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魔宝石物語  作者: かうる
幕間5《帰還編》
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マヤカシ

本日は2話連続で更新しています。

※(アーリア視点)



 初めて彼と会ったのは逃亡旅の最中、王都の北にある旧別荘地、古城の地下牢。魔導士バルドが雇った部下たちの中に彼はいた。


『僕は君を傷つけないよ』


 その言葉はどこまで本気なのか、そう思ったのも束の間、彼の手から放たれた柔らかな光が傷を癒した。


 次に会ったのは王都の北東の山中だった。

 斥候を任され、逃げた魔女を追っていたのだ。

 彼自身、半獣の呪いを受けた身であり、主である魔導士に逆らえない体であったにも関わらず、なぜか魔女を真剣に捕まえる気はない様で、呪いの及ばぬ範疇で魔女を『捕まえ』、そして『逃し』た。


『僕からも質問!子猫ちゃんはどーして僕を助けたの?』


 ナイショ。そう答えたけれど、本当は助けたかったから助けた。それだけ。

 けれど、今から分かる。自分に似た心を持つ彼を、近しく感じてしまった。勝手な親近感を持ったのだと。


『そっか〜!ナイショか!それなら仕方ないね〜〜。また気が向いたら教えてくれる?』


 フワリと笑った彼の顔に、胸が締め付けられた。

 彼はきっと、これまで心から笑った事などないのだと分かってしまったから。


「リュゼには幸せになってほしい」


 その為に邪魔なら自分はすぐにでも彼を解放し、身を引こう。彼には、誰よりも幸せになってほしい。

 側にいると、ずっと側にいると言ってくれたけれど。

 盲目的に『ずっと』を期待するほど、愚かにはなれない。なりたくない。


「リディエンヌには悪い事をしたかな?」


 あまりにしつこく聞くものだから、つい、棘のある言い方をしてしまった。


『アーリアさまとリュゼさま、私にはお二人が理想の主従に見えますわ。アーリアさまはリュゼさまを、リュゼさまはアーリアさまを大切になさっておいでです。そんなお二人が離れる事などあるのでしょうか?』


 理想の主従に見えるのは、そう『見せて』いるから。

 他者から貶められぬよう、侮られぬように振る舞っているだけなのだ。

 エステルで教育を受け、身をもって体験したからのこそ、そうする意味が良く分かった。

 人は言動一つで他者を値踏みする。相手が自分にとって取るに足らぬと分かれば、その後の対応がどうなるかなど想像するまでもなく分かる。

 だから、他者(リディエンヌ)が受ける自分たちの印象は嘘偽り。そう、マヤカシなのだ。


『一寸先は闇って言うでしょう?確定した未来なんてないし、未来(さき)の事なんて誰にも分からないからね』

『……それではまるで他人事ではありませんか?』

『夢は見ないようにしてるだけだよ』


 あまりにリディエンヌが食ってかかるから、つい本音を口にしてしまった。夢は見ないに越した事はない。後で自分が傷つくのだ。無駄な感傷に浸りたくない。


『想いを寄せる方と離れる未来など、私には耐えられませんわ』


 望まれて生まれ、愛されて育った彼女には一生分からない。

 生まれた意味は人間(ヒト)の為、生きる意味は役目の為、今生きているのは師匠の望み。

 人間(ヒト)の為に生まれた自分が人間並みの幸せを望んで良い筈がない。況して、彼を巻き込んで良い筈はないのだ。例え、彼自身が望んだとしてもーー


『少しくらい夢を見たって良いではありませんか?私たちは乙女なのですから!』


 脳裏に響く彼女の力ある言葉はまるで呪のよう。

 聞く者を従わせ、惑わせる。


「良くないよ。だって、私は貴女とは違うもの」


 幸せになる事を望まれた令嬢。

 幸せになる未来を約束された令嬢。

 可愛い可愛い、妹のように想う人間の娘。


「まだ『政略結婚』なら分かるんだけどなぁ。政治的意味合いが強く、望まれた関係は契約婚。一族繁栄の為の手段のひとつ。領地(会社)運営みたいなものだもの」


 謂わば運命共同体だ。

 必要な人材を他所からスカウトして共に働く。

 だから一夫多妻は合法で、第二夫人や側妃などは必要な人材という訳だ。分業制といえば分かりやすい。望まれたのは、ただただ一族の繁栄の為の才覚と能力。

 

