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魔宝石物語  作者: かうる
幕間5《帰還編》
453/498

日常は不穏な影を伴って1


「どうしたの、リュゼ?」

「ん〜〜別に。(なん)もないよ」


 いつの間にか背後をついて来ていた筈の専属の護衛騎士が立ち止まっており、それに気づいた魔女が振り返って交わされた会話。護衛騎士のその答えに適当に相槌した魔女の顔には、僅かに疑問符が浮かぶ。このような事がここ数日、幾度も起こっていたからだ。

 それでも護衛騎士は毎度「別に」と答えるものだから、これまで『特に気にするものでもないのか』と考えてはいた魔女も、流石に気になる程尋ねる回数が多い気がした。自身の感覚の鈍さを自覚する魔女であっても、何となく放っておく事ができずになっていた。


 ー何か、あったのかな?ー


 魔女は生返事をしながらも周囲に視線を走らせる。しかし、そこには何の変哲もない回廊が続いているのみ。不審者の類は見受けられない。

 騎士寮の中庭をのぞむ回廊には、何本もの白い柱が立ち並んでおり、そこを数人の騎士が歩いている。ある騎士は長剣を片手に、ある騎士は書類片手に、そしてある騎士は大きな紙袋を持っている。その誰もが魔女の視線に気付いた後、軽い会釈をして去っていく。特段変わった様子は見受けられない。


「どうしたの?アーリア」

「何でもないけど……」

「そ?なら、急がなきゃ。約束があるんでしょ?」

「う、うん……」


 煮え切らぬ何かを感じながらも、魔女アーリアは護衛騎士リュゼに促されるまま、その廊下を後にした。



 ※※※



 半円状のドームが木々を覆っている。総硝子張りの天井の向こうには流れゆく雲。太陽光が燦々と降り注ぐそこは、初春とは思えぬ暖かさだ。

 空に張り巡らされた硝子を見上げた後、アーリアは改めて会談相手に視線を向けた。


「いやぁ、外は日差しが強い。夏が近いねぇ」

「ええ、本当に」

「アーリア嬢、君は花が好きかい?」

「ええ。香りの強い物はあまり好まないですけど……」


 会談相手と交わす会話は平和そのもの。日常会話の域を出ない。例え相手が女性であっても、貴族同士の茶会というのは情報収集が目的な場合が多い。しかし、この茶会に限っては会話の裏を読む駆け引きはなかった。会談相手と魔女の関係は保護者と被保護者というもの。極論、魔女が健やかであればそれでいいのだ。


「……」

「……アーリア嬢?」


 遠くまで見透すような厳しい視線。奥底から湧き立つような威圧感、殺気。それらを醸し出すリュゼは、普段の姿とは程遠く思えた。


 ーおかしい。なんか変だー


 アーリアの視線は会談相手を通り越し、そのずっと奥に向けられていた。

 そこには常時(いつも)は自身のすぐ側にある専属護衛騎士の姿が。『塔の魔女』の一柱、東を司る魔女を専属で護衛する騎士リュゼは、同じく、東の魔女を唯一の主と忠誠を誓う騎士ナイルと共に、本日の会談会場たる領主館の3階中庭警護にあたっている。他にも魔女と本日の会談相手の警護の為に駆り出された騎士たちの姿が彼方此方にあり、時折《念話》を用いて警戒網を強固なものにしているように見受けられた。

 魔女の背後に意識を向ければ、其処には珍しい人の姿がーー『東の塔の騎士団』の長たる騎士ルーデルスだ。

 ルーデルス団長は普段より『東の魔女』の警護を副団長麾下の騎士たちに任せ、自身は塔と国境周辺の警備を主に行なっているが故に、滅多に魔女の周辺には侍らない。だが今日に限って珍しく、ルーデルス団長自らが魔女の護衛を買って出ていた。


「ーーどうか、なされましたか?」


 魔女が直立不動で立つルーデルス団長の顔を見上げた所、団長は魔女の視線を受けて素早く反応し、さっと前屈みになると魔女の耳元へ問いかけた。用もなくただ視線を向けただけであった魔女は「いいえ」と首を振ると、団長はまた元の位置へと退がっていった。


