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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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鬼ごっこ

『じゃあ、いいですか?』

「ああ」


「『《探査》』」


 アーリアの掛け声と共に二人は同時に能力《探査》を発動させた。二人の目の前には一人ひとりを起点にした探査マップが展開された。地図マップ上には現在二人がいる場所を中心とした森の地形や木々、建物などを水色で、自分自身を黄色、人を含む動物は緑色、魔物は橙色、自身に敵意を持つモノが赤色の点印で表示されている。

 発動の範囲は能力スキルを使う者それぞれの魔力や技術の差で違う。能力スキルの使い方も慣れや修練、己のアイデア次第で様々な事が追加でできるようになるのだ。

 今はジークフリードよりアーリアの方がマップの範囲は広い。だが精度はジークフリードの方が高くなっていた。


 アーリアがジークフリードに《探査》を教えてしばらくの間にジークフリードは能力スキルを使えるようになってしまった。

 アーリアはジークフリードの器用さに舌を巻いた。ジークフリードは要領が良く、教えたことをすぐに理解した。


『ジーク、地図マップ上に自分の印が出ていますよね?そのすぐ側にある私の印に私の存在を意識しながら指で触れてください』


 ジークフリードはアーリアの指示に従って、自分を表す黄色の点印のすぐ隣にある緑の点印を指で触れる。すると緑の点印が桃色に色を変えた。


「色が変わったが……あぁ、そういうことか」

『そうです。これで私はジークの『味方』になりました。《探査》の地図マップ内に表される全て人間ヒトは緑色の点印なので、ややこしいでしょ?こうして『味方』や個人を色づけしたり区分したりできるんですよ。私もこうして個人を登録して区分しています』

「それなら自分の地図マップに敵が入ったらすぐに判るな」

『でも、この能力スキルを敵側も使っていたら相手もそれなりの対策を取ってますよ?私自身、あの森でリュゼに会ってから慌てて自己防御ブロックしたんです』

自己防御ブロック?」

『ええ。私自身の印を保護して、相手側に登録できなくしたり探せなくすることです。そうしないと、相手から私がどこにいるか判っちゃうでしょ?相手の《探査》範囲内に入ったら自分の位置が丸見えになっちゃうから』

「あーなるほど。じゃあ自己防御ブロックすれば、敵からお前はどう表示されるんだ?」

『私が敵のマップ内に入っても他の人間ヒトと同じようにしか映りません。えーと緑色の点印ですね』

「俺も自己防御ブロックした方がいいな」

『勿論!今すぐお願いします。やり方は……』



 アーリアはジークフリードと能力スキル《探査》について研究していた。お互いが互いに、能力スキルを使う上で使い易い方法を伝授し合っているのだ。

 アーリアは今までも《探査》を使うことが出来たが、積極的に使っていた訳ではない。そもそもアーリアは冒険者でも傭兵でもないので《探査》を普段使いする必要が今まではなかったのだ。

 一度覚えた能力スキルは忘れたり使えなくなったりすることはないが、使わないと能力スキルがボケる。使い方をど忘れしたり、いざという時咄嗟に使えない。何事も慣れと修練が必要なのだ。


 アーリアは《探査》に付随する機能をいくつか紹介した。使っていく内にどれも出来るようになっていくものばかりだが、早めに知って使える方がいい。


「でもこれは便利だな。アーリアが一定距離離れていてもすぐに何処にいるか分かる」

『ええ。もしも逸れてしまってもお互いを見つける事が容易くなります。まぁ、お互いのマップの範囲内なら、ですけど』


 緊急時用の対策としか言いようがないなぁ、とアーリアが黙って考え出した。

 アーリア自身に実践経験が少なすぎて良いアイデアがなかなか浮かばないのだ。もともと戦闘する為に魔導士になった訳ではないがので、戦闘経験も少ない。今までもアーリアは咄嗟に動けない事が多かった。勿論、魔法と魔術を扱う上で習った術や自分の扱う力がどのようなモノかを、実際使って体験はしてきた。だがそれは戦闘とさ非なるモノだ。

 アーリアはつくづく自分が名ばかりの『魔導士』だと思い知らされる。魔宝具職人としては今までのスタイルで構わないが、このように敵と対峙する時がある場合、このままでいい訳が無いと痛感した。


