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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
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ナイルの事情1


「あれ?ナイルは……お休みだっけ?」

「実家に帰ってくるって言ってたかな」

「里帰り?ふぅん」


 騎士団所有の魔宝具を在庫整理中、側にあって当たり前になりつつある専任騎士の内の一人が今日に限り側にない事に首を捻った。


 これまでアーリアの専属騎士はリュゼ一人であったが、ライザタニアからの帰還後、宰相閣下の計らいにより二人に増えた。

 ナイルは『東の塔の騎士団』に所属する騎士であったが、騎士の忠誠心という名の直談判により、この度、専任騎士の地位を得た。

 元より、塔の魔女につく専属の護衛騎士というのは複数人であるので、この決定に反対を申し出る者はなかったという。


 これまでも幾度か検討されていた増援。叶えられてこなかったのは、アーリア個人の事情故だった。


 アーリアは他の塔の魔女と違い任命された経緯が異なり、貴族令嬢でもなければ、塔に縛られている訳でもなかった。傅かれ、常に側に侍られるという状況に拒否感を持つ故に、アーリア自身、これまでリュゼ以外の者を側に置こうとはしなかったのだが、ナイルに関してはその限りではなかった。

 『東の塔の騎士団』の中でもズバ抜けた生真面目さ。国への忠誠心故に『塔の魔女』への忠義心は硬く高く強く、遂には『塔の魔女』個人へ騎士の忠誠を誓ってしまうという行動力。

 しかも、その忠誠には裏も面もなく、極論、『塔の魔女』個人がどう思おうとも関係がないという自己中な忠誠心ぶりには、当のアーリアが折れた。

 リュゼ同様、ナイルは自分を決して裏切らない。そう言い切れるからこそ、アーリアはナイルが自分の専任護衛になる事を拒否し切れなかった。


「それで、ナイルがどうしたの?」

「少し聞きたいことがあったんだけど、また今度にするよ」


 どんな仕事にも休暇があるように、騎士や護衛にも休暇はある。しかし、それがナイルならばどうだ。何よりも忠誠を誓う主の安全を望むナイルが、専任騎士に命じられた直後に個人の用事で仕事を休むだろうか。

 『生真面目騎士ナイルの里帰り』という言葉には違和感を持ったが、この時のアーリアはその違和感を、まあいいかと胸に仕舞い込んだ。その違和感を思い出した時、自分が再び災難へと巻き込まれた事を知るのだが、それを知るのは少し先の事となる。


「センパイの実家は南方に領地を持つ侯爵家だよ」

「南方の、侯爵家……」


 翌日の昼、アーリアは食堂がリュゼと共に昼食を選んでいると、セイがやってきた。

 セイはライザタニアからの交換留学生として塔の騎士団に在籍中だが、その態度は騎士時代と大して変わらない。寧ろ、もっと遠慮がなくなったように思えた。


「ドーアとの交易が盛んな所で、ドーアからカカオの輸入をしてるって聞いたことあるなァ」

「カカオ?あ、チョコレートの材料の」

「そ!システィナじゃそこそこ裕福な家だと思うよ」


 セイは元ナイルの後輩で相棒。2年近くナイルと行動を共にしていたので、ナイルの内情になかなかに詳しい。自身の出自を話すほど、ナイルがセイに気を許していたとも言う。

 セイ自身、先輩騎士ナイルには恩義を感じている。そんなナイルをセイは躊躇なく斬ったにも関わらず、今も以前と変わらぬ関係にあるのだから、変わった関係だと言わざるを得ない。

 セイの鈍感さ。ナイルの懐の深さ。要するに二人揃って割り切り方がハッキリしているのだと言ったのはリュゼで、それはアーリアにも言える事だと苦笑されたのは記憶に新しい。


「現当主はセンパイの2歳上のお兄さん。温和な顔してなかなかやり手だって聞いた。センパイは三男だから侯爵家を継ぐ身じゃない。だから、自由気ままに騎士やってるんだって」


 アーリアは「確か、お母様が3人とかなんとか、聞いたような……」と曖昧な相槌を打つ。正直、飲み会の途中から記憶が抜け落ちている。

 するとセイは「そーそー。なんだ、覚えてんじゃん」と小馬鹿にするように笑った。


「センパイはこの前まで小隊長の地位にあったし、塔の騎士に叙された時、名誉男爵の爵位を得てる。騎士の給料と領主の収入とじゃかなりの差があるけど、それでも恋人ひとりくらい養えるから安心して」


