表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
436/497

かくも儚き夢の跡9

 あの美しかった王都が今は見る影もない。彼方此方で火の手が上がり、黒い煙が燻っている。舗装された街路は捲りあがり、そこらに亜竜の死体が転がっている。赤黒い血は街路を染め上げ、死体は腐臭を撒き散らす。亜竜に混じって人の物と思われる躯が横たわる。泣く者、怒る者、悲しむ者。様々な声が混じり合い、街中に混沌を振り撒いていた。


「ほんっと容赦なくやってくれたわね!」


 王宮の大屋根、その屋上にて、北から吹きつける風に金の髪を棚引かせた美丈夫が一人、腰に両手を当てて立っていた。金の髪に翡翠の瞳。鼻は高く整い、目尻は涼やかに切り上がっている。容姿はこの上なく整っており、美術館に所蔵される神や女神の肖像と遜色ない。


「とは言え、彼女は亜竜共の処理をしただけで、その原因をつくったのは、私たちライザタニアの者です」

「そうね。彼女を責めるのはお門違いだわ。寧ろ、彼女がいたから、これくらいで済んでる訳だし。感謝しなくちゃ」


 美丈夫の隣にはこれまた容姿の良い美青年。澄んだ空色を溶かし込んだ銀の髪。蜂蜜色の瞳。通った鼻筋の先には切れ長の瞳。無表情を通り越して冷徹さを感じさせる美青年は、無感情な瞳を城下へ向けた。

 美丈夫の名はイリスティアン。ライザタニアの第一王子である。そして美青年の名をシュバルツェといいライザタニアの第二王子であった。


「……あら、父上は?」

「父上なら、先程までそこで観覧されていましたが、疲れたからとお休みになられました」


 イリスティアン殿下は、先程まで其処にいた自身の父親の姿を翡翠の目で探した。すると、弟王子シュバルツェ殿下がすかさず答えた。


「あらまぁ……でも仕方ないわよね?3年もの間、氷漬けだったのだもの。身体も鈍っておいででしょうし」

「……単純に歳なのでは?」

「そうね。お若く見えるけど、実年齢で言えばひ孫くらいいてもおかしくない歳だもの。アナタももう少し労って差し上げたら?」


 父親ーー現王アレクサンドルが氷漬けにされて尚、ピンピンとしてたのは、単に、現王が普通の人間よりも丈夫な身体を持っていたからに他ならない。または、エルフの力を用いた魔法の氷であったからであろう。

 にも関わらず、自らの手で父親を氷漬けにしておいて無責任な発言をするシュバルツェ殿下だが、そんな弟王子の無責任発言を丸無視する兄王子も大概である。


「兄上こそ。良い歳して独り身など。早く身を固めては?」

「ひどーい!自分を差し置いて何よその言いぐさッ」

「年長者からお先にどうぞ」


 なッ⁉︎と口と目を大きく開けるイリスティアン殿下。これまでこれ程明け透けに物を言われた事がなかっただけに、驚きを隠せない。


「〜〜っ!そんな事言って、私に玉座でも押し付けようっての?」

「あわよくばそう思っています。国主など面倒でしかない。私は裏方で十分です」

「それがホンネかしら?あぁ!ホントに、今まで何を話してきたんだか!自分の都合の良い事ばかりを思い込んで、相手が本当に望んでいる事を何一つ聞いてこなかったんだって、つくづく自分の無能っぷりを思い知らされるわ」


 ハァと溜息を吐いても様になるイリスティアン殿下。そんな兄王子の姿に、弟王子は助けの言葉を出した。


「それほど悲観されなくとも。私も相手の言う事など無視して好き勝手してきましたから、おあいこですよ」


 弟王子から「おあいこ」という可愛らしい言葉がが出て、兄王子は目をパチクリ。随分と可愛らしい所があるじゃないか。


「おあいこねぇ……。じゃあ、この内乱もおあいこって事でお仕舞いにしましょうか」

「ええ。終いです。ですから、兄上もこのまま王都へお戻りくださいね」

「そうね。アチラはシュティームル伯にでも任せるわ」


 イリスティアン殿下は澄まし顔の弟王子シュバルツェ殿下の横顔を見ながら、再び溜息を吐く。

 ほんの少しの会話からも、いかに弟王子を自分の都合の良い角度からしか見て来なかったかが分かるというもの。これまでイリスティアン殿下は、弟王子が本当にやりたい事が何かなど、考えた事もなかったのだ。