 テーブルに積まれた釣書。

 どこぞの伯爵家、または侯爵家からの見合いの催促。どこの誰かも分からぬ平民を一族へ迎え入れたいとするのは、それこそ一族繁栄の為だろう。

 自分の才覚を見込んでの事ならば悪い気はしないが、それが自分の背後にある者たちとの繋がりを得る為の生き餌ならば良い気はしない。

 この手の話がリュゼにも来ているという。

 リュゼの才覚を見込んでの事ならいいが、そうでないのなら……


「どうするっていうの?アーリア」


 どうにも出来ない。

 リュゼが決める事だ。


「嫌だなぁ……」


 この胸を突き上げるモヤモヤとした気持ち。

 これが世に言うもし『嫉妬』だとしたらーー


「気持ち悪い」


 まるで人間の様だ。

 

 ひたり。手を触れた先ーー窓ガラスが夜気を受けて冷たく冷えている。ぼんやりと写る白い影。窓に写る自身の姿に思わず溜息が出た。

 老婆のように白い髪。光を受けて色を変える妖精(バケモノ)の瞳。病人のように白い肌。赤い唇は吸血鬼(バケモノ)のように血を求めるのだろうか。


 どれだけ身形を整え、所作を整えて人間を真似ても、滲み出る不気味さまで消せはしない。


 見ろ。硝子に写るこの姿を。

 誰がこの様なバケモノを好きになるものか。


「彼は勘違いをしているだけ。弱っている心に漬け込んだ悪女に、いつまでも騙されていたりしないわ」


 きっと、自分を見限る日がくる。

 その未来は遠くない。


 ーコンコンコンー


 扉が控えめに叩かれる。この叩き方は優しい彼のものだ。スゥと深呼吸し表情を整える。唇に笑みを。頬を上げて、さぁ……


「はい」

「アーリア、僕だけど……」

「リュゼ?お帰りなさい」

「ただいま」


 扉が開かれ、入ってきたのはリュゼ。

 リュゼはさっと部屋を見渡した。


「あれ、ナイルは?アーリアひとり?」

「ナイルはさっきルイスさんに呼ばれて行ったよ」

「入れ違いか〜。ねぇアーリア、ご飯食べに行かない?アーリアの好きそうなご飯屋見つけたんだよねぇ」

「行く行く!ちょっと待って、準備するから」


 いつも通りの笑みを浮かべ、いつもの様に無邪気に答える。そうして普通の人間の様に振る舞う。彼らから教えられた通りに。ーーそうすれば少しは人間に近づけた気がするから。


「ナイルにも声掛けようか。てか、置いてくと五月蝿いしねぇ〜」

「勿論ナイルも一緒がいいよ。放って行くとまた怒られるよ?」

「アハハ。ナイルって、小言の多いオカン……兄みたいだよねぇ」

「……誰がオカンだ?」

「あ、やべ」


 噂をすれば影。リュゼの後ろからナイルが現れた。

 鬼の形相。ナイルがリュゼを睨んでいる。

 ライザタニアから帰国して以来、以前では考えられないほど仲の良くなった二人へ笑いかける。


「本当に仲が良いよね」


 ほんの少し羨ましさを混ぜて言えば、リュゼとナイルは揃って嫌そうに表情(かお)を歪めた。


「あのね、アーリア」

「あのですね、アーリアさま」

「ほら、声まで揃ってるじゃない」

「「!?」」


 驚く二人を他所にアハハと笑い、上着を手に部屋を出る。

 後ろから二人がぶちぶちと文句を言いながら追いかけてくる。


 いつも通り笑えただろうか。


 感傷に引き摺られてはダメ。

 気を引き締めて、いつも通りに演じよう。

 望まれた自分を。

 人当たりの良い、素直で純情な、少し間抜けな魔女をーー……



 





 


ブックマーク登録、感想、評価などありがとうございます!


2話連続の2話目。

幕間『マヤカシ』をお送りしました。


リディエンヌが思うほどアーリアは恋に積極性はありません。また、リュゼが思えば思うほどアーリアの気持ちは遠ざかっています。

システィナからエステル、そしてシスティナからライザタニアを経た今、益々アーリアの気持ちは固く閉ざされている様で……


次話も是非ご覧ください。


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