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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と砂漠の戦士
457/497

南の魔女からの手紙2


「またエイシャ様から手紙?」

「うん。エイシャ様、筆まめなの」

「みたいだね」

「塔の魔女は暇だから、仕方ないのかも」

「ヒマねぇ……」


 塔の魔女の責務は《結界》の作成と維持。それ以外の仕事を挙げれば外交だろうか。交流するのは自国の領主や貴族、他国の貴族などだが、毎日誰かと会わねばならぬ訳ではない。大概は暇を弄ぶ事になる。

 貴族令嬢というのは基本、男性の様に外へ仕事を持つ者は少ないので、暇の潰し方を心得ている。だとしても、年頃の女性に『塔の中のみで過ごせ』というのは酷なものだろう。


「基本、塔の魔女は塔へ缶詰めだからね」


 アーリアは言いつつ苦笑した。自身の自由さは他の魔女とは比較できない。だからと、アーリアが他の塔の魔女の苦労を取り除いてあげよう等とは思ってはいない。自身の魔術を他人と共有しようとは思わないからだ。


「にしても頻繁過ぎない?」

「そうだね」

「ま、だからって断れないか……」


 他人目がある場でリュゼの言葉に同意こそできないアーリアの表情には、僅かな曇りが見えた。

 手紙を断れないのは、塔の魔女という立場故、政治的なアレコレに関わるからだ。面倒だからと簡単に関わりを断てない。そんな(しがらみ)がアーリアを苦しめる。

 徐々に増える貴族的なやり取りはアーリアにとって面倒でしかなく、しかもどう対応するのが『正解』なのか分からないでいた。

 大半は王城でやり手の宰相閣下が対処してくれてはいるが、たまにこうして漏れてくるものがある。その大半は『多忙につき対応ができない』旨を伝えれば、その後無理を通される事はない。また、騎士団長や領主が代わりに穏便に対処してくれる事もある。ーーが、今回に限り、その手は使えなかった。相手が同じ『塔の魔女』だからだ。


 どうしたものかと悩む事数日、アーリアは()()を頼る事にした。


 南窓から暖かな日が注ぐ。唐草模様が彫られた白い壁、落ち着いたオーク調の家具。輝くシャンデリア。緻密な絵柄が施された柔らかな毛肌のカーペット。広い部屋には執務机が二つ。少し離れた所に応接セット。どれをとっても一級品で揃えられた此処は、アーリアの為に用意された執務室であった。


「ほう、南の塔の魔女殿からの手紙というのは、『恋の相談』でしたか……?」


 手紙を手にアーリアが個別に設られた執務室へ戻ると、そこには既に先客がいた。

 燻んだ金髪、薄青の瞳にはモノクル、髭を湛えた老紳士。高貴な雰囲気漂うこの老紳士は、アーリアの指導教官(先生)である。

 長年国に仕え、その生涯の大半を王宮で過ごしてきた老紳士は、老後の再就職先としてアルカードへ来て以来、それまで伸ばせなかった羽を伸ばに伸ばしている。その最たるものが変装で、変装の必要があるからと支給された魔宝具を使って、髪色や目の色を変える事で変装を楽しんでいる。

 今日も今日とて老紳士の変装に余念はなく、髪色によって纏う服の雰囲気まで変えているのだが、どんな雰囲気を纏おうとも大変似合っている。さすが元大貴族、元王族と言わざるを得ない。容姿が良いと何でも似合うという典型でもあった。


「最初は『何で私なんかに手紙を』と思ったのですが……」

「何らかの思惑があるのかと疑って当然でしょう」

「はい。でも、内容が内容なので……」

「これでは、思惑など読み難いでしょうな」


 内容が内容だけに、最初は手紙を見せるのを戸惑っていたアーリアであったが、内容を隠したところで『恋の相談』と言ってしまっているのだ。このままでは埒も行かないと考え、現物をガナッシュ侯爵へと手渡した。

 内容としては『恋焦がれる相手がいる』、『日に日に好きになる』、『諦められない』、『互いに立場があるので勝手はできない』、『それでも、相手に振り向いてもらう為にどうしたら良いか』ナドナド。