 ただひたすらに、弟王子へ王座を差し出す事ばかりを考えてきた。それこそがライザタニアのーー延いては弟王子の為だと考えてきた。いや、思い込んできたのだ。

 しかし、蓋を開けてみれば考え違いな事ばかり。

 血も涙もない『狂乱の王』はただの親バカであったし、何事にも執着心を持たぬ『狂気の王子』は家族愛の深い青年であった。

 シュバルツェ殿下は捻れた家族の絆を元に戻そうと必死で、その為に父親と兄の言いなりになったフリをしていたに過ぎない。それは早々に親を見限った兄王子とは雲泥の差であり、家族を何より大切に思っていた弟王子の行動に、兄王子イリスティアン殿下は居た堪れない思いを抱いた。加えてーー

 

「シュバルツェ、アナタ、知っていたのね」

「何をです?」

「彼女たちに起こった事実を……」


 彼女たちとは、数年前に亡くなった第二王子の婚約者である令嬢と、ゼネンスキー侯爵夫人である。

 当時、2人は現王陛下の癇癪により不興を買い、現王自らの手で殺されたとされていた。イリスティアン殿下とシュバルツェ殿下は殺害現場こそ見ていないものの、折り重なって倒れる2つの死体と、手を真紅に染めた現王の姿を見て、現王本人がその手に掛けたのだと思い込んだ。しかし、真実はそうではなかった。


「ええ。躍起になって調べましたので」

「……あれは父上の狂気ではなかった」

「ええ」

「けれど、あの時父上は……」

「ええ、父上は自分が彼女たちを殺したと申されました。父上は、嵌められたに過ぎなかったのに……」


 狂乱の王として畏れられていた現王アレクサンドルだが、王宮では政治を知らぬ王として、臣下たちから侮られていた。それゆえに現王に内政に関わる情報を知らせず、現王の機嫌さえ取れば良いとばかりに都合の良い情報しか耳に入れなかった。現王を操り、自分たちの都合の良い存在をつくろうとしたのだ。

 政治に無関心な現王の在位が伸びる事は強欲貴族たちにとって有り難く、反対に政治に前向きな賢い王子が現王の代わりになる事は恐れるべき未来だった。

 現王陛下と第一王子殿下。2人を仲違いさせ、対立の構造を作り出したのは当時内政を担っていた貴族官僚たち。そのリーダーであったのは当時の宰相ーー前ゼネンスキー侯爵である。


「父上は、どうして……?」

「それは本人に聞いてみなければ分かりません。けれどあの時、そうするのが最善だと父上は思われたのでしょう。それで私たちの反感を買ったとしても……」


 前ゼネンスキー侯爵を筆頭に、腐敗した政治を行う貴族官僚たち。彼らには『優秀な王子』は必要なかった。次期王と目された第一王子殿下は、危険な存在だったのだ。

 現に、当時国政の何割かを担い始めた第一王子殿下の政策により、首を括らざるを得ない貴族が出ていた。それ自体は自業自得で、寧ろ第一王子殿下はただただライザタニアを豊かな国にする為に行動していたのだが、それは貴族官僚たちの望むものではなかったのだ。


「兄上が事故に遭ったのも、そんな貴族らの策略でしょう」

「……父上は、私たちを庇ったとでも言うの?」

「分かりません。ただ、私が貴族らの甘言を鵜呑みにする『愚かな王子』を演じるキッカケにはなりました」


 何の罪もない彼女たちと、父親の犠牲を無駄にはしてはならない。力を蓄え、貴族官僚共と対等に戦えるまでは、決してマトモさを表には出すまい。そう決意したシュバルツェ殿下は、その後数年を現王を隠れ蓑にして、愚かな王子を演じる事となる。


「当時、私たちは父上に対して疑心暗鬼に囚われていました。あの状況で『違う』と言われて、素直に信じたとも思えません」

「っ……だからって、してもいない罪を背負うだなんて……」

「悲観する必要はありません。きっと父上は、そこまで深く考えてはおられませんから」

「そう、なのかしら……?」


 正確には『何が最善で何が最悪か』、その判断が付かなかったのではないかと、シュバルツェ殿下は語る。


「あの頃、父上は病んでおられましたからね。疲れて果てていたと言っても良い。元々、自分には政治は向いていないとのお考えがあったご様子なので、貴族たちの顔色を見るのがほどほど嫌気を差していたのでしょう」

