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魔宝石物語  作者: かうる
幕間5《帰還編》
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帰還、そして1

 足下に広がる赤い魔術方陣から発せられていた光が収まり、目の前が明るく開けた。

 アーリアは眩しさに閉じていた目を開けると、そこは広く開けた空間だった。


 身体に纏わりつく空気が暖かい。鼻から口へ抜ける匂いからも、そこが先程までいた場所とは全く違う事が分かった。

 見上げれば希少な硝子をふんだんに使ったシャンデリア。透明度の高い大窓からは燦々と太陽が室内へ降り注いでくる。照明と太陽光、2つの光源で室内は大変明るく、眩くすら感じたアーリアは軽い目眩を覚えた。


 指先で目元を押さえつつ周囲を見渡せば、広間には複数の人影があった。

 一番多いのは騎士。次いで官吏。

 彼らの中央に立つのは、豪奢な光を纏ってなお存在感を放つ王族、システィナ国王太子ウィリアム殿下、その人であった。


「王太子殿下、ただいま帰還致しました」


 帰還組からを代表し、王太子ウィリアム殿下へ進み出たのはアルヴァンド公爵ルイス。システィナの宰相を務める。

 アルヴァンド公爵が膝を折ったと同時に、帰還組全員が膝を折り深々と頭を下げた。


「私をはじめ、()、無事の帰還となりましたことをお伝え致します」

「皆が五体満足の帰還が叶った事、大変嬉しく思う。システィナを代表し、私、王太子ウィリアムが喜びと謝意を伝えよう。大義であった!」

「謝意のお言葉、有難き幸せにございます」


 アーリアがウィリアム殿下の言葉に更に頭を深々と下げていると、ふと頭上に影が射した。


「ーーアーリア」


 目の前に手が差し出される。アーリアは非礼にならない程度に顔を上げれば、そこには自分を覗き込む顔があった。


「ウィリアム、殿下……」

「……もう『お兄さま』とは呼んで貰えぬのかな?」


 ウィリアム殿下は眉を下げ、僅かに悲し気な表情をした。

 アーリアはウィリアム殿下に手を引かれて立ち上がると、自国の麗しい王子の顔をじっと見つめた。

 黄金の髪と青い瞳。鼻筋美しく、目元は涼やか。纏う空気は王者のそれ。煌びやかな雰囲気は何一つ変わっていない。だが、一つ変わった点を述べるとしたら、その目つきだろうか。

 常に自信溢れる様相であったウィリアム殿下は、今、どこか影を背負っている。何か思い悩む事が多かったのだろうか。そう考えた時、アーリアは、その原因が自分にあったのではないかと考えに至った。


「申し訳ございません。殿下に大変なご迷惑を……」

「迷惑など被ってはおらん。アーリア、君が無事で本当に良かった……!」


 東の国境を守る『東の塔の魔女』という大役を仰せつけられながら、ライザタニアの工作員に捕らえられ、結果、職務放棄をした。『塔の魔女』の不在ーーいや、敵国の手に落ちたという事態が、この国にどれ程の影響を及ぼしたか、考えなかった訳ではない。4本の『塔』を管理下に置く王太子であるウィリアム殿下が責任を問われ、対策に奔走したとしても不思議ではないのだ。

 罰せられる理由は、それだけで十分だ。

 アーリアはそこまで考えて頭を下げたのだが、ウィリアム殿下の対応は強い叱責ではなく、謝罪と抱擁であった。


「すまない。国防を過信し警護を怠ったのは、私の責任だ。騎士団に責はない。責めを受けるべきは私だ」

「殿下……」

「辛かっただろう、怖かっただろう、痛かっただろう……?」

「っ……」

「本当にすまない」


 ウィリアム殿下の温かな腕に包まれアーリアは、殿下の腕の中で唇を噛んでいた。そうでもしないと、涙がこぼれ落ちそうだったからだ。


「殿下、わたし……(わたくし)が、いけなかったのです。騎士たちは、私を必死に守ってくれました。殿下からは以前からも、護衛の質度について色々言われていたのに、それを受け入れなかったのは、私です。責を受けるべきは、私なのです。処罰は覚悟しております」