 政略結婚が当然の世界に生きる貴族令嬢としてはどうかと思う部類の悩み相談だが、年頃の娘の悩みとなればこれ程らしい物はない。

 因みに、現在の『南の塔の魔女』は16歳。学院を飛び級で卒業してすぐ南の塔へ配属されたそうで、優秀さは在学中からも輝いていたそうだ。


「私だってバカじゃありません。前にも一度騙されているんです。裏くらい読みます」

「ハハっ、私は未だ何も言っておりませんよ」


 何やら言いたそうにニヤニヤと笑う老紳士に、アーリアはムッと頬を膨らませる。

 『北の塔の魔女』の策略に嵌り、帝国に島流しならぬ川流しに遭ったのは、まだまだ記憶に新しい。

 元北の魔女ソフィア。彼女はあろう事かシスティナの第二王子ナイトハルト殿下に懸想して、アーリアを帝国に売ったのだ。

 あの時、アーリアは相手に何の思惑があるかも考えず無防備に接触した挙句、痛い目に遭った。その時の教訓を活かさないなど、愚かでしかないではないか。


「それで、私に相談ですか」

「はい。『使えるのもは親でも使え』って言いますよね?」


 しれっと答えたアーリアに、老紳士はニコリと微笑んだ。

 闇雲に他人へ頼る性格でないこと、己の分を知った上でそれを僻む事なく他者へ協力を得ようとする姿勢、その2点を踏まえ、老紳士はアーリアの評価を僅かに上げた。


「ですな。斯くいう私も使えるモノは何でも使ってきました。それこそ親兄弟さえも……」

 

 顎を撫でつつ不敵に笑う老紳士。この老紳士がタダの御隠居なら、アーリアもここまで緊張しなかったに違いない。

 老紳士ーー元宰相にして元公爵家当主たる彼ガナッシュ侯爵は、宰相の地位を得るまでに、それこそ親兄弟すら利用してきたであろう事は想像に硬くない。だがガナッシュ侯爵の場合その親兄弟というのが王族ーーそれも現国王であるという事を知らなければ、もう少しアーリアも心穏やかでいれただろう。


「えっと、じゃあそういうことで。早速ですが、先生はこの手紙をどうご覧になりましたか?」


 世の中には気づかない方が幸せな事は沢山ある。

 今回も知らぬ存ぜぬを決め込んだアーリアは、結論を急かすように指導教官へと言葉を投げかけた。


「私ならまず罠を疑いますな」


 ズバリ。指導教官は顎を一撫で。私ならと断ってからアッサリと答えを出す。その答えにアーリアも同意する。


「私は男ですから女性の気持ちは判りかねますが、それでも、会った事もない相手にこの様なプライベートな内容を相談しないと思うのですが」


 アーリアの友だち関係は希薄で、女友達といえばアルヴァンド公爵家令嬢のリディエンヌしかいない。そのリディエンヌでさえ、互いにそれ程踏み込んだ話をした事はない。身分差を考えれば当然なのかも知れないが、アーリアにとって『友だち』とはその程度の認識だった。


「そうですよね。私もそんな気がしていました」


 人間関係に疎いアーリアでも、人並みの常識は持ち合わせていた。初めて手紙を受け取った時の感想は「怪しい」であったし、2通目が届いた時は「また?」と首を傾げ、3通目になって「何の思惑が?」と眉根を寄せた。

 初めの手紙はまだ時節の挨拶やら、社交辞令的な誘いの言葉やらで、ここまで内情を曝け出したものではなかった。手紙が2通、3通と重なる毎にフランクな内容になっていったのだ。

 最近では週に二度は届けられるようになり、少し、げんなりとしてきていた。だからと、「面倒だから送ってくるな」とも言えないもので、どうしたものかと困り果てていた。


「ですが、今のところこの内容では、裏を読めと言われても困るでしょうな。内容は『恋の相談』としか言いようのないもの。罠が仕掛けられているとするなら手紙そのものに何らかの術がーー呪術などが込められているとするのが妥当な考えですが……ああ、その様子では既に調べておられますな。呪術的な媒体でなかったとするのなら、尚更、裏を疑い難いでしょう」


 指導教官の手から戻された手紙、そして封筒。その双方に指を這わしたアーリアは、手紙に残された魔力残滓を読み取ろうとした。しかし、手紙からは特段悪意ある魔力は感じられない。