「……私たちが、父上の味方にならなかったから……」

「周囲には自身の利権利益を貪る事にしか関心がない臣下ばかり。現に、父上の周りには佞臣が多かった。気づいた時には既に政はまともに動いておりませんでした。自分の力不足は否めませんが、あの時、あの状況を何とか出来たとは思えません」


 現王、そして2人の王子には圧倒的に味方が少なかった。

 勿論、王宮ぬは腐敗貴族ばかりではなく、国政を糾そうとする貴族は当時も存在していた。しかし、そんな貴族は直ちに粛正され、表舞台から消されていた。結果、正しい事を言う貴族は表には現れなくなっていた。


「そう、そうよね……。でも、じゃあ何でシュバルツェは真実を知って尚、黙っていたの?信頼する側近にまで黙っていたのは……?」

「私の口から話した所で信を得られたとは思えません」


 当時、ゼネンスキー侯爵令息リヒャルトは怒り狂っていた。その怒りの炎は年月を経ても勢いを殺さず、現王への殺意は抑えようもなく募っていた。本人は平常を装っているつもりであっても、シュバルツェ殿下にはリヒャルトが、とても平常ではない事に気づいていた。自身の手で現王を弾弓するつもりである事にも。


「そうね。私だって信じたかどうかなんて、分からないもの」


 今、この時期、この状況になって、やっと父親と弟の気持ちに気づいたのだ。自分の都合でしか物事を見ていなかった時期に、真実を語られたとして、それを受け入れられただろうか。いや、それはない。


「ご心配なく。アレらの処分は兄上にも残してあります。ご自身の手でケジメをつけたいでしょう?」


 弟王子の言葉に、兄王子はほんの少し考えて首を振る。


「……いや、いいわ。それはゼネンスキー侯爵に任せましょう。私より彼の方がずっと業が深いのだから」


 どう考えても、弟の婚約者に横恋慕していた自分にその資格はない。今はただ、静かに弔ってやるのが良いだろう。


「さてと、それじゃあ後始末としましょうか?」

「はい、このバカげた騒ぎを終わらせねばなりません」


 視線を地上から上空へと向ければ、そこには黒い翼を持つ竜が青い空を横切って行くのが見えた。太陽の光に鱗がキラキラと輝いている。


「一先ず、主だった貴族たちを集めましょう。状況を説明しなきゃならないわ」

「それに、システィナからの客人との会合もあります。改めて国王からの謝罪が必要となりましょう。賠償問題もあります。勿論、彼方の納得する額を支払わねばなりません」

「それまでに貴族たちを納得させなきゃならないわね。事と次第が分かっていない貴族を黙らせなきゃ。ああ、やる事が山積みね!」


 現状について説明した所で信じられぬ者もいるだろうが、幸い目撃者も多い。あの場にいた貴族官僚たちが証言者となるだろう。現王アレクサンドルと、王子2人が揃っているのだ。五月蝿い事を言う貴族も黙ろうというもの。


「その前に、あの娘に引っ叩かれに行こうかしら。勿論、アナタも引っ叩かれるわよね?」


 ライザタニアの都合により巻き込まれ、褒美があるとはいえ後始末まで押し付けられた魔女には正式な謝罪が必要となる。だが、謝罪だけでは到底納得できるものではない事を知る2人の王子たちは、己が頬を差し出そうと決めていた。

 第一王子殿下などは、喜んで頬を差し出す気でいた。未婚のーーそれも大恩ある女性の肌に傷を残したのだ。相手がそれで気が済むのなら、何発でも打たれようというものだ。


「……それは甘んじて受けるとして、兄上、臣下の前ではその口調はおやめくださいね。威厳に欠けます」


 東都ではシュバーン将軍に口煩く注意を受けていたイリスティアン殿下。そして東都領主シュティールム伯爵と側近ヒュリス。忠誠を誓う彼らにとって、第一王子殿下の口調など瑣末事でしかないが、他にとってはそうではない。