 ーやっぱり、何かおかしいよね?ー


 カップに口をつけたまま物思いに更けるアーリア。

 眼前にあるマカロンやクッキーなどの菓子を並べた銀皿を睨みつけ、ただただ紅茶を啜る魔女の姿に、正面に座す会談相手もどうした事かと首を捻った。


「アーリア嬢、そんな表情(かお)してどうしたのかな?」

「……あ。ごめんなさい、クリフ様」

「構わないよ。それにしても珍しいじゃないか?心ここに在らず、なんてね」

「あ、え、まぁ……」

「なんだ、話しにくいコトなのかい?本当に珍しい。今日は雪でも降るのかな?」


 金の髪に青い瞳。整った容姿。光る歯。無駄にキラキラしいオーラを放つ会談相手だが、最早アーリアが彼にトキメクことはない。いくら容姿(カオ)が良くとも個性的な性格(ナカ)でプラスマイナスゼロ。つまり、アーリアのタイプではなかった。


「クリフ様」

「なんだい?アーリア嬢」

「なんだか距離が近いのですけど……」

「ふふふ、照れちゃって。そんな顔も可愛いね」

「照れてないです」

「惚れても良いんだよ?」

「ご安心ください。惚れませんから」

「そう?それは残念だ」


 呼吸()をするように歯の浮いた言葉を放つ領主カイネクリフ卿。そう、アーリアの会談相手とは、『東の塔』擁する軍事都市アルカード領主、カイネクリフ・フォン・アルヴァンドであったのだ。

 東の国境の街アルカードの領主と、その東の国境を守る『塔の魔女』との会談は、実の所それほど珍しいものではない。本来なら多忙な筈の領主なのだが、どういう意図があってか、暇を見つけては魔女との会談を要望するからだ。


「あの夜会をお忘れですか?」

「ああ、アレね。アレには驚いたよねぇ」

「またあんな目に遭うのはごめんです」


 つい先日の夜会にてキャットファイトに巻き込まれたアーリアにとって、領主カイネクリフは鬼門となりつつあった。

 領主は無類の女好きは、度々問題を起こす。それも領主が女性であれば『とりあえず』で口説くのが原因だ。その性癖の所為で、領主を取り合う女たちの争いが絶えないのだから。

 他人事ならば酒の肴だが、当事者となれば無関心ではいられない。

 アーリアを領主の想い人だと勘違いした令嬢に呼び出され、非難され、ついには呪いをかけられてしまった。


「アハハ!……で、どうしたの?今日は」

「その、最近はどこへ行っても人の目があって……」

「そうだねぇ、君の行く場所には必ず護衛が共をするだろうから。まぁ、それは権力を持つ者ならば大抵がそうなのだけど。ほら、私もそうだし」


 無類の女好きを公言するだけあって、目敏くアーリアの不調を見つけた領主カイネクリフではあったが、普段から本心は愚か体調不良すら口にする事のない魔女の思考定まらぬ様子に、いつになく真剣な対応を迫られた。

 すると、領主はフムと唇を尖らせ暫く思案すると、何かを思いつたか、ポンと手を叩いた。


「なら、君が話しやすい環境にしようか?」


 領主の提案の意味が掴めず、首を傾げるアーリア。手の中のカップをソーサーへ下ろすと、ジッと領主のその煌びやかな容姿(かお)を凝視した。


「なぁに簡単なコトだよ、命令すれば良いんだ」

「命令、ですか?」


 揺れる金の髪。煌く蒼い瞳。何処ぞ王子様のようにキラキラした領主の突飛な提案に、アーリアの表情が曇りゆく。所謂、嫌な予感というものだ。


「そうさ。彼らは君の護衛騎士、主である君を危険から守る存在。とどのつまり、君は彼らの上司であり、彼らは君の部下でもある」

「そうなります?」

「ハハ!本質的には少し違うだろうけど、つまり僕が言いたい事象(こと)は、主たる君が命令すれば、彼らは従わざるを得ないという事実(こと)だよ」


 本来、『塔の魔女』と『塔の騎士団』の両者は、上司部下の関係にはない。

 この二組に命令をくだせる存在というと、宰相、軍務省長官、王太子ウィリアム殿下、そして国王陛下。立場や任務内容に違いはあれど、その誰もが国王陛下の命の下に騎士団を動かし、国境を、延いては国を守護する責を担っている。

 『東の塔の騎士団』は、『東の塔』と『塔の魔女』とを守護を担っており、本来両者は守護者と被保護者という立ち位置なのだ。

 それでも、騎士団員たちが『塔の魔女』を主と仰ぐ理由はただ一つ、魔女に対して並々ならぬ敬意を持っているからに他らならない。

 しかし、領主の言うように騎士たちが魔女を主と仰ぎ守っている現状、彼らに上下の関係があると認めているようなもの。領主の言い分も強ち外れてはいないのかも知れないが……。