「この手紙には呪術の類は仕込まれてはいません。ただ、わずかに魔力の香りがするけれど……」


 手紙と封筒に鼻を近づけ交互に匂いを嗅ぐ。薔薇を模した封蝋から花の香りが鼻を擽る。

 香りを封じ込めた封蝋は貴族の手紙に於ける常識のようなもの。大概、どの手紙にも何らかの香りを放つ封蝋が使われているので、それ自体は何の不思議もない。


「うーん、やっぱり悪意は感じない」


 ただの手紙。けれど、そう断じるにはどこか疑問が残る。さてどうしたものか。アーリアはうーんと唸って手紙を睨みつけた。


「私には、エイシャ様の目的が分かりません」

「今この段階で疑いの目を向ける事もできますまい。理由なく疑えば、東と南、二つの塔の間に確執ができましょう。それは避けねばならん」

「はい、私もそれは本意ではありませんから」


 塔の魔女同士が反目し合う。即ち、内戦に繋がりかねない状況となるという事だ。アーリアとしては、自分の在職中にその様な事態が起きる事態にする気はさらさらなかった。理由はただ一つ。『面倒だから』である。


「自国の者同士が潰し合うなどムダでしかない。ムダな浪費が分かっていながら内戦を起こすなど、蛮民でしかない。まぁ、それが分かっていても起こしてしまう、起こさざるを得ないのが『人間』というものなのだが……」


 先のライザタニアの内戦。それを指しているのだろうか。

 無意識なのかガナッシュ侯爵は溜息を一つ吐き、ふと窓の外を見上げた。窓の向こうは快晴。薄い雲の隙間を雲雀が飛んでいく。


「人間は人間以上のものに進化できないものです」

「そう、なんですか……?」

「生活が豊かになろうと、生活水準が上がろうと、人間の本質というのは変わらない。それこそ何百、何千年前からずっと。だからこそ、戦争なぞという愚かな行いがなくならないのですよ」


 気に入らぬという理由から、相手を打ち破って相手を死に至らしめる。打ち破った相手の財産を奪う。これが野蛮な行為と言わず何と言うのか。

 気に入らぬ理由は宗教観、歴史観など、人間それぞれの価値観の違いではあるが、それを前提として己の正義を掲げ、振り翳して相手の尊厳を打ち破るのは、果たして正しい行為なのだろうか。

 確かに受け入れ難い価値観というものは存在する。どうしても受け入れられないという感情も。だからと、その相手を敵視し、存在そのものを無かった事にするのは、やり過ぎではなかろうか。


「私は戦争の愚かさを知っております。ですが、それが国の尊厳と存続の為に必要とあらば、私は戦争という愚かな行為を支持するでしょう。いやはや、言っておいて何ですが、矛盾だらけですなぁ」


 国の為ならば必要と思えない行為を肯定する。そう語る指導教官は、自身の気質に困ったように眉を寄せた。

 アーリアはその様子に、指導教官がーー元宰相閣下が何処までいっても、それこそ罪人にまで身を落とそうとも、愛国心ある忠臣である事を思い知らされた。


「自分の感情を否定するのは難しいもの。否定するくらいなら争そおうと思っても、不思議ではないわ」


 自身を無意識に『人間』とは別の場所に置くアーリアも、自分の中にある矛盾した考えに悩まされる事が多々あった。人間の為に造られた存在であるが、人間の為に生きねばならないのは嫌だと思う気持ちを確かに持っていた。


「彼方から動きがあるまで今は静観するしかありますまいな」

「このまま何もなければ、それが一番ですから」

「その間、彼方の情勢について少し、調べておきましょうか。いえなに、こんな私にもまだまだツテというものはありますからな、アッハッハ」


 爽やかに笑う指導教官に、アーリアは素直に「お願いします」と頭を下げた。今はまだ、他の騎士を巻き込むのは避けたい。勿論、騎士団上層部と領主には伝えるが、それ以上を巻き込む事態を避けたかった。


