表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
幕間5《帰還編》
449/497

花束とケンカ1

明日も続けて更新します。

 王都オーセンからアルカードへ戻り数日が経ったその日、早朝からアーリアの下へ花束が届けられた。

 朝露に濡れた赤い薔薇、薄紅の薔薇、橙のガーベラ、霞草……華やかでいて可愛らしい花束にアーリアが驚いていると、花束の中に白いカードが挟んである事に気づいた。



『昨日は楽しい時間をありがとうございました

 またお会いできる日を楽しみにしています』



 差し出し人の名を見て、アーリアは頬を綻ばせた。

 幼いながらに彼は立派な貴族紳士らしい。


「アーリア、その花どうしたの?」

「ああこれ?クリスくんに貰ったの。可愛いでしょ?」

「クリスって?」

「ジークのお兄さんのお子さんだよ」


 部屋の扉からリュゼが軽い足取りで入ってきた。手には硝子の花瓶。領主館の侍女に頼んだ花瓶だったが、どうやらリュゼが通りがけに受け取って来たようだ。


「可愛かったよね、クリスくん。金の髪がフワフワしていて。天使ってあんな感じかなぁ?」


 ジークフリードの甥と聞くだけで、クリスの容姿がどのようなものか想像つくだろう。

 柔らかな金の髪に澄んだ青い瞳。天使の彫像そのまま再現したかの様な可愛らしさ。リンクの例を見れば分かる通り、アーリアはクリスを猫可愛がりした。

 しかし、リュゼはアーリアから『クリス』という名を聞くなり「あぁ、アイツね」とやや苦い顔をした。小さなアルヴァンド家の紳士を、リュゼはアーリアほど可愛いとは思っていなかったのだ。


「お見合い?」

「そ。二人きりでお茶飲んで話してきたんでしょ?」


 思い出に浸るアーリアを他所に、リュゼはアーリアから花束を受け取ると、器用に花瓶へ生けていく。どこで習ったのか、侍女が生けるのと遜色ない。

 リュゼは花の茎を片付けながら、思い出に浸るアーリアに「お見合いどうだった?」と聞いた。しかし、聞かれたらアーリアは「何のこと?」と疑問符を浮かべ、本気で聞かれている意味が分からずに首を捻る。


「クリスとのお見合いだよ」

「お見合いじゃないよ。お茶を飲んでお喋りしただけで……」

「貴族のお見合いってそんなもんでしょ?」


 ハァ?と混乱のままアーリアは立ち上がった。


「そんな訳ないじゃない!クリスはまだ10歳だよ?話だって学園のこととか、魔宝具のこととか……」

「貴族の、それも男子と二人きりでなんて、お見合いしかないじゃん」

「ウソ。そんなこと誰もっ⁉︎ ルイスさんだって……」


 今度はリュゼがハァと溜息を吐いた。

 アーリアは混乱し、そしてリュゼの言葉に落胆したのか、その場で立ち尽くしている。


「先方も安心しただろうね、嫌がられなかったどころか仲良くお喋りできたんだから。今頃一安心しているんじゃないかな?」


 淡々と事実を伝えるリュゼ。

 そんな事は知らなかったと青い表情のアーリア。

 リュゼはそんな事だろうと思ってはいたが、アーリアのあまりの迂闊さに、少なからず苛立ちを覚えた。


「で、どうするの?アーリア。花束まで貰っちゃって」

「だ、大丈夫だよ!だってクリスくん、私のこと先生って呼んで良いかって聞いてきたし。それに、同じ年頃の女の子を差し置いてこんなに年上を妻にしたいなんて思わないよ!」


 クリスは学園で魔術と魔宝具を習っており、魔導士として独り立ちしているアーリアに尊敬の眼差しを向けていた。

 その事は、アーリアだけでなくリュゼも知っていた。

 二人はお見合い以前に、ジークフリードの兄アーノルドの長子としてルイスから紹介されていたからだ。

 アルヴァンド公爵家に滞在中、時折、ジークフリードとリディエンヌ、そしてクリスも交えて午後のティータイムを過ごした事もある。

 普段は学園内の寮に滞在しているそうで、そう頻繁に会う事もなかったが、会えば魔術や魔宝具の事など、何気ない話を交わしていた。

 その一度も、クリスの方から恋愛に似た感情を向けられた事はない。ーーとアーリアは思う。

 

