポケットマネー。生徒が貶されるのは我慢ならないんじゃない?プライド高いからね、あのセンセ」

「それって経費って言わないんじゃない?」

「気にしない気にしない。あれっぽっちじゃ、彼の懐はさっぱり痛まないからさっ」


 元公爵。元王族。元宰相。例え罪人に堕ちようと、これまでに築かれた財産は山とある。

 罪人として捕らえられ、表向き裁かれた以上は、ある程度の財産は没収されただろうが、こうして復職した以上、身分と爵位を保つ為の財は残されているとみて良いだろう。しかも、その財産はアーリアの想定よりずっと多いに違いない。


「さてと、じゃ次は装飾品でも見に行こっか」

「えー。まだ見るの?」


 立ち上がるリュゼに怪訝な表情を向けるアーリア。年頃らしく少なからず装飾品に興味があるが、それでもアーリアの感覚は庶民の域を出ない。贅沢品という意味合いが強いのだ。

 すると、リュゼはアーリアのそんな気持ちを見透かしたかの様な笑みを浮かべ、悪魔の囁きを齎した。


「アーリアさ、魔術付与された装飾品とか気にならない?」

「! き、気になる……」

「でしょ。最新の物もあるかもよ?」


 リュゼはアーリアへと手を伸ばす。

 ニコニコと笑うリュゼの顔をアーリアはジトっと見上げる。

 魔術付与された装飾品とは魔宝具の一種で、装飾品としての機能と魔宝具としての機能を両立させてあるが、装飾品としての見た目を重視したアクセサリーだ。アーリアのつくる魔宝具も装飾品としての機能のあるものが多い。他の魔宝具職人がつくる魔宝具に興味を持つのも当然で……

 アーリアはムムムと唇を尖らせると、えいっとリュゼの掌に手を置いた。



 ※※※



 数刻後。時刻は午後3時過ぎ。

 一階に菓子店を併設させたカフェで、アーリアたちは涼を得ていた。


「つ、疲れた……」

「お疲れー」


 机に突っ伏すアーリアにリュゼは冷たい水を差し出した。

 アーリアも年頃の女性らしく、買い物に楽しみを見出すタイプではあるが、それでも限度はある。


「リュゼは疲れてないの?」

「特に。だって楽しかったしね、アーリアとのデート」

「デート?」

「僕はデートだと思ってたけど、アーリアは違った?」

「あ、そんな風には、思ってなくて……」


 リュゼはメニューを開き、アーリアへと渡す。

 アーリアはデートという単語に困惑するままにメニューを受け取ると、リュゼは「なんだ、残念」とそれ程残念そうにない表情で首を傾げる。

 アーリアはメニューから冷たい紅茶とショコラケーキを、リュゼは冷たい珈琲とチーズケーキを選ぶ。暫くすると、机の上に目を楽しませる皿たちが並んだ。

 ケーキより前にアーリアは硝子のカップを持ち上げた。冷たい紅茶は乾いた喉を潤していく。


「さすがにこの暑さだと温かい飲み物なんて、飲んでられないよねぇ」


 ハァと一息吐いたアーリアに、リュゼは苦笑を向けた。

 窓の外は雲一つない青空が広がっている。石が敷き詰められた道は、太陽に照らされて、ジリジリとした湯気が上がっているような錯覚すら覚える。まだ春だというのに気温は王都の真夏並みに高い。当然、室内は涼やかな空気で満たされている。


「冷たい紅茶や珈琲なんて王都じゃ見ないけどさ」

「ほんとに。知らなかった頃には戻れないかも」


 リュゼが言う様に、紅茶や珈琲は温かいものが飲まれるのが普通で、貴族社会に於いて冷たい飲み物が出される事はない。

 しかし所変われば何とやらで、ここ南都での主流はアイス。贅沢にも角切りにした氷を硝子のカップに入れられており、そこに注がれた紅茶や珈琲は、この蒸し暑い外気温に配慮した実に爽やかな飲み物になっている。

 アーリアのカップの中には冷たい紅茶に檸檬の輪切りが浮かんでおり、少し苦味のある紅茶に爽やかな檸檬の香りが清涼感を誘わせていた。


「このチョコレート、生クリームとの相性抜群!」

「ここはドーアとは国境続きだしね」

「可愛くて美味しいけど、値段は可愛くないかな」

「貴族向けに設定してあるからね、そこは仕方ないんじゃない?」

「あー、私も染まってきちゃったのかなぁ?」

「気にする事ないよ。その時々に合わせていけば良いんだし。それに、この土地の料理はこの土地でしか味わえないでしょ?わざわざこんな所まで来たんだからさ、少しくらい楽しんでもバチは当たらないんじゃないかな」