「しかし、初恋もまだとは、いやはや……」


 話し合いも小休憩。領主館から派遣されてきた侍女によって運ばれてきたカップを傾けていると、指導教官から思わぬ言葉を投げかけられた。


「どなたにそれをお聞きに?」


 飲みかけた紅茶で咽せそうになったアーリアは、カップから唇を離すと、ガナッシュ侯爵へと目線を上げた。


「人の口に戸は立てられないものですからな。私はてっきりリュゼ殿と恋仲なのかと思っておりましたぞ?」

「恋仲?」

「ええ。随分と仲睦まじく見えておりましたから」


 意地悪な笑みを浮かべるガナッシュ侯爵は、これまでになく楽しそうな表情をしている。


「っ、リュゼとはそんなんじゃ……!大切な人には変わりないですけど……!」

「ほう、リュゼ殿の片想いですかな?」

「え。か、片思いって……そ、そんなワケないじゃないですか!」

「いやぁ、甘酸っぱいですなァ!ははは」


 目を泳がせ言い淀むアーリアに、指導教官は益々笑みを深める。

 因みに、この執務室にはアーリアと指導教官の二人きりだ。指導中、専属護衛の二人は部屋の外で控えている事になっている。


「と、兎に角、私の話なんて先生には関係ないですよね?!」

「個人的に興味があるだけです。まぁ、大半の者がそうでしょうがね」

「ならっ、揶揄うのもほどほどになさってください」


 頬を赤らめて唇を尖らせるアーリア。リュゼからの好意が嬉しくない訳ではない。しかし、それが色恋のものだと判じるには、アーリアに知識も経験も乏しかった。

 アーリアはリュゼを『大切な人』と言って憚らないが、『大切な人』と『恋人』とが同一であるとは思っていない。アーリアはリュゼを『一人の人間』として尊厳するが故に、自分の心に自由であってほしいとも考えていた。その考えはライザタニアから帰って以来、益々大きくなっている。

 リュゼにはリュゼの人生があり、アーリアはそんなリュゼの人生を尊重したかったのだ。間違っても、アーリアの為に命を落とす事などあってはならない。もし、リュゼがアーリアという個人にそれほどまで囚われているのなら、アーリアはリュゼから離れるのも否まないだろう。何より大切なのは、リュゼ個人の人生なのだから、とーー。


「アーリア嬢とリュゼ殿の関係などこの際関係ありませんが、仕事に支障があるのなら別の話となる」


 声音を変えた指導教官に、アーリアはギクリとした。


「心配しなくとも、あなた方を引き離す気はありません。貴女が公私混同しない事を私は知っています。リュゼ殿の気持ちがどうであれ、アーリア嬢、貴女は彼との距離を上手く取っておいでだ。貴女のその姿勢を、私は尊重しますぞ」


 これまでリュゼとの関係について、誰からも深く切り込まれて来なかっただけに、この指導教官からの評価には、アーリアは素直に喜ぶ気になれなかった。

 褒められているのに、全く褒められた気がしない。いや、実際には褒められていないのだろう。『これ以上の公私混同は許されない』と釘を刺されている。そう思えばこそ、アーリアは『面倒な人が指導教官(先生)になったものだ』と内心溜息を吐いた。


「面倒な人が指導教官になったものだ。そうお思いですな?」

「なっ!?」

「アハハ、貴女は本当に素直で面白い女性ですなぁ」

「っ〜〜〜〜!」


 七面相するアーリアに、楽しそうに笑う指導教官。

 またもこの老紳士に揶揄われたのだと分かると、アーリアは肩をプルプル震わせてカツンと茶器を机へ下ろした。


「もうっ、これ以上はルイス様にに言いつけますからねっ!」


 一層のこと、ウィリアム殿下経由で国王陛下に言いつけてやろうか。老紳士の目に余る遊び心に、アーリアは豪を煮やして叫んだが、隠居の老紳士はそんなアーリアの叫びも何のその。益々楽しそうな笑い声を上げるだけだった。



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『南の魔女からの手紙2』をお送りしました。

アーリアの指導教官を務めるガナッシュ侯爵はこれまで他者に謙る立場にありませんでしたが、現在の指導教官という立場になり言葉遣いを改めています。しかし、元王族、元公爵、元宰相と長らく多くの者たちの上に立つ立場が長かった弊害か、言葉遣いの端々に偉そうな言動がチラホラ見えます。本人はこれでも最大限気を遣っています。


次話もぜひご覧ください!


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