 再び相槌を打とうとしたアーリアだが、セイの言い回しに首を捻る。ナイルの何も心配していないのに何を安心しろと言うのか。


「そうなんだ。ていうかセイ、こんな簡単に他人のプロフィール晒しちゃって良いの?」

「大丈夫大丈夫。知らない仲じゃないし!」

「本当?叱られても知らないよ?」


 ナイル本人からなら兎も角、他人から聞くのはどうかと、アーリアは難色を示した。一応、注意を促してみたが、セイはどこ吹く風といった風で、反省の色はない。


「それにしてもさ、アーリアちゃんが他人に興味を示すなんてね?よっぽどセンパイが気に入ったのかな?」

「ん、どういう意味?」

「センパイは南方出身だけあって目鼻立ちなんかハッキリしてるし、容姿も整っている方だとも思うよ。性格も悪くはない。けど、品行方正なフリして腹黒い所もあるんだよねぇ」

「腹黒い?うーん、想像つかないなぁ……」


 アーリアは食堂のシェフに日替わり定食を頼むと、日当たりの良い窓際の席へ場所を移す。すると、リュゼに続いてセイも当たり前の様にアーリアの後に続いた。

 セイはドッカリとアーリアの向かいの席に腰を下ろすと、長い足を机の下で組む。


「アーリアちゃんはチョロいからさ。センパイもアーリア相手には物腰柔らかだしさ、だから見た目の誠実さにコロッと騙されてるんじゃないかな?あーゆータイプには気をつけた方がいいよぉ〜」


 面と向かってチョロいと言われたアーリアは一瞬ムッとしたが、事実なので仕方ないと出かかった怒りを抑えた。が、その怒りを察知していたリュゼが机の下にあるセイの足を一蹴りしていた。

 イテッとセイが鼻を顰めるが、アーリアは気づかず「セイ相手には結構辛辣な事言ってるかもね」と顎を下げる。


「あー見えてセンパイ、ごりっごりの騎士だから中身は肉食系だよ。ま、でもセンパイも紳士だからアーリアちゃんの嫌がる様な事はしないと思うし、そこは安心して良いかな」

「? 心配はしてないけど……」

「はぁー、こんっな若くて可愛い女性から想いを寄せられるなんて、センパイは幸せ者だよねぇ〜」

「あのセイ、さっきから何を言って……」

「何なら、幻滅しても耐えられるように、センパイの黒歴史聞いとく?ミシェルに聞いたんだけど、社交界でさぁーー痛ッ!って、誰だよ、何すんの!?」


 セイは何を言っているんだ、とアーリアは首を傾げる。本格的に会話が噛み合わなくなってやっと、アーリアはセイに問い質そうとしたのだ。が、その必要はなかった。セイの後頭部を殴りつけ、これ以上の暴露を止めたのは、話題の人だったからだ。


「お前こそ。何を良からぬ吹き込んでいるんだ?」

「「ナイル(センパイ)!?」」


 セイが背後を、アーリアがセイの背後に視線を向ければ、そこには生真面目を絵に描いたような騎士が立っていた。


「げ、いつの間に!?」

「おかえりなさい。今、帰りですか?」

「ただいま戻りました。ええ、先ほど」


 無言でセイの後頭部をどついたナイルは、セイの抗議の声など無視して、アーリアへと視線を向けた。


「アーリア様が私をお探しになっていたと聞きまして……」

「あ、えっと、騎士団が所有する魔宝具について、少し聞きたいことがあったんだけど……」

「では、それは後ほどお話ししましょう」

「お願いします」


 セイへ向ける視線とは違い、アーリアに向ける視線は柔らかい。ナイルが腰を落としてアーリアに視線を合わせると、柔らかく微笑んだ。

 そうしている間にも食事が運ばれてくる。地方の騎士団といえど、属するのは貴族子弟が殆どなので、食事は街の食堂などとは雲泥の差だ。使われる皿一つとっても高価なもの。勿論、食堂のシェフの腕も一流である。


「それで、お前は何の話をしていたんだ?」


 アーリアたちの前に皿が並ぶのを待ち、ナイルはセイに声かけた。


「心配なんてないよ、センパイの事を教えていただけだから!」

「……。それは、何よりも心配せねばならない内容ではないのか?」

「あはは平気平気!まだ障りしか話してないからさッ」

「それ以上は結構だ」

「えー、これからが面白い所だったのにぃ」

「今度は耳でも引っ張ろうか?」

「げぇ」


 セイとナイルの夫婦漫才かのようなやり取りに、アーリアはクスリと唇をあげる。


「とりあえず、先に食事にしない?」


 リュゼの提案にアーリアも賛同する。何が何でも、今しなければならない話でもない。今は目の前で湯気を立てる食事に敬意を払うべきだ。食事中の会話は最低限にするのがマナーなので、アーリアたちは眼前の食事を楽しむ事にした。

 本日の日替わり定食はメインが鶏肉の香草焼き。サラダとスープ、カットフルーツの生クリーム添え、それに焼きたてのパンがつく。パンは数種類用意されていて、ジャムも好きなものを選べた。その中、アーリアはもちもちと柔らかい白パンと苺ジャムをチョイスした。食事の最後には紅茶が運ばれてくる。こちらも茶葉が選べて、アーリアは南国由来だというベリーのフルーツ香る紅茶を頼んだ。