 できるだけ平静を装い、きゅっと唇を噛んだままウィリアム殿下の腕に手を置けば、アーリアの身体を包むウィリアム殿下の腕の力が緩んだ。が、次の瞬間、ウィリアム殿下は益々アーリアの身体を抱き込んだ。


「バカかお前は!罰せられる訳がないだろう?」

「でもっ……」

「確かに、アルカードが襲われた時、ライザタニアの手に『塔の魔女』が落ちたのは痛感の極みだった。しかしこの度、長年叶わなかったライザタニアとの和平が成されようとしているのは、お前の功績によるところが大きい。プラスマイナスで言えばプラスの益が齎された!その功績者であるお前を罰せる事のできる者などいない」


 利益が不利益を上回った。そうウィリアム殿下は言うが、それはアーリア一人の功績ではない。そうなるように準備をしてきた者たちの努力あってのものだ。それが一人二人ではない事は、アーリアにも容易に想像がついた。


「でも、それは私一人の功績ではっ……!」

「であってもだ!あの癖者揃いのライザタニア王族を手懐けたのは、お前に他ならない。現王アレクサンドルの本心を引き出したのも、お前だと聞いている」

「あれは偶々で……」

「偶々でも偶然でも、これまでそれを成し得た人間はいないのだ。素直に我が王家の謝意を受け入れるがよい」


 アーリアはウィリアム殿下の胸中で複雑な思いに苛まれていた。

 何をどう言おうが、システィナ王家は『塔の魔女』であるアーリアへの罪を問わず、それどころか謝意を与えるという。功績者であるというが、その功績が『癖者揃いのライザタニア王族を手懐けたから』というもの。濡れ衣だと叫びたい。

 別に意図してライザタニアの現王と王子とに気に入られた訳ではない。と言うか、本当に気に入られているのだろうか。

 第二王子殿下はアーリアを飼い猫程度にしか思っていないし、第一王子殿下とは治療士と患者の関係以上にない。現王アレクサンドルに至っては、何故あれ程気安い関係を許して貰っているのか、未だに理解不明なのだ。


「私が皆様に迷惑をおかけしたのは本当なので……」

「良いんだ、お前が気にする事は何もない。今はただ、身体を休める事だけを考えよ。あぁっ、こんなに痩せて……」


 ウィリアム殿下はアーリアの頭に頬擦りしていると、背後からコホンと咳払いが聞こえた。


「殿下、お疲れのアーリア様に何なさっておいでです?」

「そうだよ!私には常々女性の扱いについてお小言くれちゃってるのにさぁ!」


 アーリアには、二つの声の主に聞き覚えがあった。一つはウィリアム殿下の側近ラルスのもの。そしてもう一つはアルカード領主、カイネクリフ卿のものだ。


「五月蝿い!可愛い妹が敵地から無事帰ってきたのだ。労って何が悪い!?」

「悪くはないですがね。労い方に問題がありますよ。アーリア殿は年頃の娘さんなのですから、もう少し節度を持って……」


 黒い前髪の奥に見える瞳には、ウィリアム殿下を諭しながらも苦笑の色が見えた。

 アルヴァンド公爵からは常時連絡を受けていたとはいえ、無事な姿を見るまでは、多少なりと不安を感じていたのは本当なのだ。何せ、アーリアとはおよそ3ヶ月の再会である。消息不明となってから2ヶ月以上になる。ライザタニアへ拉致された経緯といい、帰還前に起きたライザタニア王都騒乱といい、心配の種は尽きなかった。

 王太子という立場上自国優先は当たり前。『東の塔』の《結界》さえ無事なら、魔女の生死など大した損害ではない。魔女は変えが効くのだ。別の魔女を用意するだけで済むではないか。だが、それをウィリアム殿下は善としなかった。