『でも、実際は敵に力のある魔導士がいるので、こんな能力スキルの機能には易々と引っかからないと思います。本当にお互いの位置確認と、ある程度の自衛程度……かな?』

「俺ももう一度、能力スキルを活かして何かできないか考えてみよう」

『ありがとうございます。でも私、ジークに何もかも丸投げで本当に情けないです。もう少し動けないといけませんね……』

「……そうだな。情けない事に、俺も今のままでは複数の敵を相手に、お前をかばいながらの戦う事が困難だと分かった。このままではお前を守りきれないだろう。これは俺の技量不足と言える。だから俺もこれまで以上に修練する。アーリアも自分が生き残れるように俺と一緒に修練してほしい!」

『勿論です!不束者ですが、どうぞご教授ください』


 ジークフリードは今までのようにアーリアに対して無責任にも『大丈夫』とは言わなくなった。お互いが命の危機に陥って後、自分たちの甘さを痛感したのだ。そして『生き残る』ことが最低目標であることを再確認した。

 当たり前の事だが一番大切なことなのだ。そしてこの旅の中ではそれが一番難しい。

 そして、アーリアも『生き残る』事に更に前向きになった。生き残らなければ師匠に文句の一つも言えないではないか。

 それにこの件が上手く片付いたらティオーネの街にまた行きたいという目標もできたのだ。


「じゃあ早速だが、この《探査》を使って『鬼ごっこ』をしてみないか?範囲はこの森のこの範囲内で」

『え!?鬼ごっこ?えーと……この範囲内ですか?』

「そうだ。俺もこの能力スキルを実際に使ってみたい。時間は一刻以内で。アーリアが俺から逃げて一刻経っても捕まらなかったらアーリアの勝ち。捕まっても捕まらなくても再度ここに集合でどうだ?」

『面白そうですが、うーん自信がないなぁ……。しかも私の方が遥かに不利な気が……』

「お互いのマップに印が出ているから見つけ易いが、それもお互いの能力スキルや技能でカバーする。アーリアには魔宝具もあるし、他の能力スキルも勿論使用可能だ。俺は初めからアーリアより機動力があるからアーリアの方が遥かに不利だと言える。しかし、追手から逃げる練習にもなるし、いいんじゃないか?」

『そう……ですね?わかりました!本来追手は私に容赦なんてしてくれませんよね」


 この辺りの森の中には危険な動物も魔物も少ない。それもマップで確認しながら歩くなら最小限回避できるはずだった。

 ジークフリードは初めからアーリアをマップ上で追っているので、危ないと分かれば助けに行く手筈になった。


 という事で、アーリアが追われる側となって『第一回鬼ごっこ』が開催された。

 ジークフリードが六百数える間にアーリアが森の中に入って逃げたり隠れたりする。ジークフリードは六百数え終えたらアーリアを探しに行くというシンプルなルールだ。逃げられる範囲も指定された範囲内。初めての試みだから、このくらいが丁度良いとジークフリードは考えた。


 アーリアが少し不安そうな顔をして森の中へ分け入っていく。ジークフリードは大きな木の根に座ってゆっくりと数を数え始めた。


 ジークフリードが四百まで数えた頃、ジークフリードの《探査》地図マップ上に異変が起こった。アーリアを示す桃色の点印が増殖したのだ。そして、その点印は地図マップ上のあらゆる方向を向いて動き出した。


「!?」


 ジークフリードは自分のマップ上を齧り付くように見た。アーリアが何かしたとしか思えない。

 だが今はまだ六百まで数え終えていない。ここで動いてはルール違反だ、とジークフリードは焦る気持ちを抑えて数の続きを数えた。

 そして六百数え終え、ジークフリードが地面から立ち上がると、マップ上にあった桃色の点印が全て一度に消失したのだ。


「ーー!?」


 ジークフリードは驚愕した。

 アーリアの足では獅子のジークフリードには逃げ切れない。単純に身体能力の差だ。だから、いくら遠くに逃げても捕まえる事など簡単だと思っていた。なんせ相手の場所が分かるのだから。

