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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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帰る場所2

 アーリアは芝生の中庭を走り抜け、今はもう何処とも分からぬ場所をひたすら駆けていた。

 背後から迫る気配を振り切る様に、一心不乱に足を動かす。限界などとうに来ていたが、それがどうした。今、足を止める事はできない。


「やだ!追いかけて来ないで!」

「無茶言うな!」

「リュゼに合わせる顔がないの!」

「どれだけ探したと思ってる⁉︎ あの日から、アーリアの無事が分かるまで、僕がどれだけ不安だったと……!」


 振り返らないままアーリアが叫べば、相手(リュゼ)もまた叫び返す。

 アーリアの脚など大した速さでないのに、未だ追いつけないのは、アーリアが無意識に魔力を操作して精霊を操っているからだ。

 

「待って、アーリア!」

「来ないで、リュゼ!」


 息も絶え絶えのアーリアは、ただ、リュゼと顔を合わせたくない一心で走る。

 あんな別れ方をしておいて、どんな顔をして話せば良いと言うのか。一度は「さよなら」を告げた相手なのだ。もう二度と会う事はないと思い別れを告げたのだ。

 ライザタニアへと連れられ、王城に監禁されたとき、シュバルツェ殿下へ告げられた言葉の数々は大変辛辣なものであったが、あれこそ何を隠す事もない真実であった。


 アーリアとて本心では帰りたいと思っている。

 システィナには、敬愛という言葉では表せないほど愛してやまない保護者(師匠)がいる。同じ遺伝子を持つ姉兄たちがいる。大切な友がいる。

 今すぐにでも彼らの元へ帰り、あの温かな胸に飛び込みたい。一度諦めてしまった温もりを、もう一度求めたいと……。けれど、とアーリアは思い直す。


 果たして、一度諦めたものを取り戻す資格が自分にあるのだろうか。


 ちりりと罪悪感が胸を焦がす。


 大切な者との繋がりを切ったのは、もう二度と会えないーーいや、会わないと考えたからだ。それなのに全部丸く収まったからとすごすご帰って良いものなのか。あの温もりを求めても良いものなのか。

 瞼の裏から溢れてくる涙に視界を遮られながら、アーリアは幾度となく「帰れない」となく呟く。

 アーリアにはもう、どうしたら良いか分からなくなっていた。


「わたし、みんなの、リュゼの気持ちを裏切った。あんなに必死に守ろうとしてくれたのに……」


 自らは傷を負いながらも、身を呈して主を守った騎士たち。ナイルにアーネスト、そしてリュゼも、アーリアを逃がそうとライザタニアの工作員と対峙し、決して浅くない傷を負った。

 それなのに、アーリアはそんな彼ら騎士たちの努力と意志を無駄にした。全てから目を逸らし、無視して、勝手な判断で自らの意思でライザタニアの手に堕ちた。


「今更、どんな顔をして帰ればいいの⁉︎」

「っ、アーリア……」

「私がしたのは全部無責任なことだった、迷惑だったんだ!」


 支離滅裂な思いがアーリアの舌を滑らせる。


「大丈夫だよ、私がいなくても《結界》は作動し続けるから。だからっ……」

「だから、帰らなくても大丈夫だって言うの?」

「っ……、そうだよ!」


 風に流されて、冷たい物がリュゼの頬に当たる。顔を見ずとも分かる。彼女がどんな表情をしているかが。

 彼女ーーアーリアは『帰りたくない』ではなく『帰れない』と言った。その二つの言葉には明確な差異がある事に、リュゼは気づいていた。アーリアは『帰りたくない』訳ではなく、『帰りたいのに帰れない』と思っているのだと。