「ええぃ、分かっておるわ!」


 ウィリアム殿下は側近と領主、そして騎士たちの生温かい視線を受けて、アーリアを腕中から解放した。


「とりあえずだ。アーリア、お前に罪は問わぬ。これは私のーーというより、王宮の決定である。これに意義ある者は、王宮の意に背く事となると留意せよ」

「っ……承知致しました」


 王宮の決定とはつまり、システィナ王の決定である。この国誰にも逆らう事は許されない。アーリアもこれには素直に頷くしかない。


「以降、とやかく言う者がおらぬ事を祈ろう」


 ウィリアム殿下は居住まいを正すと周囲へと視線を向ける。

 広間には、アルカード領主館の職員はじめ、アルカード騎士団、塔の騎士団の主だった騎士たちが集まっている。所謂、隊長格(管理職)を担う者たちだ。

 管理職にある者たちが王太子殿下の言葉を持ち帰り、情報を行き渡らせる役目にあるのだが、ウィリアム殿下はその者たちに釘を刺したという訳だ。

 言葉というのは不思議なもので、人の手に渡る毎に、正しく伝わらない性質をもつ。その人なりの解釈というものが間に挟まる事で、内容が変わってしまうのだ。しかも、その性質を知った上で悪用する者がいる。さも初めからそうであったように偽る者が。


「切らなくともよいクビを切るのは、面倒だからな」


 塔の騎士団には前科がある。王宮から『東の塔の魔女』と認められたアーリアを認めず、反発した者たちがいたのだ。

 その者たちの処罰は終わったが、それらの類似品が出ないとも限らない。


「ご心配なく。その際は私が責任を持って()()致します」


 胸に手を当て、頭を下げたのはアルカード領主。顔を上げたカイネクリフ卿の顔には微笑み。正し、口元だけだ。


「アルカード内の事はこの私にお任せください」

「そうだな。女の事となると信用ならんが、領地経営ならば信用できる。領主権限として、アルカード内の治安を把握し維持せよ」

「は」


 これまで騎士団内の治安維持は各団長に一任されていたが、どうやらこれからはアルカード領主がそれを担うようだ。

 さも、今、この会話中に決められたように思えるが、これは事前に決定されていたこと。それを皆にも分かるように通達したに過ぎない。そして、それが分からぬ者は此処にはいない。


「「謹んで、決定に従います」」


 『東の塔の騎士団』団長ルーベルトのが膝を折り、同時にアルカード騎士団団長、次いで騎士たちが膝をついた。

 総勢五十余名の脳天を見渡し、ウィリアム殿下は感情を削ぎ落とした表情で頷くと、では、とアーリアの肩を叩く。


「これで安心しろと言うのも何だが、少しは心穏やかに過ごせるだろう。ああ、お前の為じゃない。私の為だ。そこの所、勘違いしてくれるなよ」


 念を置くウィリアム殿下。アーリアはウィリアム殿下の気遣いに頭を下げた。

 起こるかもしれない事象に対し、事前に手を打つ事で未然に防ごうとしているのだ。

 自分の為というのは嘘ではないだろう。しかし、ウィリアム殿下の言葉は確かにアーリアに向けて放たれたものであり、アーリアを思っての事だと受け取れた。

 

「ありがとうございます、っ、ウ、ウィリアム、お兄さま……」

「ーー!」


 本来なら、平民の出自のアーリアが王太子ウィリアム殿下にこれ程気安い態度を取る事は許されない。

 『システィナ王家の養女』、『エステル帝国皇太子の妃候補』、そして『東の塔の魔女』、『漆黒の魔道士の娘』という特殊な立場と環境故に、ほんの少し王家と関わりがあるだけで、アーリアは自身を『特別』だとは考えていなかった。

 あくまで自分は『平民魔導士』。ここにいる者たちとは住む世界が違う。勿論、価値観も。

 だから間違えてはいけない。いくら親しく関わってもらえたとしても、立場を弁えない態度は取ってはならないのだ。けれどこの時、アーリアは自分で決めた決まりを破った。


「申し訳ございません、馴れ馴れしくーー」


 ハッと我に帰り頭を下げた時、アーリアは再び温かく力強い腕中にいた。


「お前という奴はっ……!」

「で、殿下……?」

「ここへ置いて行くのが惜しいな。このまま王城へ連れ帰ろうか?」

「あの殿下?」

「ああ心配だ、心配だ!」

「殿下!?」


 まさに猫可愛がり。王太子ウィリアム殿下は男三兄弟の長男。3人とも王位継承権を持つ王子として育てられただけに、兄弟というよりライバル関係にある。ましては男同士。さすがに幼い頃は遊んだ記憶があるが、可愛がった記憶はない。