 だが、それは間違っていた。いや、アーリア相手に侮っていたとしか言えない。


 ジークフリードは《探査》を作動し直してマップを確認するも、アーリアを示す桃色の点印は浮かんでこない。

 ジークフリードは後は自分の能力スキルと技能を駆使して、アーリアを探すしかないのだと思った。奇しくもアーリアに先ほど言った言葉だった。

 ジークフリードの舌に苦い物がはしる。

 ジークフリードは観念してアーリアを真剣に探す事にした。


 ※※※※※※※※※※


 その頃アーリアはというと、能力スキルを駆使していた。自分は身体能力が低い。それも底辺を這うほどに。だから、単純に逃げた所で逃げ切れないのは分かっていた。

 なら出来る事は『相手を騙す事』のみ。


 アーリアはここの所、師匠は兎も角、ジークフリードにまで『鈍臭い』『頭が堅い』などと言われ続けて、少し……いやカナリ凹んでいた。

 だからこの『鬼ごっこ』を言い出された時、考えたのだ。


 いつも通りのやり方ではダメだ、と。


 普通に逃げていてはすぐに捕まるのは目に見えていた。だから、捕まらないようにするには相手の裏を行くしかない。

 後は簡単なコトだった。

 師匠のやりそうな手口を真似ればいいのだ。


『能力《探査》ー機能《選択・偽装》』


 アーリアは《探査》を《偽装》した。歩きならが見つけた動物をアーリアだと誤認するように仕向けたのだ。これで相手からはアーリアを表す桃色の点印が一気に増えたように見えたはずだ。そしてそれはある程度の時間が経つと《消失》するように設定した。


 ー相手を謀ることは魔導士の本質みたいなものだよー


 とは師匠の言葉だ。魔術自体がインチキだと言っていた。魔術とは理論と理屈、定義の積み重ね。『こうなるはずだ』という術者の『思い込み』の産物だ。と身も蓋も無いことを平然と口にしていた。

 アーリアはこの頃、師匠の教えをよく思い出していた。

 師匠の『はかる』の言葉には様々な意味がある。『謀る』『測る』『図る』『量る』『察る』『度る』……。師匠を思い出すとどの言葉もロクデモナイ感じの響きに聞こえるから不思議だ。アーリアは師匠の顔を思い出して、口の中に苦い物が広がっていった。


 アーリアは気を取り直して、地図マップ上のジークフリードを追尾状態にし、ジークフリードを示す点印を自己防御ブロックされないように固定した。さらに来た道から横道に逸れてしばらく移動する。するとジークフリードも数を数え終えたようで、マップ上のジークフリードを示す印が動き始めた。


(こんなこと、私にでもできちゃうからなぁ……)


 アーリアはリュゼを思い出していた。アーリアが彼によく見つかってしまうのは、既に《探査》地図マップ上で細工をされているからもあるのでは、という考えに至る。


(あ〜〜何で初めの内にこの事に気付いておかなかったんだろう!?私の馬鹿〜!!)


 アーリアは頭を抱えて唸った。自分の考えや動きが後手後手過ぎて嫌になる。


 アーリアは腰のポーチから貝殻に真珠の付いた魔宝具を取り出すと、それを握って魔力をほんの少し込める。すると、アーリアを中心として光が屈折し、アーリアの存在を森に溶け込ませた。

 アーリアに『気配を消す』などという高尚な事はできない。その手の訓練などした事がないからだ。だからできるとしたら魔宝具頼みの技だけだ。

 だがこれでも安心とは言えない。

 アーリアは木の根元に座って、また腰のポーチからある粉を取り出した。その粉を掌に一摘み分だけ出すと、それを身体に振りかけた。


(うん、これでジークの鼻を騙せるはず!)


 ジークフリードの昼間の姿は獅子だ。

 獅子は視覚ではなく嗅覚で獲物を見つけ出す。『最終局面で視覚を使う』と言われるほど嗅覚が発達している。

 ジークフリードも昼間は嗅覚が鋭くなっていると考えた方がいい。だからアーリアは自身の身体に人の匂いを誤魔化すために他の匂いをつけたのだ。

 あとは動かずに様子を見るだけ。下手に動いた方が負けだろうと考えた。自分は自他共に認める『鈍臭さ』の持ち主なのだから。


 アーリアは空を見上げて太陽の位置を確認した。一刻を過ぎるまであとあと半分。


 アーリアはジークフリードに見つかるも見つからないも運次第だと考えた。

 六百数える間に逃げられる範囲などたかが知れている。その間、アーリアのはじっとその場に座っていた。


 アーリアの周りに木の精霊や風の精霊などが行き交う。

 精霊は本来どこにでも存在する。特に手付かずの自然の中に多い。人の中には精霊を見る事のできる者がいる。その者たちは精霊に干渉して力を引き出すことができる。その者たちを『魔法士』という。