 アーリアとはこのところずっと目線が合わない事は分かっていた。あんな酷い別れ方をしておいて、今更気不味いのだろうと思っていた。

 正直、自分も気不味い。けれど、アーリアが無事であったこと、システィナへ連れて帰れることに比べたら、そんな気まずさなど大した事ではない。

 しかし、帰国を明日に控えて尚、アーリアは迷っているように見えた。帰国を渋っているのではとも。

 そんなアーリアの心の声に気付きながらも、リュゼは『その日になれば一緒に帰ってくれるだろう』と、そんな風に気軽に考えていたのだ。


 ーこんなに思い悩んでいたなんて!ー


 もっと早く話し合っておけば良かった。

 シュバルツェ殿下でさえ、アーリアの心の声に気づいていたのに。

 相手の心を無視しておいて、自分の気持ちを優先しようとした身勝手さに、リュゼは奥歯を噛む。


「システィナには君の帰りを待ってる人たちがいる。お師匠サンにお兄サン、お姉サンも、ルイスさんやジーク、リディだって。勿論、僕もその一人だよ」


 リュゼは逸る心を落ち着けると、先程とは打って変わって優しく語りかける。穏やかに。本心を告げる。『帰って来て欲しい』と。

 すると、アーリアの瞼は更に決壊した。

 あっという間に視界がぼやける。

 振り切る様に涙を拭ったその時、アーリアは何かに蹴躓いた。ほんの少しの受け身。ドサリと地面に膝をつく。砂利の痛みより、胸の痛みが心に突き刺さる。


「っ、ウソだよ……」

「ウソじゃないよ」

「私の事なんて忘れて、見捨ててくれて良かったのにっ……!」

「バカだなぁ、見捨てられるワケないじゃん」


 ホラとリュゼから手が伸ばされる。


「君は何か誤解してるみたいだけど、誰も君を見捨ててなんかいないよ。国の内部はどーか分からないけどさ、騎士団のみんなは君のこと、全く諦めちゃいなかった。だから僕は、僕らは此処にいる」


 正直、リュゼには国王陛下や宰相閣下をはじめとした国の中枢にいる貴人たちの考えなど分からない。彼らは『国』を存在させる為ならば、時として親兄弟をも切り捨てる覚悟を持って国家運営しているからだ。

 だからいくら口では『助けたい』と言っていた所で、本心からの言葉とは限らない。

 今回はたまたま損失よりも利益が上回った故に、『塔の魔女』の救出が執り行われただけに過ぎないとも考えられた。

 けれど今回に限り、リュゼには『塔の魔女』を救出すると言ったアルヴァンド公爵、そしてウィリアム殿下の言葉に、ウソはないように感じていた。


「確かにあの時は腹が立ったよ。でもね、それは僕の不甲斐なさに対してだ。僕がもっと強ければ君を守り抜くことができたんだ。悪いのは全部僕だ。アーリアじゃない」


 地面に座り込んで肩を揺らすアーリアに、膝を曲げたリュゼは手を差し伸べる。


「そりゃあさ、『さよなら』なんて言われた時にはめちゃくちゃ落ち込んだし傷ついたよ。ふざけんなって……。でもさ、それを言わせたのは『僕』なんだ」


 リュゼは決して無理強いはせず、アーリアの気持ちが落ち着くのを待った。アーリアは最初こそ逃げようとしたが、今は鼻をぐずぐず鳴らしながらもその場に留まっていた。


「あの時のアーリアの判断は間違っちゃいない。アーリアのおかげでアルカードは、システィナはライザタニアからの攻撃に晒されずに済んだんだから。でも、その所為で君が犠牲になってしまった。君だけに犠牲を強いてしまったんだ」


 君の判断は何も間違ってなんかいない。リュゼは幾度となく、アーリアの考えを肯定する。間違えたのは自分だと。あの時も、そして先程までも、きちんとアーリアの心に寄り添ってさえいれば、間違いは起こらなかったのだと。


