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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
433/498

※裏舞台10※裏切り者の末路

 王城の地下深くで現王復活という事態にあったとき、城内では混乱の波が広がりつつあった。

 近衛たちは、玉座の間から消えた王子たちを追って地下通路へ足を踏み入れた。近衛の主な役割は王族の護衛であるので、行動としてはおかしくない。しかし、近衛には王城内の治安維持という仕事もあるので、その意味では不十分であったといえよう。なぜなら、城内では消えた王族貴族たちを他所に、不穏な動きを見せる者たちがいたからだ。

 ライザタニアは他国に比べても強く軍部が幅を利かせている。自然、軍人の数も多く、発言力も強い。現軍務長官たるゼネンスキー侯爵が第二王子殿下の側近として宰相の位置にあるからという状況も、彼らの発言力の強さを後押ししていた。

 その軍部だが、ライザタニアでは主に五つの部隊に分かれており、国内を東西南北中に別れ守護している。

 現在、東方を守護する東方軍は第一王子殿下麾下にあり、エステル帝国との国境を接する北方を守護する北方軍は国境から動けずにいる。また、南国ドーアや他の国との国境を接する南方軍は広域守護に従事しており、西国システィナとの国境を接する西方軍は、前任者による統治不良によって乱れた領土を平定するのに苦戦を強いられている。そして、残りの中央軍は現在スループニス平原にて内戦中。中央軍は他の軍隊の3倍以上の軍人を擁しているので、およそ半数を王都に残しての出兵だが、それらを纏める副将軍たちはゼネンスキー長官との連絡が途絶した事により、身動きが取りづらい状況に陥っていた。


 その中、混乱に乗じて蠢く者たちがいた。


 王都は王城を中心として区画が整備されており、区画毎に城壁が張り巡らされている。

 第一の城壁は王都をぐるりと覆うもので、その外には深く幅の広い堀が整備されている。

 第二の城壁は王都内にあり、平民街と貴族街とを区切る役目がある。

 第三の城壁は王城をはじめ、神殿、領主官邸、役所などの公共施設等、要所を守護する役目があった。

 第四に、国王と王族の住まいであり、政治の中枢でもある王城は更に小高い丘にあり、更に強固な城壁で覆われていた。そして今まさに、その王城を守る城壁の四隅に配置された4本の塔に、侵入を計らんとする者たちがいた。


「……これか、守護の石というのは」


 塔の中、幾何学模様の刻まれた台座に設置されている掌大の宝玉。赤く光るそれを無造作に掴む手があった。チリと小針が刺したような刺激が一度。だが、それ以上の抵抗はない。男は薄くほくそ笑むと、台座から宝玉を引き抜いた。途端、空気がブンと揺れた。窓の外を見れば、王城を覆っていた透明な薄壁が空に溶けゆくように消えていくのが見えた。

 男は折っていた膝を伸ばすと宝玉を懐に入れた。

 重くなった懐に手を触れると、ホクホク顔で塔の中から出ようと足を踏み出した。が、その背筋に冷たい風が吹いた。



「ーーよぉ、そこで何してんだ?」



 重く押し掛かるプレッシャーが背中越しに齎された。

 背にかけられた声は明るいが、明らかに男の行動を責めている。コツコツと石の床を叩く革靴の音がやけに大きく聞こえた。


「そこで何してんだっつってんだよ」


 男は振り返れないまま唇を噛んだ。声に覚えはある。寧ろこの声を知らぬ者は、ライザタニア軍にはないだろう。少なくとも、尉官以上の者には馴染みのある声であった。


「外にいた奴ら、アイツらもお前の仲間か?俺の顔を見た途端悲鳴をあげるたぁ、情け無い奴らではあったがな」

「っ……」


 情け無い奴らというのには、男も同意だった。だが、一方で悲鳴をあげた仲間たちの気持ちも分からなくもなかった。

 出会う筈のない人物とエンカウントしたのだ。予定にあったなら兎も角、全く予期せぬ事であったなら、尚且つ、一番拙い人物との出会いであったなら、どれ程の驚きがあったか想像に硬くない。