 未だ、王都では第一王子殿下の評価は『聡明で麗しい王子』として通っている。それがいきなり、オネェ口調で現れたらどうなるか。阿鼻叫喚。世を儚んで命を絶つ者が現れたとしても不思議ではない。特に第一王子殿下に夢を見ていた信奉者(ファン)には辛い現実となるだろう。


「あらぁ、アナタまでお小言?口調や仕草一つで失う威厳なんて、要らないわ。それにコレに惑わされる者たちもね」

「……確かに。なら、せめて他国の者の前ではマトモでいてください。我が国の礼節が疑われます」

「そうかしら?システィナ(あの国)の人たちが、今更口調如きで何か言うとは思わないけれど。だって、ライザタニアの評価は地を這っているのよ。更に下がった所で気にならないレベルよぉ!」


 イリスティアン殿下はこの騒動の最中、システィナより《転移》してきた強者たちーーシスティナ宰相アルヴァンド公爵の顔を思い出していた。随分以前に一度、アルヴァンド公爵と交流した事があるが、あの時からある意味変わっていなかった。

 溢れ出す自信、自尊心の高さ、忠誠心の深さ、そして滲み出る色気。年を経て尚増す色気に、イリスティアン殿下の乙女心がドキンと高鳴ったものだ。


「あの国は多彩な愛を受け入れているもの。愛に性別も年齢も国境もない。そこに麗しい者がいたらとりあえず口説くって聞いたわ。実際、アルヴァンド公爵は何も驚いておられなかったわよ?」

「…………」


 イリスティアン殿下の言葉に何とも言えない顔で押し黙るシュバルツェ殿下。先程が初対面な為、アルヴァンド公爵の性質を推し量るまでその為人を知らない。だから、何と言えば良いのか分からない。だが、愛情の深さで言えば、ライザタニアも引けを取らないに違いない。何せ、妖精族との愛情を育む者がいるくらいなのだ。


「……そうですね。いつまでも騙している訳にも参りません。ここいらでバラしておいても良いかも知れませんね」


 その方が、傷は浅いかも知れない。そう心の中で追加すると、シュバルツェ殿下は遠い目をした。

 慣れたとはいえ、自分自身、尊敬してやまない兄王子の変化には驚いたものだ。因みにその驚きは継続中で、未だに兄王子の言動には違和感を感じて止まない。自分も相手に自分にとっての理想像を求めているのかも知れないと思うと、胸が痛くなるのだが、この場合は仕方ないと諦めるしかないのだろう。


「何だか、言葉の端々がキツイ気がするのだけど……ひょっとして嫌われているのしら?」

「そんな事はございませんよ。私は兄上の事を尊敬しております。それはこれ迄もこれからも変わりません。だから、いつ迄も尊敬できる兄上でいてください」


 イリスティアン殿下は大きく目を見開いた。真正面から兄王子の事を『尊敬する兄』だと語るの弟王子の目に嘘偽りなく、子どもの頃のそれと全く同じ光を湛えていた。

 年の離れた可愛い弟。素直で可愛い弟王子を、兄王子は目に入れても痛くない程に可愛がった。弟王子が傷つく事のない様に見守り、健やかな生活ができる事だけを願った。その弟王子は今、兄王子の自分よりも良く見通せる目を持って、この場に立っている。父王と兄王子を助けんとしてくれている。嬉しくない訳がない。

 気づけば「ルツェ」と昔の呼び名で弟王子を呼んでいた。


「フフ、久しぶりにそう呼ばれましたね。さぁアリス兄上、参りましょうか?」


 シュバルツェ殿下は嬉しそうに笑うと自身も昔の呼び名で兄を呼び、手を差し伸べた。イリスティアン殿下は泣きそうな顔をすると「ええ」と頷き、シュバルツェ殿下の手を取った。その瞬間、漸く、在りし日に戻ってくる事ができたのだと実感した。望んでいた未来を手繰り寄せる事ができたのだと。





ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります(*^▽^*)


『かくも儚き夢の跡9』をお送りしました。

ライザタニアの2人の王子、彼らの内乱はここに集結しました。これから長い時間をかけて掛け違ったボタンを、一つずつ正していく必要があるでしょう。

けれど、これまでとは違い、その時間は有意義なものになるに違いありません。


ライザタニア編も残り3話。

次話『帰る場所1』もぜひご覧ください!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