 奇しくも、昨今、ウィリアム殿下には末妹ができた。側妃の産んだ末娘だ。だが、まだ一つにも満たぬ赤子は妹というより、最早娘のようなもの。まだ言葉も喋れぬ赤子相手に兄ぶる事もできない。

 そんな最中に出来た仮の妹。

 初めは政策上、必要な対策として創りあげた『妹』に対し、好きも嫌いもなかった。ただ、国として必要な人材。それ以上も以下もなく、もし使えなければ挿げ替えれば良いとも考えていた。それは部下も騎士も皆同じだと。

 しかし、そんなウィリアム殿下の目測は外れ、仮の妹は思わぬ成果をあげた。

 長年、頭を悩まされていたエステル帝国との和平を成し遂げたのだ。それは即ち、面倒だと思っていた平民魔道士を、初めて認めた瞬間だった。

 

「何かあったら、すぐに兄様に言うんだ。いいね?」


 その後、ウィリアム殿下は再び側近の叱責を受けてアーリアから引き離され、渋々帰路に着いた。

 その際、アーリアの両肩を揺らしながら約束事を幾つか取り付けた。その一つが、『困った事があったら必ず連絡すること』というものだった。

 きらきらしいウィリアム殿下に真顔で「いいね?」と詰め寄られ、アーリアは秒で承諾させられてしまった。これが王者の風格というものだろうか。


「いやぁ〜圧が強いね、圧が」

「そ、そうだね?」

「でも、良かったね。心強い味方がいて」

「強過ぎない?」

「頼もしい限りです」

「確かにそうだね」


 ウィリアム殿下を見送った後、お開きとなった広間にて、アーリアは冷や汗を流していた。何せ、『心強い味方』を使った時の効果が強過ぎて、使う気になれないのだ。

 しかし、専属護衛として控えていたリュゼやナイルにとっては、そうでもないらしい。

 ライザタニアからの帰還を果たした護衛騎士たちは、以前にも増して『主を守る為なら王太子(なんでも)でも使う』というスタンスらしく、システィナで2番目に権力を持つ強力な味方の存在は、これほどにない武器であった。使う機会があれば遠慮なく使うつもりである。

 首を捻るアーリアに対して、リュゼはイイ笑顔で、ナイルは真面目な表情で頷いている。


「それに、あれはウィリアム殿下なりの心遣いだと思うよ?」

「どういうこと?」

「殿下がアーリア様に対しあそこまで親しい関係だと示せば、表立っての非難はできませんからね。それこそ、王家の敵だと思われても仕方ありません」

「あっ……」

「そ。『御守り』を置いて行ってくださったんだろうね」


 ウィリアム殿下の態度は、暗に『王太子殿下と塔の魔女は懇意である』と示したも同じ。アーリアの背後にはシスティナ王家というバックが着いている。見る者が見れば、これほど分かりやすいパフォーマンスはない。


「ウィリアム殿下……」


 ウィリアム殿下の心遣いに胸を温かくしたアーリア。胸に手を当て、心の中で感謝を告げていたアーリアの背に、大股で近づく人物があった。


「アーリア様、少しお時間よろしいでしょうか?」


 振り向いた先にあったのは山を思わせる巨漢。赤髪に褐色の肌。金の眼。筋肉隆々たる体躯。『東の塔の騎士団』団長ルーデルスその人である。

 現れたルーデルス団長は、いつにない険しい表情を浮かべていた。



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幕間5《帰還編》『帰還、そして1』をお送りしました。

無事、アーリアはシスティナの地を踏む事ができました。

出迎えたのは、王太子ウィリアム殿下。

それこそ彼は可愛い妹の帰りを首を長くして待っていました。


次話も『帰還、そして2』も是非ご覧ください。

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