「ええっとなんだ、四方なんたら結界、だったか?4つの魔宝石で囲んだ中のものを守るんだったよな。で、その一つでも隔離しちまえば、結界はその効果を発揮できなくなる。確かテメェもあの場にいたよな?」


 まるで何か重いもので頭上から押さえつけられているような圧力。逃れられないプレッシャーに、男は冷や汗を流す。


「まさか、身内からこんなバカを出す羽目になるなんてなァ」

「……ライハーン将軍」


 間合いギリギリで立ち止まった予期せぬ来訪者の名を、男はこの時はじめて呼んだ。肩越しに振り返れば、やはりそこには黒い軍服を着込んだ大男が、外套から無造作に出した手で顎を撫でつつ立っていた。


「一応聞いてやる。何でテメェがココにいるんだ?」


 片目を瞑り、顎をしゃくるライハーン将軍。形式的に尋ねてはいるが、内容に意味はない。

 そもそもこの場は男の持ち場ではないし、それをライハーン将軍も承知している。この場にいる事自体がおかしい事は、ライハーン将軍でなくとも分かる。なぜ持ち場を離れてこんな所にいるのかと思うのは当然なのだ。がーー


「……ライハーン将軍こそ、いつお戻りになられたのですか?」

「はーん。そう来たか。ま、そう思うわな」


 答える前に逆に問われたライハーン将軍は、今度は後頭部をワシワシ掻いて、面倒そうに顔を歪めた。


「本来なら未だスループニスで東方軍相手にしている筈だ。なのに、なんでこんなトコにいんのかって。そりゃ、当然の疑問だよな」


 下から見上げる様に下げていた首を上げたライハーン将軍の眼は獣のように縦に裂け、黄色く輝いている。まさに獰猛な野獣に睨め据えられたかのようで、男は本能のままぐっと息を飲んだ。


「だがなァ、俺が王城にいる理由なんてもんは、この際関係ねぇじゃねぇか。実際、俺は此処にいる。その事実は消せねぇんだ。なぁハルス」


 ハルスと名を呼ばれた男は、ライハーン将軍へと身体の向きを変えた。

 薄金の髪は短く切り揃え清潔感がある。目は緑掛かった青。精錬された佇まい、貴族然としている。歳の頃は二十代後半。背はスラリと高く、軍人にしては痩せ型。しかし、ローブからは筋肉質な腕が覗いていた。

 ライハーン将軍と同じ黒の軍服を纏うハルスは、直属の上官たる将軍からの視線を真正面から受け止めた。


「……何か、勘違いなさっていませんか?私は、ゼネンスキー長官の命で不穏な動きをする者たちを見張りに参った次第でありまして」

長官(アイツ)がお前に直接命令をねぇ」

「ええ。貴方は生憎と地方におりましたので、私が代わりにと……」

「そうか。……とは、なるわきゃねぇわな」


 は?とハルスは首を傾げる。


「カァ!これだから制服軍人ってのは!頭の良さは認めるがな。何でも口先だけで丸め込めると思ってるなら、そりゃ大間違いだ。そろそろ己の間違いを認めろや、ハルス」


 ハルスは口の中でクソと舌を舐める。

 確かに、自分はそこいらの者より頭が切れる。それを自負してもいる。脳みそが筋肉で出来ている軍人が多い中、筋力こそは劣るものの、能力値は自分の方が上だとも思っていた。だからこそ、この上官を疎ましく思うのだとも。

 ゼネンスキー長官がライハーン将軍を脳筋と呼ぶように、ハルスもまた、ライハーン将軍を脳筋だと思っていた。

 そもそもこの上官は普通の人間ではない。妖精を片親に持つ亜人、化け物なのだ。そんな化け物を上官と呼ぶには抵抗が大いにある。将軍が亜人故の力を除いても、力ある軍人である事は認めよう。だが、そんなものは尊敬に当たらない。

 軍部に亜人が蔓延るようになってから、自分たち人間の地位が脅かされるようになった。それもこれも、亜人を登用すると決めたゼネンスキー長官と、それを後押しした第二王子殿下の所為である。前時代であったなら、奴隷以下の存在であった亜人など、王城の地を踏む事もなかったのだから。