「そうかな……うん、そうだね」

「旅に観光はつきものっていうじゃん」

「たしかに!」


 こうしたアーリアたちの何気ない会話ですら、店員たちにも聞こえない。

 席と席とはパーテーションで区切られており、他者からの目線は入ってこない。流石は貴族御用達の高級カフェ、各席に設けられている《盗聴防止》の魔宝具といい、防犯面を含め、客のニーズに合わせてあるのは当然ともいえた。

 もし、ここでの会話が漏れようものなら、店の信頼度にキズがつくだろう。客の信頼を裏切ったとして、営業停止に追い込まれ可能性は高い。金持ち貴族相手というのは、そう言う事なのだから。しかしーー


「さぁて、これで何が釣れるかな?」


 ふふふとリュゼはほくそ笑む。口元は鮮やかに笑んでいるが、その目の奥が笑っていないのは明白であった。


「どうしたの、リュゼ?」

「ううん、なんでもないよ。それより何かお代わり頼んじゃう?」


 食べ終わった皿を名残惜しそうに眺めていたアーリアに、リュゼはいつも通りの笑みを向ける。

 こういう時のアーリアは鈍い。自身に向けられていない感情を読み取るのを、得手としてはいないのだ。何より、リュゼへの信頼度がリュゼを疑う事をしない。

 アーリアはリュゼが浮かべていた仄暗い感情をスッパリ無視し、「そう?なら……」と再びメニューを開いた所に、トントンとパーテーションを叩く音が届いた。


「アーリア様、お迎えにあがりました」

「……ナイル?」


 パーテーションより顔を出したのは、アーリアのもう一人の専属護衛騎士ナイルだ。

 ナイルは襟までキッチリ締め、南都の暑さなど感じさせぬ普段通りの生真面目な表情でアーリアと、そして相棒へと視線を向けた。


「失礼。出直してきましょうか」

「いえ、大丈夫です。気にしないでください」


 アーリアは開いていたメニューを閉じると、緩やかに首を振った。その動きに併せシャラリとイヤリングが揺れ、片側で緩く編まれた髪が肩を滑る。長い睫毛に隠れた瞳がゆらりと彩光を帯びれば、忽ち他者を虜にする。

 アーリアの装いは街中を歩く普段着のそれではなく、服飾店でリュゼに見繕われたドレスであった。

 ドレスといっても王都の舞踏会で纏うような布地たっぷりの物ではなく、南都特有の滑らかな絹のドレス。南国ドーアから輸入された型紙は異国情緒溢れるもので、背中から腰にかけて身体のラインを活かしたつくりとなっている。そこへ大きく描かれた花の刺繍と散りばめられたビーズの数々が、華やかさを演出していた。


「今日は一段とお美しい」

「……へ?」

「でしょでしょ!良いセンスしてると思わない?」

「ああ。教官殿も御満足なされることだろう」


 生真面目騎士らしくない世辞の言葉にアーリアがポカンと口を開ければ、その間騎士たちはアーリアそっちのけで、騎士同士にしか分からない会話が交わしていく。


「お世辞、かな?」

「とんでもない。本心です」

「えっ、そっ……あ、ありがとうござい、ます?」


 頭の上には疑問符が満載になっているアーリアに対し、ナイルは大真面目に頷く。隣のリュゼは満面の笑みだ。


「さて、参りましょうか」

「はい、えっと、どこへ?」

「侯爵様がお待ちです。ーーお手を」


 差し出された手に手を乗せれば、いつの間にか背にいたリュゼがさっと椅子を引く。

 アーリアはナイルにエスコートされるがままに、前後に騎士を伴って店内を後にした。

 その姿はさながら『2人の騎士に傅かれた姫』。淑女の間で人気を博している物語さながらの光景に、目撃した者たちからの視線は熱い。例え、貴族御用達のカフェであろうとも、目撃者たちの口に上らぬはずはない。


 この日、貴族らは挙って『あの抜ける様な白い肌の令嬢は何処の誰か?』と、突如南都へ現れた令嬢について詮索するのだが、それこそが彼らの狙いであると気づく者はなかった。





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『常夏の街と恋の罠2』でした。

アルカードより年間の平均気温が高い南都。好まれる服装、食事など、異文化といって過言でないほど異なる所が多くあります。特に特徴的なのは見た目で、服装や肌の色から一目で余所者だと分かりるほどです。


次話、『常夏の街と恋の罠3』もぜひご覧ください。

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