「その解釈は少し強引すぎませんか?」

「まぁね。あ、因みに、守るべき主が自ら護衛から離れるような真似をすれば、騎士たちは怒り狂うだろうね」

「ならっ……⁉︎」

「ハハ、でも大丈夫さ、心配しないで。ここで重要なのは『主が危害に遭わない』という一点なんだ。君の身さえ安全だと分かれば、護衛騎士たちも君の意思を無碍にはできない。そうだろう……?」


 領主を守護する警護の騎士たちからは『そんな馬鹿な真似はなさらないでくださいよ⁉︎』と云う無言の威圧感が放たれているが、当の領主はどこ吹く風。領主の側近などは眉間を揉みつつ溜息を吐き、首を緩やかに振っている。領主の言わんとする意味を理解してはいるが、だからといって容認はできない。

 魔女アーリアの護衛の背後に立つルーデルス団長は領主の視線を受けると僅かに眼を細め、そのままスッと頭を下げた。暗に『主の意思を尊重する』と示したのだとアーリアは理解した。


 ーリュゼは……?ー


 アーリアは無意識にリュゼを探した。庭園と領主館内部とを繋ぐ三箇所の扉、その西南の扉近くに護衛騎士リュゼとナイルの姿があった。

 二人とも同じような表情をしている。領主の提案に態度こそ変えぬものの、その表情の裏に苛立ちが滲んで見えた。それを目敏く見つけたアーリアの胃はキリリと痛んだ。


「フフフ!私も剣術には覚えがある。君一人守るくらいは容易いコトだよ」


 領主はサッと立ち上がる。長衣の隙間から白い鞘を履いた長剣が見えた。金の飾りが施された長剣は、ただのお飾りではなく、実戦で十分使用できるモノなのだと領主が示す。


「さて、もう分かったかな?ならば命令してみたまえ」


 領主は丸卓をぐるりと廻り魔女の真横まで来ると、魔女の手を取り立たせた。そして、魔女の顔をジッと覗き込むと、爽やかな笑みを浮かべて唆した。サァ!と。

 しかし魔女は世の婦女子が九分九厘(恋に)墜ちるであろう領主の微笑にはピクリとも反応せず、困ったように眉を潜めて首を傾げるのみ。その様子に首を竦める領主。「ならばこうしよう!」と手を打った。


「君が遣りづらいのならば私が命令を下そうか?ほらこうやってーー『我々の周囲ニ十メートル外まで控えろ』」


 ーザァァァ……ー


 まるで打ち寄せていた波が一斉に退くように、護衛の騎士たちが魔女と領主との周囲から退いてゆく。そして領主の命令通りの距離キッチリ下がると、そこで波は鎮まった。


「ほら、これで静かになった」


 唖然として佇むアーリアを他所に、領主は実にイイ笑顔だ。

 アルヴァント公爵家に連なる貴族たる領主カイネクリフにとって、このような命令は命令とも呼ばない。命令を出す事に違和感を感じた事すらないのだ。そう判じたアーリアは開けていた口を閉じながら、感嘆の言葉を述べた。


「クリフ様って、その、何と言うか……本当にすごい人ですね?」

「そうさ。私はすごい人なんだよ?」


 いまいち伝えたかった意味とは違うが、アーリアは頷くに留めた。


「アルカードのご領主様ですものね?」

「そう。此処、アルカードのあらゆる施設は私の管理下にある。勿論、ここに勤める職員たちもね。私は彼らに給料を支払う側なのさ。ーーほら、民間の組織だって、給料を支払う者には従順になるものだろう?」


 領主の例え話はいつも極論にある。

 貴族社会にも当てはまるものだろうかと首を傾げるアーリアに、深く考える必要はないとでも言うように領主は笑いかけた。


「さぁアーリア嬢、こちらへ」

「はい、クリフ様」


 領主はアーリアの背を促し中庭の中央へと誘った。



ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます(^人^)


幕間『日常は不穏な影を伴って1』をお送りしました。

アルカードでの日常が戻ってきたアーリア。

しかし、その日常はどこかいつもと違う空気を伴っていて……?


次話『日常は不穏な影を伴って2』も是非ご覧ください!

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