「ハルス。テメェは勘違いしてるかも知れねぇが、俺はお前の弁明なんて聞いてねえんだわ。『不穏な動きをする者たちを見張りに』だったか?そりゃ、テメェらの事だろう」


 ライハーン将軍がスループニス平原から王都へ早駆けしやって来た時、既に王城は混乱の最中にあった。

 ゼネンスキー侯爵がクーデターを起こし、第一王子殿下を王城へ招き入れた事は既に皆の知るところになっていたし、王城にいる近衛らは玉座の間から消えた王子たちの足跡を追って王城内を右往左往していた。加えて、火事場泥棒のようにコソコソと動く者たちが王城内を掻き回していたものだから、ライハーン将軍としても見て見ぬふりはできない。残された官吏と軍人たちの尻を叩き、王宮内の秩序を糾そうと奮起し始めたのは立場上当然といえた。

 そこへ、突如として亜竜の群れが王城の空へ襲来。王城の空を覆う結界へと突撃し始めたものだから、流石のライハーン将軍も度肝を抜かれた。

 事前に念話を用いて王都の外にいる副官に連絡を入れていたものの、亜竜の数と多さには眉を顰めるもの。スループニスへ展開していた中央軍には持ち場を放棄させ、反転、王都外の亜竜の討伐を命じ、王都へ残っていた部隊を王都内の亜竜への対処に当てた。ーーその最中だ。王都に残した部隊の中で、本来の持ち場を離れ動く者たちの存在を知った。それがハルスーーハルスティール副将軍率いる部隊だった。


「外に居たのは皆、お前の部隊の者ばかりだった。これで言い逃れが出来ると思ってんだから、お前が俺をどう思っているかが知れるってもんだなァ」


 ライハーン将軍は、仮にも『将軍』という地位を得てはいたが、だからと誰にでも好かれているとは思っていなかった。中には盲目的に尊敬の目を向けてくる者もいるが、逆に一部、親の仇のような目を向ける者がいる事も知っていた。


「だが、上官が気に入ろうが気に食わまいが、団体に所属している限り規則には従うもんだ。右向けって言われたら右を、左向けって言われたら左を向く。それが軍隊ってもんだろ?」


 そんな事は知っているとばかりにハルスティール副将軍の目元が険しくなるが、ライハーン将軍は気にせず言葉を続けた。


「まぁ、時には方向の間違う上官を諌める時もあるだろうが。んでだ、お前の動機は何だ?俺への不満か、それとも……」

「不満かどうかと言われたなら、不満ですよ。何故、貴方のような人の下につかねばならぬのかとね」

「ほう」

「けれど、本案件はそれとは別問題です」

「へぇ、認めるか」


 ジリと足裏が砂を踏みつける。ハルスティール副将軍は対面するライハーン将軍から僅かに距離をとった。

 塔の窓からは、複数の亜竜(ワイバーン)が王城へ舞い降りるのが見てとれた。結界が消えた事で王城への侵入が可能になったのだ。


「私はね、現王陛下の掲げた政策には割と賛成だったのですよ。弱き者は強き者に淘汰される世界。弱肉強食は創世から続く普遍の摂理。欲しければ奪う。略奪の歴史はライザタニアの歴史そのもの。それを今更変えられるとは思えない」


 現王政権下より軍部に所属していたハルスティール副将軍にとって、第二王子殿下の掲げる理想は理想足り得なかった。略奪にこそ正義を見出していた者にとって、共存共栄という理想は、愚の骨頂のように写っていたのだ。


「なるほどな。このままシュバルツェ殿下に玉座を獲られちゃ困るって訳だ。なら、テメェの主人は誰だ?イリスティアン殿下ではあるまい」

「素直に話すとでもお思いですか?」

「いんや。聞いてみただけだ。俺にとっちゃお前が誰を支持していようが、関係ないんでね」


 首を竦めるライハーン将軍。将軍にとって第二王子殿下と、上官であり悪友でもあるゼネンスキー侯爵の計画を歪める者は皆等しく『敵』である。ハルスティール副将軍が誰に与し、何を目的に行動していようと、その内情にさして興味はない。敵は滅する。それだけなのだから。