「ねぇアーリア、本当のことを言ってよ。本当は帰りたいんでしょう……?」

「ぐずっ……わ、私は……」

「僕はアーリアに帰って来て欲しい」


 アーリアの肩が揺れる。リュゼは涙と土に汚れたアーリアの手を取り、そっと自分の手で包み込んだ。


「アーリア、戻ってきてよ。一緒に帰ろう」

「……ダメだよ。私にはもう、リュゼに護衛してもらうだけの資格がないの。リュゼ……私のこと、嫌いになったでしょう?軽蔑したでしょう?」

「んなワケないじゃん!僕がアーリアを嫌いになるコトなんて絶対にないよッ」


 ふと顔を上げたアーリア。涙を流し鼻を啜る顔は、お世話にも綺麗とは言えないが、相手にどう思われるかを思い悩み、涙する表情は、どれだけ着飾ったものより美しく思えた。

 リュゼは「ああ、やっぱり好きだなぁ」と自嘲すると、惚れた弱みというものを噛み締めた。


「前に言ったでしょ?『ずっと側にいる』って。『君がイヤだって言っても離さない』って……」


 リュゼは手の中に収まる小さな掌を握り締める。


「それにさ、アーリアには何の資格も要らないんだよ。君の側にいると決めたのは僕自身なんだから」


 顔を上げたアーリアとリュゼとの視線が合わさる。


「アーリア、僕は君が好きだよ。側にいたい。何があっても、ずっと……」


 キラキラと虹色に輝くアーリアの瞳に、リュゼが収まった。リュゼの琥珀色の瞳にも、アーリアがすっぽりと収まる。


「だから、帰ってきてよ」


 ーー僕の側に……。


 ハラハラと落ち続ける涙はまるで宝石のようで。

 アーリアは涙に濡れる瞳の奥からリュゼを見つめ、掌の温もりに心を支えられながら、やっとの事で口を開いた。


「……っ、帰っても、いいの?」

「勿論。みんなも君の帰りを待ってる」

「ほんとに?」

「ほんとにほんと。ジークも、ルイスさんも、リディも……それにウィリアム殿下だって……ね?」

「……うん……」

「それに、お師匠サンにお兄さんたちも。ヤキモキして待ってるハズだよ。これ以上待たせるとこの国が消えちゃうかも知れないよ?」

「……そ、それは、マズイね?」

「でしょ?だから大人しく帰ってきなよ」


 ふわり。リュゼはアーリアを胸の中に抱き込んだ。

 アーリアからの抵抗はない。


 久しぶりに味わうアーリアの身体の柔らかさ、その香りにリュゼはうっとりと目を閉じた。

 鼻から大きく吸い込んで、アーリアの匂いを堪能すれば、ジンワリと伝わる温かな体温に、胸の中が熱くなっていった。


 それはアーリアも同じだった。

 リュゼの胸の中に抱き込まれながら、アーリアもまたリュゼの温もりに癒されていた。

 大きな胸。大きな手。逞しい腕に抱かれて、安堵の息を吐く。同時に目頭がキューと熱くなって、再びジワリジワリと熱い涙が湧き出してきた。


「……ごめんなさい、リュゼ」

「バカだなぁ……僕が君のこと、諦めるとでも思った?」

「だ、だって、リュゼは、長い物に巻かれちゃうから……」

「ハハッ。そりゃ正論だ。でもね、僕はアーリアに関するコトだけは誰にも譲らないよ?」


 互いの息が甘く擽ったい。けれど、気恥ずかしさより愛おしさが勝る。離れ難い温かさがある。


「探したよ、アーリア。ずっと君に会いたかった」

「私も、ずっとリュゼに会いたかった……」


 ぎゅうっと抱き寄せ抱き締める。アーリアは、そしてリュゼも、ゼロ距離で互いの温もりを確かめた。もう離さない。離したくない。そんな気持ちが互いに伝わっていく。


「もう君の側を離れたりしないよ」


 存在を確かめる様にアーリアの身体を抱き込むと、リュゼはその首筋に顔を埋めた。ーーああ、確かに此処にいる。夢じゃない。夢にまでみた瞬間が、今、訪れたのだ。


「……リュゼ……!」


 アーリアはリュゼに抱きしめながら涙を流す。ーーああ、夢じゃない。やっとこの胸の中に帰って来れた。もう、二度とこの温もりを諦めない。自分から手を離すことなんてない。


「愛してる」


 とめどなく溢れる気持ちは恋ではなく愛。

 リュゼは自身の想いと存在を刻むように、アーリアの首筋、《契約》の印へ唇を押し付けた。すると、印はリュゼの気持ちに応える様に、印はぽぉっと鮮やかな薔薇色に染まった。




 ※※※




 アーリアがリュゼの胸の中で散々泣いた後、グズグズと鼻を鳴らしながら顔を上げると、いつも通りの不敵な笑みを浮かべたリュゼの口から、意外なサプライズが飛び出した。


「あ、そうだ。お師匠サンから伝言があったんだった」

「お師さまから?」

「聞きたい?ふふふ、勿論、聞かせてあげる」


 コクリ。頷くアーリアへリュゼから伝えられた伝言。


「『こんのバカ娘!君はやる事なす事全て空回りのドジ娘なんだから、常にリュゼくんの言う事を聞いてから動きなさいって言っておいただろう?なのに、君はその約束を破ったんだから、全ては自業自得だよ。少しは反省なさい!ーー可愛い娘アーリア、早くお家に帰って来なさい。君の好きなパイを焼いて待っているからね』」

 

 リュゼの口から飛び出した敬愛してやまない師匠からの言葉に、アーリアが再び涙をぽろぽろと流したのは予想の範囲内。

 アーリアへと託された伝言を伝え終えたリュゼは、もう一度アーリアを胸の中に仕舞うと、「あーあ、やっぱり泣いちゃった」と嬉しそうに笑った。





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『帰る場所2』をお送りしました。

アルカードで別れて以来数ヶ月、離れていた2人の距離がついにゼロになりました。

けれど、別れていた時間が長かっただけに、心の距離がゼロまで近づくには、もう少し時間が必要なようで……?


次話『帰る場所3』、『魔女と狂気の王子(下)』最終話も是非ご覧ください!



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