 アーリアも厳密には『魔法士』の一人だ。だがアーリアは魔法より魔術を好んで使っている。

 魔法の効果は精霊の気分次第なのだ。常に一定の効果をもたらしたいならば、魔術の方が利便性に優れている。


 アーリアは地面に座り込みながら、精霊を目で追った。瞳に魔力を込めると精霊がハッキリと見えた。精霊は常に見る事ができるが、そんなモノが常に見えていたら生活に支障を来たす。だから精霊を見ることのできる者は、『見る時』と『見ない時』とを魔力をコントロールして区分するのだ。大抵小さな頃に大人の魔法士に習う。アーリアも師匠に習ったのだ。


 精霊からもアーリアが見えるので、アーリアの魔力に惹かれて寄ってくる。精霊は自分たちを認知する人間ヒトとその者の魔力を好むのだ。

 アーリアが彼らを目で捉えたので、寄ってきてしまった。


 ー何してるの?ー

 ー遊ばない?ー


『ごめんなさい。今、遊んであげられないの』


 精霊の言葉にアーリアは応えた。

 だが、精霊は気まぐれだ。じっと座っているアーリアの肩や頭に精霊たちが座る。


 ー綺麗な髪だわー

 ー瞳も美しいわねー

 ー私にも見せてー


 風の精霊がアーリアの髪の周りをふわふわと飛んで廻る。水の精霊がアーリアの大きな瞳を覗き込んできた。


『ごめんなさい。今、鬼ごっこの最中なの。静かにしていてね?』


 ー鬼ごっこ?ー

 ー隠れんぼじゃないの?ー

 ー面白そうねー


 精霊たちはアーリアの周りを楽しそうに飛びながら自分たちだけで、鬼ごっこをし始めた。

 アーリアはそれをのんびり眺めて……


(……あれ?今、私の言葉が精霊たちに通じていなかった?)


 言葉は『声』にはなっていない。それなのに、精霊たちはアーリアの声なき言葉を捉えていたのだ。


『水の精霊さん!』


 ーなあに?ー

 ー私たちにご用?ー


 水色の羽を持つ精霊がアーリアの前に進み出た。

 アーリアは目を見開いた。

 『なぜ?』という言葉が頭を占める。魔法士は精霊に力を借りる時、精霊の気を引く為に精霊の好む言葉を並べる。精霊の力を借りる代償に言葉と魔力を与えるのだ。それがアーリアの中にある魔法の『常識』だった。


『私の言葉が……分かるの?』


 ー何のこと?ー

 ーきちんと伝わっているよ?ー

 ー私たちに何かご用?ー


 アーリアは思いつきで試してみる事にした。


『私、喉が渇いたの。少しだけ分けて貰う事はできる?』


 ーなんだ、そんな事?ー

 ーいいわよ?ー

 ーその代わりに貴方の魔力をー

 ーほんのひと匙ー


『ええ、いいわ!』


 アーリアが胸の前で両の掌をお椀のように差し出すと、その中に水が溢れるほど現れ出たのだ。

 アーリアはこぼれ落ちる前にその水に口を付けて、一口飲んだ。

 掌に感じる冷たさ、膝にこぼれ落ちる雫、喉をつたう感触。それは紛れもなく清涼な水だった。


 ーどう?美味しかった?ー

 ー貴女の魔力も美味しかったわー

 ーまたいつでもー

 ーどこでもー

 ー呼んでね?ー


『ええ……ええ。ありがとう』


 アーリアは掌の中な水と共に、自分の中の『常識』がこぼれ落ちるのを感じた。


 その後、間も無く一刻を過ぎようとする頃、アーリアはジークフリードに見つけられた。

 見つけられたアーリアよりジークフリードの方が明らかに落ち込んでいた。何故ならアーリアは森の中を合流地点に向かってとぼとぼ歩いていたのだ。それでは誰にでも見つけられるだろう。つまりそうでもないと、ジークフリードはアーリアのことを見つけられなかった、という事だったのだ。

 しかしアーリアはジークフリードの様子など気にしてはいなかった。アーリアは鬼ごっこをしていた事などスッパリ忘れていたのだから。アーリアは鬼ごっこの途中から、それどろではない事態が起こっていたのだ。


 この時アーリアの頭の中を占めていたのは、己の中にある『常識』と言う名の固定観念とは、一体何なのかという事のみだった。



お読みくださり、ありがとうございます!

ブクマ登録、評価、感想等、本当にありがとうございます!励みになります!

これからも暖かく見守ってくだされば、幸いです。


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