「貴方は良いですね、単純で」

「バカにしてんのか?」

「いいえ、褒めているんですよ。ある意味羨ましいとも思います」


 フンと鼻を顰める上官に、ハルスティール副将軍は苦笑を浮かべる。

 ハルスティール将軍は自分の意思で行動を起こしているが、その実、実家の意向や情勢、立場などで雁字搦めになっている。貴族とは本来、自分の意思など尊重されないものだ。だからこそ、上官に対して羨ましいという感情が浮かぶ。自分の意思と理想に沿って動ける上官を、眩しくも思う。


「さてと。お喋りはこれくらいにしようか」

「ええ、同感です」


 スラリ。ハルスティール副将軍は腰に履いた剣を抜いた。ライハーン将軍も同じように腰の剣に手をかけた。


「あ、そうだ。今からでもお前がソレを元に戻すっつーなら、俺としては戦わずに済むんだが……」

「今更交渉が可能だとも?」

「だよなァ」


 仕方ねぇか。とライハーン将軍は説得を諦めた。説得に応じるくらいなら、初めから反旗を翻してはいない。


「なら、覚悟するこった。いずれにせよ、裏切り者の末路なんてもんは、どの道決まっているんだからよ」

「まだ負けるとは決まっていませんよ」

「いや、お前は俺には勝てねぇよ」


 先に動いたのはハルスティール副将軍だった。

 シャア。抜いた長剣を上から下へ袈裟懸けに振り下ろす。神速で下ろされた刃は、ライハーン将軍の皮膚を突き破ると思われた。しかし、肉を斬り骨を断つ筈の刃には、何の手応えがない。ハルスティール副将軍は、刃の先に目当ての人物がなく、チッと舌打ち。残像を残して消えたライハーン将軍の姿を目線で追った。


「基本に忠実なのは良いこった」


 ライハーン将軍は未だ剣も抜かず、上体を右後方へ半歩ぶん足を引いた。目の前を刃先が通過する。その軌跡を冷静に追った後、徐に(ヒルト)から刃を抜く。ハルスティール副将軍の刃が真下から振り上げられたのを見て、剣身を沿わせ、(ガード)で勢いを止める。

 カン、と軽い音を立ててハルスティール将軍の剣が弾かれる。勢いによって片手が外れた。慌てて握り(グリップ)を握り直す副将軍。が、その時にはライハーン将軍の剣身が目の前に迫っていた。


「くっ!」


 上半身を捻るハルスティール副将軍。ピィッと服が裂け、チリリと胸に痛みが奔る。浅い。まだいける。ハルスティール副将軍は緊迫の中、血が沸るのを自覚した。同時に、単純に戦いを楽しんでいる自分に失笑した。

 気持ちを落ち着ける為、ハルスティール副将軍は歯間から息を吐く。逸る息を整え、再びグリップを握り直した時だった。


 ーごろりー


 足下に何かが転がった。右足の先に重みを感じ、視線を向ければ、そこには赤く輝く宝玉が転がっていた。


「余所見は禁物だぜ?」

「っーー!」


 目前に剣先。ハルスティール副将軍は長剣を振り下ろし、迫る刃を回避。しかし、ライハーン将軍の剣は勢いを止めず、第二第三の刃を繰り出した。


「おらどうした、集中力が欠けてんぞ!」


 右、下、左、上。上下左右あらゆる方向から繰り出される刃の波。それを必死に受け流しながら、ハルスティール副将軍はまるで自分が剣術指南を受けているかのような錯覚に陥った。

 くそっ!再び毒づくハルスティール副将軍。剣術に於いてさえ、これほどまでに明確な差がある事実に、悔しさよりも苛立ちが唸った。


「チィッ!」


 背後に迫る壁。元よりそれ程広くない室内には、逃げ場は少ない。ハルスティール副将軍は左上から振り下ろされた刃より流れるべく、やや強引に身を捻った。そして、ライハーン将軍と距離を取るのではなく、敢えてその懐に飛び込んだ。


「無謀だが悪くない手だ。だが、悪いな……」


 ハルスティール副将軍の視界にライハーン将軍の苦笑が飛び込んできた。エッ!と副将軍の目が見開かれる。ライハーン将軍は、これまで副将軍に見せた事のないような表情を浮かべていた。