 成人男性、それも騎士たちと同じ量など食べられないので、アーリアの前に運ばれてくるのはみな、アーリアに合わせた量となっている。逆に、食べ盛りの男性、セイなどはパスタを追加注文していた。


「でもさぁ、センパイが実家に帰省なんて珍しいよね。何か問題でもあったんですか?」

「別に何も。領地運営も順調そうだった」

「ふぅん。じゃあ何で呼び出されたんです?確かセンパイのお兄さんって、センパイと同じくらい堅物だったって記憶してるけど……?」


 皆に食後の紅茶が行き渡ったのを見計らい、セイが再び口を開けた。ナイルはセイの質問に対して珍しく渋り顔だ。答えにくい事でもあるのだろう。


「まぁ、色々あるんだ……」


 言い渋るナイル。しかし、セイは「えー」と納得できない顔をしている。アーリアはそんなセイに視線を向けて、首を振った。


「ね、セイ、プライベートなことなんだしさ……」

「そーだけどさぁー」


 嗜めるアーリアに、セイは悪びれもせず「気になるじゃん」と舌を出す。

 ともすれば無神経に思えるセイの言動だが、彼はそれが他人のプライベートに無断で踏み込む行為である事は分かっている。分かっていて、ナイルの不可解な行動の裏に何があるのか知りたいと思ったのだ。

 それはアーリアも同じではあったが、他人のプライベートを覗き込もうとは思わない。『親しき仲にも礼儀あり』と言うではないか。


「アーリアちゃんだって気になってるクセに」

「気になるからって、これ以上詮索するのは良くないよ」

「ちぇ。良い子ぶっちゃって」


 不貞腐れるように唇を尖らせるセイにアーリアは苦笑する。

 アーリアは自分が特段聞き分けが良い訳ではなく、他人のプライベートな分野に入り込むのが苦手なだけなのだと、自覚していた。他人を詮索すれば、自ずと自分の事も詮索される。それは己の望む事ではない。

 困った様に眉を下げるアーリアを見て、リュゼはセイを睨みつけた。流石にこれ以上は黙っていられない。


「無神経な男はモテないよ〜。あ、またフラれたんだっけ?」

「なんで知ってんの!?」

「聞いた。誰って?ミシェルが言いふらしてたし、みんな知ってんじゃないのかな」

「あんのヤロぉ!」


 セイは立ち上がるとキョロキョロっと食堂内を見渡し、目当ての人物を食堂の出入り口付近で見つけるとその勢いのまま人波を掻き分けて猪突猛進する。

 一方、食堂の出入り口付近でメニューを選んでいたそばかすの青年は、突然の寒気に顔を上げ、視線を上げた先に鬼の形相で向かってくる赤毛の男を見つけ「げっ!」と顔を引き攣らせたのと、脱兎の如く逃げ出したのは同時だった。

 アーリアは「待てっこのお喋りめッ!」という罵声と共に消えたセイとそばかすの青年に、「どちらも似たり寄ったりだなぁ」という感想を抱くと、視線をセイからの向かいの席にあるナイルへと移した。

 ナイルも丁度セイから視線を戻した所で、アーリアと視線が合うと、苦々しく微笑んだ。


「ごめんなさい。詮索するような真似をして……」

「構いません。どうせあの男が勝手にべらべら喋ったのでしょう」


 アーリアが頭を下げると、ナイルは首を振った。ナイルの勘は強ち外れておらず、アーリアも何と言っていいのか分からず曖昧に微笑んだ。


「本当に、アーリア様がお気になさる事ではありません。私は口実の為に実家に呼び出されたに過ぎませんから」


 己の職務に誠実なナイルは、アーリアにこれ以上の心配を与えぬ為に語り出した。実家からの呼び出しとはいえ、大切な主の側を離れた事を後悔しているのだ。それも、『父危篤』という緊急性のある連絡で呼び出されたにも関わらず、慌てて帰ってみれば、当の父親はピンピンしていたものだから、騙されたと分かっていても腹立たしいものである。


「……口実って?」


 アーリアは聞いて良いのかなと思いながらも問い掛けた。すると、思いもよらぬ答えがナイルから飛び出した。


「見合いです」





ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります(*^▽^*)


『ナイルの事情1』をお送りしました。

騎士となって以降、ナイルは年に数度里帰りをしていましたが、ライザタニアからの侵攻が激しくなってからは殆ど帰れていませんでした。だからと、家族仲が悪い訳ではありません。特に、下の弟と妹はナイルを尊敬し慕っています。


次話『ナイルの事情2』もぜひご覧ください!

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