「アーリア。他方からお見合いの催促来てたよね?それを断ったのってルイスさんだよね」

「うん。その手の話はルイスさんに頼んであるから」

「断るには理由がいるよね?例えば、その貴族より高位の貴族との見合いを控えている、とか」

「だからって可愛い孫を使うかな?」

「だから使ったんだって。彼は10歳でまだまだ適齢期までは時間がかかるし。時間稼ぎにはもってこいじゃないか」


 呆然と立ち尽くすアーリアをエスコートし椅子へ座らせると、リュゼは一つひとつ状況を確認していく。

 アーリアはリュゼの言葉を否定する要素が見つけられず、次第に口を閉じ、眉を顰めていく。


「アーリア、そろそろ危機感持ちなよ」

「危機感?」

「クリスと結婚させられても良い訳?」

「そんな事にはならないって!」

「どうして言い切れるのかな?」

「だって、クリスはまだ子どもで……」

「アルヴァンド公爵家の立派な男児だね。ジークのお兄さんの子どもって事は跡取りでもあるのかな?」


 いつになくリュゼの言葉は辛辣で、それでいて正確に状況を読み取っているので、アーリアには次第に口数を少なくしていく。

 頭では理解できても、信頼するルイスがアーリアに内緒でお見合いを受けさせたとは思えない。

 様々な感情がないまぜになり、リュゼの言葉に納得できない。行き場のないアーリアの憤りは、当然、目の前のリュゼへと向かった。


「なんでリュゼがそんなに怒るの?リュゼだってお見合いを受けた事があるじゃない。断れなかったって。なのに私の事だけ責めるなんてっ……」

「アーリアに危機感がないからだよ」

「だから大丈夫だって。アルヴァンド公爵家が私のような平民を妻に望んだりしないよ。もっとずっと相応しい人を望むはずじゃない!」


 建国以来王家と共にあるアルヴァンド公爵家。その跡取りの妻に平民上がりの魔女を望む訳がない。

 大切なのは出自と血筋。容姿と才覚。貴族の性質を良く知るからこそ、アーリアは自分などお呼びでないと言い切れた。

 しかし、リュゼはアーリアの言葉に目を細め、腰に手を当てると高圧的に言い放った。だが、その言葉はアーリアが何よりも聞きたくないものだった。


「アーリア。そろそろ自覚した方がいいよ。君には価値があるんだ。それも、君が思うよりもずっと」


 自分の事を誰よりも知っている筈のリュゼの言葉が、今は遠く感じてならない。


 何故、そんな事を言うのだろうか?

 彼に何の得が?

 私が彼に何をしたというのだ?


 アーリアの頭は、冷静さを失っていく。


「価値?なんの価値?使えるコマとして?ほんの少し利用価値があるからって……」

「アーリア!」

「っ!」

「いつまで分かってないフリをしてるのかな?まさか、本気で言ってないよね?」


 鋭い眼光がアーリアに突き刺さる。

 ビクリ。強い言葉に、声に、肩を揺らした。


「……リュゼ。貴方こそ私のコト、どう思ってるの?私は普通じゃない。それは貴方も知っているでしょう?」

「アーリア、君ねえ。今は普通とか普通じゃないとか……」

「私にそんな価値はないわ!」

「それは君が決めることじゃない」


 そこまでが我慢と忍耐の限界だった。

 アーリアは溢れそうになる涙を必死に留めると、リュゼをキッと睨みつけた。


「リュゼのバカ!」



 ※※※



 バタン。大きな音を立てて閉まる扉は、小さな背を追っていた視線を遮った。

 シンと静まり返る部屋の中、リュゼは溜息がやけに大きく響いた。


「リュゼくん、さっきのは言い過ぎじゃないの?」

「分かってるよ、でも……」

「アーリアちゃんにその気はなかった。その時点で見合いは成立していない。アチラとて体裁を整えただけで、アーリアちゃんの意思を無碍にするつもりはない。でしょう?」

「だから、分かってるって。ルイスさんが時間稼ぎをしただけだってことくらい」


 アーリアを追って出て行ったナイルと入れ違いに、扉の外で警護していたセイが入ってきた。

 扉を開けていたので、会話が聞こえていたのだろう。

 いつもの軽い調子ではあるものの、塩を塗る気はないらしい。真面目な顔をして「だったら何でさ?」と聞いてくる。

 例えリュゼに分がある会話であろうと、例えアーリアに非があろうとも、ナイルはアーリアの味方をするだろう。だったら、とセイは公平にリュゼの肩を持とうと考えた。


「分かってるよ、僕の八つ当たりだってことは」


 リュゼは仰向くとハァと長い息を吐く。

 泣かせるつもりはなかった。困らせる気も。

 ただ、注意するつもりだったのだ。

 気をつけろと。

 信頼してもいい。だが、相手はどこまでも貴族なのだと。


「アーリアちゃんに落ち度はなかった。そこも分かってる?」


 今回の見合いがアルヴァンド公爵ルイスの画策だとしても、アーリアにそれを避ける術はなかっただろう。

 アーリアはアルヴァンド公爵ルイスを後見人としており、また屋敷へ滞在してもいた。同じ屋敷に住まう住人と交流を断つ事などできない。


「ああ。アーリアの側に僕も、それにナイルだって居たのにその時に限って側を離れていた。アルヴァンド公爵邸の中だから大丈夫だって、ジークに護衛を任せて。ジークだって知っていた筈なんだ。だけどそれに見て見ぬふりをした。それが何故かなんて考えればすぐ分かる」


 ジークはアーリアの身を守る為に父親のする事に黙っていた。

 リュゼが指摘されるまでアーリアが気づかなかったのは、アルヴァンド公爵が気づかないままで良いと判断したからだ。

 ではなぜ、リュゼはわざわざ傷つけてまで気づかせたのか。それは、アーリアが他の男から貰った花束に、あまりに無防備に喜んでいたからだ。


「ハァ。ちっちぇ男、やんなるよ」

「ははっ!わっかいねぇ」


 ガックリと肩を落とすリュゼの背をセイがバンバン叩く。同じ男として分からなくはない想いが痛く、歯痒くなる。


「なら、謝りに行ってきたら?リュゼさんは知らないみたいだから言うけど、さっきソコでアルヴァンド公爵とすれ違ったよ。公爵は見慣れない少年を連れてた」

「あー、それはマズイね」


 リュゼはセイに促されると急いで部屋を出て行った。



ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります(^人^)


幕間『花束とケンカ1』をお送りしました。

初めてのアーリアとリュゼとのケンカ。

アーリアは勢いとはいえ、リュゼに「バカ」と言ってしまったことを後悔しています。

リュゼはというと、自分が贈った時と同じような笑みを浮かべているアーリアにイライラしていました。


次話『花束とケンカ2』も是非ご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