 ーザシュー


 ジクリと右腕に鈍い痛みが広がる。飛び散った血が頬に降り掛かる。激痛と共に血の気が一気に引く。ぐらりと視界が傾いでいく。

 ハルスティール副将軍は歯を食いしばると、ライハーン将軍の足下に転がる宝玉へと手を伸ばそうとした。だが、それは無理な話。伸ばした腕の先、そこには滴る血が血溜まりを作りつつあり、血溜まりの中には自身の腕の先ーーゴロリと手首が浮いていた。


「あ、あああ、あああああ、あああああああッ……⁉︎」


 ハルスティール副将軍の意味を持たない声が塔内に響く。まるで怨霊の叫びのような声に、ライハーン将軍はハと息を吐いた。


「甘ぇんだよ。()ならいくらでもあっただろうが」


 ライハーン将軍は足下に転がってきた宝玉を足裏で押さえつけると、呻き声を上げ続けているハルスティール副将軍へと目線を落とした。

 反骨精神のあるハルスティール副将軍を、ライハーン将軍は気に入っていた。何者にも染まるまいとする姿勢はともすれば叛逆者として映るが、盲目的な目を向けてくる者よりもずっと良い。良い悪いを横に置いても、自分の言葉を持っているというのは、それだけで価値がある。

 ださらこそ惜しいと思う。こんな所で喪うには、惜しい人材だと。


「何してんだよ。お前みたいなのがいなくなるのは、俺が困るんだよ。面白くないだろうが」


 つまらない日常の中、どんな理由であれ自分に突っかかってくる相手は、ライハーン将軍にとって格好の遊び相手だった。全員が全員『右向け右』ばかりでは、面白くも何ともない。自分の意見の一つも持たず、忠らに尽くす奴隷と何ら変わらないではないか。それは、ライハーン将軍のーー退いては、第二王子殿下の目指す未来ではなかった。


「バカだ、ホントにバカだ」


 ライハーン将軍は宝玉を拾うと窓枠に腰掛けた。

 自然、ハァと深い息が喉奥から吐き出された。

 目の前には赤く広がる血の海。先程まで叫んでいた男の口からは、もう怨嗟の言葉はおろか、吐息一つ吐き出されはしなかった。目は虚に濁り、口端からは血と涎が流れ落ちていく。魂はもう、此処にはない。


「恨むぞ、リヒャルト。俺にこんな役目を押し付けやがって」


 窓の外からピィー、ピィーと甲高い笛の音が響いてきた。近くから、遠くから聞こえる笛の音に、ライハーン将軍はチッと舌打ちする。まだアレを所持している者がいたのかと形の良い眉を顰めた。

 隣国の魔女によって判明した《笛》の性能。それを知ってからというもの、ライハーン将軍は積極的にその出所を洗った。所持者を探し出し、拷問し、見つけ出しては壊し、誰の目にもつかぬ場所に隠した。けれど、今日までに全てを見つけ出す事はできなかった。


「早く片をつけて来い!俺にばかり面倒事を押し付けるんじゃねぇ!」


 王城の美しく整えられた庭園は踏み荒らされ、各所から煙が上がり、大屋根には亜竜が集りつつある。中央軍が対処に当たっているが、事態の収束には時間がかかりそうだ。

 ライザタニアの危機に対し真面目に向かい合う者が多い中、中には混乱に乗じて火事場泥棒を行う者もいるに違いない。そんな者たちから王城を守るのが、ライハーン将軍に課せられた任務だった。

 壊されてゆく王城を見ながら、ライハーン将軍は自分にばかり面倒な仕事を押し付けた朋友に向けて、大声で恨み言をぶちまけた。



 


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裏舞台10『裏切り者の末路』をお送りしました。

官吏の中だけでなく、軍の中にも反旗を翻す裏切り者が存在していました。

刻々と時代が変わろうとしていても、それを善と受け入れられず、未だ、古き良き時代を望んでいる者は、思ったより多く存在しています。

変化を受け入れられず、拒絶し、未来に目を向けられずに反発する。過去の幸せに縋る。それを悪いとは思いませんが、だからと過去に戻れる訳もないのです。


次話、『かくも儚き夢の跡7』もぜひご覧ください!


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